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第21話 情けない婚約者
しおりを挟む「シャーーー!」
にゃんこさんJrは、今もまだかなり荒ぶっている。
そんなにゃんこさんJrの見ている方向は……
(───ダーヴィット様の乗った馬車の音がする方向!)
「にゃんこさん」
「ニャーー」
私はそっとにゃんこさんJrを抱っこする。
「……あなたもこちらに向かって来る音が聞こえたの?」
「ニャー」
「あなたがそんなに荒ぶるということは、(そもそも歓迎するつもりも無いけれど)歓迎してはいけないということね?」
「ニャーー」
「そう……」
私はにゃんこさんJrを抱えながら、音のする方向に視線を向ける。
「今日のダーヴィット様は、どんな香りを纏ってやって来るのかしらね?」
「ニャーーーー!」
荒ぶるにゃんこさんJrを見ながら私は、ここ数日のエミール殿下からの手紙を思い出していた。
───この報告を読んだあなたが辛い思いをしなければ良いのですが。
そんな丁寧な前置きをしながら綴られていたその手紙。
エミール殿下は最初の手紙で、
“この先も、ダーヴィット情報を送るので手紙を書いてもいいですか?”
と、綴ってくれていた。
もちろん、得られる情報は何でも有難いので、それに対して、“よろしくお願いします”と私は返信を書いた。
すると、殿下は次の手紙で───……
───僕の護衛に後をつけさせています。今日のダーヴィットは……
まさかの自分の護衛を使って彼の浮気の動向を教えてくれた。
(いやいや、待って待って! 護衛も殿下を守りなさいよ!?)
なんて突っ込みを入れながらも、正直、最新情報は有り難かった。
ちなみにそんなダーヴィット情報の中に、いつもさり気なく書かれている殿下の近況。
……最近、騎士団長に弟子入りしてムキムキを目指すことにしました。
そんな一文を読んだ時は飲んでいたお茶を盛大に吹き出したわ。
お父様から聞いていたのでそのことは知っていたけれど、本人の口から報告されると……
やっぱり、殿下は人を殴ることに快感を覚えてしまった説が私の中で濃厚となった。
「──順番で言うと今日のお相手は、トゥスクル伯爵令嬢だと思うの」
「ニャーー!」
どうやら、ダーヴィット様は特にこのくるくる髪の令嬢を気に入っているらしい。
彼女に会いにいく頻度がかなり高いことからそう窺える。
「浮気……だけでなく、他の女性を抱いたその足で私の元に来られるその神経が全く分からないわ」
「ニャー」
「…………もう、相手をするのも面倒よ。だから、さっさとお帰りいただきましょうね? にゃんこさん」
「ニヤーーー!」
「ふふ、気合十分ね」
にゃんこさんJrの元気いっぱいの返事に私は微笑んだ。
─────
「フィオナ! 出迎えがないと思えば、こんな所にいたのか!」
それから、数分後。
ダーヴィット様が思った通りの香りを纏って我が家にやって来た。
いつもなら、事前連絡が無くても気配を察知しているのできちんと準備をして出迎えるけれど、今日の私は庭にいたまま。
「あら、ダーヴィット様……いらしていたのですね?」
「ああ。たった今な。そうしたら君の出迎えがなかったじゃないか! 全く君は何をやっているんだ……そんなんで未来の公爵夫人になれると思っているのか!」
「……」
ダーヴィット様が呆れた目で私を見ながらそう言った。
(別になりたくないし……)
私は公爵夫人に興味なんてない。
ビビビッと来た人と素敵な恋をして結婚出来れば幸せ。
「……それは、申し訳ございません。前々から申し上げておりますが、事前に連絡の一つでもあればきちんとお出迎え出来るのですけど……?」
「チッ…………そ、それはそうかもしれないが、この俺が毎度毎度こんなにも頻繁に訪ねて来てやっているんだから、いつでもどんな時でも出迎えられる準備くらいしておくべきだろう?」
(舌打ちしたあげく、勝手なことを言っているわね……)
「どうして今日は庭なんかにいるんだ! せっかく今日は……(部屋で二人っきりになって、いい感じの雰囲気にもつれ込むはずだったのに!)」
「そう仰られましても。庭だって我が家の一部ですし、文句を言われても困ります」
「シャーー!」
にゃんこさんJrが、ダーヴィット様に向けて威嚇する。
