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第16話 久しぶりの婚約者
しおりを挟む家に戻ってからの私は、落ち着かなくて庭に行ってにゃんこさんJrと戯れていた。
「ニャーー」
「にゃんこさん……元気だすにゃ? 大丈夫にゃ! そう言ってくれているの?」
「ニャー!」
「ありがとう!!」
私はガバッとにゃんこさんJrを抱きしめる。
「ニャッ!」
(……本物のジュラール殿下に、二人の入れ替わりが分かっていることを匂わせちゃったけれど、大丈夫……よね?)
「何かお咎めを受けたり───いいえ。ややこしい事をしている二人の方がいけないんだもん。私は悪くないわよね? にゃんこさん!」
「ニャー!」
ただ気まぐれにそっくりな双子なのを利用して違いが分からない人たちを見て楽しんでいるだけ───……
そんな理由だったらもちろん許せないけれど……
なんであれ、それを見破ったからといって私がお咎めを受ける理由にはならない。
「それに、理由はある……と思うのよね」
「ニャ?」
本物のジュラール殿下がどんな方なのかは、正直よく分からない。
でも……
「少なくともエミール殿下は人を困らせて喜ぶ人じゃない……と思うの、よ」
だって、彼は私を助けてくれた。
放っておいてくれても構わないのに、私が落ち込んで泣いていないかずっと心配してくれていた。
必死に本当の自分を売り込んでいたのだって“エミール殿下”を悪く思って欲しくなかったからなのだと思うし……
「ニャーー!」
「……ふふ、にゃんこさんもそう思う?」
「ニャ!」
私はもう一度、ギュッとにゃんこさんJrを抱きしめる。
「不思議ね、どうしてエミール殿下のことを思うと胸がポカポカするのかしら?」
「ニャー」
「そうそう、にゃんこさん。聞いてくれる? 彼とだけは何故か触れるとピリッと静電気のようなものが身体に走るのよ? 双子でも兄の方は平気だったのに───」
ガシャンッ
(……ん?)
「ニャ?」
何の音かと思って後ろを振り向くと、少し離れた所で作業をしていたボブさんが後ろにいて、プルプルと身体を震わせている。
どうやら、持っていた作業の荷物を下に落としてしまったらしい。
「ニャー」
「ボブさ……」
「───フィ、フィオナお嬢様! い、い、今……!(ピリッとしたと言ってたーーーー)」
「い、今?」
ボブさんが何かに興奮していることだけは理解したけれど、理由が分からない。
そんなボブさん、いつものようにニカッとした笑顔を見せた。
「お嬢様、おめでとうございます! 遂に……(ビビビッとくる相手を)見つけられたのですね!?」
「ニャーーーー!」
「え……? 見つけた……? 何が?」
にゃんこさんJrが元気いっぱいに私の代わりに返事をボブさんに向かって返してくれたけれど、私には何が何だかさっぱり分からない。
「…………フィオナお嬢様、どうぞ大事に大事に(その気持ちを)育てて下さいね?」
「ニャーー!」
そう言ったボブさんは、手に持っていたお花をそっと私に渡す。
そして、くるりと振り返りにゃんこさんJrに向かってニカッとした笑顔を見せた。
「───にゃんこさんJr、遂にこの時が来ましたよ!」
「ニャーーーー!」
「え、大事に育てる……何? このお花、を……??」
ボブさんはにゃんこさんJrと珍しく手を取り仲良く感激し合っていた。
「にゃんこさんJr!」
「ニャーー!」
(こ、こんな光景初めて見た……)
一人と一匹がこんなにも意気投合することは滅多に無いことなので私は大人しく、歓喜の舞を踊るボブさんとにゃんこさんJrの様子を静かに見守ることにした。
───そんな光景に和んでいた私は、ちょうどこの頃、まさかダーヴィット様が双子王子の元を訪問していたなんて知る由もなかった……
◆◇◆
殿下に呼び出されてから、数日が経った。
言い逃げしたことへの不安は多少あったものの、その後、特に呼び出されることもなかったので、ダーヴィット様の地獄への招待状を着々と進めることに集中していた。
「……かなり節操なしの男ね」
私は集めた資料を手にしながら、ため息と共にそう呟いた。
まずは、侯爵家の我が家からでも調べやすい下位貴族の令嬢から……と思って地道な調査を進めてみれば……
出るわ、出るわの女性遍歴の数々。
(下位貴族の令嬢からもギラギラした目を向けられているなぁと思ってはいたけれど……)
「公爵家には逆らえないのをいいことに手当り次第? ……女の敵!」
何が酷いって公爵家が綺麗に揉み消しているせいで、ダーヴィット様の女癖の悪さが全く広がっていないこと。
だから皆、“自分だけが特別”そう思っているのがよく分かる。
「──でも、ダーヴィット様も公爵家も甘いわね……」
どれだけ金を積んだのか、それとも脅したのかまでは知らない。
だけど、どんなに関係があったことを封じようとしたところで、当の令嬢たちの口は案外軽いもの。
(だって、本当は自慢したくてたまらないと思っているから)
───ダーヴィット様は、とても真面目な方だから……婚約したのに私とはあまりそういう雰囲気にはならなくて。それで、もしかしたら他に本当に愛する女性が……なんて考えてしまって……
と、こちらが下手に出て見れば、令嬢たちはそれはそれは嬉しそうに、どこか勝ち誇ったような顔で私に言った。
ここだけの話ですけど───ってね。
本来は未婚の女性が……なんてとんでもないことなのに嬉々として話すんだもの……ほとほと呆れた。
「……殴るのは一発ではダメね。全然足りない。弄ばれた令嬢たちの分も殴らなきゃいけない気がしてきたわ」
──そうね……ついでににゃんこさんJrも召喚して、一緒に攻撃してもらうのもいいかもしれない。喜んでやってくれそう。
「あとは、伯爵家以上の令嬢たち……こっちの令嬢たちの方が面倒だわ……」
彼女たちは匂わせるだけでなかなか、口を割らない。
「……ん? この音……」
さて、どうしようかしらと首を捻った時だった。
我が家の方面に向かってくる特徴的な馬車の音……
あれは、ダーヴィット様の家、アディオレ公爵家の馬車の音だ。
「……来る! 何故かここ数日は静かだったのに!」
執拗いくらいの赤い薔薇と他の女性との香水に匂いを撒き散らした事前連絡無しの訪問が続いていたダーヴィット様。
なぜか、ここ数日はそれがピタリと止まっていた。
「……短い平穏だったわ」
ため息と共にそう呟いて仕方なく私は出迎える準備に向かった。
────
「…………っ!?」
「……」
「───えっと……あなたはダーヴィット様で、お、お間違いありませんか?」
玄関に現れた“その人”を見て私の口からはそんな言葉が飛び出してしまった。
「……フィオナには今の俺が何に見えていると?」
「(一応)ダーヴィット様、ではあるのですけども……」
「……」
じろりと睨まれた。
(……この数日、訪問が無かったのはこれが理由だったのね?)
そう思った私は改めてダーヴィット様の顔をじっと見る。
(誰か知らないけれど、強者がいるのね───……)
──理由は知らない。
誰が殺……やったのかも知らない。
本日、現れたダーヴィット様は、何故か頬を腫らしていた。
───そう。それはまるで誰かに殴られたかのように。
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