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第3話 婚約を決めたけど
しおりを挟むダーヴィット様との顔合わせのお茶会のあと、私はお父様に婚約を受け入れると報告をした。
「え? 婚約の話を受け入れる?」
「はい……お受けしてもいいかな、と」
そう口にしたところ、お父様が驚きの目を私に向ける。
「フィオナ……本当にいいのか?」
「はい……それに、公爵家からの申し出は断りづらいですし」
お父様のことだから、私が嫌だと拒否すれば無理をしてでも断ってくれると思う。
でも、そんな無茶はさせたくない。引き換えにアディオレ公爵家と確執が出来てしまう可能性があるから。
(社交界の派閥を考えると、それは望ましくないと思うのよね)
「フィ、フィオナが……婚約……」
お父様が頭を押さえながらふらふらとフラつく。
そんなお父様を見てお母様が慌てた。
「カ……カイン様!? 気、気をしっかり持って!」
「リ、リーファ……だって僕たちの可愛い娘が、よ、嫁に行くと……」
「嫁!? 落ち着いて! まだ婚約よ!」
お母様の言うように、まだ婚約の段階のはずなのに、今すぐ私を嫁に出すかのような心境になってしまったのか、涙ぐみ始めたお父様をお母様が必死に宥める。
「僕の可愛い娘……フィオナ……」
「お、お父様! さ、さすがにまだそんなに早く結婚はしませんから!」
私も必死に宥めにかかった。
「…………そ、そうだな! だが、フィオナのウェディングドレス姿まで想像してしまった……可愛かったが辛い……」
まさかの妄想までしていたお父様。
「それはさすがに気が早すぎるわ、カイン様!」
「分かっている。だが、花嫁を送り出す父親の心境というのは、こういうものなのかと……」
お父様は大真面目な顔でそう語る。
「リーファ……僕らの結婚式の時に号泣していた君のお父上も、こんな気持ちだったのだろうか……」
「え? それはどうなのかしら……ね。私のお父様とお母様はちょっと変わっているから……」
お母様は自分の両親にあたる、私にとってはお祖父様とお祖母様を思い出して苦笑いする。
確かにお母様の言うように、ちょっとあの二人は変わっていると言っていい。
ただ、あそこまでお似合いの夫婦というのもなかなかいないと私は思っている。
だからこそ憧れているのだけど。
(ダーヴィット様は、ちょっと胡散臭い気がするけれど、もしかしたら、これが私の素敵な恋になるかもしれないし……)
仲良くじゃれ合うお父様とお母様の様子を見ながら、私も将来、ダーヴィット様とこんな風に過ごせるようになれたらいいな、と思った。
────
「───ええ!? その赤い薔薇の花束を貰ったのですか? これまた抜かりのない男ですね(油断ならん!)」
「え? そうなの?」
「ニャー! シャー!」
私はダーヴィット様に貰った薔薇の花束をどう処理すべきか、強面で身体はムッキムキなのに性格は乙女で優しいお兄さん───庭師のボブさんのところに行った。
すると、猫のにゃんこさんJrに引っ掻かれながらも、ボブさんは珍しく神妙な面持ちでそう言った。
「その方は、フィオナお嬢様とはこれまであまり面識はなくほぼ初対面だったのですよね?」
「ニャー!」
にゃんこさんJrが代わりに返事をしてくれたけど、その通りなので頷いた。
「そこにいきなり、赤い薔薇の花束とは……(胡散臭い!)」
「……やっぱり、あのプレゼントは普通ではないのかしら?」
「そうですね……何だか女性慣れしている男の空気を感じます」
ボブさんは、うーんと考えながらそう答えた。
(女性慣れ……)
「ニャー!! シャーー!」
「え? ちょっ……にゃんこJrさーーん!? い、痛っ」
にゃんこさんJrはメスなので、女性慣れした男などという言葉がいけなかったのかもしれない。
突然お怒りになられたにゃんこさんJrがボブさんにシャーと八つ当たりし始めた。
「……フィ、フィオナお嬢様……」
「?」
にゃんこさんJrとの格闘を終えたボブさんが、私の顔をじっと見つめながら訊ねてきた。
「昔、私がお話したことを覚えていますか?」
「ニャーー!」
「え?」
(ボブさんと? ───昔ってあれかしら? いつか私も素敵な恋をするわ……って)
「ビビビッてやつかしら?」
「はい! そ……」
「ニャーーーー!!」
またまたにゃんこさんJrが会話に乱入したけれど、どうやらそれが正解だったらしい。
ボブさんはにゃんこさんJrに再び手を噛まれながら私に言った。
「その婚約者となられる(キザ野郎な)男性と一緒の時間を過ごしてみればきっと自ずと分かりますよ」
「ビビビッが?」
「はい、ビビビッをです」
ボブさんはいつものように、ニカッとした笑顔でそう言ってくれた。
◆◇◆
「とりあえず、ダーヴィット様に頂いた薔薇はボブさんが色々活用してくれるみたいなので良かったわ」
貰った大量の薔薇をボブさんに預けて私は部屋へと戻った。
「……婚約、かぁ」
ついにその時が来たはずなのに、なぜだか全然実感が湧かない。
「そういえば、お母様やお祖母様はそれぞれの相手と出会って好きになってから、結婚したと聞いたけれど……私みたいに先に婚約をして後から好きになる、というのも……あり、なのかしら──?」
(素敵な恋……出来るわよね?)
────そして、お父様が婚約承諾の返事を送った翌日。
なんとダーヴィット様が突然、私の元を訪ねて来た。
「───フィオナ嬢! 話を受けてくれて嬉しいよ、ありがとう! 居ても立ってもいられずこうして約束も無いのに訪ねて来てしまったよ」
現れたダーヴィット様はとても嬉しそうな笑顔で私に向かってそう言った。
そんなに喜んでもらえるなら、お話を受けて良かったなと思う。
「い、いえ、こ、こちらこそよろしくお願いします」
「ああ! 必ず君を幸せにすると誓う」
ダーヴィット様がそう言いながら、私の手を取ってギュッと握った。
「───っ!」
「あ、す、すまない。突然触れられたら驚く、か……」
突然、手を握られて私の身体がビクッと震えたのを感じたダーヴィット様は、そう言いながら慌てて手を離す。
「……い、いえ。私の方こそ……す、すみません」
「あ、いや。こちらこそ……すまない」
「……」
「……」
私たちは何を話したらいいのか分からず、互いに無言になってしまう。
そんな無言の空気の中で──
(……なんで?)
私は、たった今、少しだけダーヴィット様に握られた自分の手をじっと見つめる。
そして思った。
(…………どうして、ビビビッではなく、ゾワッとしたのかしら……?)
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