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第31話 ヒロイン・ピンクの勘違い

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  ヒロインはこの場に完全に場違いともいえる弾んだ声で入って来た。
  そんな彼女に会場中の視線が一気に集中する。

「あらあら?  皆様、そんな顔をしてどうされたの?」

  ヒロインは謎の笑みを浮かべたまま、こてんと首を傾げた。
  私には不気味にしか思えないけれど、その仕草は見る人が見れば可愛いと思うのだろう。
  グレイソン殿下は、ヒロインもパーティーに呼ぶと言っていたから本当に呼んだ。
  そしてヒロインはわざとなのか偶然なのかこうして遅刻をしてかなり目立つ形で登場……と。

「ふふ、ちょっと張り切って支度していたら、遅れてしまったのだけど……パーティーはもう始まってしまっているわよね?  えーっと、ごめんなさい?」

  そう言ってヒロインは壇上にいるレイズン殿下とアビゲイル様を見上げる。
  あまりにもふてぶてしいその様子に見ている私たちは唖然とし、レイズン殿下とアビゲイル様も明らかに困惑した様子で顔を見合せていた。
 
「ん~?  本当にこの変な空気は……あ、もしかして!  ふふっ」

  ヒロインは不思議そうに首を捻っていたけれど、何か思い当たる事があったのかニヤッと笑う。
  そして、壇上の真下で頭を抱えて唸っているお父様と膝から崩れ落ちているジョバンニ様を見た。

「ふぅん……?」

  小首を傾げ、そう小さく声を発した後は、私と殿下に視線を向けた。

  (……ひっ!?)

  ヒロインはそれまでは不気味に笑っていたのにギンッと鋭い目で私を睨む。
  その目はまるで、「何で引っ付いてんのよ!」と言っているみたいだった。

「……クロエ、大丈夫か?」
「お、驚きました……が、大丈夫……です」
「そうか……」
「あ……」

  ヒロインの睨みがあまりにも怖かったので、人前だと言うのに思わず殿下にしがみついてしまっていた。
  そんな私を殿下は優しく包み込む。
  ときめいている場合ではないのに、胸がときめいてしまう。

  (い、今はヒロインよ、ヒロインの事を気にしないと……)

  必死に高鳴る胸を抑えながらヒロインの次の行動を注視した。
  その後のヒロインはすぐにまたニヤニヤした顔に戻り、キョロキョロと辺りを見回した。
  それは、まるで“誰か”を探しているようだった。

「……おかしいわね……?  なんでいないの」

  そう呟く声が聞こえた。
  ───いない?  
  誰の事を言っているの?


「誰かを探しているみたいだな」
「はい……」

  私と殿下は、小声でこそこそとそんな会話をする。

「……殿下は、ヒロ……ミーア様をどうされるおつもりなのですか?」
「これ以上、余計な事をしないよう、しっかり釘を刺しておきたい」
「それは……アビゲイル様が危険だからですか?」

  私がそう訊ねると、殿下はふっと優しく笑った。
  しかも、私を抱き込んでいる腕にぎゅっと力が入った気がする。

「クロエに危険がないように、だよ」
「わ、たし……ですか?」

  私が目を丸くしながら聞き返すと、殿下の笑みが深くなる。

「グラハム男爵令嬢がアビゲイルを嫌っているのは周知の事実だ。その侍女となるクロエの事を心配するのは普通だろう?」
「グレイ様……」
「それに、私が思うに何故かクロエにも敵意を向けているようにも思えるしね」

  それは、私もそう思う。
  さっきの睨みは本当に怖かった。あんなのヒロインのする顔じゃないわ……

「グレイ様……」
「クロエ……」

  私達は互いの名前を呼びあってそのまま見つめ合う。
  近くで、ジョバンニ様の「ぐはぁ!」という声が聞こえた気がしたけれど、気持ち悪すぎてもう関わりたくないので放っておく事にした。
  とりあえず、ヒロインとも話をしないと……と思った時だった。

「グレイソン殿下!  ブレイズリ伯爵令嬢から離れてください!  殿下は……騙されています!」

  さっきまでキョロキョロしていたヒロインは“誰か”を探すのは諦めたのか、こちらに近付きながら声を張り上げた。

「騙されている……?」
「そうですわ!  ……もしかして、殿下はまだお聞きになっていらっしゃらないのですか?  クロエ様の噂を……」
「……クロエの噂?」

  (……私の噂って何かしら?)

