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9. “王子様”と会った日

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 ───夢を見た。
 子供の頃に初めて王宮に来てはしゃいだ日。
 お父様にフラフラするなと言われていたのに、言うことを聞かずに本当に迷子になった日。


 ……この時、私は初めて“ランディ様”とお会いした。


 その時の私は王宮の庭園内で迷子になっていた。
 我が家の庭も広いとは常々思っていたけれど、そんなのは比べ物にならないくらいの広さの王宮の庭。
 まるで迷路のようだった。

『どこなの、ここ……』
   
 どこからどう見ても迷子のくせに“迷った”事を認めたくなくて、闇雲に動き回ってしまいこんな状態に陥ったおバカな私。

『迷子?  違うわ……これはただ、お城への戻り方が不明なだけよ!』

 そんな意味不明の強がりな発言をしながらウロウロしていたら何やら塔のような建物が見えた。
 もしかしたら、そこに誰かいるかも!
 そう思った私は、そこに向かって走り出そうとした───ら、突然、後ろから声をかけられた。

『おい!  そっちは立ち入り禁止だ』
『っ!?』

 その声に振り返ると、キラキラと眩しいくらいの金の髪を持ち、同じくらいの歳の見知らぬ男の子が立っていた。

『た……立ち入り禁止?』
『そうだよ?  お城ここに来る人なら大人でも子供でも知っている事だと思っていたけど、君は知らないの?』
『……知らない』

 私は首を横に振る。
 そんな場所があるなら教えておいてよ、お父様!  と心の中でお父様に文句を言う。

『そう……じゃあ、君はただの迷……』
『違うわ』

 この私が“迷子”だなんて恥ずかしい!  
 そう思った私は、男の子の言葉を最後まで聞く前に即座に否定する。

『いやいや、どこからどう見ても迷』
『違うわ!』
『えー……頑固』
『…………何か言ったかしら?』

 私がじろっと睨むと男の子は『変な子だなぁ』と苦笑した。


────


『……それでね、私、この間“お母様”が病気で死んでしまって。寂しくて寂しくて毎日、お部屋で塞ぎ込んでいたら、心配したお父様が気分転換にって連れて来てくれたのよ』
『……え』
『王宮は広くて探検するのがついつい楽しくなっちゃったわ』

 男の子がお城に戻るまでの道を案内してくれると言ってくれたので、一緒にお城までの道を二人で歩いた。
 その際、私は自分が迷子とは認めたくなかったけれど、お城に来た理由を説明する事に。
 ありのままの話をしたら、男の子の顔がどんどん申し訳なさそうな表情になっていき、最後は完全に落ち込んでしまった。

(あれれー?)

『ごめん。辛い話をさせちゃった……』 
『辛い?  ……あのね、お父様やお家の皆がね、私が聞いていないと思ってコソコソと影で好き勝手なことを言っているの』
『好き勝手なこと?』

 私はコクリと頷く。

『お父様に向かって“これで本当に好きな人と結婚出来ますね、良かったですね”って』
『なっ!?』
『お母様、死んじゃったのに“良かった”なんですって……だから、悲しんでいるのは私だけ』
『……』
   
 話せば話すほど、男の子の顔色が悪くなっていく。

『それでね?  今度“新しいお母様”と“妹”が出来るんですって!』
『……え』
『“ようやく迎えられる”ってお父様、嬉しそうに言っていたのよ。それで皆も良かったですねって言うの』
『……そ、それって……』
『このままだとお母様、忘れられて本当に一人ぼっちになっちゃう……だから、私だけでも寂しくて悲しいと思う気持ちは隠さない事にしたの。そうしたら、お母様、お空の向こうで笑ってくれるかもしれないでしょ?』
『……笑う?』
『お母様、いつも無理して笑ってた……だから、本当に辛いのはお母様であって私じゃないと思うのよ』
『……』

 何故か男の子が黙り込んでしまった。
 変な事を言ってしまったかも……と思っていたら、ちょうど目の前にお城が見えて来た。

『あ!  お城が見えてきたわ!』

 話をしている途中だったけど、お城が見えた私の気持ちはそちらへと移る。
  
『え?  あ、うん……』
『ありがとう!  あ、お名前を聞いていなかったわね?  私はブリジット!  あなたは?』

 私は男の子にまだ自己紹介していなかった事に気付く。ついでにあなたは誰?  と聞いた。
 ごく自然に聞いたつもりだったのに、何故か男の子は躊躇った。

『あ……僕は……』
『……?』
  
 私が首を傾げながら男の子からの言葉を待つ。

『…………ラ、ランディと呼ばれている』 
『ランディ様?』
   
 聞き直すと男の子……ランディ様は気恥しそうに頷いた。
 そんな彼に私はもう一度、笑顔でお礼を言う。

『ありがとう!  ランディ様』
『べ、別に……た、大した事は……していない』
『そう?  私は助かったし、何より誰にも言えなかったお話を聞いてくれて嬉しかったわ!  ありがとう!』
『……そ、それなら良かった……けど』

