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第37話 愛しい人

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「でん……いえ、グレイ様……お、降ろし……」
「……」

  私を抱き抱えたまま会場を飛び出した殿下は、無言のまま私を降ろすこともせずにスタスタと迷いない足取りでどんどん歩を進める。
  そして、どこに行くのかと思っていると、とある部屋の扉の前に辿り着いた。
  その何だか豪勢な扉を見上げた私は思う。

  (え……多分だけど、この部屋ってグレイソン殿下の私室なんじゃ……)

  絶対に間違いないはず。
  だって、ここに来る途中には衛兵がいたもの。それってつまり、ここは許可のない人は通れない区画という事でしょう?
  そんな場所と言ったら王族のプライベートの場所しか───……

  (た、確かに二人っきりにはなれるけれども!!)

  でも、婚約者でもない未婚の男女二人が過ごすにはちょっと…………いえ、かなりよろしくないわ!

「あ、あの……」
「……」

  そんな焦る私の気持ちを知ってか知らずか、殿下はやっぱり無後のままニッコリ私に微笑むとそのまま扉を開けて中に入った。




「───グレイ様、強引すぎます……!」
「うん、分かっている。強引だったという自覚はある。ごめん……でも」

  殿下は部屋に入ってすぐに私を降ろしてくれた。
  前世の余計な知識がいっぱいある分、こ、このままベッドに直行されたらどうしよう……!
  なんて内心バクバク状態で勝手に焦ったけれど、何故か部屋に入ってからのグレイソン殿下はここまでの強引な手段とは違っておそろしいくらい紳士だった。

  そう。部屋に入った彼はベッド!  ではなく、そっとソファに私を降ろした。

  (覚悟しろ!  とは何だったの?)

   なので、逆に戸惑ってしまう。
   そうして、ようやく気持ちも落ち着いた私は、まずは強引に連れ出した事に文句を言ってみることにした。

「でも、何ですか?」
「……」

  私が聞き返すと、殿下は気まずそうにそっと私から目を逸らす。

「……クロエが……私から逃げてしまいそうだった……から、多少、その強引でもなんでも、とにかく連れ出してしまえと思った……」
「!」
「すまない……」

  私が逃げ腰だったこと、見抜かれていたのね、と思った。
  そこまで口にした殿下はどこか気まずそうな面持ちで隣に腰をかけると、そっと私の両手を手に取ってギュッと握りしめる。
  そして、今度は私の目を見つめて言った。
  
「クロエは私のことが嫌いか?」
「ま、まさか!」
  
  ───むしろ、大好きです……もう常にキュンキュンしています!
  そんな言葉がつい口から出そうになるのを必死に思いとどめた。

「では、何故……急にあんなことを言って態度を変えて私と距離を取ろうとした……?」
「そ、れは……」
「私のクロエの想いが……気持ちが迷惑だったか?  アビゲイルが変な事を言っていたし……」
「そ、そんな事はありません!」

  私は必死で首を横に振る。
  そんな事は有り得ない。ジョバンニ様のよく分からない私への気持ちは、気色悪さと悪寒しか無かったけれど、グレイソン殿下の気持ちは嬉しくて嬉しくて……とにかく夢のようで……
  アビゲイル様の言っていた拗らせている?  とかはよく分からなかったけれど、迷惑なはずがない。

  (だからこそ……ちゃんと言わなくては)

  私もしっかり殿下の目を見つめて口を開く。

「私は……もう、クロエ・ブレイズリではないのです」
「もちろん知っている。クロエの願いが叶って、あんな父親と縁が切れて本当に良かったな、と心から思っているよ?」

  グレイソン殿下はそう言っていつものように優しく微笑んだ。
  その笑顔に胸がキュンとすると当時に申し訳ない気持ちが生まれる。

「で、すから、さっきも言いました。その……私はもう伯爵令嬢……貴族ですらありません……」
「……」

  殿下の真剣な目が私の顔を見つめる。
  そんなに、見られると続きが言い辛くなるけれど、どうにか口を開いた。

「そ、そんな私があなたの……グレイさま……グレイソン殿下の隣になんて立……」
「───クロエ!」

  殿下が私の名前を小さく叫んだ!  と思ったと同時に握られていた手が離される。
  あれ?  と思っていたら、殿下の腕は私の背中に回され抱き寄せられた。
  そして───……

「……っ!  ん!?」

  (────え?)

