15 / 43
第14話 メインヒーローとヒロイン
しおりを挟むグレイソン殿下は、私を外に連れ出す口実にセグラー公爵家の使用人のフリをしてくれているので、だいぶ印象が違うはず。
(それなのにまさか、こんなにもあっさりと……!)
ヒロインと攻略対象者は特別な絆でもあるのかしら。
……特にルートに乗っていた(と思われる)殿下とはより深い絆が……
(嫌だわ……)
またしても黒くてモヤモヤした気持ちが私の中で湧き上がってくる。
……ジョバンニ様はよく私に言っていた。
彼の軽はずみな行動に対して、私が苦言を呈する度に素直になれない照れ隠しの“ヤキモチ”だなと。
(違う! あんなのヤキモチとは違うわ)
本当のヤキモチというのは───きっと今のこういう気持ちだ。
「ふふ、私の目を誤魔化せるとでも思ったんですか~?」
クスクス笑いながら、ヒロインが一歩、一歩と殿下に近づいて行く。
そんなヒロインに対して殿下は言葉を返すこともなく、ただじっと見ている。
そこにどんな感情があるのかは……よく分からない。
「殿下ったら酷いです~、あれから全く連絡くれないですし……それに、パーティーの時だってぇ私があんな目に……」
「───アビゲイルや私達にはもう関わらない。そう誓ったのを忘れたのか?」
「……え?」
「修道院に行きたくないと、君が我々の前で泣いて懇願したから、そう誓わせてしばらくの間は様子を見る事になったはずだが?」
「っっ!」
殿下の冷たい声にヒロインの肩が揺れた。
そして俯くと、か弱そうな声を出しながら言った。
「そんな言い方……冷たいです……」
「……」
「パーティーの前はいつだってあんなにも優しく話を聞いてくれたじゃないですか……」
ヒロインはそこまで言うと再び、目をうるうるさせてグレイソン殿下をそっと見上げた。
(───すごい……)
顔を上げるタイミング、目の潤ませ方、見上げる角度、仕草……どれをとっても完璧。
庇護欲がそそられ守ってあげたい女の子……のお手本のようだわ!
超絶可愛い子にこんな顔をされたらコロッといかない男性なんていな───……
「当然だろう? 私は君たちの企みを知りたかっただけなのだから話くらいは聞く。むしろ話してもらわなくてはならなかった」
「…………は?」
「だが、優しくしたつもりはなかったが?」
「……え?」
(───ん?)
殿下が冷たい声のトーンのまま、表情も変えずに返したその言葉にヒロインの作ったうるうる目の可愛い顔が大きく歪んだ。
でも、さすがヒロイン。すぐに持ち直してきゃはっ☆とした笑顔を見せる。
「…………コホッ……やだぁ、もう殿下ったら。私、耳がおかしくなってしまったかも~」
「……? どうもこうも……今、言った通りなのだが」
「ぐっ!」
ヒロインは頑張って笑顔を取り戻したけれど、すげなく返されてまた撃沈していた。
「殿下は……私がアビゲイル様に虐められているんです、って言ったらいつでも話を聞くよって」
「それは聞くのが当たり前だろう? 自分の婚約者についての話なのだから」
(まぁ、それは……そう、ね)
「それは私の事を心配して……」
「……何故だ? 私が君の心配をする必要がどこにある? そもそも君はアビゲイルが~と、私の元へと報告に来る時、いつも笑顔で元気いっぱいだったじゃないか」
「え……」
「昨日、アビゲイル様に〇〇されたんですぅ~と報告されても、怪我もないし今日も笑顔で元気だなという感想しかなかったが?」
「は……?」
ヒロインの笑顔がピシッと凍りつく。
(ヒロイン……それって殿下に好かれようと笑顔振り撒きすぎて失敗したのでは……?)
「え? でも、私、泣きながら殿下に報告した事もあったはずです……」
「……涙? あぁ、確かにあったな。あれには感心した」
「かっ! 感心……です、か? 心配ではなく!?」
思っていたのと違う返答にギョッと驚いて聞き返すヒロインに、殿下はその時の事を思い出したのかうんうんと頷く。
「私は立場上、これまで数々の“嘘泣き”に出会って来たが……悲しくも何ともないのに、あそこまで涙だけを綺麗に流せるものなのか……と驚いたものだ」
「……!?」
「あまりにも演技の技術が凄くて思わず凝視してしまった」
「そ、それって…………泣いている私の事を温かく見守っていてくれていた……のでは……?」
「見守る……? 何の話だ?」
えーー、グレイソン殿下、真面目に首を傾げているわ。
ヒロインも焦りだした。
「で、では、私の心配をしてくださった事は……?」
「だから、一度も無いが? 私は、君の心配を一度だってした覚えは無い」
「いちっどもっ!?」
───一度だって心配した覚えは無い。
その言葉はヒロインにとって大きなショックだったらしい。
変な声を上げたと思ったら、あんなに可愛かった顔がどんどん崩れていく。
「では、わ、私があんなに大勢の前で恥をかかされたのは……」
「……良からぬ事を企んだのだから、自業自得だろう?」
「じ……!」
「当然の報いだ」
(何これ……)
私は呆然としながら二人の会話を聞いていた。
グレイソン殿下とヒロインの間から乙女ゲームの甘さを全く感じないんだけど!?
