上 下
5 / 43

第4話 最低な婚約者

しおりを挟む


  レイズン殿下のプロポーズにアビゲイル様が頷いたものだから、会場はますますヒートアップするというあまりの展開にパニックになってしまった私はそのまま逃げるように庭園に来ていた。

「……レイズン殿下が、アビゲイル様の事をお好きだったなんて……」

  兄の婚約者に片思いだなんてそれはそれは辛かっただろう。
  そんな愛する人が苦しめられてるのを黙って見ていられず、颯爽と助けに入る。
  …………この世界はゲームだけど、まるで物語のヒーローそのもの。憧れる……とっても憧れるわ。
  私も自分がこんな立場に置かれていなかったら、目を輝かせてあの光景を見ていたに違いない。
  
  ……でもね?
  
「せめて……私への婚約破棄宣言の後に突入して欲しかったわぁぁぁーー」

  そう嘆いて再び、はぁぁぁぁ……と大きなため息を吐いた。

「あ、でも……」

  本っっっっ当によく分からないけれど、王太子殿下と愉快な仲間たち&ヒロインは断罪されていた。
  つまり、何かしらのお咎めが彼らにも……?

  (もしかして、この件でジョバンニ様に何らかの罰が与えられれば……)

  お父様も婚約解消に頷くかもしれない!
  まだ、希望は失っていない!
  
「あぁ、あのまま会場にいて行く末を見ておくべきだったわ!」

  今からでも会場に戻ったら、何らかの状況は分かるかしら──と思った時だった。

「────あぁ、見つけた。ここにいたのか、クロエ」
「っっ、ひぃっ!?」

  突然現れたその声に私はビクッと大きく身体を震わせ、小さな悲鳴を上げた。

「ははは、まるで化け物にでも遭遇したかのような驚き方だ」
「……し、失礼しました。ですが、こんな暗闇で背後から声を掛けられたら、私でなくても誰だって驚くと思いますわ」

  (いいえ、化け物の方が遥かにマシよ!  ジョバンニ様!!)

  そう言ってやりたいのをグッと堪えながら、作り笑いで何とか答えた。

「そうか……まぁ、君の姿が見えなくなってしまったからね、捜していたんだ」
「……まあ!  そうでしたか。私に何か?」

  ───なんでなのよ!
  どうして断罪されていたメンバーが、のこのことこんな所に来ているのよ!

「あー……その、クロエも見ていただろう?  レイズン殿下とアビゲイル嬢の……」
「え、ええ、見ておりましたわ……」

  私がそう答えると、ジョバンニ様が私の隣に腰を下ろして、何故かグッと近付いて来た。

  (なんで隣に座るのよ!  近い!  気持ち悪い!)
   
  咄嗟にそう思った私はそっとさり気なく距離をとる。
  ジョバンニ様はそれを気にした様子もなく私を見ると叫ぶように言った。

「クロエ!  聞いてくれ!  僕は……騙されたんだ……僕も被害者なんだ!」
「だ、騙された、ですか?  誰にです……?」
  
  この場合は、ヒロイン……? 
  何だかもう誰がヒロインなのかよく分からなくなっているけれど……
  そう思いながら聞き返すと、ジョバンニ様は勢いをつけながら言う。

「決まっているだろう?  グレイソン殿下だよ!  殿下に唆されて僕らはあんな事をしたんだ!  全ては殿下が悪いんだ!  僕は悪くない!  本意ではなかった、あれは全部、言わされただけなんだよ!」
「……」

  (──は?)

  ジョバンニ様は、急に主であるはずの王太子殿下を貶めるような事を言い出した。
  言わされただけ?
  それにしては、かなりノリノリだったように私の目には見えたけれど……

  (それに仮に、全てが王太子殿下の命令だったとしても……もう少し自分のした事に反省というものは無いの?)

