10 / 53
第10話 無自覚
しおりを挟む自分の目が人より異常だと気付いたのは子供の時だった。
私には遠くの物でも何でも、とにかくよく見えた。
そのせいで周囲と会話が噛み合わないことが多々あってずっと不思議で───……
(どうして、皆にはアレが見えないの?)
そういうことを何度か繰り返し、自分の目が人より良すぎることを知った。
だから、そんな私の目はたとえ距離があっても人の顔の細かな特徴までよく見える。
この双子の王子殿下たちもそう。
確かに二人はとてもそっくりだった。だけど、よーーく見れば、些細な違いというものはやはりあるものだ。
令嬢たちから助けられた時は私もジュラール殿下だとばかり思っていたけれど、上着を被せられた後、顔をまじまじと見た時に違和感を覚えた。
(なぜ、目の前のこの方がジュラール殿下の上着を着てジュラール殿下の振りをしているのかは分からない)
ただ、私には分かる。
この方は間違いなく、奔放と言われている第二王子のエミール殿下だ。
さきほど、「エミールを待たせている」と口にしていたから、この入れ替わりは意図的に行われたのだとは思う。
(気にはなるけれど、余計なことを口にして目を付けられても困るしね)
目の前のこの方がどちらの王子であれ、令嬢たちから助けてもらった事実は変わらない。
だから、私も正体に気付かない振りをすることに決めた。
「───さて、だいたいの方針は決まったので、あ! あとは、忘れないうちに先程の彼らの発言を記録に残しておかないといけませんね……」
「え?」
私がそう口にすると殿下がなぜか驚きの声を上げた。
いくら何でもさすがにずっと彼らの会話を覚えておくのは無理がある。
だけど、後々追い詰める時に必要になるはず。
忘れないうちに記録に残しておきたかった。
「殿下、紙とペンは持っていない……ですよね?」
「え? あぁ、すまない」
「ですよね……」
私ががっくり肩を落としていると殿下は言う。
「僕の部屋に行けばあるけど」
「え……」
「急いで取って来てもいいけど、君をこんな所で一人にはさせたくないし…………よし、一緒について来て?」
(ええ!?)
───そういうわけで、会場に戻るより前に、私は殿下の部屋に寄り道することになった。
(どっちの王子殿下の部屋に行くつもりなのかしら?)
ふと、そんなことを考えながら、私は殿下のあとをついて行く。
どちらの部屋に向かっているにせよ、私に正解は分からないし、そもそもこんな異例なことは今回限りのことだから構わないのだけれど。
そうして暫く、私たちは無言で廊下を歩いていた。
すれ違う使用人の数が少ないのは、パーティーに人を取られているせいかな、と思いながら歩いていると、殿下が意を決した様子で訊ねてくる。
「……マ、マーギュリー候爵令嬢! 一つ聞かせてもらっても良いだろうか?」
「は、はい? どうぞ……」
「先程から気になっていたんだが───」
何をそんなに改まって? と、不思議に思いながらも頷く。
「君は扉越しに声を聞いただけで、姿を見ていないのにダーヴィットと会話していた者たちがどこの誰なのか全員、分かったのかい?」
「……?」
王子殿下ともあろう人が何を聞いているのかと思った。
「ええ、はい。ダーヴィット様のご友人はあらかた紹介を受けて挨拶も交わしたので、もちろん声だけで分かりますけど?」
「……あの場にいたのは何人?」
「えっと……ダーヴィット様を除くとあと、他五人ですわ」
私は殿下に手のひらを見せて五本の指を立てる。
彼らはダーヴィット様を中心にして五人が立ち代り入れ替わりでごちゃごちゃ喋っていた。
「リュドン候爵家、ミクセル候爵家、シャークス伯爵家、ブラダン伯爵家、モリス子爵家のご子息様たちです」
「……そう、なのか」
「?」
なぜか、殿下が相槌を打ちながら、不思議そうな顔で私のことをじっと見ている。
「いや? 待てよ。ああ、でもそうか。君は彼らとは以前から面識があったのかな? だから誰が誰かなのか──」