これは……
「それよりも、どうして君が図書館にいる?」
「……ど、どういう意味ですか? わ、私がどこに居たとしてもそれは私の勝手で……」
殿下の冷ややかな視線と言葉に、ヒロインはもうたじたじの様子。
「そういうことでは無い。君はいつだったか言っていた」
「え……?」
「眠くなってしまうから、本を読むのって苦手なんです……だから、勉強を教えて下さい……と」
「あっ……」
「忙しかったので断らせてもらったが」
「っっ!」
ヒロインはそう言われて、そこでようやくかつての自分の発言に気付いたのかハッとした顔をする。
そして、断られた時の悔しさも思い出したのかギリギリと唇を噛む。
(あら? それってグレイソン殿下ルートのイベントの一つで、確か貴族事情に疎いヒロインの為に二人で勉強しようってなるはずの……?)
殿下は断った……?
つまり、イベントは起きていない?
「に、苦手なものを克服しようとしただけです!」
「……」
「そ、そんなにも責められることですか?」
「……」
「むしろ、いい事のはず──って……そもそも、殿下だってここで何をしているんですかーって……」
と、ヒロインはそこまで口にしてからガバッと勢いよく私の事を見る。
「そう言えば! ……さっき、クロエ嬢って呼んでいた? ……どういうこと!?」
ようやく? というのも変だけれど、ヒロインはここまで来て私と殿下が一緒にいることに不審を抱いたようだった。
「ふ、二人こそ何をしているのよ! そもそも何でクロエ様なんかが……殿下と一緒に……!」
ヒロインは、私が最初に抱いた印象の可愛らしさは何処へやら……
今にも射殺してきそうな目で私を睨んだ。
58
お気に入りに追加
4,492
あなたにおすすめの小説
旦那様、離婚しましょう
榎夜
恋愛
私と旦那は、いわゆる『白い結婚』というやつだ。
手を繋いだどころか、夜を共にしたこともありません。
ですが、とある時に浮気相手が懐妊した、との報告がありました。
なので邪魔者は消えさせてもらいますね
*『旦那様、離婚しましょう~私は冒険者になるのでお構いなく!~』と登場人物は同じ
本当はこんな感じにしたかったのに主が詰め込みすぎて......
【完結】偽物と呼ばれた公爵令嬢は正真正銘の本物でした~私は不要とのことなのでこの国から出ていきます~
Na20
恋愛
私は孤児院からノスタルク公爵家に引き取られ養子となったが家族と認められることはなかった。
婚約者である王太子殿下からも蔑ろにされておりただただ良いように使われるだけの毎日。
そんな日々でも唯一の希望があった。
「必ず迎えに行く!」
大好きだった友達との約束だけが私の心の支えだった。だけどそれも八年も前の約束。
私はこれからも変わらない日々を送っていくのだろうと諦め始めていた。
そんな時にやってきた留学生が大好きだった友達に似ていて…
※設定はゆるいです
※小説家になろう様にも掲載しています
辺境伯へ嫁ぎます。
アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。
隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。
私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。
辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。
本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。
辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。
辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。
それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか?
そんな望みを抱いてしまいます。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 設定はゆるいです。
(言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)
❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。
(出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)
ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?
望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。
ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。
転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを――
そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。
その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。
――そして、セイフィーラは見てしまった。
目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を――
※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。
※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)
【完結】では、さっさと離婚しましょうか 〜戻る気はありませんので〜
なか
恋愛
「離婚するか、俺に一生を尽くすか選べ」
夫である、ベクスア公爵家当主のデミトロに問われた選択肢。
愛されなくなり、虐げられた妻となった私––レティシアは……二人目の妻であるアーリアの毒殺未遂の疑いで責められる。
誓ってそんな事はしていないのに、話さえ聞く気の無いデミトロ。
ずさんな証拠で嵌められたと気付きながらも、私は暴力を受けるしかなかった。
しかし額に傷付けられた最中に、私は前世……本郷美鈴としての記憶を思い出す。
今世で臆病だった私に、前世で勝気だった本郷美鈴との記憶が混ざった時。
もう恐れや怯えなど無くなっていた。
彼の恋情や未練も断ち切り、人生を奪った彼らへの怒りだけが私を動かす。
だから。
「では、さっさと離婚しましょうか」
と、答えた。
彼から離れ、私は生きて行く。
そして……私から全てを奪った彼らから。同じように全てを奪ってみせよう。
これがレティシアであり、本郷美鈴でもある私の新たな生き方。
だが、私が出て行ったメリウス公爵家やデミトロには実は多くの隠しごとがあったようで……
◇◇◇
設定はゆるめです。
気軽に楽しんで頂けると嬉しいです。
今作は、私の作品。
「死んだ王妃は〜」に出てくる登場人物の過去のお話となります。
上記のお話を読んでいなくても問題ないよう書いていますので、安心して読んでくださると嬉しいです。
王太子から婚約破棄され、嫌がらせのようにオジサンと結婚させられました 結婚したオジサンがカッコいいので満足です!
榎夜
恋愛
王太子からの婚約破棄。
理由は私が男爵令嬢を虐めたからですって。
そんなことはしていませんし、大体その令嬢は色んな男性と恋仲になっていると噂ですわよ?
まぁ、辺境に送られて無理やり結婚させられることになりましたが、とってもカッコいい人だったので感謝しますわね
忘れられた幼な妻は泣くことを止めました
帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。
そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。
もちろん返済する目処もない。
「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」
フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。
嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。
「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」
そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。
厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。
それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。
「お幸せですか?」
アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。
世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。
古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。
ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。
※小説家になろう様にも投稿させていただいております。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる