【完結】“便利な女”と嘲笑われていた平凡令嬢、婚約解消したら幸せになりました ~後悔? しても遅いです~

Rohdea

文字の大きさ
上 下
15 / 53

第15話 言い逃げしてみた

しおりを挟む

(なんで……!)

 どうしてここで“本物”が登場するの────……!

 だけど、間近で見ると分かる。
 ほんの少しだけど(子犬みたいなだけあって)エミール殿下の方が眉が下がり気味。
 声も思った通りかなり似ている……でも、本物の方が若干だけど低いわ。

「……」

 私は初めて間近で見るジュラール殿下をまじまじと見つめてしまった。
 そして、何故か殿下もじっと私を見つめてくる。

 そこでハタと気付いた。

 ……え?  ちょっと待って?  
 ところで今、この本物のジュラール殿下は、誰のつもりで私に話しかけているの!?
 ジュラール殿下として?  それとも、エミール殿下の振りをしているの?
 どっち!?

 服はエミール殿下と同じなのに!
 なのに目印となるはずの“上着”を彼は着ていなかった。

(……本当にややこしい!)

「えっと、いったいどうされたのでしょうか、殿

 とりあえず、私は笑顔でそう応えてみる。
 ───“殿下”
 ……なんて便利な言葉なのかしら!
 とりあえずどちらにも使えるので助かる。
 仕方ないから今はこれで通して、本物がどういうおつもりなのかを見極めるしかないわ。

「……」

 私のその答えにジュラール殿下はじっと何か言いたげに私を見つめたまま口を開いた。

「その……やっぱりまだ君を返したくなくて……もう少し僕と話を───」
「え?  話、ですか?」
「うん。名残惜しくて、追いかけて来てしまったよ」
「……」

(……この発言……ジュラール殿下はそのままジュラール殿下、ということ?)

 一瞬、甘い言葉を囁かれているような気がしたけれど、今、私の頭の中はそれどころではない。
 なぜ、エミール殿下のフリをせず本物が来たわけ?
 そればっかりが私の頭の中でグルグルしていた。
  
「驚くよな、すまない……」

 そう口にした殿下が手を伸ばして私の腕を掴んだ。

「───!」

 私はハッと息を呑む。

(あっ──ピリッとしない!)

 これがエミール殿下だったなら絶対にピリッとしていたのでは?  と思う。
 本物のジュラール殿下に対してはゾワッとはしない。
 けれど、何故かあまりいい気持ちはしなかった。

「は、話……ですか?」
「うん、もう少しだけ……ダメだろうか?」
「……」

 私が答えないので、しゅんと落ち込む様子を見せる本物の殿下。
 そんな落ち込む本物のジュラール殿下の顔を見て私は思う。
 その顔は、双子なだけあってエミール殿下にとってもとっても、そっくりよ!  
 ……でもね?

(却下!!  ───子犬っぽさが全然足りていないわ!)

「申し訳ございませんが、私はもう帰らないといけません。そう言いましたよね?  ……腕も離してくれませんか?」
「……あ、すまない」

 ジュラール殿下はそっと私の腕から手を離してくれた。
 だけど、その表情はまだ何か言いたげだった。

「……マーギュリー侯爵令嬢、あのさ……」
「殿下、このたびは色々とご心配をおかけしましたわ。そしてわざわざ私のような者にまで気を使って頂き、ありがとうございました」
「……」

 私がペコリと頭を下げると殿下は黙り込んだ。

「今後のこと……ダーヴィット様の件は、自分で殺……ケホッ、しま……決着をつけますので、どうぞご心配なく」
「う、うん?  自分でや?  しま?」

 ちょっと色々物騒な本音が飛び出してしまっていたせいか、殿下の頭の中の処理能力が追いついていないようで、ポカンと間抜けな顔になっている。

(もう、入れ替わりごっこに付き合うのも面倒だわ)

 そう思った私は顔を上げて言う。

「……ですから!  どうぞ、心配性で心優しい“エミール殿下”にもそうお伝えくださいませ!」
「あ、ああ。そうなんだよ。あいつはかなりの心配性で優し──…………ん?  えっ!?」

 本物のジュラール殿下が驚きの顔を浮かべたと同時に私はすかさず馬車へと乗り込む。

「それでは、失礼しますーー」
「──お、おい!  ま、待て!  今なん…………マーギュリー侯爵令嬢!!!!」
「出発して!」

 殿下の静止の言葉とほぼ同時に私の乗った馬車はそのまま出発した。

「おい!  今、お前、何っっ……こら!  おいっっっ!」

 本物のジュラール殿下が、馬車に向かって叫んでいた声はバッチリ聞こえたけれど、私は聞こえないフリをした。

(うーん……本性が出たわね……ジュラール殿下の方が気性は荒そう?)