「面識ですか? いいえ、どの方も本日のパーティーでダーヴィット様から紹介されたので初めてお会いした人たちです」
「えっ!」
殿下の目がゆっくりと大きく見開いた。
「初めて? ……それで、君はたった今、彼ら五人の声を判別して聞き分けていた……のかい?」
「そうですけど……?」
「……」
なぜかそこで殿下が黙り込む。
(そんなおかしな事かしら?)
“声”は皆、それぞれ違うわけだし、一度でも聞いた声なら聞き分けるのって普通のことだと思うのだけど……違うの?
そういえば、双子の殿下たちって顔だけでなくやっぱり声も似ているのかしら?
入れ替わりに周囲が気付いていないとなると、顔も声もそっくりなのでしょうね。
聞き分けてみたいわね~
───そんなことをぼんやり考えていた私は、(ジュラール殿下の振りをした)エミール殿下が驚愕の表情で私を見ていることに全く気付いていなかった。
その後、紙とペンをお借りして、あの腹立たしい発言の数々を書き取った私は、パーティー会場へと戻る。
「──本当に色々とありがとうございました」
共に会場に入ると変な注目を集めてしまうので、殿下とは扉の前で別れることにした。
「マーギュリー候爵令嬢……えっとこんな事になってしまったけど……その、元気……いや、違うな……」
「……」
おそらく、殿下は“元気を出してくれ”と言いたいのかもしれない。
気を使わせてしまったわ、と申し訳なく思う。
「殿下、ありがとうございます。ですが、私は大丈夫ですから」
「マーギュリー候爵令嬢……」
殿下の顔は未だに私を心配してくれている。けれど、私は笑顔でそう応えた。
もはや今、私の頭の中はショックよりも、これからダーヴィット様をどう殺……ケホッ……始末……ゲフンゲフン……するかでいっぱいだった。
(こういう時は、やっぱりお祖父様が頼りになるのよねー……)
お祖父様に頼めば、あの、ムッキムキの身体できっとダーヴィット様をボコボコにしてくれるけれど、可能なら私が自分でやりたいし……でも、どう攻めていくかは相談させてもらって──あぁ、やることがたくさん!
「それでは、(これから色々とやることがあるので)私はこれで失礼しま……」
「あ、待っ……」
私が笑顔のままそう言いかけたら、殿下が私に向かって手を伸ばして頭を撫でた。
その瞬間、また身体にピリッと電流が走った。
(────へ?)
謎の刺激と謎の行動の意味が分からず、ポカンとした顔で見上げると、殿下は頬を少し赤くしながら言った。
「む、無理して笑わなくても大丈夫だ。何かあれば僕と……そうエミールも! エミールも頼ってくれて構わない!」
「え……?」
「あ、あいつも多分、きっと君の力に──なる、と……思う」
「……」
(な、何それ……!)
私が何も気付いていないと思って、必死に“自分”を売り込む殿下が可笑しく見えてしまう。
「ふ、ふふ……」
「マーギュリー候爵令嬢……? な、なんで笑う?」
思わず、私は笑いが込み上げてくる。
エミール殿下は奔放などと言われているけれど、実際は違うのかもしれない。
なんてこっそり思った。
「ありがとうございます、その時はぜひ、よろしくお願いしますね……エ、エミール殿下、にもよろしくお伝え下さい」
「あ、ああ」
私はもう一度笑顔を見せて会場へと戻った。
────
「フィオナ嬢!」
「……ダーヴィット様?」
コソッと会場に戻ると、私の姿を見つけたダーヴィット様が駆け寄って来る。
「姿が見えないから心配したよ? どこに行っていたんだい?」
「───そうでしたか? ダーヴィット様が適当に過ごしていてくれと仰られていたので、適当に過ごしていただけなのですが」
「……ゔっ」
ダーヴィット様は自分で口にした言葉を思い出したのか、声を詰まらせていた。
「──この先、色々とお付き合いがありそうな令嬢たちとお話して過ごしておりましたわ」
「うん……?」
私はダーヴィット様に笑顔でそう口にしながら、もう一度、私にギラギラの敵意を向けてくる令嬢たちの顔を一人一人こっそり確認しておいた。
98
お気に入りに追加
5,290
あなたにおすすめの小説

