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第19話 気付いた気持ち
しおりを挟む殿下がそっと優しく私を抱きしめる。
私はそれを静かに受け入れた。
(温かい……安心する)
そう思った私は、いけないと分かっているのに自分から殿下の背に手を回した。
「……ク、クロエ?」
「……」
私の行動に驚いた殿下が驚きの声を上げた。
そんな殿下の声を聞きながら私は思う。
(もう無理……これ以上は自分の気持ちを誤魔化せないわ)
……好き。
私、殿下の事が……グレイソン殿下の事が好き。
(ずっとこうしてこの温もりを感じていられたらいいのに……)
なんてそれは無理な願いだと分かっているけれど。
でも今だけはこうして──
そう思っていたら殿下が私に声をかける。
「クロエ……」
「はい」
「君が、無事に試験に合格して……」
「はい」
「自由を手に入れられたなら……」
……ギュッ!
殿下の腕に力が込められた。
「その時に君に話したい事がある」
「話したい事……ですか?」
「ああ、とても大事な話だ。聞いてくれるだろうか?」
私が顔を上げて聞き返すと、殿下は真剣な目で私を見つめていた。
そんな目で見つめられて断るなんて選択肢……あるはずがない。
「……分かりました」
「ありがとう」
「私、絶対に合格出来るように頑張りますね!」
「クロエなら大丈夫だ」
殿下が微笑みながらそう言ってくれた。
もう、その言葉だけで何でも頑張れる気がする。
(大事な話……)
───無事に合格して、ジョバンニ様とも家とも決別出来たその時は……
私も殿下にこの気持ちだけでも伝えよう。
これまで良くしてもらったたくさんのお礼と大好きという気持ちを。
……そして、アビゲイル様に仕えながら、いつかあなたが素敵な令嬢と出会えて幸せになれるように……とひっそり願い続けるわ。
───
その後、殿下は「とりあえずこれは自分が持って帰るよ」そう言って地面に這いつくばったまま動かなかったジョバンニ様の回収を始めた。
ジョバンニ様は「うう……」とか「うぁぁ」とか魘されている。
とりあえず、反抗する気力は無さそうだった。
(そこまで魘されるなんていったい、殿下に何を言われたのかしら?)
「こいつはまた何かよからぬ事を企むかもしれないから、いい加減、この辺で始末しておかないとね」
「始末……ですか」
「うん、始末」
その言葉の響きと笑顔に薄らと怖いものを感じたけれど、騒動の後始末……という意味だと解釈し、お願いした。
「それじゃ、クロエ。また明日迎えに行くよ。図書館に代わる勉強場所は明日一緒に考えよう」
「はい……ありがとうございます」
試験はもう来週に迫っている。
あと少しだから、残りの日程は家で勉強すればいい……そう言って捨て置いてくれても構わないのに最後まで面倒を見てくれようとするその姿勢に胸がキュンとした。
(その期待に恥じない結果を必ず出してみせるわ!)
そして、ジョバンニ様ともこんな家ともおさらばするのよ!
改めてそう決意した。
───だけど、その日の夜。
(あと一週間……最後の大詰め……)
独りぼっちの夕食を終えて寝支度も終わり後は寝るだけ──
と、リラックスしていたら突然、バンッと大きな音を立てて部屋の扉が開けられた。
「クロエ!」
「ひっ!」
「……聞いたぞ! 今日、何やら騒ぎがあったようだな」
「お、お父様……」
その顔を一目見ただけで分かる。最悪の機嫌だわ。
かなり機嫌の悪い顔をしたお父様がノックも無しに私の部屋にやって来た。
遠慮もせずにズカズカと入って来る。
「ハウンド侯爵家から連絡があって出向いていた」
「!」
「細かい内容はよく分からなかったが、ジョバンニ殿があの落ちぶれ王子、グレイソン殿下を怒らせたとか何とか言っていた」
(落ちぶれ王子……)
その言い方が許せなくて思わずムッとなる。
「お父様! 訂正してください! その言い方は殿下にしつ」
「そしてその現場となったのが我が家で、お前が王子と共に居たというではないか! これはどういう事なんだ!」
「……」
私の言葉は遮られてしまった。
「察するにジョバンニ殿はお前に会いに来ていたのだろう? なのになぜ、お前は王子と居た?」
「……私が王子殿下と知り合いだったらおかしいでしょうか?」
私は今、公爵令嬢であるアビゲイル様の元を連日、訪ねている事になっている。
だから、グレイソン殿下と知り合っていてもおかしな話では無い……はずだ。
「どういう関係だ!」
「…………ただの友人です」
余計な詮索をされては困るので、私がそう答えるとお父様は鼻で笑った。
「今更、王家にも世間にも見捨てられた落ちぶれた王子などと知り合いになっても、何の得にもならんではないか!」
「……」
(見捨てられた……ですって?)
「クロエ。本当にお前は使えない娘だな。使える者と使えない者の判別も出来んのか」
「……」
「お前はジョバンニ殿の婚約者なのだから、なぜジョバンニ殿を助けなかったのだ!」
「……」
「あんな落ちぶれた王子などいてもいなくも構わんだろうに。なぜ王家も追放にしなかったのか……」
私のことは良いけれど、殿下のことをそんな風に言うのはやっぱり許せない。
「それでだ、クロエ。ハウンド侯爵家が言うにはな……」
「お父様! グレイソン殿下をバカにしないで下さい! 彼はとても立派な方です!」
「何?」
お父様の眉がピクリと動いた。
あぁ、これは怒り出す前兆。この後、手が飛んでくる合図。
分かっていても反論せずにはいられない。
「浮気する事しか能のないようなジョバンニ様なんかより、殿下はずっとずっと立派な方です! 使えないと言うなら、それはジョバンニ様の方です!」
「何をバカなことを言っている? ……公爵令嬢に冤罪をきせて婚約破棄宣言するようなクズ王子だぞ!?」
事情を知らなければそう見えるのかもしれない。
きっと、世間のイメージの大半もそうなのだろうと思う。
でも、本当の彼はそうじゃない!
私はちゃんとそれを知っている。
「いいえ! グレイソン殿下はクズなんかじゃありません!」
「……クロエ!」
「クズというのは、お父様やジョバンニ様の方です!」
「なっ! なんだと!?」
クズ呼ばわりされたお父様がカッとなる。
怒りで真っ赤になったその顔は今日のジョバンニ様とよく似ていた。
ろくでもない男というのは図星をさされると皆、こういう顔になるのかもしれない。
「浮気に暴力は当たり前……私の話なんてバカにして聞きもしない! なのに自分の意見だけは押し付ける! 本当に最低でクズなのはお父様とジョバンニ様でしょう!」
「ク、クロエのくせに生意気な事を言いおって……!」
怒りの形相のお父様の手が勢いよく振り上げられた。
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