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第14話 メインヒーローとヒロイン
しおりを挟むグレイソン殿下は、私を外に連れ出す口実にセグラー公爵家の使用人のフリをしてくれているので、だいぶ印象が違うはず。
(それなのにまさか、こんなにもあっさりと……!)
ヒロインと攻略対象者は特別な絆でもあるのかしら。
……特にルートに乗っていた(と思われる)殿下とはより深い絆が……
(嫌だわ……)
またしても黒くてモヤモヤした気持ちが私の中で湧き上がってくる。
……ジョバンニ様はよく私に言っていた。
彼の軽はずみな行動に対して、私が苦言を呈する度に素直になれない照れ隠しの“ヤキモチ”だなと。
(違う! あんなのヤキモチとは違うわ)
本当のヤキモチというのは───きっと今のこういう気持ちだ。
「ふふ、私の目を誤魔化せるとでも思ったんですか~?」
クスクス笑いながら、ヒロインが一歩、一歩と殿下に近づいて行く。
そんなヒロインに対して殿下は言葉を返すこともなく、ただじっと見ている。
そこにどんな感情があるのかは……よく分からない。
「殿下ったら酷いです~、あれから全く連絡くれないですし……それに、パーティーの時だってぇ私があんな目に……」
「───アビゲイルや私達にはもう関わらない。そう誓ったのを忘れたのか?」
「……え?」
「修道院に行きたくないと、君が我々の前で泣いて懇願したから、そう誓わせてしばらくの間は様子を見る事になったはずだが?」
「っっ!」
殿下の冷たい声にヒロインの肩が揺れた。
そして俯くと、か弱そうな声を出しながら言った。
「そんな言い方……冷たいです……」
「……」
「パーティーの前はいつだってあんなにも優しく話を聞いてくれたじゃないですか……」
ヒロインはそこまで言うと再び、目をうるうるさせてグレイソン殿下をそっと見上げた。
(───すごい……)
顔を上げるタイミング、目の潤ませ方、見上げる角度、仕草……どれをとっても完璧。
庇護欲がそそられ守ってあげたい女の子……のお手本のようだわ!
超絶可愛い子にこんな顔をされたらコロッといかない男性なんていな───……
「当然だろう? 私は君たちの企みを知りたかっただけなのだから話くらいは聞く。むしろ話してもらわなくてはならなかった」
「…………は?」
「だが、優しくしたつもりはなかったが?」
「……え?」
(───ん?)
殿下が冷たい声のトーンのまま、表情も変えずに返したその言葉にヒロインの作ったうるうる目の可愛い顔が大きく歪んだ。
でも、さすがヒロイン。すぐに持ち直してきゃはっ☆とした笑顔を見せる。
「…………コホッ……やだぁ、もう殿下ったら。私、耳がおかしくなってしまったかも~」
「……? どうもこうも……今、言った通りなのだが」
「ぐっ!」
ヒロインは頑張って笑顔を取り戻したけれど、すげなく返されてまた撃沈していた。
「殿下は……私がアビゲイル様に虐められているんです、って言ったらいつでも話を聞くよって」
「それは聞くのが当たり前だろう? 自分の婚約者についての話なのだから」
(まぁ、それは……そう、ね)
「それは私の事を心配して……」
「……何故だ? 私が君の心配をする必要がどこにある? そもそも君はアビゲイルが~と、私の元へと報告に来る時、いつも笑顔で元気いっぱいだったじゃないか」
「え……」
「昨日、アビゲイル様に〇〇されたんですぅ~と報告されても、怪我もないし今日も笑顔で元気だなという感想しかなかったが?」
「は……?」
ヒロインの笑顔がピシッと凍りつく。
(ヒロイン……それって殿下に好かれようと笑顔振り撒きすぎて失敗したのでは……?)
「え? でも、私、泣きながら殿下に報告した事もあったはずです……」
「……涙? あぁ、確かにあったな。あれには感心した」
「かっ! 感心……です、か? 心配ではなく!?」
思っていたのと違う返答にギョッと驚いて聞き返すヒロインに、殿下はその時の事を思い出したのかうんうんと頷く。
「私は立場上、これまで数々の“嘘泣き”に出会って来たが……悲しくも何ともないのに、あそこまで涙だけを綺麗に流せるものなのか……と驚いたものだ」
「……!?」
「あまりにも演技の技術が凄くて思わず凝視してしまった」
「そ、それって…………泣いている私の事を温かく見守っていてくれていた……のでは……?」
「見守る……? 何の話だ?」
えーー、グレイソン殿下、真面目に首を傾げているわ。
ヒロインも焦りだした。
「で、では、私の心配をしてくださった事は……?」
「だから、一度も無いが? 私は、君の心配を一度だってした覚えは無い」
「いちっどもっ!?」
───一度だって心配した覚えは無い。
その言葉はヒロインにとって大きなショックだったらしい。
変な声を上げたと思ったら、あんなに可愛かった顔がどんどん崩れていく。
「では、わ、私があんなに大勢の前で恥をかかされたのは……」
「……良からぬ事を企んだのだから、自業自得だろう?」
「じ……!」
「当然の報いだ」
(何これ……)
私は呆然としながら二人の会話を聞いていた。
グレイソン殿下とヒロインの間から乙女ゲームの甘さを全く感じないんだけど!?
これは……
「それよりも、どうして君が図書館にいる?」
「……ど、どういう意味ですか? わ、私がどこに居たとしてもそれは私の勝手で……」
殿下の冷ややかな視線と言葉に、ヒロインはもうたじたじの様子。
「そういうことでは無い。君はいつだったか言っていた」
「え……?」
「眠くなってしまうから、本を読むのって苦手なんです……だから、勉強を教えて下さい……と」
「あっ……」
「忙しかったので断らせてもらったが」
「っっ!」
ヒロインはそう言われて、そこでようやくかつての自分の発言に気付いたのかハッとした顔をする。
そして、断られた時の悔しさも思い出したのかギリギリと唇を噛む。
(あら? それってグレイソン殿下ルートのイベントの一つで、確か貴族事情に疎いヒロインの為に二人で勉強しようってなるはずの……?)
殿下は断った……?
つまり、イベントは起きていない?
「に、苦手なものを克服しようとしただけです!」
「……」
「そ、そんなにも責められることですか?」
「……」
「むしろ、いい事のはず──って……そもそも、殿下だってここで何をしているんですかーって……」
と、ヒロインはそこまで口にしてからガバッと勢いよく私の事を見る。
「そう言えば! ……さっき、クロエ嬢って呼んでいた? ……どういうこと!?」
ようやく? というのも変だけれど、ヒロインはここまで来て私と殿下が一緒にいることに不審を抱いたようだった。
「ふ、二人こそ何をしているのよ! そもそも何でクロエ様なんかが……殿下と一緒に……!」
ヒロインは、私が最初に抱いた印象の可愛らしさは何処へやら……
今にも射殺してきそうな目で私を睨んだ。
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