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第15話 言い逃げしてみた
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どうしてここで“本物”が登場するの────……!
だけど、間近で見ると分かる。
ほんの少しだけど(子犬みたいなだけあって)エミール殿下の方が眉が下がり気味。
声も思った通りかなり似ている……でも、本物の方が若干だけど低いわ。
「……」
私は初めて間近で見るジュラール殿下をまじまじと見つめてしまった。
そして、何故か殿下もじっと私を見つめてくる。
そこでハタと気付いた。
……え? ちょっと待って?
ところで今、この本物のジュラール殿下は、誰のつもりで私に話しかけているの!?
ジュラール殿下として? それとも、エミール殿下の振りをしているの?
どっち!?
服はエミール殿下と同じなのに!
なのに目印となるはずの“上着”を彼は着ていなかった。
(……本当にややこしい!)
「えっと、いったいどうされたのでしょうか、殿下」
とりあえず、私は笑顔でそう応えてみる。
───“殿下”
……なんて便利な言葉なのかしら!
とりあえずどちらにも使えるので助かる。
仕方ないから今はこれで通して、本物がどういうおつもりなのかを見極めるしかないわ。
「……」
私のその答えにジュラール殿下はじっと何か言いたげに私を見つめたまま口を開いた。
「その……やっぱりまだ君を返したくなくて……もう少し僕と話を───」
「え? 話、ですか?」
「うん。名残惜しくて、追いかけて来てしまったよ」
「……」
(……この発言……ジュラール殿下はそのままジュラール殿下、ということ?)
一瞬、甘い言葉を囁かれているような気がしたけれど、今、私の頭の中はそれどころではない。
なぜ、エミール殿下のフリをせず本物が来たわけ?
そればっかりが私の頭の中でグルグルしていた。
「驚くよな、すまない……」
そう口にした殿下が手を伸ばして私の腕を掴んだ。
「───!」
私はハッと息を呑む。
(あっ──ピリッとしない!)
これがエミール殿下だったなら絶対にピリッとしていたのでは? と思う。
本物のジュラール殿下に対してはゾワッとはしない。
けれど、何故かあまりいい気持ちはしなかった。
「は、話……ですか?」
「うん、もう少しだけ……ダメだろうか?」
「……」
私が答えないので、しゅんと落ち込む様子を見せる本物の殿下。
そんな落ち込む本物のジュラール殿下の顔を見て私は思う。
その顔は、双子なだけあってエミール殿下にとってもとっても、そっくりよ!
……でもね?
(却下!! ───子犬っぽさが全然足りていないわ!)
「申し訳ございませんが、私はもう帰らないといけません。そう言いましたよね? ……腕も離してくれませんか?」
「……あ、すまない」
ジュラール殿下はそっと私の腕から手を離してくれた。
だけど、その表情はまだ何か言いたげだった。
「……マーギュリー侯爵令嬢、あのさ……」
「殿下、このたびは色々とご心配をおかけしましたわ。そしてわざわざ私のような者にまで気を使って頂き、ありがとうございました」
「……」
私がペコリと頭を下げると殿下は黙り込んだ。
「今後のこと……ダーヴィット様の件は、自分で殺……ケホッ、しま……決着をつけますので、どうぞご心配なく」
「う、うん? 自分でや? しま?」
ちょっと色々物騒な本音が飛び出してしまっていたせいか、殿下の頭の中の処理能力が追いついていないようで、ポカンと間抜けな顔になっている。
(もう、入れ替わりごっこに付き合うのも面倒だわ)
そう思った私は顔を上げて言う。
「……ですから! どうぞ、心配性で心優しい“エミール殿下”にもそうお伝えくださいませ!」
「あ、ああ。そうなんだよ。あいつはかなりの心配性で優し──…………ん? えっ!?」
本物のジュラール殿下が驚きの顔を浮かべたと同時に私はすかさず馬車へと乗り込む。
「それでは、失礼しますーー」
「──お、おい! ま、待て! 今なん…………マーギュリー侯爵令嬢!!!!」
「出発して!」
殿下の静止の言葉とほぼ同時に私の乗った馬車はそのまま出発した。
「おい! 今、お前、何っっ……こら! おいっっっ!」
本物のジュラール殿下が、馬車に向かって叫んでいた声はバッチリ聞こえたけれど、私は聞こえないフリをした。
(うーん……本性が出たわね……ジュラール殿下の方が気性は荒そう?)