  アビゲイル様は大勢の前であんなに辱められたのに、ジョバンニ様には反省の色が全く見えない。
  ひたすら、僕は悪くないを繰り返していた。

「まぁ、そういうわけだから。全ての罪は全部グレイソン殿下にある」
「……え!」

  何だか嫌な予感がした。

「……ジョバンニ様?  それって、まさか側近のあなた方……は」
「ああ、その通りさ。全部、責任は殿下に押し付けてきた」
「!」
「僕たちも被害者なんですって泣きながら訴えたら、皆の非難は全部殿下に向いてたよ。おかげで、僕らの罪はさすがに免除にはならないだろうけど、かなり軽くで済みそうだ。ははは!」

  なんで笑えるのかしら、と思う。
  グレイソン殿下と愉快な仲間たち……いえ、側近たちは幼い頃からの付き合いだったはず。
  それをこうもあっさりと?
  しかも、これを機会にレイズン殿下派になろうかなぁ、もう、あの人は終わりだし……などとジョバンニ様は口にする。

  (何かしら……この違和感)

  悪役令嬢が逆転勝利するくらいだから、もはや、ゲームとは?
  になりかけているし、現実とは違うと言われてしまえばその通りとしか言えないのだけれど……
  ゲームの中の王太子殿下は、メインキャラなだけあって、ちゃんと人にも部下に慕われていた真っ直ぐな人だった。
  また、こんな風にあっさり責任を全て押し付けられて黙っているような性格ではなかった……はず。

  そもそも……これまで私が耳にしていた彼の評判だって悪いものではなかったし、アビゲイル様と不仲だという話も聞いた事がなかった……

  (うーん?)
 
  何かが心に引っかかるけれど、それは置いておくとして。
  今はジョバンニ様のこれからだ。

  さっき罪は軽くで済みそうだ……そう口にしていた。
  もし本当にその通りなら……

  ───婚約解消は望めない!  
  
  ジョバンニ様がいっそ今回のことを罪に問われて廃嫡になれば、お父様だって頷いたかもしれないのに……
  遠ざかっていく希望に愕然とし、俯いていたらジョバンニ様が話を続ける。

「───そういうわけでさ、こんな事に巻き込まれて、非常にむしゃくしゃしているんだよね」
「え?」

  むしゃくしゃ?  そう思いながら顔を上げる。

「たいていこういう時は、に慰めてもらう事にしているんだけど、さすがに今日はダメみたいでさ。どの人も残念ながら僕と目を合わせようとしてくれない」
「……ジョバンニ……様?」

  (なに?  何を言い出したの……?)

「だからさ、今日はもうクロエでいいかなと思ってさ。それで、君を捜してたんだ」
「!?」
「君は僕の婚約者なんだから、僕を慰めるのも仕事の一つだろう?」

  その言葉にビクッと私の身体が震える。
  この人……まさか……
  怯えた私とジョバンニ様の目が合う。彼はニヤリと笑った。

「こんな所に一人でいてくれるなんて、ついてたなぁ」
「い、いや……これ以上近付かないで!」

  私は必死に首を横に振る。
  そして身の危険を感じた私は逃げようと立ち上がり体勢を変えた……けれど。

「ははは、これは今日も照れてるのかな?  クロエはいつもそれだ。本当に素直じゃない……」
「ち、違います……!  本当に、嫌…………あっ!」

  腕を掴まれてしまい捕まってしまう。
  おそるおそる振り返った私に、ジョバンニ様はニコリとした笑顔を浮かべて言った。

「クロエがいつもいつも、婚約者のいる身で他の女性と……って僕にお小言を言っていたのは、僕に手を出されなかった事からの不満なんだってちゃーーんと、分かってるよ?」

  (分かってないーーーー!)

「──違うわ!  全然違う!  嫌っっ!  だから離して!」
「なんでそこで素直にならないかなぁ……クロエ。ここは素直に嬉しいと言うべき所だよ?」
「嬉しくない!  嬉しくないので離してください!!」

  私が嫌がる様子を見てジョバンニ様は眉を顰める。
  掴まれている腕にも力が込められた。痛い!

「うーん?  あ!  初めてがこんな所なのが不満なのかな?」
「そこじゃない!  そこじゃないです……私は、あなたの全てが……キモ」
「───ごちゃごちゃ煩いなぁ、ま、いっか!」

  (この……最低男ーー!)

