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第24話 特別
しおりを挟む「え……えっと、お祖父様……はそのムキムキを目指している私の知り合いの方が、どなたかご存知……なのですか?」
「いや、知らん!」
お祖父様は迷う素振りも見せずに即答した。
(や、やっぱり、王子様だと分かってなーーい!)
だからそんなことが言えるのね? 殿下の想い人が私のはずないのに!
もう! 早とちりしすぎよ!
そう思った私は慌てて否定する。
「いいえ、お祖父様! その方は手紙では別に私のために鍛えているなどとは一言も書いていませんわ」
「むっ? そうなのか? それは盛大な照れ屋さんなんだな」
「て、照れ屋さん……」
相手が誰なのかを知らないとはいえ、王子様を照れ屋さん呼ばわり……
ケロリとした顔でそう言ってのけるお祖父様。やっぱり強者すぎるわ!
そんなお祖父様は私の両肩をがしっと掴むと、訴えるように言った。
「いいか? フィオナ。私は愛するリアの為にムッキムキな男を目指した!」
「は、はい。知っています!」
それは、お祖母様がムッキムキした人が大好きだから、よね?
「ですが、私はお祖母様とは違います。彼にムキムキした人が好きだと口にした覚えは───」
「好みの問題ではない! ただただ、フィオナを守るためにムキムキした漢になろうとしているに違いないのだ!」
「えっ……?」
びっくりした私はお祖父様の顔をまじまじと見つめ返す。
(私を守る……ためーーー?)
「その漢はフィオナが今、抱えている事情を知っているのか?」
「は、い……」
私が頷くと、それ見たことか! と、お祖父様も大きく頷く。
「いいか? なにも己を鍛える目的は相手の好みに合わせる為だけではないのだ! 強くなって愛しい相手を守りたい……そんな強い気持ちも人を突き動かす!」
「強い気持ち……」
「──その未だにペラペラだという男の苦悩する気持ちは分かるぞ! 私はリアを守ると決めた時は身体もペラペラ、大した権力も無い、ただのしがない一伯爵だったからな! せめて、身体がムキムキであったならと何度思ったことか……!」
「レイさん……」
お祖父様のその言葉を聞いたお祖母様がとても嬉しそうに感激していた。
「だから、どこの馬の骨の者かは知らん漢だが……一生懸命なよい漢ではないか!」
「え……」
(どこの馬の骨って……この国の王子様ですよー……?)
私はその事実を口にすべきか否か悩んだ。
ただ、お祖父様にとっては王子だろうとなかろうとそんなの全く関係ない気もするのよね……
「……」
「そして、これが一番大事なのだが……フィオナもその漢に惹かれているのだろう?」
「え! ひ、惹かれ……!? 私……が?」
頭の中にエミール殿下の顔が浮かんでしまい、ボンッと私の顔が赤くなる。
「──まあ! リーファも分かりやすかったけど、フィオナも同じなのね? そっくりだわ! 真っ赤になって……可愛い」
「お、お祖母様っ!」
真っ赤になった私を見たお祖母様が嬉しそうにはしゃいだ声を上げた。
(わ、私が、私がエミール殿下に惹かれている?)
「ど、どどどどうして!? どうして……お祖父様はそう思った、のです、か?」
私が吃りながら訊ねると、お祖父様は自信満々に答えた。
「勘だ!」
「か……」
一瞬、目の前がクラっとした。勘って! いくらなんでも野性味が強すぎるわ!
お祖父様らしいと言えば、それまでなのだけど……
「フィオナ。私は、リア……オフィーリアやリーファがずっと私を見守っていてくれたから、こうしてムキムキの身体を手に入れたのだ」
「お祖父様……」
「だから、フィオナも信じてその漢を見守ってやるといい。その漢はフィオナにとって特別だろうからな!」
(特別……エミール殿下は、私の特……別?)
