上 下
10 / 43

第9話 イライラが我慢出来なかったので

しおりを挟む

  
「あんな事をしようとしておいて、よくそんな何事もなかったかのような顔をして私の前に来られましたわね」
「なに?」
「いえ、随分と図太い神経されているな、と……」

  (あ、本音が……)

  つい口から出てしまった私の本音にジョバンニ様の眉が分かりやすく顰められた。

「ははっ!  クロエのくせに、言ってくれるじゃないか」
「……本当のことですわ。そんな事より何の用事ですか?」
  
  ジョバンニ様は笑って流したけれど、やっぱり声色が少し怒っている。

「自分の婚約者に会いに来て何が悪い?  それになぜ僕が君にそんな冷たい目で見られないといけないんだ?」
「……」

  本気でそれを聞くのかと驚いた。
 
  この人は本当に話が通じないし、これまで散々私が訴えてきたことは都合よく解釈されて何一つ伝わってない事がよく分かる。
  私を襲おうとした時に言っていた“恥ずかしがっているだけ”“婚約者だから何をしても構わない”という言葉。この人はあれをその場の言い訳だけでなく本気でそう思っている。
  だから、今も平気な顔をして私の前に現れるし、反省なんてしない……

「ご自分の胸に聞いてみたらどうでしょう?」
「は?  何を言っているんだ、クロエ……今日の君はちょっと生意気じゃないか?」
「……」

  更に怒らせた?  と少し怯えたけれど、ジョバンニ様はまたしてもおかしなことを言い出した。

「そうか……なるほどな。分かったぞ!  今日のクロエは僕に冷たく接する事を試みて、僕がどんな反応をするのか確かめているんだな?」
「……!?」

  私は耳を疑う。今なんて言った?

「はは、これはミーアの言った通りだな…………うん、なるほど」
「?」

  気のせい?  これは……のあとがあまりにも小さな声だったのでよく聞き取れなかったけれど、ヒロインの名前が聞こえた気がする。

「安心してくれ、クロエ。先日は、落ちぶれたはずの殿下がしゃしゃり出て来てあんな事にはなったが、君があの日、恥ずかしがって照れていただけなのはちゃんと分かっている」

  まだ、それを言うのかと驚いた。
  けれど、それよりもグレイソン殿下の事を“落ちぶれた”というその一言が何だか許せなかった。

「グレイソン殿下は落ちぶれてなんかいません!  訂正してください!」
「は?  何を言っている?  僕は殿下のせいで輝かしい未来のある地位を失ったんだぞ!?  それに、クロエだってもう聞いただろ?  グレイソン殿下は……」

  この二週間の間に王家は、グレイソン殿下の処分を正式に発表した。

  自身の誕生日パーティーという場でなんの罪もない婚約者を陥れようとした挙句、前代未聞の婚約破棄なんてものをやらかしたこと。
  また、その場では自身の側近たちを無理やり従わせていたこと等が大きく問題視された。

  (つまりジョバンニ様たちの訴えがそのまま採用されたってこと……)

  そして王太子の地位は剥奪され、第二王子のレイズン殿下が王太子になる事も正式に発表。
  あの求婚劇があったので当然だけど、レイズン殿下の婚約者の地位にはアビゲイル様がそのままつくという。

  (本当に悪役令嬢の逆転勝利……)

  この世界、ヒロインはミーア様じゃなくて、アビゲイル様なのでは?  そう思わずにはいられない。

  そして、グレイソン殿下は王子としての籍を残す事だけは許されたけれど、王位継承権は返上。そのせいで世間ではすっかりグレイソン殿下が落ちぶれたと面白おかしく噂されていた。

「ジョバンニ様や世間が何と言おうとも私はそうは思いません!」
「クロエ……?  まさか、声をかけられたあれだけで殿下に絆されたとか言わないよな?」
「絆されたですって……?」

  ジョバンニ様の纏う雰囲気が少し変わった気がする。
  なんだか危険……?  
  と、思った時には腕を掴まれていた。

「クロエ……照れ隠しで僕に冷たい態度を取ったり、素直になれずに嫉妬してくれるのは構わないけど……うん。浮気だけは許せないなぁ……」
「痛っ……離してください!  う、浮気しているのはジョバンニ様の方でしょう!?」

  自分の事を棚に上げて何を言っているの!?

「浮気?  あれが?  ははは!  お小言もそうだけど、クロエはまさか僕が浮気していると言ってるの?  いつも言っているだろう?  彼女たちはだって」
「……!」

  まさかの浮気全否定が返ってきた。

「それなら!  あなたの他の令嬢との距離の近さが、あくまでも“親しい友人”のものだと言うのなら!  私とグレイソン殿下の関係を疑うのはおかしな話です!」

  そう言い返しながら、ふと思った。
  ジョバンニ様は浮気を許せないと言った。つまり、このように彼が許せない行為を私がすれば向こうから破談の申し入れをしてくれる可能性がある?