 ランディ様ったら、少し照れているのかしら?
 この時、私は彼のそんな様子が何だか面白いと思った。

『また、会える?』
『…………君が王宮ここに来た時に……時間が合えば……会える……かも』
『じゃあ、きっと!  また会いましょうね!』

 そう言ってランディ様とその日はお別れした。



『ブリジット、お前はフラフラどこに行っていたんだ?』
『……え?  そ、その辺を一人でウロウロしていたわ、お父様』

 帰りの馬車の中でお父様に聞かれた時、何故かは分からないけど“ランディ様”との事は言えなかった。
 なんとなく彼と会った事は私だけの秘密にしたかったから。



 そして、その後も何度かお父様にくっ付いて王宮を訪ねた私は“ランディ様”と会った。
 何故か彼は私が王宮に訪ねると必ず庭園にいてくれて、一緒に過ごした。

 ランディ様はたくさん話を聞いてくれて、“死んでしまったお母様”の事で悲しんでいる時は、優しく手を握ってくれてたくさん励ましてくれた。

『新しいお母様と妹とうまくやっていけるかしら……?』
『ブリジットなら大丈夫だよ』
『本当に?  そう思う?』
『ああ』
『ありがとう!』

 そんな私達の秘密の時間は、お父様がお義母様と再婚してフリージアがやって来る時まで続いた。
 新しい母親と妹が出来たのだから、もう寂しくないだろう?  という事らしい。
 ランディ様と会えなくなってしまったのは悲しいけれど、彼もどこかの貴族の令息だと思うし、この先、社交界デビューしたらきっとまた会えると信じ、その日を楽しみにしていた。



 それから数年後。
 これまで表に出てくることの無かったこの国の王子様、ランドルフ殿下の姿絵が、初めて世間に公開された。
 私はそれを見てハッとする。

 ───ランディ様だわ!

 キラキラした金の髪、少し成長しているけれどあの顔立ち……
 そして何よりちょっと人と違う特徴的な瞳。
 その全てがランディ様がランドルフ殿下だと物語っていた。

(王子様だったのね……!?)

 だから、立ち入り禁止の場所の事を強い口調で止めたんだわ。
 それに迷わず庭園からお城まで戻れるはずよ!
 私は全てに納得した。

(そっかぁ……)

 嫌な顔もせず私の話を聞いてくれて、ランディ様にはたくさん励まされた。
 あの優しい手の温もりは今でも忘れられない。
 そして、彼と過ごした短い時間の事は誰にも言わない私だけの“秘密”だった。

(でも、また会えた時はお礼を言えるかしら?  あ、でも王子様だと無理かしら?)

 そんな事を思ったけれど、何故か姿絵を公開した後もランディ……ランドルフ殿下は公の場に出る事が無いまま数年が過ぎ……
 きっともう私の事なんて忘れているかも……そう思うようになっていた。

(だからこそ、あの時に道で倒れている人が彼だとは思いもしなかったのよ)

 ……また、会いたい!  
 励ましてくれた彼のお役に立ちたい!  そして出来るなら彼の妃に……なりたい!
 いつしかそんな想いを抱えていた私は、あの日、いけない事だと分かっていながら、フリージアから婚約者の座を奪ったのに───




──────


 なのに、なのに……
 まさか、ランディ様……ランドルフ殿下が、こんな酷い言葉を口にする人だったなんて……
 あの優しかった彼は──

「────っ!」

 私はハッと目を覚ました。
 最初に目に入ったのは見慣れない天井。

(ここ、どこ……?)

 そう思った所で、自分がランドルフ殿下との面会で倒れた事を思い出す。
 やっぱり無理だった。
 巻き戻って無かった事になっていても、私からはあの記憶が消えてくれない。

(二年間、婚約者として過ごした時間だけじゃない、誰にも秘密だったあの逢瀬の思い出さえも粉々になったわ……)

 過去を思い出してしまい溢れそうになる涙をこらえた時、ふと自分の手が温かいものに包まれている事に気付いた。

「……?」

(これ、手を握られている?  誰の手?)

 不思議に思ったと同時に声が聞こえた。

「……良かった。目が覚めましたか?」
「あ、あなた……は」

 分かりにくいながらも、心配そうな表情で私の顔を覗き込んできたその人は、王宮に着いた時に私達を部屋まで案内してくれた、髪で隠れて片目しか見えない彼だった。

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