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18. 思い出の“彼”は語る

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  ───ランドール……さんのフリージアに奪われた大切な物……いえ、大切なものが“私”?

「……え?」

 驚きすぎて涙も引っ込んでしまう。
 意味が分からない。
 それに私はいったい、いつどこで奪われたというの?
 え、そもそも“奪われた”って何!?

「……!?」

 混乱しすぎて頭の中がグルグルしてきた。
 ランドールさんはそんな私に腕を回したまま、少し身体を離すと今度は私の目を見て言った。

「……ブリジット様。ランドルフ殿下との婚約の話に頷いてはいけません」
「え?」
「私は、ブリジット様は“ランドルフの妃になることを望んでいる。それがブリジット様の幸せなんだ”……そう自分に言い聞かせて黙って見守ろう……と思っていました」

(……ん?)

 私が、ランドルフ殿下の妃になることを望んでいる?
 それって“今”ではなく“過去”の巻き戻り前の私の話よね?  
 今の私の殿下への態度を見て望んでるとは思わないはず……
 それなのになぜ、ランドールさんがそんなことを言うの……?

「───ですが……」

 そこまで言って、ランドールさんが辛そうに目を伏せる。
 私は、その顔を見て“まさか”と思った。
 ドクドクと心臓が嫌な音を立て始めた。

「ランドルフ殿下の婚約者となる道は、決してあなたにとって幸せな道ではありませんでした」
「……っ!」

 心臓が口から飛び出るかと思った。
 ランドールさんはそんな私の様子に気付かず目を伏せたまま話を続ける。

(まさか、まさか、まさか……)

「荒唐無稽な話……だとブリジット様は思うかもしれません」
「……」
「ですが、もし、あなたが万が一にも逃げきれずに、このままランドルフ……殿下と婚約を結んでしまったら……」
「……結んでしまったら?」

 その続きは言われなくても分かっているのに、聞き返さずにはいられなかった。
 ランドールさんはどこか痛ましく、そして真剣な顔で口を開く。

「ブリジット様。あなたはいずれ……そうですね、だいたい今から二年後にはランドルフ殿下に婚約破棄されてしまいます」

 やっぱり!  という思いと、何でランドールさん……あなたがそれを知っているの?  という思いが湧き上がってくる。
 だけど、こんな話をまるで見てきたかのように断言出来るとするのなら、その答えは一つしかない。

(…………ランドールさんも、巻き戻り前の記憶……がある?)

 私以外にも巻き戻り前の記憶を持つ人がいる───
  ───私、どうして今までそれに思い至らなかったのかしら?
 巻き戻った理由すら分からないのに、どうして“私だけ”だと思っていた?
  
(……あぁ、そうよね)

 そうだとするなら……フリージアだってもしかしたら……
 それなら納得することが沢山ある。

「……」
「驚かせてしまいましたか?  こんな根拠の無い未来予知のような話をすんなり信じてくれ、という方が難しいのは分かっているのですが……」
「あ……」

 どうやら私が黙り込んでしまったことを驚いたからだと受け止めてしまったみたい。
 そのせいで、ランドールさんがとたんに申し訳なさそうな顔になる。

「ですが、このまま続きも聞いてください」

 ランドールさんはそれでも話を続けようとする。

「……そして、婚約破棄されたあなたは……更に、とある罪を突きつけられて処分を受けることになります」
「……」

 ブルッと身体が震える。
 ええ、そうね。
 牢屋で過ごしたわ。
 あの日々は後に色々なことを見直すきっかけにはなったけれど、もう一度経験したいかと問われると絶対に嫌だ。

「ブリジット様の受けた処分は“国外追放”でした。ですが、あなたがその国外へ出発した日。乗っていた馬車が……」

 そう語るランドールさんの表情はとにかく辛そうだった。
 これは彼の中の妄想話でも夢でもなんでもない。
 本当にあったこと。  
 そして、それは私の記憶と一致する。

(やっぱりランドールさんは前の記憶を持っている!)

 だけど、こんな辛そうなランドールさんの顔を見た私は、
 “あんなにも最低な人間の私だったのに事故で死んでしまったことを悲しんでくれていた人がいた”
 そのことに対して嬉しい……と思ってしまった。

「分かっているわ。馬車は事故を起こ……」
「いいえ、あれは事故ではありません!  ……でした」

 ───事故を起こしたのでしょう?
 そう言おうとした私の言葉をランドールさんは首を横に振りながら強い口調で否定する。

「違うのです、ブリジット様……あなたは───殺されたのです」
「───え?」

(殺……え?)

 さすがにこれには理解が追いつかない。

「馬車に細工をさせ、御者に金を握らせ、わざと荒れた道を通り馬車を崖から落下させるように命じた人物がいます」
「!?」
「……ですから、その事故で亡くなったのは、ブリジット様……あなた、だけでした」

 その言葉に大きな衝撃を受けた。

(馬車に細工?  わざとあの荒れた道を通らせた……?)

 それを命じた……人物がいる!?

「…………だ、誰がそんなことを……?」
「……」

 ランドールさんが辛そうに黙り込む。
 私も私でそう訊ねてはみたけれど答えは聞かなくても分かる。

(だって……)

 ランドルフ殿下はあの時の彼は、“私の死”を願っていた。
 でも、そんな彼より“そういうこと”を企み実行しそうなのは───

「……フリージア、ですか?」
「……!」

 ランドールさんの身体がビクッと跳ねる。
 言葉にしなくてもその反応が答えだった。

「なるほど。だから、フリージアがあなたの大切なものだった私……を奪った……という話になるのですね?」

 ランドールさんは無言のまま頷く。
 そしてポツポツと語る。

「……私は、ランドルフ殿下に事故後の処理を命令されました」
「え?」
「そのことはいいのです。私自身、事故の真相が知りたかったですからね」
「ラ……」
   
 ランドールさんのギュッと私を抱きしめている力が強くなる。
 そこには彼の色々な想いがつまっているような気がした。

「……私はあなたに何も出来なかった」
「え?」
「牢屋に押し込まれたあなたをせめて劣悪な環境から救い出したいとランドルフ殿下に意見をして殴られたこともあります」
「なっ!」

 殴ったの!?  あの王子!
 ランドールさんになんてことを……!
 私の中にランドルフ殿下への更なる怒りが生まれる。

「そんな私があなたの為に最後に出来たことが、事故の真相を明らかにすることでした」
「……」
「ランドルフ殿下は“あれは単なる不幸な事故だった”その言葉を待っていたのでしょうが……」

 ランドールさんが悔しそうな表情を浮かべる。
 だけど、出て来たのはフリージアが裏にいたという事実だった───というわけね。

「それで……ランドールさんはどうしたのですか?」
「……」
「ランドールさん?」

 あら?  反応が無い。
 どうしたのかしら、と思いじっと彼の顔を覗き込む。

「ブリジット様……私は」

 ようやく口を開いたランドールさんはとても悲しそうに笑った。
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