 やっぱり性格……真逆なんじゃないのかしら?
 そんなことを思いながら、言い逃げした私は馬車に揺られて屋敷へと戻った。


◆◆◆


 その頃、エミールは自室にいた。

(──あれは、本当にジュラールが言っていたような静電気……なのだろうか?)

 エミールは手のひらを見つめながら、ボーとしていた。
 頭の中に浮かんでは消えていくのは彼女の姿。

(憂いは無くなったはずなのに、なぜ僕はまだ彼女を気にしている?)

 そんなことを考えていたら、突然、バーンッとすごい勢いで部屋のドアが開けられた。

「───おい!  エミール!」

 そうしてズカズカと部屋に入って来たのはジュラールだった。

「ジュラール?  どうしたんだ?  いや、それよりもだ!  どこに行っていたん───」
「そんなことはどうでもいい!  なんだあの令嬢は!」
「あの令嬢?」

 ジュラールが自分の言葉を遮って訊ねてきた。
 エミールはジュラールの言っていることがよく分からず首を傾げる。

「令嬢……マーギュリー侯爵令嬢のことだ!」
「……え?」

 エミールの脳裏にさっきまで考えていた彼女の姿が再び浮かぶ。

 話の途中で顔を赤くしていた姿は可愛いらしかったな。
 ──それに、元気そうでよかった。安心した。

(不思議だな……)

 彼女、マーギュリー侯爵令嬢を想うと何だか胸の奥がポカポカする。
 そんなことを考えていたら、目の前のジュラールの様子がおかしい。

「…………お前の言う通り、すごかった」
「え?」

 どういうことだ?  いつ二人は顔を合わせたのか?  と不思議に思った。

「さっき、帰りがけに姿が見えたから声をかけてみたんだ」
「は?」

(声を……かけた?)

 エミールは怒りを覚えた。そして珍しく声を荒げた。

「なに勝手なことをしているんだ!  ……ま、まさか、僕の……“エミール”の振りをしたのか!?」

 ジュラールはエミールの勢いに圧倒される。
 今まで、自分がエミールの振りをして人に話しかけても怒らなかったエミールが何故……?
 怖かったので慌てて否定することにした。

「ち、違う!  も、もちろん“自分”で話しかけたさ!」
「……ジュラールで?」

 その言葉にエミールは複雑な気持ちになり、眉間に皺を寄せる。
 “エミール”のことを悪く思われたくない。だから、僕の振りをしたジュラールに会わなかったのなら安心へした。
 でも、本物のジュラールに僕に向けてくれたのと同じ、あの可愛いらしい微笑みを向けていたらと思うと……

(……なんだ?  この気持ち……モヤッとする)

 自分でも制御出来ない気持ちに翻弄されていたら、ジュラールが言う。

「なぁ、エミール。これまでは僕らが入れ替わっていてもさ、誰も気づかなかっただろう?」
「ああ……」

 だからこそ、僕らの入れ替わりは成り立っている。

「だから、さ。これまでの人たちのように、どうせ本物だとは気付かないんだろう?  と思ってマーギュリー侯爵令嬢には声をかけたんだ」
「……そ、それで?  彼女の反応は?」

 エミールがおそるおそる訊ねる。
 彼女も僕らの違いに気付けず、ジュラールに好意を抱いてしまったら───……

(それは……嫌、だな)

「エミール。よく聞け……マーギュリー侯爵令嬢は───」

 ジュラールがそこまで言いかけた時、コンコンと部屋の扉がノックされた。

「……誰だ?」
「申し訳ございません───実は……ジュラール殿下、エミール殿下、お二人にお客様が見えております」

 顔を出したのは側近の一人だった。

「……客?」
「特に約束した人はいなかったと思うけど」
「おい、一体誰なんだ?」

 そんな首を傾げる二人に側近は言った。

「───それが、ダーヴィット・アディオレ公爵令息様でございます」

(……なっ!)

