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第5話 ヒーロー登場?
しおりを挟む突然、聞こえたその声に私もジョバンニ様もピタリと動きが止まる。
(えっ? ……この声)
知っている声だと思った。
さっき、パーティー会場でも聞いた声。
更に言うなら、つい先程ほどジョバンニ様と話題に上がったばっかりの───……
「───ジョバンニ! お前はこんな所で何をやっているんだ! その手を離せ!」
……チッ
ジョバンニ様が小さく舌打ちをしたと思ったら、掴んでいた私の腕をようやく離してくれた。
なので、ホッとした私も殴ろうかと握りしめていた拳をそっと解く。
(た、助かった……? そして、怖かった……気持ち悪かった……)
「……っ」
自分の身体が震えているのが分かる。
──無理やり襲われる所だった。
どんなに強がっていても、殴ってやろうと思っていても、結局、非力な私では男性には勝てない……そう思わされた。
「──何をやっているって……ははは、嫌ですね、そんな人聞きの悪い言い方をしないでくださいよ───グレイソン王太子殿下?」
「……」
「あ、いえ、元王太子になるんでしたっけ? ……これは大変失礼しました」
「……」
(───グレイソン殿下)
そう。この場にやって来たのは、騒動の渦中の人でもある、グレイソン王太子殿下。
(今のジョバンニ様の口振りから……もしかして王太子の座は……)
全ての責任を負う事になったといわれていた彼には、そんな話が出ているのかもしれない。
「嫌がる女性に何をしていた? ジョバンニ」
グレイソン殿下は、ジョバンニ様の嫌味を完全に無視して冷たい声で問いただす。
ジョバンニ様は無視された事に驚きつつも口を開いた。
「嫌がる? 誤解ですよ、殿下。クロエはただ照れて恥ずかしがっていただけですよ」
「……っ! 違っ」
「だってこちらの女性、クロエは僕の婚約者なんですから」
私の発しようとした否定の言葉は、ジョバンニ様にかき消されてしまう。
「何だと? 婚約者?」
「そうです。だから構わないでしょう? 別に咎められる事ではないかと」
ジョバンニ様は、婚約者なのだから自分の好きにしていいと言わんばかりの口調で殿下に説明した。
まるで、物のような扱いをされて私は愕然とする。
(酷い……最低っ!)
それと同時に一気に不安になった。
偏見かもしれないけれど、グレイソン王太子殿下はあのような形で婚約破棄を告げて、アビゲイル様を断罪しようとした人……
今、目の前にいる殿下の根本的な考え方や思想は、ジョバンニ様と変わらないのでは?
──と。
(殿下にまで、婚約者なのだから無体を働いても構わない……そう言われてしまったら……)
ジョバンニ様は間違いなく今、再びここで私を──……
「ふざけるな! 照れて恥ずかしがっていた? 婚約者だから構わない? 馬鹿を言うな! 私にはどう聞いても嫌がっている女性の声にしか聞こえなかったぞ!」
(……え!)
ジョバンニ様の言い分に納得のいかない顔をしてグレイソン殿下は声を荒らげた。
「……それに、彼女はこんなにも脅えて震えているではないか! これはお前が無体を働こうしたせいだろう!?」
「なっ……!」
ジョバンニ様に向かってそう怒鳴ったグレイソン殿下は、自分の来ていた上着を脱ぐと、私の肩に掛けて羽織らせる。
それはとても温かかったけど、私の戸惑いは隠せない。
「あ、あの……」
「……私の着ていた物ですまない。だが、こんなものでも無いよりはマシだろう?」
「で、殿下……」
突然のこと過ぎて、頭の理解が追いつかない。
ジョバンニ様に襲われそうになったら、何故か断罪されていたはずの王太子殿下が現れた?
同じようなクズい考えの持ち主かと不安になったけれど、どうやらそこは違っていて……そして私を助けてくれた?
(いや、それもそうだけれど……なんで王太子殿下もフラフラしているの……?)
助けてもらっておきながらそんな疑問が生まれる。
「で、ですから! これは、む、無体なんかではなく! クロエは本当に僕の婚約者で……!」
「今、婚約者か否かどうかは関係ない。彼女の嫌がっていた声が全てだ」
「……っ!」
殿下の正論にジョバンニ様が悔しそうに唇を噛む。
「ジョバンニ……これまでも、お前の女性癖の悪さには手を焼かれてきたが……婚約者と言えど嫌がる女性を無理やり……まさか、ここまでとはな……」
「し、仕事に支障をきたすような事はしていませんでした!」
「……どうだかな」
反論するジョバンニ様にグレイソン殿下は呆れた顔で冷たくそう言い放った。
ジョバンニ様もこれ以上は分が悪いと思ったのか、話を変えてきた。
「そ、それより! 殿下は……な、何をしにここへ来たんですか! あなたは先程の騒ぎの責任を追及されていたはずで……」
「……少し、疲れたから休憩をもらって夜風にあたりに来ただけだ。そうしたら、庭園の奥から嫌がる女性の声が聞こえたから駆け付けた。それだけだが?」
嫌がる女性の声……という言葉にジョバンニ様がぐっと悔しそうな顔を見せる。
でも、すぐに持ち直した。
「……ふっ、夜風に、ですか。廃嫡される予定の王太子殿下が随分と呑気な事をされていますね」
「……」
「ミーアが嘆くのではありませんか? せっかく王太子妃になれると思ったのに──と」
「───言いたい事はそれだけか?」
グレイソン殿下の冷たい声に、ピリッとした空気がこの場に流れた。
(王太子妃……そうよ、ヒロインはグレイソン殿下のルートになっていたはず……)
二人はハッピーエンドを迎えるはずだったのに……
「……」
「……」
それから無言の時間が流れる。
この凍った空気の中ではとてもじゃないけれど、私が口を挟める余地は無い。
あまりの寒さに思わず身体が震えてしまう。
そんな、私の様子に気付いたのかグレイソン殿下が口を開いた。
「───ジョバンニ。彼女が寒そうなので中に連れて行くが構わないな?」
「……チッ……どうぞ」
ジョバンニ様はまた小さく舌打ちをしながらも一応、頷いた。
「……すまない。大丈夫か?」
「あ……」
「怖かっただろう? ───クロエ・ブレイズリ伯爵令嬢」
「!」
グレイソン殿下がそう言いながら、そっと手を差し出してくれる。
(これまでまともに顔を合わせて挨拶すらしたこと無かったのに……私の名前、ちゃんと知ってくれているんだ……)
何故かは分からないけれど、この時、ふとそう思った。
「とりあえず、中に入ろう。これ以上、ここにいて身体を冷やすのもよくない」
「は、はい、ありがとうございます……」
私は殿下の手を取って立ち上がる。
ジョバンニ様は何か言いたげな苦々しい表情でその様子を見ていた。
(何なのよ、その顔は!)
そんなジョバンニ様に対して腹を立てていたら、
「───巻き込んでしまってすまなかった、クロエ嬢」
(……え?)
グレイソン殿下が私の耳元でそう言った。
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