私が手を緩めたら今すぐ、ダーヴィット様に飛び掛りそうだわ。
「ね、猫までいるのか……チッ」
「猫がいて何か問題でもございますか?」
「シャーーー!」
「……ぐっ」
にゃんこさんJrに威嚇されて、ダーヴィット様は少したじろいだ。
「いや……だ、だが、フィオナ。俺もせっかく訪ねて来たんだ! せっかくなら君と二人で過ごしたい! だからその猫は……」
「フギャーー!」
「……ひっ!?」
にゃんこさんJrに脅されて間抜けな声を上げるダーヴィット様。
「……」
そんな彼を見ていて思った。
今日はいつもと少し様子が違うわ、と。
(いつもより興奮しているし、目もギラギラしているわ……でも、何より──)
先程から、私を見る度に何度かコソッと舌舐りしているのが気になって仕方がなかった。
本人はこっそりやっているつもりなのでしょうけど、あいにく私の目は誤魔化せない。
(そのせいなのかしらね、今日はいつも以上に気持ちが悪いわ……)
屋敷の中で出迎えないで正解だったかもしれない。
そして、そんな私の気持ちを感じ取ったのかにゃんこさんJrが更なる威嚇を始めた。
「……ひぃっ……さ、さっきから、いったい何なんだ、その猫は! 俺の何が気に入らないんだ!」
「フギャーーー!!」
(気の所為? 全部だ!! って言っているように聞こえたわ)
「猫の分際で俺の邪魔をするな───!」
「ニャ!」
「……!」
(──あっ)
そう怒鳴ったダーヴィット様が、強引に私の腕を掴んで自分の方へと引き寄せようとした。
全身にゾワッとした感覚が駆け巡った時──
「ニャァァァァァアーーーー!!!!」
「……ひっ!? うわっ、うわぁぁぁ!」
にゃんこさんJrがキラッと爪を立てると、ダーヴィット様へと飛び付き、その顔に向かってバリバリと引っ掻き始めた。
「くっ……や、やめろっ……痛っ……く、猫!」
「ンニャーーーーー!!」
ダーヴィット様は必死で止めようと抗うけれど、最高潮に荒ぶったにゃんこさんJrは止まらない。更なる爪を立て始めた。
「痛っ……や、やめろ、やめてくれぇぇぇ! お、俺の顔が……っ!」
「ニャーーーー!」
そんなの関係にゃーい、と言わんばかりに、にゃんこさんJrはダーヴィット様に攻撃を繰り返した。
「……ニャ!」
「……っっ」
にゃんこさんJrが、ようやくスッキリしたのか満足気な顔でダーヴィット様から離れる。
まだ腫れている頬にさらに上書きするかのような引っ掻き傷だらけになったダーヴィット様は、ぐったりした様子で、そろそろと顔を上げるとキッと私を睨んだ。
「───フィオナ! お、お前の……お前の飼い猫はっ! いったいどういう教育をしているんだ!」
「……」
「そこの猫も猫だ! 俺はお前の飼い主の婚約者なんだぞ! 分かっているのか!?」
「ニャ?」
にゃんこさんJrが小馬鹿にしたような目でダーヴィット様を見た。
「……チッ、猫のくせに生意気な目を……お前のような猫は──この俺の手で飼い主諸共、地獄を見せてや……」
「───あの、ダーヴィット様? 一つ訂正がありますわ」
「あ?」
怪訝そうな顔を向けるダーヴィット様に向けて、にゃんこさんJrを抱っこしながらにっこり笑顔で私は言う。
「この、猫の飼い主は私ではありません」
「ニャー」
「……は?」
私が一歩下がると、後ろからずいっと無言でボブさんが現れた。
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当然だけど、彼は静かに怒っていた。
「こちらの我が家の庭師であるボブさんが飼い主なのです」
「ニャー!」
「………………え」
大男で、お祖父様似に負けず劣らずの凶悪顔に加えて頬に走る傷(猫に付けられただけ)があり、まるで裏社会を生きてきたかのような風貌なボブさん。
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「ええっと? …………飼い主諸共、地獄を……の続きは何でしょうか? アディオレ公爵令息様?」
「〇✕△っっっ!?」
ニヤリ……
ボブさんの最高とも言える笑顔を見たダーヴィット様は、腰が抜け、声を失い身体を震わせると、みるみるうちに真っ青になっていった。
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