  ───グレイソン殿下の隣になんて立てません!  そう言うはずだったのに。
  その言葉の続きは言えなかった。
  殿下が無理やり自分の唇で私の唇を塞いでしまったから。

  (────えぇぇえぇ!?  こ、これって、キ……キス!?)

  私の脳内が大混乱している間に、殿下の唇はすぐに離れてしまう。
  そして、唇を離した殿下は私の両肩を掴む。

「クロエ……で、私の隣には立てないなんて言わないでくれ!」
「え……」
「クロエが……私のことを嫌いだとか、男として好きになれない、とか、ジョバンニのように気持ち悪くて嫌悪感を抱く……そういう理由を口にするなら私だって……む、難しいが、君のことを諦めなくては…………とは思、う」
「……!」

  そうは言うけれど、その表情は全然納得していないように見えた。

「だが……貴族ではなくなったから……そんな理由で……」
「理由では……?」
「納得出来るかーー!」

  (───えぇ!?)

  殿下は両肩から手を離すと今度は私の両頬に手を添えた。
  そして、真剣な瞳で私の目を見つめてくる。

「……好きだ、クロエ」
「あ……」
「あの会場でも言ったが、私は君のことが好きなんだ。これからも君と共に過ごしたいと望んでいる」
「……」

  私が答えられずにいると、殿下はさらに訊ねてくる。

「クロエは?  クロエは私のことをどう思っている?」
「…………え」
「王子だとか貴族だとかそんな事を全て抜きにして、だ。グレイソンと名乗る君に惚れているただの男のことをどう思っている?」

  なんて聞き方をするのだろう。
  ずるい……そんなのは狡すぎる。じんわりと私の目に涙が浮かぶ。
  そんな私の様子に殿下はハッとして頬から手を離すとオロオロし始めた。

「……クロエ……えっと、す、すまない……な、泣かせたかったわけでは……っっ」
「……」

  ヒロインの涙には全くこれっぽっちも騙されず、絆されなかった人なのに……
  私の涙でそんなに慌ててしまうの?
  そんなに私のことを想ってくれているの──?
  そう思ったら、もう我慢出来なかった。私は腕を伸ばすとギュッと抱きついた。

「───好きです」
「ん?  え!  んん?」
「……私も……でん……グレイ様が、あなたのことが好きです……」
「……」

  突然の私の告白に驚いているのか、殿下の手がどうしたらいいのか分からずに、私の背中の付近でオロオロとさ迷っている気配がした。
  そんな動揺の仕方ですら愛しい。

  (断罪の時はあんなにかっこいい姿なのに……)

  自分の前でだけは、そんなちょっと情けない姿も見せてくれる殿下。もう何もかもが愛しかった。

「大好き……です」
「……ク、クロエ」

  私達の目がパチッと合うと、どちらからともなくそっと唇が重なる。
  想いを確かめ合ってからのキスはより一層ひたすら甘く感じる。

「……ん」
「クロエ……」

  殿下は、チュッチュと何度も何度も角度を変えては甘い甘いキスを繰り返す。

「可愛い……好きだ……」
「……はい」
「君を愛してる」
「は……」

  殿下からの愛の言葉と甘いキスはしばらく止まらなかった。




「…………クロエ。すまない」
「え?」

  長い長いキス攻撃に頭がホワホワになってきた頃、唇を離した殿下が突然謝った。
  なんの謝罪かとドキッとした。

「私は、もう我慢出来ない!」
「え?  なに、を?」

  そう謎の宣言をした殿下が突然立ち上がると、この部屋に運んで来た時のように私を横抱きにした。

  (????)

  いったい、何が起きたのか分からず頭の中がはてなマークで埋め尽くされているうちに殿下はそのまま私を寝室へと運ぶ。

  (んんんん?)

  そして、殿下はそっと私をベッドに優しく丁寧に……まるで宝物を扱うかのように降ろした。

「グレイ……様?」
「クロエ……」

  そんな私を見つめる殿下の目の奥に欲望の炎が見えた気がした。
  なので……

  ────結局、私は平民のままなんですけどーー!?
  そこは問題にならないのですかーーーー??

  と、肝心なことを聞くまでにはそこから更に時間を費やすことになった。

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