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35. 打ちのめされる異母妹
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フリージアのその笑顔が不気味で怖くて一歩後ずさると、ランドール様がそっと支えてくれた。
「ブリジット、大丈夫?」
「は、はい」
「……フリージアは思っていた以上に病んでる。ここまで酷いとは思わなかった」
ランドール様の言葉にその通りだと思った。
巻き戻り前の記憶があるせいで、元々、どこか歪んでいた性格がもっと歪んでしまったのでは?
そう思いたくなる。
(怖い……でも、やっぱり過去の私が殺された理由はちゃんと知っておきたい)
それが例え、どんなにくだらない理由だったとしても。
「フリージア。その理由って何なの?」
「……」
「答えて!」
フリージアは少し間を置いた後、ニンマリと笑った。
「……ランドルフ様ってすごく単純な人みたいでーー……」
「ランドルフ殿下?」
なぜ、ここで殿下の名前が出るの?
私は怪訝そうな目でフリージアを見つめる。
フリージアはさらに笑みを深めた。
「あーんなに、最初はお姉様のことを処刑してやるって息巻いてたくせに、私からの“お姉様はランドルフ様の事が好きで好きで仕方がなくてあんなことしちゃったんですよ~”って話を聞いていたら、あの人すっかり絆されちゃったの」
「「は?」」
(絆された!?)
私とランドール様の驚きの声が重なる。
フリージアは、ふぅ……とため息を吐いた。
「処刑からの減刑で国外追放と見せかけて、追い出すフリをしてこっそり自分の元に匿ってお姉様を愛人にする気だったみたーい」
「「なっ!」」
───何ですって!?
「あいつ……」
ランドール様が私の肩を抱きながら憎々しそうに呟く。
そして思う。
やっぱりあの王子はろくな事を考えない!
「私、たまたまその話を聞いてしまったのよ」
「……」
「そんなの許せるわけないでしょう? だから、事故を装ってお姉様を消す……もともと考えてはいたけれど、迷わずに実行することにしたわ、ふふ」
「……フリージア」
ここまでの話を聞いて思った。
どんなに許せなくても、その思考に行き着くこの子の気持ちがさっぱり分からない。
私たちはとことん相容れない存在だと実感させられた。
「ねぇ、お姉様。今のこの世界って私の為にあると思うの」
「……は? フリージア……何を言っているの?」
「無念の死を遂げた私が今度こそ幸せになる為に、用意された世界だと思うのよ。だから……」
「───駄目!」
フリージアの言いたいことを察した私は大声で遮った。
これは、この目はランドール様を自分に寄越せ、そう言っている。
当然、承諾出来る話ではないので否定した。
それなのにフリージアは分からないわ、という顔をした。
「どうして? 確かに今はお姉様のことを愛しているのかもしれないけど、きっとそれは単なる錯覚で、もっと私のことを知ってくれればきっと私に夢中になると思うわ?」
にっこり笑顔でそう語るフリージアにランドール様が冷たい目を向ける。
「……その前向きな思考は色んな意味で尊敬するが、ここまで来るともはや病気……狂気の域だ」
その言葉にフリージアは目を剥いた。
「きょ……? 何ですって!? なんで私だけ! ランドール殿下! あなたにも記憶があるならそこのお姉様が過去に私にした仕打ちを知っているんでしょう!?」
笑顔を消して叫ぶフリージアに向かってランドール様は続ける。
「だからなんだ。ブリジットとフリージアの違いはそこだろう? なぜ分からない?」
「は? 違いですって?」
「お前は自分の死を“無念の死”と言ったな? それは、ブリジットだって同じだ」
「……」
フリージアはランドール様のことを無言で睨みつける。
多分その目は“一緒にしないで”と言っている。
「そうして過去の記憶を持ったまま、やり直すことになった二人には決定的に違う部分があった」
「どこがよ! 何が違うと言うのよ!」
すごい剣幕で叫ぶフリージア。
そんなフリージアにランドール様は淡々と言い返す。
「……ブリジットは過去の行いを悔い改めようとしていた。お前と違ってな」
「嘘っ! そんなの嘘よ! お姉様はいつだって我儘で傲慢で私を虐めるような最低な……」
「───それは、全部お前の方だろう! フリージア・ラディオン!」
