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第38話 モブの卒業
しおりを挟む───その頃、パーティー会場では。
グレイソン殿下が、令嬢を抱っこして連れ去った! また、ご乱心か?
と、ちょっとした騒ぎになっていた。
「レイズン様、グレイソン殿下とクロエ様……上手くいくでしょうか?」
「ああ……兄上には上手くいってもらいたいと思っているが……」
本日のパーティー主役であるはずの二人は、この騒がしい場の後始末を押し付けられたというのに呑気に二人の恋の行く末を心配していた。
「クロエ様……ちょっと暴走しかけていたグレイソン殿下を受け止められますかしら?」
「兄上の様子から言って今ごろ、もう一度熱い愛の告白をしていそうだよ」
レイズンの言葉にアビゲイルは頷く。
「あの二人……どこからどう見ても両想いでしたもの」
「そうだね」
「……グレイソン殿下が、クロエ様に侍女試験の勉強をさせるために、我が家の使用人のフリをさせて欲しいと頼まれた時は何事かと思いましたわ」
「ははは」
「本当に好きになった人には、あんなに重たい愛を向ける方だったのですわね」
うっとりした顔でそう口にするアビゲイルをレイズンはそっと抱き寄せた。
「……アビゲイル、それは僕も同じだ」
「レイズン様……」
「ずっとずっとずっと君に焦がれていた僕の想いだって重いと思うよ?」
「まあ! ふふ」
公衆の面前で堂々と二人の世界を作り上げる未来の王太子夫妻。
しかし、この会場内には、半泣きのピンクとそのピンクに放り投げられた無惨な状態の侯爵令息がいる。
仲睦まじいのはいいが、とりあえずあの二人をどうにかして欲しいとパーティーの参加者たちは強く思っていた。
「……レイズン様」
「アビゲイル……」
二人は互いに名前を呼び合い顔を見合わせ、ふふっと笑う。
「……重たい愛と言えば……ジョバンニが一番の間抜けだったね」
「そうですわね……まさか、実はあれでクロエ様の事がお好きだったなんて」
アビゲイルが、床に這いつくばったままのジョバンニをゴミのような目で見る。
「さすがにいつまでもこのままにはしておけないですわ」
そう言って長く深いため息を吐きながら、レイズンと共にジョバンニの元へと向かった。
「ジョバンニ様? 失恋のショックが大きいのは分かりますが、そろそろ起きたらどうです?」
「……」
「いくらミーア様に唆されていても、浮気はやりすぎですわ」
「……」
アビゲイルは思う。
クロエに恋をした時点で、その時に関係があった女性とは全て手を切って一途な男になれていれば、クロエに捨てられる事は無かったかもしれないのに、と。
そんな中、ようやく渋々と起き上がったジョバンニ。
しかし、その顔はまだ、現実を受け入れられていない表情に見えた。
そんなジョバンニにレイズンが更なる追い打ちをかける。
「諦めろジョバンニ。今ごろ、クロエ嬢は兄上がたくさん愛でているだろう」
「ぐっ!」
「そうですわね。キスくらいまでで止まっていて欲しいのですけど……」
「……キス、だと? ……クロエが……殿下、と? ……クロエのファースト……キス……とくべつな……」
頭の中で想像をしてしまったのか。
ぐぁぁぁと唸って頭を抱えるジョバンニを見て二人と会場内の人達はやれやれと呆れるしか無かった。
──────
───チュッ
「……んっ」
「クロエの唇は甘いね……」
「グレイ様……」
───チュッ
「……ジョバンニも触れていない、クロエの唇。最初に触れられる幸運な男になれた……幸せだ」
「!」
(あ、あの時の? ……ゆ、夢かと思っていたけれど……)
腰砕けになって卒倒する前に言われた……のよね?
「グレイ様……あれは冗談では……」
「まさか! 本気でクロエのことを口説いていた」
───チュッ
「早くジョバンニから君を奪いたくて……堂々と触れられる存在になりたくて……」
「ん……」
殿下からの甘いキスと甘い言葉のせいで、もう私の頭の中がトロトロになりそう────……
──
殿下に私室に連れ込まれて、お互いの気持ちを確かめ合って、その後何故か寝室に連れ込まれた私。
“欲望”という炎をメラメラ燃やした殿下は、ふっかふかのベッドに横になった私の上にキスをしながら覆いかぶさって来た。
(───!)
な、なんて展開の早さ!
でも、この世界は年齢制限のあるゲームでは無かったはずのに!
なんて情報が頭の中を駆けめぐる。
だけど、ふと思った。
(もう、ここはゲームじゃない)
ゲームではあんなに可愛かったはずのヒロインはとんでもない人だった。
逆に、冷酷で陰湿な虐めを繰り返すアビゲイル様は、惚れ惚れするくらいの堂々とした高貴で誇り高い令嬢で……
私はついでに婚約破棄されるだけのモブ……
「クロエさ、前に私に言ってくれた言葉を覚えている?」
「え?」
「“あなたは私のヒーローです”……そう言ってくれた」
確かに口にしたわ。
だって、そう思ったんだもの……
「い、言いました……」
私がそう答えると、殿下は蕩けそうなほど甘く甘く微笑んで言う。
「それなら、クロエはずっと“私のヒロイン”だ」
「!!」
───モ、モブの私が……ヒロイン!?
(……って、違うわ。もう私は“モブ”じゃない)
グレイソン殿下だって、“皆のヒーロー”ではなくて、“私のヒーロー”なのだから。
「私はこの先、どんな事からもクロエを守れるヒーローでありたい」
「……わ、私、大人しく助けを待っているだけのヒロインには、な、なれません……!」
だって、またジョバンニ様みたいな気持ち悪い人に出会ったら……殴ってしまうかも。
私がおそるおそるそう伝えたら、殿下は目をパチクリさせた。
そして、すぐにフハッと笑う。
「構わない。それでこそ、私の好きになったクロエだよ」
「グレイ……さま」
「だから、そのままのクロエが私の“ヒロイン”だ」
そう言って殿下の顔が近付いてきて、もう何度目かも分からない長い長いキスを交わす。
ヒロインだなんて照れくさいけれど、グレイ様だけのヒロイン……になれるのはやっぱり嬉しい。
もう私はモブではない。
ピンク色の髪をしていなくても、私はグレイ様だけのヒロインだから───強く強くそう思った。
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