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第8話 追っ手

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  そう嘆いていたら、部屋の扉がノックされた。

「どうぞ」
「フェリさん、起きていらしたのですね。おはようございます。朝のお支度の手伝いをと思いまして」

  そう言って使用人が部屋に入って来る。

「あ、ありがとうございます」

  (こんなにお世話されてしまってばかりでいいのかしら?)

  私は何も返せる物なんて無いのに。
  そんな事を思いながら朝の支度をした。



「フェリ、おはよう」
「リー様、おはようございます。す、すみません、お待たせしてしまい……」

  食事の席に向かうとリアム殿下は既にテーブルに着いていた。
  私が慌てて謝罪すると殿下は優しく微笑んだ。

「気にしなくていい。それより、よく眠れたか?」
「は、はい。おかげさまで。本当にありがとうございます」

  夢見は悪かったけれど、フカフカのベッドのおかげで朝までぐっすりだった事は間違い無い。

「……」
「リー様?」

  なのに、何故かリアム殿下が私の顔を見るなりしかめっ面で黙り込む。
  
「……そう言うわりに変な顔をしている」
「へ……ん?  ですか??」

  女性に向かって“変な顔”とは何事かと文句が浮かびそうになったけれど、ちょっと待って?  と思い直す。
  きっと、そういう意味じゃない。そんな気がする。

  リアム殿下はしかめっ面の表情のまま、そっと私に手を伸ばした。
  そして、優しい手つきで私の頬に触れる。

「!!」

  (気安く私に触らないで頂戴!!  ……ではなくて!  な、何をするの!?)

  殿下の突然のこの行動に胸がドキドキする。
  あまりにもドキドキしすぎて、一瞬思考が悪役王女に戻りそうになった気がした。

「リ、リー様……?」
「あ、ごめん。確かに顔色は昨日よりは良いとは思うんだ。でも」
「でも?」

  リアム殿下は少し間を置いてから言った。

「…………何か憂いでいる様にも見える」
「!」
「昨日とは違う、新たな悩みが増えた……そんな顔だ」
「リー様」

  ───この方はなんて鋭いの?
  触れられている所も熱いし、色んな意味で胸がドキドキする。

「何か嫌な事でもあったか?」
「そ、そういう事では……」
「……」
「……」
  
  なんて答えたものかと私が躊躇ってしまいそれ以上の言葉を発せず、互いに黙り込んでしまう。
  その時だった。

「お話中、失礼致します。旦那様、少しよろしいでしょうか?」
「ん?  何だ?」
「……!」

  家令からの声掛けに、すっとリアム殿下の手が私の頬から離れてしまう。

  (バカな私……何故かさみしい。そう思ってしまった……)

「実は門の入口に」
「入口に何だ?  誰か訪ねて来たのか?」

  こんな朝早くから、来客?
  リアム殿下も不思議そうで、私も内心で首を傾げる。

「はい……それが王宮……アーロン王太子殿下の騎士団の者でして」
「は?  騎士団だと?  それも王太子殿下の?  何故こんな屋敷を訪ねて来るんだ……?」

  リアム殿下が困惑の声をあげた。
  私も動揺する。

  (────何ですって!?)

  お兄様の騎士団?
  そんな人間達が朝から動いているなんて……理由は一つしか考えられない。

  (私の捜索!!)

  これは絶対に私の追っ手!
  お兄様は城の者達と夜通し私を探していたはず。
  けれど、見つからないのでこっちにまで捜索の手を伸ばす事にした……?

  (だからってまさか、騎士団まで動かすなんて!)

  きっと、この屋敷に匿われていなかったら、きっとすぐに見つかってしまっていた。そんな気がする。

  (お兄様……あなたはそんなにも私を殺したいの?)

  意気揚々と私を処刑すると語っていたらしいお兄様。私の処刑に頷いたお父様とお母様。
  王女フェリシティはそんなにも周りから死んでくれと願われるような存在なのだと改めて思わされた。

「何の用か分からないが、仕方がないか。行って来る───心配するな」
「……」

  リアム殿下はチラッと私を見てそう口にすると門に向かって歩き出した。
  私は何も言えず、その背を黙って見送る事しか出来なかった。

「フェリさんはどうぞ、食事の席に」
「は、はい……」

  このまま突っ立っていてもしょうがないので促された私はそのまま席に着く。
  でも、心が落ち着かない。

  (リアム殿下は騎士団の団員から話を聞いて私が逃げ出した王女だと気付くかしら?)

  それ以前に既に気付いている可能性は?
  それと、夢で見たゲームの設定も気になる。

  (私は自分でも知らない内にリアム殿下の大事な何かを──)

  心当たりなんて何も無いけれど、もしも私が何かをしてリアム殿下を傷つけていたらすごく嫌だ。彼はこんなに私に良くしてくれているのに……





「フェリ?  身体が震えているぞ?  寒いのか?」
「!」

  しばらくして後ろからリアム殿下の声がしたので、ハッと振り返る。
  話を終えて戻って来たらしい。

「あ……」
「どうした?  今度はそんな変な顔をして。朝から憂いたり変な顔をしたりして落ち着かない奴だな」
「……」
「どうせなら──……コホッ。いや、何でもない」

  リアム殿下は何かを言いかけてやめた。
  そこにすかさず家令が殿下に確認する。

「旦那様?  騎士団彼らは何の用事だったのですか?」
「あー……あぁ、人を探しているらしい。どうも人が牢屋から逃げ出したらしくてな」

  その言葉にドキッとした。

  (やっぱり、私の事だ───……)

「人、でございますか?」
「あぁ。それもとんでもない人物の名前だったよ。よく逃げ出せたなと逆に感心する」
「それで、彼らは何故この屋敷を訪ねて来たのでしょうか?」

  (そうね、それは私も気になる──)

「まだ、そんなに遠くに逃げたとは思えないけれど、こっちの方まで逃げて来るという可能性もあるから万が一、見かけたらすぐに通報しろと言う話だった」
「はて?  逃げ出したのはそんな誰もが見て分かる人物なのですか?」

  (…………そうね、普通はそう思うわね)

「少し前に騒がれていただろう?  覚えていないのか?」
「……あ、あぁ、あの!  つまりその人物は……」
「そうだよ。今日、大々的に処刑されるはずだった──フェリシティ王女殿下さ」

  リアム殿下は淡々とした口調でそう言った。

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