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第9話 イライラが我慢出来なかったので
しおりを挟む「あんな事をしようとしておいて、よくそんな何事もなかったかのような顔をして私の前に来られましたわね」
「なに?」
「いえ、随分と図太い神経されているな、と……」
(あ、本音が……)
つい口から出てしまった私の本音にジョバンニ様の眉が分かりやすく顰められた。
「ははっ! クロエのくせに、言ってくれるじゃないか」
「……本当のことですわ。そんな事より何の用事ですか?」
ジョバンニ様は笑って流したけれど、やっぱり声色が少し怒っている。
「自分の婚約者に会いに来て何が悪い? それになぜ僕が君にそんな冷たい目で見られないといけないんだ?」
「……」
本気でそれを聞くのかと驚いた。
この人は本当に話が通じないし、これまで散々私が訴えてきたことは都合よく解釈されて何一つ伝わってない事がよく分かる。
私を襲おうとした時に言っていた“恥ずかしがっているだけ”“婚約者だから何をしても構わない”という言葉。この人はあれをその場の言い訳だけでなく本気でそう思っている。
だから、今も平気な顔をして私の前に現れるし、反省なんてしない……
「ご自分の胸に聞いてみたらどうでしょう?」
「は? 何を言っているんだ、クロエ……今日の君はちょっと生意気じゃないか?」
「……」
更に怒らせた? と少し怯えたけれど、ジョバンニ様はまたしてもおかしなことを言い出した。
「そうか……なるほどな。分かったぞ! 今日のクロエは僕に冷たく接する事を試みて、僕がどんな反応をするのか確かめているんだな?」
「……!?」
私は耳を疑う。今なんて言った?
「はは、これはミーアの言った通りだな…………うん、なるほど」
「?」
気のせい? これは……のあとがあまりにも小さな声だったのでよく聞き取れなかったけれど、ヒロインの名前が聞こえた気がする。
「安心してくれ、クロエ。先日は、落ちぶれたはずの殿下がしゃしゃり出て来てあんな事にはなったが、君があの日、恥ずかしがって照れていただけなのはちゃんと分かっている」
まだ、それを言うのかと驚いた。
けれど、それよりもグレイソン殿下の事を“落ちぶれた”というその一言が何だか許せなかった。
「グレイソン殿下は落ちぶれてなんかいません! 訂正してください!」
「は? 何を言っている? 僕は殿下のせいで輝かしい未来のある地位を失ったんだぞ!? それに、クロエだってもう聞いただろ? グレイソン殿下は……」
この二週間の間に王家は、グレイソン殿下の処分を正式に発表した。
自身の誕生日パーティーという場でなんの罪もない婚約者を陥れようとした挙句、前代未聞の婚約破棄なんてものをやらかしたこと。
また、その場では自身の側近たちを無理やり従わせていたこと等が大きく問題視された。
(つまりジョバンニ様たちの訴えがそのまま採用されたってこと……)
そして王太子の地位は剥奪され、第二王子のレイズン殿下が王太子になる事も正式に発表。
あの求婚劇があったので当然だけど、レイズン殿下の婚約者の地位にはアビゲイル様がそのままつくという。
(本当に悪役令嬢の逆転勝利……)
この世界、ヒロインはミーア様じゃなくて、アビゲイル様なのでは? そう思わずにはいられない。
そして、グレイソン殿下は王子としての籍を残す事だけは許されたけれど、王位継承権は返上。そのせいで世間ではすっかりグレイソン殿下が落ちぶれたと面白おかしく噂されていた。
「ジョバンニ様や世間が何と言おうとも私はそうは思いません!」
「クロエ……? まさか、声をかけられたあれだけで殿下に絆されたとか言わないよな?」
「絆されたですって……?」
ジョバンニ様の纏う雰囲気が少し変わった気がする。
なんだか危険……?
と、思った時には腕を掴まれていた。
「クロエ……照れ隠しで僕に冷たい態度を取ったり、素直になれずに嫉妬してくれるのは構わないけど……うん。浮気だけは許せないなぁ……」
「痛っ……離してください! う、浮気しているのはジョバンニ様の方でしょう!?」
自分の事を棚に上げて何を言っているの!?
「浮気? あれが? ははは! お小言もそうだけど、クロエはまさか僕が浮気していると言ってるの? いつも言っているだろう? 彼女たちは親しい友人だって」
「……!」
まさかの浮気全否定が返ってきた。
「それなら! あなたの他の令嬢との距離の近さが、あくまでも“親しい友人”のものだと言うのなら! 私とグレイソン殿下の関係を疑うのはおかしな話です!」
そう言い返しながら、ふと思った。
ジョバンニ様は浮気を許せないと言った。つまり、このように彼が許せない行為を私がすれば向こうから破談の申し入れをしてくれる可能性がある?
───“わたくしをとんでもない悪女に仕立てあげて断罪してくださいませ!”とお願いしましたの
(アビゲイル様もそうだった。悪女になる事で婚約破棄されようとしていた……)
つまり、ジョバンニ様の嫌がる事をする女になればいい?
もともと愛されてはいないのだから、嫌われるというより生理的に嫌悪される方向にすれば。
浮気……は相手が必要だし、迷惑もかかるからなかなか難しいけれどとにかくジョバンニ様の嫌がることを……
「あー、ごちゃごちゃ煩い! 生意気なことを言うな! クロエは余計なことは考えずに大人しく僕に付き従っていればいいんだ!」
「大人しく……?」
「そうだ! クロエのような、大した美貌もなく何の取り柄もないような女は黙って僕の言うことを聞いていればいい」
ジョバンニ様はふんぞり返った態度で当然とばかりにそう言った。
「…………ジョバンニ様の言うことには逆らわず、はいはいと従ってあなたの親しいご友人たちとの関係も笑って流していれば良い……と?」
「ははは! そうだな。これまでのようなお小言くらいなら、僕に対して素直になれない嫉妬かと思い可愛くも見えるが、生意気な目を向けて逆らわれるのは許───」
「────ふざけないで!」
そう声を荒らげた私は、無意識のうちに拳を強く握りしめていた。
───だが、自分の身も大切にしてくれ。
───殴られたジョバンニが逆上しないとも限らないだろう?
───もし、次にあいつを殴りたい時は私を呼ぶといい。
───そうだ。クロエ嬢の代わりにボコボコにしてやろう。
殿下に言われた言葉が私の頭の中を駆け巡ったけれど。
(───ごめんなさい、グレイソン殿下。今はあなたを呼ぶ時間はなさそうです)
「───バカにするのもいい加減にして!」
「……は?」
そして固く握りしめたその拳を、私はジョバンニ様の顔に向かって思いっきり振り上げた。
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