  ───“わたくしをとんでもない悪女に仕立てあげて断罪してくださいませ!”とお願いしましたの

  (アビゲイル様もそうだった。悪女になる事で婚約破棄されようとしていた……)

  つまり、ジョバンニ様の嫌がる事をする女になればいい?
  もともと愛されてはいないのだから、嫌われるというより生理的に嫌悪される方向にすれば。
  浮気……は相手が必要だし、迷惑もかかるからなかなか難しいけれどとにかくジョバンニ様の嫌がることを……

「あー、ごちゃごちゃ煩い!  生意気なことを言うな!  クロエは余計なことは考えずに大人しく僕に付き従っていればいいんだ!」
「大人しく……?」
「そうだ!  クロエのような、大した美貌もなく何の取り柄もないような女は黙って僕の言うことを聞いていればいい」

  ジョバンニ様はふんぞり返った態度で当然とばかりにそう言った。

「…………ジョバンニ様の言うことには逆らわず、はいはいと従ってあなたの親しいご友人たちとの関係も笑って流していれば良い……と?」
「ははは!  そうだな。これまでのようなお小言くらいなら、僕に対して素直になれない嫉妬かと思い可愛くも見えるが、生意気な目を向けて逆らわれるのは許───」
「────ふざけないで!」

  そう声を荒らげた私は、無意識のうちに拳を強く握りしめていた。
  
  ───だが、自分の身も大切にしてくれ。
  ───殴られたジョバンニあいつが逆上しないとも限らないだろう?
  ───もし、次にあいつを殴りたい時は私を呼ぶといい。
  ───そうだ。クロエ嬢の代わりにボコボコにしてやろう。

  殿下に言われた言葉が私の頭の中を駆け巡ったけれど。
 
  (───ごめんなさい、グレイソン殿下。今はあなたを呼ぶ時間はなさそうです)

「───バカにするのもいい加減にして!」
「……は?」

  そして固く握りしめたその拳を、私はジョバンニ様の顔に向かって思いっきり振り上げた。
  
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】前世を思い出したら価値観も運命も変わりました

暁山 からす
恋愛
完結しました。 読んでいただいてありがとうございました。 ーーーーーーーーーーーー 公爵令嬢のマリッサにはピートという婚約者がいた。 マリッサは自身の容姿に自信がなくて、美男子であるピートに引目を感じてピートの言うことはなんでも受け入れてきた。 そして学園卒業間近になったある日、マリッサの親友の男爵令嬢アンナがピートの子供を宿したのでマリッサと結婚後にアンナを第二夫人に迎えるように言ってきて‥‥。   今までのマリッサならば、そんな馬鹿げた話も受け入れただろうけど、前世を思したマリッサは‥‥?   ーーーーーーーーーーーー 設定はゆるいです ヨーロッパ風ファンタジーぽい世界 完結まで毎日更新 全13話  

侯爵令嬢リリアンは(自称)悪役令嬢である事に気付いていないw

さこの
恋愛
「喜べリリアン! 第一王子の婚約者候補におまえが挙がったぞ!」  ある日お兄様とサロンでお茶をしていたらお父様が突撃して来た。 「良かったな! お前はフレデリック殿下のことを慕っていただろう?」  いえ! 慕っていません!  このままでは父親と意見の相違があるまま婚約者にされてしまう。  どうしようと考えて出した答えが【悪役令嬢に私はなる!】だった。  しかしリリアンは【悪役令嬢】と言う存在の解釈の仕方が……  *設定は緩いです  

【完結】毒殺疑惑で断罪されるのはゴメンですが婚約破棄は即決でOKです

早奈恵
恋愛
 ざまぁも有ります。  クラウン王太子から突然婚約破棄を言い渡されたグレイシア侯爵令嬢。  理由は殿下の恋人ルーザリアに『チャボット毒殺事件』の濡れ衣を着せたという身に覚えの無いこと。  詳細を聞くうちに重大な勘違いを発見し、幼なじみの公爵令息ヴィクターを味方として召喚。  二人で冤罪を晴らし婚約破棄の取り消しを阻止して自由を手に入れようとするお話。

婚約破棄された令嬢は変人公爵に嫁がされる ~新婚生活を嘲笑いにきた? 夫がかわゆすぎて今それどころじゃないんですが!!

杓子ねこ
恋愛
侯爵令嬢テオドシーネは、王太子の婚約者として花嫁修業に励んできた。 しかしその努力が裏目に出てしまい、王太子ピエトロに浮気され、浮気相手への嫌がらせを理由に婚約破棄された挙句、変人と名高いクイア公爵のもとへ嫁がされることに。 対面した当主シエルフィリードは馬のかぶりものをして、噂どおりの奇人……と思ったら、馬の下から出てきたのは超絶美少年? でもあなたかなり年上のはずですよね? 年下にしか見えませんが? どうして涙ぐんでるんですか? え、王太子殿下が新婚生活を嘲笑いにきた? 公爵様がかわゆすぎていまそれどころじゃないんですが!! 恋を知らなかった生真面目令嬢がきゅんきゅんしながら引きこもり公爵を育成するお話です。 本編11話+番外編。 ※「小説家になろう」でも掲載しています。