  ジョバンニ様がそう言って私を襲おうとしたのと、耐え切れなくなった私が拳を握りしめて、ジョバンニ様を殴ろうとしたのと、「───何をやっているんだ!」という男の人の声が聞こえたのは、ほぼ同時だった。
  
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様、離婚しましょう

榎夜
恋愛
私と旦那は、いわゆる『白い結婚』というやつだ。 手を繋いだどころか、夜を共にしたこともありません。 ですが、とある時に浮気相手が懐妊した、との報告がありました。 なので邪魔者は消えさせてもらいますね *『旦那様、離婚しましょう~私は冒険者になるのでお構いなく!~』と登場人物は同じ 本当はこんな感じにしたかったのに主が詰め込みすぎて......

婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい

矢口愛留
恋愛
【全11話】 学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。 しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。 クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。 スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。 ※一話あたり短めです。 ※ベリーズカフェにも投稿しております。

【完結】偽物と呼ばれた公爵令嬢は正真正銘の本物でした~私は不要とのことなのでこの国から出ていきます~

Na20
恋愛
私は孤児院からノスタルク公爵家に引き取られ養子となったが家族と認められることはなかった。 婚約者である王太子殿下からも蔑ろにされておりただただ良いように使われるだけの毎日。 そんな日々でも唯一の希望があった。 「必ず迎えに行く!」 大好きだった友達との約束だけが私の心の支えだった。だけどそれも八年も前の約束。 私はこれからも変わらない日々を送っていくのだろうと諦め始めていた。 そんな時にやってきた留学生が大好きだった友達に似ていて… ※設定はゆるいです ※小説家になろう様にも掲載しています

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

辺境伯へ嫁ぎます。

アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。 隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。 私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。 辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。 本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。 辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。 辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。 それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか? そんな望みを抱いてしまいます。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 設定はゆるいです。  (言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)  ❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。  (出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)

ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?

望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。 ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。 転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを―― そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。 その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。 ――そして、セイフィーラは見てしまった。 目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を―― ※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。 ※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)

【完結】では、さっさと離婚しましょうか 〜戻る気はありませんので〜

なか
恋愛
「離婚するか、俺に一生を尽くすか選べ」  夫である、ベクスア公爵家当主のデミトロに問われた選択肢。  愛されなくなり、虐げられた妻となった私––レティシアは……二人目の妻であるアーリアの毒殺未遂の疑いで責められる。  誓ってそんな事はしていないのに、話さえ聞く気の無いデミトロ。   ずさんな証拠で嵌められたと気付きながらも、私は暴力を受けるしかなかった。  しかし額に傷付けられた最中に、私は前世……本郷美鈴としての記憶を思い出す。  今世で臆病だった私に、前世で勝気だった本郷美鈴との記憶が混ざった時。  もう恐れや怯えなど無くなっていた。  彼の恋情や未練も断ち切り、人生を奪った彼らへの怒りだけが私を動かす。  だから。 「では、さっさと離婚しましょうか」  と、答えた。  彼から離れ、私は生きて行く。  そして……私から全てを奪った彼らから。同じように全てを奪ってみせよう。   これがレティシアであり、本郷美鈴でもある私の新たな生き方。  だが、私が出て行ったメリウス公爵家やデミトロには実は多くの隠しごとがあったようで……    ◇◇◇    設定はゆるめです。  気軽に楽しんで頂けると嬉しいです。 今作は、私の作品。 「死んだ王妃は〜」に出てくる登場人物の過去のお話となります。 上記のお話を読んでいなくても問題ないよう書いていますので、安心して読んでくださると嬉しいです。

王太子から婚約破棄され、嫌がらせのようにオジサンと結婚させられました 結婚したオジサンがカッコいいので満足です!

榎夜
恋愛
王太子からの婚約破棄。 理由は私が男爵令嬢を虐めたからですって。 そんなことはしていませんし、大体その令嬢は色んな男性と恋仲になっていると噂ですわよ? まぁ、辺境に送られて無理やり結婚させられることになりましたが、とってもカッコいい人だったので感謝しますわね

処理中です...