 エミールの脳裏に再び、マーギュリー侯爵令嬢の顔が浮かんだ。
しおりを挟む
感想 231

あなたにおすすめの小説

成人したのであなたから卒業させていただきます。

ぽんぽこ狸
恋愛
 フィオナはデビュタント用に仕立てた可愛いドレスを婚約者であるメルヴィンに見せた。  すると彼は、とても怒った顔をしてフィオナのドレスを引き裂いた。  メルヴィンは自由に仕立てていいとは言ったが、それは流行にのっとった範囲でなのだから、こんなドレスは着させられないという事を言う。  しかしフィオナから見れば若い令嬢たちは皆愛らしい色合いのドレスに身を包んでいるし、彼の言葉に正当性を感じない。  それでも子供なのだから言う事を聞けと年上の彼に言われてしまうとこれ以上文句も言えない、そんな鬱屈とした気持ちを抱えていた。  そんな中、ある日、王宮でのお茶会で変わり者の王子に出会い、その素直な言葉に、フィオナの価値観はがらりと変わっていくのだった。  変わり者の王子と大人になりたい主人公のお話です。

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。

ナナカ
恋愛
メリオス伯爵の次女エレナは、幼い頃から姉アルチーナに振り回されてきた。そんな姉に婚約者ロエルを譲れと言われる。さらに自分の代わりに結婚しろとまで言い出した。結婚相手は貴族たちが成り上がりと侮蔑する軍人侯爵。伯爵家との縁組が目的だからか、エレナに入れ替わった結婚も承諾する。 こうして、ほとんど顔を合わせることない別居生活が始まった。冷め切った関係になるかと思われたが、年の離れた侯爵はエレナに丁寧に接してくれるし、意外に優しい人。エレナも数少ない会話の機会が楽しみになっていく。 (本編、番外編、完結しました)

完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!

仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。 ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。 理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。 ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。 マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。 自室にて、過去の母の言葉を思い出す。 マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を… しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。 そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。 ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。 マリアは父親に願い出る。 家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが……… この話はフィクションです。 名前等は実際のものとなんら関係はありません。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

私は側妃なんかにはなりません!どうか王女様とお幸せに

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のキャリーヌは、婚約者で王太子のジェイデンから、婚約を解消して欲しいと告げられた。聞けば視察で来ていたディステル王国の王女、ラミアを好きになり、彼女と結婚したいとの事。 ラミアは非常に美しく、お色気むんむんの女性。ジェイデンが彼女の美しさの虜になっている事を薄々気が付いていたキャリーヌは、素直に婚約解消に応じた。 しかし、ジェイデンの要求はそれだけでは終わらなかったのだ。なんとキャリーヌに、自分の側妃になれと言い出したのだ。そもそも側妃は非常に問題のある制度だったことから、随分昔に廃止されていた。 もちろん、キャリーヌは側妃を拒否したのだが… そんなキャリーヌをジェイデンは権力を使い、地下牢に閉じ込めてしまう。薄暗い地下牢で、食べ物すら与えられないキャリーヌ。 “側妃になるくらいなら、この場で息絶えた方がマシだ” 死を覚悟したキャリーヌだったが、なぜか地下牢から出され、そのまま家族が見守る中馬車に乗せられた。 向かった先は、実の姉の嫁ぎ先、大国カリアン王国だった。 深い傷を負ったキャリーヌを、カリアン王国で待っていたのは… ※恋愛要素よりも、友情要素が強く出てしまった作品です。 他サイトでも同時投稿しています。 どうぞよろしくお願いしますm(__)m

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

男爵令嬢の私の証言で公爵令嬢は全てを失うことになりました。嫌がらせなんてしなければ良かったのに。

田太 優
恋愛
公爵令嬢から嫌がらせのターゲットにされた私。 ただ耐えるだけの日々は、王子から秘密の依頼を受けたことで終わりを迎えた。 私に求められたのは公爵令嬢の嫌がらせを証言すること。 王子から公爵令嬢に告げる婚約破棄に協力することになったのだ。

処理中です...