ランドール様の怒鳴り声にフリージアの身体がビクっと跳ねた。
「私……のこと、ですって?」
「ああ」
「……そんなはずないわよ! だって、私、私は、私の方がお姉様なんかより格上で……」
(フリージア……)
私は目を伏せる。
フリージアがそう考えてしまうのは、きっと幼少期にそう言われて育ったせいだ。
余計なことを吹き込んだ使用人と、それを黙認していたお父様に対して怒りを覚える。
「……お前が何度もさっきから繰り返している、格上か格下の話を使わせてもらうなら、ブリジットはこれからお前なんか足元にも及ばない程の格上の存在になる」
格上──その言葉が許せなかったのかフリージアがカッと顔を赤くする。
「っ! だから、王妃になるのは、この私───」
「お前じゃない。ブリジットだ。僕はブリジット以外を妃として選ぶことは決してない。いい加減に理解しろ!」
そう口にしたランドール様が、私の額にそっとキスをした。
「~~~っ!」
悔しそうなフリージアに向かってランドール様は更なる追い討ちをかける。
「哀れだな、フリージア。巻き戻り前、ランドルフが、こっそり手を回してブリジットまで手に入れようとしていた……ということは、それほどお前が愛されていなかった……という話だろう?」
「…………え?」
フリージアの目がまん丸に大きく見開かれる。
「あのままお前がランドルフと結婚したとしても、どうやら惚れっぽい様子のランドルフはすぐに別の女性を側妃として迎えてお前はお飾りの王妃にでもなっていたんじゃないか?」
「お、お飾りの王妃!?」
「そうだ。愛されない名ばかりの、な。それは……そんな人生は本当に幸せか?」
「~~~っっ……」
ついにフリージアがガクッとその場に膝をついた。
幸せになれるはずだった未来……が幻想だったことをようやく思い知ったのかもしれない。
(それにしてもランドルフ殿下……)
国外追放なんて実質、野垂れ死にする事を想定しているとばかり思っていたけれど、まさかそんなことをこっそり考えていたなんて。
殿下に囲われて生きていく自分の姿を想像したら鳥肌がたってしまった。
「───ブリジット、戻ろうか?」
「え? フリージアはもういいのですか?」
ランドール様は静かに頷く。
「だいぶ、打ちのめされているから、もう逃げ出すことは無いと思う」
「……」
確かにフリージアはがっくりと項垂れていて、反発する気力すらも無くなったように見える。
後はこのまま回収してもらってより厳重に牢屋に閉じ込める。
そして正式な処分を───……
「後は今世で抱いていた野望を完全に粉々にうち砕けさえすれば大丈夫だと思う」
「今世で……」
それは、フリージアに与える処分のことを言っているのだと分かった。
フリージアの過去の行いは今世の処分に加えることは出来ない。
けれど、今のフリージアに与えられる最大に重い罪にする気なのだと思った。
「……あと、僕としては、正式な処分を下す前に牢屋にいるランドルフをボコボコに殴ってやりたい気持ちがあるんだけど」
「でも、あの人記憶なさそうですからね」
「そうなんだよ……」
巻き戻り前も、やり直しの人生の今も何だかランドルフ殿下は常に余計なことしかしていない気がする。
(ある意味、才能かしら───)
「……ブリジット」
「はい?」
名前を呼ばれたので顔を上げると、ランドール様がまたチュッと今度は唇にキスをした。
「!?」
「他の男のことなんて考えずに僕のことだけ考えていて欲しい」
「ラ、ランドール、さ、ま……」
私の顔がどんどん赤くなっていく。
それを見たランドール様はどこか嬉しそうに笑った。
「覚えていて? 僕はあいつとは違う。僕にはブリジットだけだ」
「ん……分かっ……てます……」
「ブリジット───」
「あ、擽った……い」
ランドール様のキス攻撃が止まらない。
擽ったくもあるけれど、愛がたくさん伝わって来て、とても幸せだと思った。
「あの二人の処分決定に侯爵への最後通牒……そして、結婚式に即位式……やることはまだまだ沢山あるけれど」
「……ん」
「ブリジットが隣にいてくれれば何でも大丈夫だと思えるんだ」
「ランドール……様。それ……わた…………んっ」
───私もあなたがいてくれれば何でも大丈夫なんです。
その言葉は甘くて優しいキスで塞がれて声にならなかった。
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