やっぱり性格……真逆なんじゃないのかしら?
そんなことを思いながら、言い逃げした私は馬車に揺られて屋敷へと戻った。
◆◆◆
その頃、エミールは自室にいた。
(──あれは、本当にジュラールが言っていたような静電気……なのだろうか?)
エミールは手のひらを見つめながら、ボーとしていた。
頭の中に浮かんでは消えていくのは彼女の姿。
(憂いは無くなったはずなのに、なぜ僕はまだ彼女を気にしている?)
そんなことを考えていたら、突然、バーンッとすごい勢いで部屋のドアが開けられた。
「───おい! エミール!」
そうしてズカズカと部屋に入って来たのはジュラールだった。
「ジュラール? どうしたんだ? いや、それよりもだ! どこに行っていたん───」
「そんなことはどうでもいい! なんだあの令嬢は!」
「あの令嬢?」
ジュラールが自分の言葉を遮って訊ねてきた。
エミールはジュラールの言っていることがよく分からず首を傾げる。
「令嬢……マーギュリー侯爵令嬢のことだ!」
「……え?」
エミールの脳裏にさっきまで考えていた彼女の姿が再び浮かぶ。
話の途中で顔を赤くしていた姿は可愛いらしかったな。
──それに、元気そうでよかった。安心した。
(不思議だな……)
彼女、マーギュリー侯爵令嬢を想うと何だか胸の奥がポカポカする。
そんなことを考えていたら、目の前のジュラールの様子がおかしい。
「…………お前の言う通り、すごかった」
「え?」
どういうことだ? いつ二人は顔を合わせたのか? と不思議に思った。
「さっき、帰りがけに姿が見えたから声をかけてみたんだ」
「は?」
(声を……かけた?)
エミールは怒りを覚えた。そして珍しく声を荒げた。
「なに勝手なことをしているんだ! ……ま、まさか、僕の……“エミール”の振りをしたのか!?」
ジュラールはエミールの勢いに圧倒される。
今まで、自分がエミールの振りをして人に話しかけても怒らなかったエミールが何故……?
怖かったので慌てて否定することにした。
「ち、違う! も、もちろん“自分”で話しかけたさ!」
「……ジュラールで?」
その言葉にエミールは複雑な気持ちになり、眉間に皺を寄せる。
“エミール”のことを悪く思われたくない。だから、僕の振りをしたジュラールに会わなかったのなら安心へした。
でも、本物のジュラールに僕に向けてくれたのと同じ、あの可愛いらしい微笑みを向けていたらと思うと……
(……なんだ? この気持ち……モヤッとする)
自分でも制御出来ない気持ちに翻弄されていたら、ジュラールが言う。
「なぁ、エミール。これまでは僕らが入れ替わっていてもさ、誰も気づかなかっただろう?」
「ああ……」
だからこそ、僕らの入れ替わりは成り立っている。
「だから、さ。これまでの人たちのように、どうせ本物だとは気付かないんだろう? と思ってマーギュリー侯爵令嬢には声をかけたんだ」
「……そ、それで? 彼女の反応は?」
エミールがおそるおそる訊ねる。
彼女も僕らの違いに気付けず、ジュラールに好意を抱いてしまったら───……
(それは……嫌、だな)
「エミール。よく聞け……マーギュリー侯爵令嬢は───」
ジュラールがそこまで言いかけた時、コンコンと部屋の扉がノックされた。
「……誰だ?」
「申し訳ございません───実は……ジュラール殿下、エミール殿下、お二人にお客様が見えております」
顔を出したのは側近の一人だった。
「……客?」
「特に約束した人はいなかったと思うけど」
「おい、一体誰なんだ?」
そんな首を傾げる二人に側近は言った。
「───それが、ダーヴィット・アディオレ公爵令息様でございます」
(……なっ!)
エミールの脳裏に再び、マーギュリー侯爵令嬢の顔が浮かんだ。
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