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第5話 話を聞いてくれない
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「フィオナ様? どうかされまさしたか?」
トゥスクル伯爵令嬢は、くりっとした大きな目をこちらに向けながらニコッとした笑顔で私の顔をじっと見ていた。
「……いいえ、なんでもないわ」
「ふふ、そうですか?」
私がそう答えると、トゥスクル伯爵令嬢はどこか意味深な微笑みを浮かべた。
彼女の言葉の一つ一つが何かを含んでいることは分かっている。でも……
(……今、この場で彼女にそれを聞くのは圧倒的に分が悪すぎる……!)
残念ながら今、このお茶会に私の味方と呼べる人はいない。
けれど、もし次にダーヴィット様からもこの香りが香ってくることがあったなら、その時はダーヴィット様には聞いてみるべきかもしれない。
私は、こっそり小さなため息を吐く。
(ボブさんの言っていた“女性慣れしている”って、こういうことなのかも)
これから先の私は、社交界でこういったダーヴィット様と何らかの関わりがあった令嬢たちにネチネチ絡まれるのかもと思うと何だか一気に憂鬱な気持ちになった。
(婚約するってもっと幸せで嬉しいものだと思っていたのに───……)
◆◇◆
「それは、フィオナお嬢様が(キザ野郎な)婚約者にまだ恋をしていないからですよ」
「ニャー!」
「恋を?」
令嬢たちとのお茶会の翌日、私はこのモヤモヤした気持ちを誰かに聞いて欲しくてボブさんとにゃんこさんJrに会うために庭へと向かった。
「リーファ奥様はご主人様と恋に落ちていたから、婚約した時も結婚してからもずっと幸せそうなのですよ」
「恋に落ちていた……」
「ニャー」
「にゃんこさんまでそう言うの……?」
にゃんこさんJrが私の膝に乗りながら元気よくお返事してくれた。
つまり、ダーヴィット様との関係を子供の頃から私がずっと憧れている素敵な恋にするためには、私からも歩み寄らないとダメということよね?
そして、私がダーヴィット様に恋をすればいい。
(あ、でも……)
私の頭の中に懸念事項が浮かぶ。
「……あのね、ボブさん」
「どうしました?」
「実は、私ね? ダーヴィット様にビビビッではなくて───……」
ゾワッとするの。
そう言いかけた時、私の耳に覚えのある馬車の足音が聞こえて来た。
私は言葉を切って慌てて顔を上げる。
「フィオナお嬢様? 何かありましたか?」
「ニャー?」
「───来る」
「ニャ?」
「はい? 来る?」
しゃがんでいた私はすくっと立ち上がる。
「……ダーヴィット様がこちらに……我が家に向かって来ているわ」
「え? 本日はお約束していたのですか?」
ボブさんに驚いた様子で聞き返されたので、私は首を横に振る。
「いいえ……でも、ダーヴィット様はいつも事前連絡をしないで突然来ることが多いの。今日もそうなのだと思うわ」
「ええっ!? そうなのですか!? (なんて、非常識ーーーー!)」
「シャーー!」
「!」
ボブさんの強面のお顔が、今すぐ二、三人くらいなら簡単に屠れそうなくらいの凶悪顔になってしまった。
ついでに、にゃんこさんJrまで臨戦態勢に入ってしまう。
「えっと、ボブさんもにゃんこさんJrも落ち着いて、ね?」
「ニャーー!」
「いいえ、フィオナお嬢様、にゃんこさんJrも非常識にゃと怒っていますよ?」
私は頷く。
「分かっているわ。ダーヴィット様にも何度もそう言っているのだけど…………とにかく今は急いでお出迎えの準備をしなくちゃ!」
「ニャー」
「ボブさん、にゃんこさんJr、話を聞いてくれてありがとう!」
私はそう言い残して慌てて玄関へと向かった。
────
「やぁ、フィオナ嬢!」
やはり、あの馬車の音はダーヴィット様の家の馬車の音だった。
ダーヴィット様は私の気も知らずに、今日も事前連絡無しでいつもの爽やか~な笑顔で我が家にやって来た。
そして、手にはまた薔薇の花束を抱えている。
「……ダーヴィット様。いつもお願いをしていますが、訪問される前には一言くらい……」
「フィオナ───そんな悲しいことを言わないでくれよ」
(まただわ……)
私は悲しくなった。
ダーヴィット様はこんな調子ではぐらかしてばかりで、まともに話を聞いてくれようとはしない。
「俺はこれでも次期公爵として忙しい身なんだ。だけどね、時間を見つけてこうしてフィオナ嬢、君に会いに来ているんだ」
「それは……」
ダーヴィット様がそう言いながら私に薔薇の花束を渡して来る。
ただ、先に連絡が欲しいだけなのに……どうして伝わらないの?
「また、そんな顔……どうせなら、もっと笑顔で出迎えてほしいんだけどな」
「……え?」
そう言ったダーヴィット様が今度は私の腰に腕を回して、そっと自分の方に抱き寄せた。
「!」
───ゾワッ
その瞬間、私の全身に鳥肌が立った。
(あ……)
さらに、今日もダーヴィット様からはあの香水の香りがする。
「ダーヴィット様……」
「うん? どうしたんだい?」
「前々から気になっていた……のですが」
「うん?」
ここまで来たなら、もう聞くしかない!
「ダーヴィット様から香るこの香水は────」
「ああ! フィオナ嬢! ははは、もしかして、君はヤキモチを妬いているのかな?」
「───え?」
私の思考がそこで一瞬止まる。
なぜ、ここでヤキモチという話になるのかさっぱり理解出来ない。
ダーヴィット様はやれやれと肩をすくめながら言う。
「ほら今、恋人や婚約者……もしくは夫婦で同じ香りを纏わせるのが流行っているからね」
「え……」
そんなの知らない。私にとっては初耳の話だった。
「要するに、君は俺のこの香りを嗅いで、もしや、俺が他の令嬢の香りを纏わせている? と思ってヤキモチを妬いてくれたんだろう?」
「え? いえ……そうではなくて……」
「ははは! 照れなくてもいいんだよ、フィオナ嬢」
(───どうしてなの? ダーヴィット様は、全然話を聞いてくれない!)
「嬉しいなぁ、君にヤキモチを妬いてもらえるなんて……さ」
「ですから、違っ…………!」
「そんな照れている君も可愛いよ」
私の全身には再び鳥肌が立った。
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