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第12話 ピンクとの遭遇

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  王太子妃……アビゲイル様のための侍女の選抜試験!
  絶対に受かって私はこの家を出て私の道を歩んで行く!

  ……そう決めたのは良かったのだけど。
  そのためには、これから試験までの間に勉強しなくてはならない。

  (あ……どうしよう)

「……っ」
「クロエ嬢?  どうかしたのか?」

  急に私の勢いが萎んだので、殿下が怪訝そうな表情を見せる。

「いえ…………殿下、一つ問題が……あります」
「問題?」
「勉強しなくては……と思ったのですが」
「うん、そうだね」

  殿下も頷く。

「───私、謹慎中なので、まだ外に出られません!」
「……!」

  私の悲痛な叫びに、殿下もあっ!  という顔をした。


❋❋❋


「────それで、どうしてこんな事になったのでしょう?」
「え?  クロエ嬢が外に出て勉強するためだよ?」
「それは、とても有難いのですが……」

  翌日、私はグレイソン殿下と共に馬車に乗って王立の図書館に向かっている。

「今日も、殿下にセグラー公爵家の使いのフリをさせるなんて申し訳なさすぎます……!」
「クロエ嬢……」

  自分の顔を両手で覆いながらそう叫んだ私に、そっと殿下の手が伸びて私の頭を撫でた。
  
「……っ!  な、何を……!」
「……」
   
  顔を上げると殿下は静かに微笑んでいた。
  そして、その手はまだ私の頭を撫でている。

  (……殿下は私のことを子供か何かと勘違いしているのではなくて!?)

  こんな事をされると、胸がおかしな鼓動を刻もうとするので…………困る。
  そして思う。出会ってから私は何度この方の優しさに甘えてしまっているのか────……

───…………


  昨日、外に出て勉強したくても謹慎中の私は、外に出られないという事実に気付いた。
  試験の日まではまだ余裕があると言っても、一日足りとも無駄にはしたくない!
  その事を殿下に訴えたら……

「──あぁ、そうか……成程な。分かった。それなら私にいい考えがある」

  ──また、連絡する。
  そう言って帰られたグレイソン殿下だったのだけど、本日、またしても彼は、セグラー公爵家……つまり、アビゲイル様の家の使いのフリをして訪ねて来た。

  そして、驚く私とお父様に向かってこう告げた。  

  ───お嬢様(アビゲイル様)がクロエ嬢と過ごしたいと申しておりますので、我が家に招待しようと思うのですが、宜しいでしょうか?  宜しいですよね?

  ……と。
  殿下の謎の圧に私が圧倒されていたら“王太子妃となる女性と縁を深めておいて損は無い!”
  そう思ったらしいお父様はあっさり二つ返事で頷いた。  
  
───…………


「試験結果に対して口は出せないけど、出来る限りの協力はしたいんだ」
「グレイソン殿下……」
   
  殿下が私の頭を撫でたまま、そんな事を口にする。

「ちゃんと、アビゲイルにも確認取ったよ?  そんな事でいいならどんどん自分の名前を使ってくれって」
「アビゲイル様まで!」
「そういうわけで。しばらくの間、私は“グレイソン”ではなく、セグラー公爵家の“グレイ”だ」
「え?」

  私が顔を上げると、殿下はにっこり笑った。

「公爵家の使いのグレイとして、試験の日まで毎日、あなたをお迎えにあがります───クロエ様」
「!?!?」

  (王子様が何をしているの───!)

  驚く私の顔を見て、殿下は愉快そうに笑った。

「あはは、クロエ嬢、面白い顔をしてる」
「──っ!」

  胸がドキンッと大きく跳ねた。
  グレイソン殿下の笑顔は、ゲームとも違っていて……こんな顔は初めて見たかもしれない、と思った。



 
  そして、そんな会話をしているうちに馬車は図書館へと到着。
  
「何の本を探す予定?  手伝うよ?」

  私が本を探し始めるようとしたら殿下がすかさずそう申し出てくれた。 

「ですが……殿下にそんな事までさせるわけには……」
「クロエ嬢……」

  そう口にしたら、殿下はなんと指で私の口を塞いだ。
  表情はどこか不満そう。

「んむっ!」
「“グレイ”だと言っただろう?  “殿下”は禁止」
「っ!」

    (ま、まさか“グレイ”と呼べと言っている?)
 
「クロエ嬢。私の事は、好きなように使ってくれて構わないよ?」

  そう言って殿下は私の口から指を離す。

「で……グ、グレイ、さま」
「うん?」
 
  つっかえながらもグレイ様と呼んだら、殿下は嬉しそうに笑った。
  その微笑みにまたしても胸がドキッとする。

  (ま、また、私の胸が……!)

  この気持ちが育つとどうなってしまうのか……前世の記憶がある私は知っている。
  だから困る……これ以上は育てたくなんかないのに!
  それでも胸のドキドキはなかなか治まってくれない。

「本当は“様”もいらないけど───」
「む、無理です!  これ以上は無理です!」
「……だよね、分かった。仕方がないかな」

  さすがに、呼び捨てになんて出来ない!
  私がブンブンと勢いよく首を横に降ると、殿下は苦笑しながら頷く。

  (……もう!)

  気付くと、私は殿下のペースに乗せられてしまっているような気がした。


────

  
  (ようやく、胸のドキドキも落ち着いてくれたわ)
  
  そうして気を取り直した私は、本を探しながら殿下に訊ねる。

「でん……グレイ様は試験は人柄重視と仰いましたが、筆記試験も無視は出来ませんよね?」
「そうだね」

  採用に関して、身分は大きく拘ってはいなさそうだった。
  寛大だな……と思う一方、実力勝負なのだということがよく分かる。

「私は一般的な教育はそれなりに受けて来たつもりですが、王家に関する事はさっぱりです」
「クロエ嬢……」
「ですから、まずは王家に仕えるのに必要な知識を頭に入れておきたいと思うのです」

  私がそう言ったら殿下は大きく頷いて、それならこっちだろう、と案内してくれる。
  殿下はよく図書館に顔を出していたようで、蔵書の場所に詳しくて、私の求める本を素早く見つけてきてくれた。

  ───そうしてグレイソン殿下の協力の元、試験に向けての勉強が始まった。



  それから、数日後の事だった。
  殿下の協力のおかげで教養分野のポイントは粗方おさえたので、面接対策も始めなくては、と思いながら私は本を探していた。

  (前世の試験勉強を思い出すわねぇ)

  でも、さすがに“面接対策”なんて本は無いかぁ、と思いながら本を眺めていた時だった。

  ───ドンッ

「……きゃっ!」
「あ、すみませ~ん」
「……あ!」
  
  近くにいた人と衝突してしまった。というより、向こうからぶつかって来たように感じた。
  バサバサと手に抱えていた本が何冊か落ちてしまい、慌ててそれを拾っていると頭上から声がした。

「ごめんなさーい、前を見てなくて~……大丈夫ですか~?」
「……え、ええ」
「本当にごめんなさーーい」
「……」

  そんな散らばった本を拾い集めながらふと思った。

  (待って?  …………この声、どこかで……)

  わりと最近、どこかで聞いたような……?
  そうよ、鈴を転がしたような可愛らしくて甘い声……
  私はそっと顔を上げる。

「────ひっ……」

  そこにいた人の顔を見て思わず叫び出しそうになった。
  庇護欲をそそるような小柄で可愛らしい容姿。
  目もぱっちりで、長いまつ毛……
  それよりも何よりも特徴的な…………ピンク色の髪!

  (ヒロイーーーーン!)

  この世界の主人公……だったはずのヒロインがそこに居た。
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