そう思ったら、私の胸がトクントクンと大きく鳴り出した。
◆◆◆
「……ハックシュン! クシュ……クシュン!」
「おい、エミール? 大丈夫か?」
「だ、大丈夫……ちょっと止まらなく、なった……だけ」
エミールの突然のくしゃみの連発に、書類に目を通していたジュラールが心配そうな顔を向ける。
「クシュッ……どうした、のかなぁ?」
不思議そうにするエミールに向けてジュラールはニッと笑った。
「───なにか噂でもされているんじゃないか?」
「噂?」
「そうだよ、例えば────マーギュリー侯爵令嬢とか!」
「マッ────!!」
ボンッとエミールの顔が赤くなる。
「な、なんて事を言うんだ! も、もしそうだったら、う、嬉しいけど!」
「おう……嬉しいのか」
「……だって」
なにごとも自由そうな彼女の心の中に、もし少しでも自分が留まれているなら……それだけで幸せだと思える。
エミールはそう考えて小さく微笑む。
「エ……エミールが……またもや、お、乙女の顔をしている……」
「───うん? 何か言った?」
「……い、いや、何でもない」
エミールはジュラールの態度の意味がよく分からず首を傾げた。
なんでジュラールこんなに挙動不審なのだろうか。
「あ、そうだ、ジュラール。僕、そろそろ彼女のことを名前を呼んでみたいと思っているんだけど……まだ、早いかな?」
「名前?」
「そうだよ、いつまでもマーギュリー侯爵令嬢だとさ……少し距離を感じるだろう? だから……」
エミールが照れながらそう口にする。
「マーギュリー侯爵令嬢ではなく、フ……フィ、フィ……フィオ、ナ! ……嬢、と呼びたい、んだ」
エミールは頬を赤く染めながら頑張って彼女の名を呼ぼうとしていた。
ジュラールは、やっぱりエミールが乙女だーーーと、叫びたくなるのをくっと堪えた。
だけど、エミールはすぐに不安そうな表情を浮かべる。
「それとも……手紙だけの関係のくせに気安すぎる男! って嫌がられちゃうかな?」
「……」
「でも、フ、フィ、フィオナ嬢! ……と呼びたいんだ!」
「……」
「ジュラール? どうして黙っている?」
「……」
───そんなことはない。だから頑張れ……!
ジュラールは身体を震わせながら、大事な弟になんとかそれだけ伝えた。
────
(ジュラール、顔赤くしてプルプルして少しおかしかったなぁ……熱でも出たかな?)
風邪を引いていないといいんだけどー……そう思いながら、自分の部屋に戻ろうと廊下を歩いている時だった。
「───最近、エミール……」
「……騎士団」
「今更…………」
近くの扉から聞こえてくる声は、どうやら自分の噂をしているらしい。
(騎士団長への弟子入りが変な憶測を呼んだかな?)
僕は彼女の幸せのために、ダーヴィットをボコボコにしたいだけなのに。
そしてこの手で彼女を守れたなら……
「……まさか王位……殴……」
「阿呆のくせに───」
僕の噂はまだ続いているようだ。
なんと、僕がジュラールを殴り倒して王位の座を狙うつもりだと言い始めた。
(いったい、誰がこんな所でペラペラと好き勝手なことを───)
そう思うも、どこかで聞いた声のような気はしても誰が誰だか分からない。
───マーギュリー侯爵令嬢……いや、フィオナ嬢ならこういう場面では誰の声なのかを聞き取ってしまうのだろうか?
(凄いよなぁ───僕にも出来るかな?)
彼女の隣に立つに相応しい男にはこれくらい出来ないと周囲に認められない気がする。
「頑張るぞ───目指せ、ムキムキ! 目指せ、野生の勘の鋭い男! 目指せ、一度に五人くらいの声を聞き分けられる耳を持った男!」
そして堂々と胸を張って、フ、フィ、フィオナ……! に会いにいくんだ!
エミールの野望という名の迷走は続く。
……しかし、実は着々と“その日”は近付いていた────……
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