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5. 様子のおかしい異母妹

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(……あ!)

 護衛と私が人を呼んで戻ってくると、フリージアが殿下に寄り添って彼を励ましていた。

「……くっ」
「大丈夫ですよ、今、人が来ますから」
「うっ……」
「私がいますよ、安心してくださいね」
  
 苦痛の表情を浮かべて苦しそうに唸る殿下に、フリージアが優しく声をかけている。   
 これはかつて見た光景と全く同じだった。

(……殿下はこの時、頭が朦朧としていたから、自分を励まし続けてくれた令嬢の顔をはっきり覚えていなかったのよね……?)

 だからこそ、狡い私は“顔を覚えていない”そこにつけ込んだわけだけど。

「…………ぐっ……う」
「もう少しですから!  頑張ってくだ…………あ!」

 私と護衛の戻って来た気配に気付いたのか、フリージアが顔を上げる。

「……あ、あら、お姉様?  …………随分とお早いお戻りなのね」

 フリージアのその言い方に違和感を覚え、私は眉をひそめた。

「……?  フリージア。何でそんな言い方をするの?  早くお医者様の元に運んで診せた方がいいでしょう?」

 自業自得だけど、殿下にはパーティーではとても冷たい目で見られて罵られた。
 死んでもいいと思われるほど私は憎まれていた。
 けれど、だからと言って今の彼にずっとこの場で苦しんでいろ、とは思わない。
 早く楽にしてあげたいとすら思う。

「……っ、ぐっ……」

 チラッと苦しんでいる彼に目を向ける。
 記憶にあるよりも少し幼い姿のランドルフ様が苦しそうに魘されていた。

「……それは、そうなのですけどーー……でも、それにしたって……ちょっと」

 フリージアの表情が曇る。
 もしかしたら、私の戻りが早すぎて驚いている?
 ちなみに、早く戻って来れた理由は一つ。過去の記憶があるから、よ!

 前の時は、どこに人がいるのか分からなくて闇雲に走り回ってしまい、戻って来るまですごくモタモタしてしまった。
 でも、今の私なら記憶があるから。
 その記憶を頼りに私は、殿下を助けて運んでくれそうな男の人達の元に真っ直ぐ向かう事が出来た。

「……」

 なのに、なんでフリージアはこんなにも変な態度なの?
   
(やっぱりフリージア、少しおかしいわ) 

 過去のフリージアはもっと純粋に人助けをしようとしていた……はずなのに。
 何だか今のフリージアはそうは見えない。

「……ぐっ……」

 ───って!  
 殿下の更なる苦しそうな唸り声で私はハッとする。

 とりあえず、今はそれどころではないわ。
 苦しそうな殿下をこのまま放っておくわけにはいかない!
 様子のおかしいフリージアの事は後で考える事にする。
 とにかく今は早く殿下を運んでしまおう、と思った。

「皆さん、彼を医師の元にまで運ぶのを手伝って貰えますか?」

 私は後ろを振り返り、連れて来た人達に向かって声をかける。

「え……ちょっと、お姉様……!  待って、まだ私……」

 ここで何故かフリージアが慌て出した。
 私たちに向かって来ないで!  と通せんぼまでしようとする。

(なんで?)

「ダメよ。そんなもたもたしている時間は無いのよ。どきなさい!  フリージア!」 
「……お、姉様」

 私は強引にフリージアと殿下を引き離す。

「え!  あ……」

 続けて、私は彼らに馬車は私達が乗ってきたものを貸すので、これで医師の元まで殿下を運ぶようにと指示を出した。
 過去の通りなら医師の元にさえ連れて行ければ後は大丈夫のはず。
 診察する事になった医師が殿下の正体に気付き、大事にはしないて内々に処理をしたと後に聞いている。

(それで、その後、医師の元まで運んでくれた馬車がどこの家の者だったのか、という話を聞いて、ラディオン侯爵家の者が助けてくれたのだと殿下は知る事になるのよね……)

 過去の私は、苦しんでいる殿下をフリージアに任せた後、とりあえず人を呼んで来たはいいものの、その後は何をしたらいいのか分からず、ひたすらオロオロするばかりだった。
 フリージアみたいに殿下に声をかけて、手を握り励ます……なんて事も出来ず、連れて来た人達がアレコレするのを黙ってその場で見ていただけ。
 その場にはいたけど何にも出来なかった……それが前の私だった。


 私は運ばれていく殿下を見ながらホッとする。
 フリージアの様子は少し気になったけれど、これでだいたい過去の通りになったわ。
 だけど、気になるのは……

「フリージア?  どうかしたの?」

 フリージアは下を向いて何かをブツブツ呟いている。
 見るからに様子のおかしいフリージアの顔を覗き込んだ。

「…………何でもないです」
「そう?  あ、馬車が戻ってきたら買い物の続き……」
「…………もうそんな気分じゃないので帰りたい」

 フリージアはそれだけ口にしてプイッと横を向いてしまった。

「フリージア……?」
「…………のに」

 小声で何かを呟くフリージアは明らかに機嫌を損ねている。

 その後のフリージアはムッツリとした顔で終始無言のままで、馬車が戻って来るなりさっさと乗り込んでしまい、私たちは帰る事になった。
 無言の車内はとにかく気まずかった。

(ちょっとモヤモヤは残るけれど……これでいいはず)

 後は、王宮……殿下から手紙が来た時に今度こそ嘘をつかなければ、未来は変わる!  
 と、まだこの時の私はそう信じていた。


   
 ❋❋❋❋❋


 様子が変かもと思ったフリージアも、その後は特別おかしな様子を見せることもなく、それからの日々は平穏に過ごしていた。

 以前より使用人達は私に優しくなった気がするし、何よりご飯も美味しい!  
 ぬくぬくのベッドで寝られる幸せ!  を私は満喫していた。

 巻戻り前の日々を忘れる事はないけれど、そんな新たなやり直し生活にも慣れ始めた頃……
 遂に“その日”がやって来る。

(そろそろのはず……!)
   
 意識してしまってから、ここ数日の私は落ち着かなかった。
 過去の通りなら最初に手紙での打診が来るのはこの頃だった……



「お嬢様、そろそろ新しいドレスの購入などは……」
   
 その日、リーファがおそるおそるお伺いを立てるような顔で私に訊ねてくる。

「え?  特に考えていないけれど?」
「そ、そうですか……」
「……」

 パッタリと散財するのをやめたせいか不審がられている気がする。
 でも、要らないものは要らない。

「なんで?」
「あ、いえ。フリージアお嬢様が最近新しいドレスを購入されたのでブリジットお嬢様もどうかしら?  と思いまして」
「え?  フリージアが?」

 これは過去にはなかったことなので、私は純粋に驚いた。

「はい。フリージア様には珍しくフルオーダーで作られたとか」
「まあ!」

(珍しい。本当に驚きだわ……)

 今までのフリージアはそういった贅沢は好まないような気がしていたけれど。
 もしかしたら、私の思い込みだったのかもしれない。

「リーファ、ありがとう。でも、フリージアはフリージアで私は私だから。今は特に新しいドレスの購入は考えていないわ。まだ、腕を通していないドレスは沢山あるもの」
「そうですか……」

 そんな話をしている時だった。

「───ブリジット、いるか?」

 部屋の扉がノックされ、お父様の声がした。

「ちょっと聞きたい事があるのだが……」

(……あ!)

 お父様のその困惑する声を聞いた私は悟った。
  ───王宮、殿下からの手紙が届いた……のだと。

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