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第4話 違和感
しおりを挟む「フィオナ嬢? どうかしましたか?」
「え? あ……」
怪訝そうな様子のダーヴィット様に声をかけられて、ハッとした。
「真剣に手のひらをじっと見つめていたようなので」
「あー……い、いえ……」
(言えない。あなたに触れられて、ビビビッどころかゾワッとしただなんて……)
なんて答えたらよいものかと戸惑っていたら、何かを勘違いしたダーヴィット様が嬉しそうに、にっこり笑う。
「これはまた……フィオナ嬢は、随分と純粋な方のようですね?」
「え? 純粋、です、か?」
どこをどうしてそんな解釈になったのか分からず、私はただただ困り果てた。
「ははは、いいですね、あなたのそういう所も俺の理想です!」
「それは、あ、ありがとう……ございます……?」
「───フッ……これは、本当に…………が……だ」
「え? なんて?」
最後、なんて口にしていたのかがよく聞こえなかった。
すると、ダーヴィット様が甘く微笑みながら言う。
「…………いえ、あなたに婚約を受け入れてもらえて幸せ、だと言いました」
「そ、そうでしたか」
私は曖昧な笑顔を浮かべて微笑み返す。でも、内心は……
(本当に……?)
上手く言葉に出来ないけれど、なんとなく違うような気がした。
でも、まさかそんな指摘は出来ない、と下を向く。
(──いいえ。ここは変に疑うよりも、まずは信じることの方が大切よね?)
そう思い直して顔を上げたら、ダーヴィット様と目が合った。
(……ん?)
その瞬間、ダーヴィット様から香ってきた香りに私は違和感を覚えた。
ダーヴィット様から先日とは違う香りがする。使っている香水変えたのかしら?
でも、今日の香りは男性向けというより、どちらかと言うと女性が使いそうな甘い香り───……
そこまで考えたところで、ボブさんの言っていた“女性慣れ”という言葉が頭の中に浮かぶ。
「……」
「フィオナ嬢? やはり様子が……本当にどうかしましたか?」
「いえ……」
匂いの好みなんて人それぞれだものね。
そう思って私はそのダーヴィット様から香ってくる甘い香りは気にしないことにした。
(…………ん?)
「───……ああ!」
「フィオナ嬢?」
突然、私が変な声を上げたので、ダーヴィット様が再び怪訝そうな表情になる。
「……えっと、すみません。私たちがずっと玄関で立ち話をしてしまっているから、どうも使用人たちが困っているようなのです」
「え? 困っている?」
「ええ、玄関ではお茶も出せないし……と皆で困り果てているようです」
「あ、ああ。確かに、それはそう、ですよ……ね……」
ダーヴィット様はそう言いながら、キョロキョロと辺りを見回す。
「ダーヴィット様。せっかく来てくださったのですから少しお茶だけでも……」
私がそう勧めるとダーヴィット様も頷いた。
「───そうですね。せっかくなのでいただきます。ありがとう…………しかし」
そして、最後に「使用人の声……どこから?」と、不思議そうに首を傾げていた。
その後、ダーヴィット様は屋敷に上がるとお茶を飲みながら、とりとめのない話だけをして帰って行った。
─────
「つ……疲れた、わ」
ダーヴィット様が帰られた後、どっと疲れが出た私は部屋でぐったりしていた。
「フィオナお嬢様、大丈夫ですか?」
私付きの侍女のケリーが心配そうに背中を擦ってくれる。
「うぅ……ありがとう。さすがに事前連絡なしの突然の訪問は疲れるわー……」
「……ですがそれだけお嬢様との婚約が嬉しかったということですね」
「そう……なのよね?」
きっと本来こういう時は、お祖母様の愛読書でもある本のヒロインのお姫様のように、
“───そうまでして、私に会いたい! と思ってくれたのね……? 嬉しいわ!”
なんて胸をキュンと、ときめかせるのが正解のような気がする。
だけど、残念ながら私はダーヴィット様の姿を見ても胸がキュンとはならなかった。
(──私に胸キュンはまだまだ早いのかもしれない)
「ケリー、本を取ってくれる?」
「本、ですか?」
「ええ。そこの本棚の上から二段目の右から三冊目。お祖母様、絶賛オススメの一度読めばたちまち全乙女の胸がキュンキュンするという、今でも人気の衰えないあの本よ」
「ああ! ムキムキヒーローが活躍する……」
「そう、それよ」
ケリーが本棚に向かうと本を取って渡してくれる。
お祖母様曰く、この本にはたくさん胸がキュンキュンする要素が詰まっているそうなので、少し学習しなくては、と思った。
「───あ、そういえばケリー」
「はい」
「メルシャ製の香水って基本は女性向け、よね?」
私はダーヴィット様から香ってきた香りのことを思い出して気になって訊ねてみる。
あの香りはメルシャの香水だ。
「そうですね、貴族女性の誰もが一度は必ず手にすると言われるほど、有名なお店の香水ですから」
「……」
「もしかしてフィオナお嬢様、新しい香水をお求めですか?」
「え? あ、違うわ。ちょっと気になっただけ───」
私は笑って誤魔化した。
◆◇◆
それから、私とダーヴィット様の婚約の話は、瞬く間に社交界へと広がっていった。
ダーヴィット様は公爵家の嫡男で独身。
更には評判も“好青年”として高評価だったので、多くの女性がその座を狙っていたらしい。
そして婚約してからすぐに令嬢たちのお茶会に呼ばれた。
主催は私と同格の侯爵家の令嬢。
そんな彼女は私をチラッと見ながら言った。
「───フィオナ様、婚約おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「まさか、フィオナ様のような素ぼ……ケフン……大人しい方がダーヴィット様を射止めるなんて! 驚きですわ」
(───ははは、私もよ)
正直、未だに私自身が彼の言っていた“一目惚れ”が信じられずにいるのだから。
別の令嬢が続けて口を開く。
「本当、羨ましいですわぁ」
「ありがとうございます」
(───なんでお前のような平凡な女が)
「ほら、ダーヴィット様ってみんなに分け隔てなくお優しい方でしょう? 本命はおらずなかなか婚約されないのでは、と思ってましたのに」
「そうみたいですね」
(───特別だと勘違いしないことね)
「……(つ、疲れる)」
面白いくらいに繰り出される彼女たちの言葉の裏の意味が分かってしまう。
私は作り笑いで何とかその場をしのぎながら、お茶を何杯もおかわりしながらどうにか過ごしていた。
(さすがに苦しい!)
そろそろ、お腹もタプタプで、もう場を繋ぐのも限界───と思った時、隣に座っていながら、それまでずっと会話に加わろうとしていなかった一人の令嬢が静かに口を開く。
「ふふ、フィオナ様は皆にやっかまれて大変ですわね」
「え?」
(えっと、確かこの方は……トゥスクル伯爵家の───)
「でも、仕方がないですよね。ダーヴィット様は、本当に本当に素敵な方ですもの……」
「……」
「私なんて何度お会いしても、なかなか名前すらも覚えて貰えないんですよ~?」
「……」
くるくるした髪を弾ませながら、どこかうっとりした表情でそう口にした彼女からは、メルシャ製の甘い香水の匂いがした。
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