虐待され続けた公爵令嬢は身代わり花嫁にされました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。  カチュアは返事しなかった。  いや、返事することができなかった。  下手に返事すれば、歯や鼻の骨が折れるほどなぐられるのだ。  その表現も正しくはない。  返事をしなくて殴られる。  何をどうしようと、何もしなくても、殴る蹴るの暴行を受けるのだ。  マクリンナット公爵家の長女カチュアは、両親から激しい虐待を受けて育った。  とは言っても、母親は血のつながった実の母親ではない。  今の母親は後妻で、公爵ルイスを誑かし、カチュアの実母ミレーナを毒殺して、公爵夫人の座を手に入れていた。  そんな極悪非道なネーラが後妻に入って、カチュアが殺されずにすんでいるのは、ネーラの加虐心を満たすためだけだった。  食事を与えずに餓えで苛み、使用人以下の乞食のような服しか与えずに使用人と共に嘲笑い、躾という言い訳の元に死ぬ直前まで暴行を繰り返していた。  王宮などに連れて行かなければいけない場合だけ、治癒魔法で体裁を整え、屋敷に戻ればまた死の直前まで暴行を加えていた。  無限地獄のような生活が、ネーラが後妻に入ってから続いていた。  何度か自殺を図ったが、死ぬことも許されなかった。  そんな虐待を、実の父親であるマクリンナット公爵ルイスは、酒を飲みながらニタニタと笑いながら見ていた。  だがそんあ生き地獄も終わるときがやってきた。  マクリンナット公爵家どころか、リングストン王国全体を圧迫する獣人の強国ウィントン大公国が、リングストン王国一の美女マクリンナット公爵令嬢アメリアを嫁によこせと言ってきたのだ。  だが極悪非道なネーラが、そのような条件を受け入れるはずがなかった。  カチュアとは真逆に、舐めるように可愛がり、好き勝手我儘放題に育てた、ネーラそっくりの極悪非道に育った実の娘、アメリアを手放すはずがなかったのだ。  ネーラはカチュアを身代わりに送り込むことにした。  絶対にカチュアであることを明かせないように、いや、何のしゃべれないように、舌を切り取ってしまったのだ。

【完結】愛され公爵令嬢は穏やかに微笑む

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
恋愛
「シモーニ公爵令嬢、ジェラルディーナ! 私はお前との婚約を破棄する。この宣言は覆らぬと思え!!」 婚約者である王太子殿下ヴァレンテ様からの突然の拒絶に、立ち尽くすしかありませんでした。王妃になるべく育てられた私の、存在価値を否定するお言葉です。あまりの衝撃に意識を手放した私は、もう生きる意味も分からくなっていました。 婚約破棄されたシモーニ公爵令嬢ジェラルディーナ、彼女のその後の人生は思わぬ方向へ転がり続ける。優しい彼女の功績に助けられた人々による、恩返しが始まった。まるで童話のように、受け身の公爵令嬢は次々と幸運を手にしていく。 ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/10/01  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過 2022/07/29  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過 2022/02/15  小説家になろう 異世界恋愛(日間)71位 2022/02/12  完結 2021/11/30  小説家になろう 異世界恋愛(日間)26位 2021/11/29  アルファポリス HOT2位 2021/12/03  カクヨム 恋愛(週間)6位

それでも、私は幸せです~二番目にすらなれない妖精姫の結婚~

柵空いとま
恋愛
家族のために、婚約者である第二王子のために。政治的な理由で選ばれただけだと、ちゃんとわかっている。 大好きな人達に恥をかかせないために、侯爵令嬢シエラは幼い頃からひたすら努力した。六年間も苦手な妃教育、周りからの心無い言葉に耐えた結果、いよいよ来月、婚約者と結婚する……はずだった。そんな彼女を待ち受けたのは他の女性と仲睦まじく歩いている婚約者の姿と一方的な婚約解消。それだけではなく、シエラの新しい嫁ぎ先が既に決まったという事実も告げられた。その相手は、悪名高い隣国の英雄であるが――。 これは、どんなに頑張っても大好きな人の一番目どころか二番目にすらなれなかった少女が自分の「幸せ」の形を見つめ直す物語。 ※他のサイトにも投稿しています

【完結】見ず知らずの騎士様と結婚したけど、多分人違い。愛する令嬢とやっと結婚できたのに信じてもらえなくて距離感微妙

buchi
恋愛
男性恐怖症をこじらせ、社交界とも無縁のシャーロットは、そろそろ行き遅れのお年頃。そこへ、あの時の天使と結婚したいと現れた騎士様。あの時って、いつ? お心当たりがないまま、娘を片付けたい家族の大賛成で、無理矢理、めでたく結婚成立。毎晩口説かれ心の底から恐怖する日々。旦那様の騎士様は、それとなくドレスを贈り、観劇に誘い、ふんわりシャーロットをとろかそうと努力中。なのに旦那様が親戚から伯爵位を相続することになった途端に、自称旦那様の元恋人やら自称シャーロットの愛人やらが出現。頑張れシャーロット! 全体的に、ふんわりのほほん主義。

処理中です...