  殿下も不思議そうに首を傾げたけれど、私も内心で首を傾げる。
  アビゲイル様の侍女になる事は今、明かされたばかり。それ以外で私が人々の注目を集めるとしたら、ジョバンニ様くらいだけど……
  それも何か違う気がする。

  そんな首を傾げる私にヒロインは更に声を張り上げた。

「クロエ様って本当に節操がないのですね?  また、性懲りも無く殿下に色目を使って……ジョバンニ様が気の毒な事になっているではありませんか!」
「え?  だって、それは……」
「言い訳なんて聞きたくありません!」

  おそらく、ヒロインはここまでの流れを知らないから、私がジョバンニ様を要らないと発言をしていた事を知らない。
  だから、ジョバンニ様が打ちひしがれているのは、私が殿下と浮気したせいだとでも思っているのかもしれない。

「ジョバンニ様が相手にされていなくてお可哀想です!」
「──ぐはぁ!」

  ヒロインの言葉にジョバンニ様がまた、ダメージを受けている。
  おそらく、“相手にされていない”という言葉が刺さったのだと思われた。

「……何も知らないってすごいな。ジョバンニを擁護しているようで無自覚に傷を抉ってる……」
「ええ」

  殿下と小声で頷き合いながら、横目でチラッとジョバンニ様を見るとさっきより項垂れていた。

  (自業自得よ……!)

  深く追及はしなかったけれど、私の嫌がる顔や泣き顔が特に好きだった?
  何を言っているのかと思う。
  どうりで私の訴えが伝わらないはずよ……喜んでたんだもの!
  私が必死に訴えた続けた日々を返して欲しいわ。
  
「グレイソン殿下!  クロエ様は自分だけが幸せになりたくて他人を蹴落とすような悪どい人なのです……!」

  ヒロインはここで得意のうるうる攻撃に移ることに決めたのか、目に涙を浮かべ始めた。

  (……って、殿下には嘘泣きの技術を褒めれるくらいバレバレだった気が……)

「……どういう意味だ?  一体、何をしたと言うんだ?」

  グレイソン殿下が呆れながらも先を促した。
  殿下からは面倒だから早く終わらせたいオーラが滲み出ている。

「わ、私を使って男性を誘惑させ、他の令嬢達の婚約を潰すような真似をしたのです……」

  (……あ!)

  その言葉を聞いてようやくヒロインがこの場でしたい事を理解した。
  おそらく入場した後に探していたのは、ライバル令嬢たちの姿だ。
  ヒロインは、彼女たちが私に嫌がらせをすると思い込んでいるのだわ!
  そして、彼女たちが私の悪い噂を広めていると信じている……

  (グレイ様……何も知らないって本当にすごいです……)

  ライバル令嬢たちはもちろんこの場にはいない。

「わ、たし、ほ、本当はそんな事……したくなかったのに……クロエ様が……無理やり……うぅっ……」
「……それで?  クロエはどうしたんだ?」
「!」
 
  殿下が話に乗ってくれた!
  そう思ったらしいヒロインはますます演技に磨きをかけて話を続ける。

  ───その先を口にしたらどうなるかも知らずに。

「……ク、クロエ様は自分だけは幸せになりたかったのか……自分の婚約者のは誘惑するなとまで言ったのです……!」

  (───言った!)

  先程の私たちのやり取りを見ていれば、誰もがすぐに嘘だ!  と分かる捏造話をヒロインは堂々と口にした───
  
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