成人したのであなたから卒業させていただきます。
ぽんぽこ狸
恋愛
フィオナはデビュタント用に仕立てた可愛いドレスを婚約者であるメルヴィンに見せた。
すると彼は、とても怒った顔をしてフィオナのドレスを引き裂いた。
メルヴィンは自由に仕立てていいとは言ったが、それは流行にのっとった範囲でなのだから、こんなドレスは着させられないという事を言う。
しかしフィオナから見れば若い令嬢たちは皆愛らしい色合いのドレスに身を包んでいるし、彼の言葉に正当性を感じない。
それでも子供なのだから言う事を聞けと年上の彼に言われてしまうとこれ以上文句も言えない、そんな鬱屈とした気持ちを抱えていた。
そんな中、ある日、王宮でのお茶会で変わり者の王子に出会い、その素直な言葉に、フィオナの価値観はがらりと変わっていくのだった。
変わり者の王子と大人になりたい主人公のお話です。

初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。
ナナカ
恋愛
メリオス伯爵の次女エレナは、幼い頃から姉アルチーナに振り回されてきた。そんな姉に婚約者ロエルを譲れと言われる。さらに自分の代わりに結婚しろとまで言い出した。結婚相手は貴族たちが成り上がりと侮蔑する軍人侯爵。伯爵家との縁組が目的だからか、エレナに入れ替わった結婚も承諾する。
こうして、ほとんど顔を合わせることない別居生活が始まった。冷め切った関係になるかと思われたが、年の離れた侯爵はエレナに丁寧に接してくれるし、意外に優しい人。エレナも数少ない会話の機会が楽しみになっていく。
(本編、番外編、完結しました)

完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!
仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。
ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。
理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。
ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。
マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。
自室にて、過去の母の言葉を思い出す。
マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を…
しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。
そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。
ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。
マリアは父親に願い出る。
家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが………
この話はフィクションです。
名前等は実際のものとなんら関係はありません。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております

私は側妃なんかにはなりません!どうか王女様とお幸せに
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のキャリーヌは、婚約者で王太子のジェイデンから、婚約を解消して欲しいと告げられた。聞けば視察で来ていたディステル王国の王女、ラミアを好きになり、彼女と結婚したいとの事。
ラミアは非常に美しく、お色気むんむんの女性。ジェイデンが彼女の美しさの虜になっている事を薄々気が付いていたキャリーヌは、素直に婚約解消に応じた。
しかし、ジェイデンの要求はそれだけでは終わらなかったのだ。なんとキャリーヌに、自分の側妃になれと言い出したのだ。そもそも側妃は非常に問題のある制度だったことから、随分昔に廃止されていた。
もちろん、キャリーヌは側妃を拒否したのだが…
そんなキャリーヌをジェイデンは権力を使い、地下牢に閉じ込めてしまう。薄暗い地下牢で、食べ物すら与えられないキャリーヌ。
“側妃になるくらいなら、この場で息絶えた方がマシだ”
死を覚悟したキャリーヌだったが、なぜか地下牢から出され、そのまま家族が見守る中馬車に乗せられた。
向かった先は、実の姉の嫁ぎ先、大国カリアン王国だった。
深い傷を負ったキャリーヌを、カリアン王国で待っていたのは…
※恋愛要素よりも、友情要素が強く出てしまった作品です。
他サイトでも同時投稿しています。
どうぞよろしくお願いしますm(__)m
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

男爵令嬢の私の証言で公爵令嬢は全てを失うことになりました。嫌がらせなんてしなければ良かったのに。
田太 優
恋愛
公爵令嬢から嫌がらせのターゲットにされた私。
ただ耐えるだけの日々は、王子から秘密の依頼を受けたことで終わりを迎えた。
私に求められたのは公爵令嬢の嫌がらせを証言すること。
王子から公爵令嬢に告げる婚約破棄に協力することになったのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる