1 / 38
1. 断罪される嘘吐きな私
しおりを挟む今日はこの国の王太子でもあるランドルフ王子の二十歳の誕生日パーティー。
だけど、その誕生日パーティー会場、実は開始前から異様な空気に包まれていた。
それは、主役の王子とその婚約者の関係が最近上手くいっていないという噂のせいだったのだが───……
注目の王子の婚約者はその噂を知ってか知らずか多くの令息、令嬢に囲まれながら談笑していた。
そんな彼女の振る舞いを見て、単なる噂に過ぎなかったか……と多くの者は思った。
しかし、パーティーが開始して王子本人の挨拶が終わり、婚約者令嬢とのファーストダンスという段階になった時、“それ”は起きた。
「ブリジット・ラディオン侯爵令嬢! 今日この場で婚約者であるそなたとは踊る事は出来ない!」
「…………は、い?」
当然、自分と踊るものと思っていたランドルフの婚約者、侯爵令嬢のブリジットは前に進み出ていた足をその場でピタリと止める。
そして、震える声で王子に訊ねた。
「お、お待ちください、ランディ様……こんな時に何を仰って……」
「……私をその名で、呼ぶな! この大嘘つき女め!」
「お、大嘘つき? わ、私が?」
突然の嘘つき呼ばわりにブリジットは驚き、足はガクガクと震えだした。
(───まさか、まさか……アレがバレてしまったの? なぜ今になって?)
「ははは、顔が青ざめたな! やはり心当たりがあるのだろう?」
「……っ!」
「二年前、君は“私の命の恩人”として私の婚約者に選ばれた!」
「そ、そうですわ! 私はあなたを助け……」
───今から二年半程前に、偶然、怪我をして熱を出して倒れていたお忍び中の王子をブリジットが助けて二人が恋に落ちた……という話は馴れ初めとして有名だった。
「……私は、あの日に助けてくれた令嬢を婚約者に指名したんだ! だが、それはお前では無かった! そうだな!?」
「───なっ!」
ブリジットの表情が固まる。
そんなブリジットの様子を見てランドルフは勝ち誇ったような笑みを浮かべ更に声を張り上げる。
「……これでようやく腑に落ちたよ! 実は貴様と婚約者として過ごして来たこの二年間、私にはずっと違和感があったんだ!」
「……えっ」
その言葉にブリジットは大きなショックを受ける。
違和感があった?
なら、これまで私に優しくしてくれていたのは?
君と婚約出来て良かった、と愛を囁いてくれていたのは?
あの微笑みは?
あれは全て幻だったというの?
(確かに、最近は様子がおかしいと思った事はあった。でも、それは多忙なせいだとばかり思っていたわ……)
「なぜ、お前がこれまで必死になって隠して来た事実を私が知る事になったのか教えてやろう! ───こちらへ来い、フリージア!」
「……は、はい! ランディ様」
「──なっ!」
ランドルフのその呼び声に応えて一人の令嬢が前に進み出ると堂々と殿下の隣に並ぶ。
その様子を見たブリジットに初めて怒りの表情が浮かんだ。
「……フリージア! な、なぜ貴女がここにいるの!」
「ごめんなさい、お姉様。だって私、もう嘘はつけないわ。私、知ってしまったの。ランディ様が本当は婚約者には私を指名していた、と。だから私……」
「───っっ!」
その場に現れたのはブリジットの異母妹、フリージア。
ブリジットとは半分だけ血の繋がった姉妹。
身体が弱い事を理由にこれまで表舞台には一切出させていなかったのに……何故、ここに……
と、ブリジットは困惑する。
「お姉様、もうやめましょう? これ以上ランディ様に嘘を吐くのは良くないわ。ちゃんと罪を認めて?」
「……」
これまで必死に隠していたのに。
二人はいったいいつ出会ったの?
どこで気付いたの?
ブリジットの頭の中は完全に混乱していた。
「……フリージアを一目見て分かったよ。あの日、私を助けてくれたのは“彼女”だったとな! 貴様では無かったんだ! ブリジット!」
「あ……」
「それを貴様は……我が物顔でやって来てのうのうと私の婚約者に収まった!」
「待って下さい! “あの場”にはちゃんと私も……」
「うるさい! 貴様の言い分が何であれ、私が望んだのはお前ではなかった事は事実だろう!」
───望んだのは私じゃなかった。
その事は、婚約の打診の時から分かってはいた。
殿下が指命しているのは私ではなく、フリージアだと……
それでも……私はあなたの元に……ずっと好きだったあなたの婚約者になりたかった。
(───あぁ、これは卑怯な手を使った罰なのね?)
フリージアには殿下からの婚約の打診の細かい内容を知らせずに私が婚約者に指名されたのよ、と話し、お父様には“殿下が言っているのは私の事なのよ”と嘘をつき……
まんまと殿下の婚約者の座についた。それは事実。
(あと少しで結婚式だったのに……)
「私はお前との婚約は白紙に戻し、フリージアと改めて婚約を結ぶ!」
「あ……」
「大嘘つきで罪人となるお前には、それ相応の罰がくだされるだろう。牢屋で自分のした事を悔いるがいい!」
ランドルフはフリージアを愛しそうに抱きしめながらそう言った。
見つめ合う二人は美男美女で並んでいる姿もお似合いで、仲睦まじそうな様子が嫌でも伝わって来る。
「フリージア……」
「お姉様、こんな事になって残念です……」
「フリ……」
「さようなら、お姉様」
「……!」
ブリジットは会場中からの冷たい視線を浴びながらその場に崩れた。
❋❋❋❋
───私はどうなるのかしら?
パーティー会場から冷たく暗い牢屋へと私は移された。
豪華なドレスも全て脱がされ着せられたのは薄くてペラペラな生地の囚人用の服。
(こんな服、これまで一度だって着た事ないわ……)
出される食事も固いパン一つと冷たいスープ。
スープの具材なんてほとんど無いに等しい。
生粋のお嬢様として育ってきた自分には信じられない事ばかりだった。
私がフリージア宛だと分かっていた婚約の打診に、自分宛だと嘘をついて飛びついた事は紛れもない事実。
だけど、どうしてもランドルフ殿下……ランディ様の婚約者になりたかったの。
「バカだったわ……」
今更、悔いた所でもう全てが遅かった。
──
「……国外追放?」
数日後に私にくだされた罰はこの国からの追放。
「そうだ。侯爵家からは除名され平民となって苦労するがいい」
私に向かって冷たくそう言い放つランディ様。
心の底から私の事を憎んでいる事が伝わって来る。
(分かっていても胸が痛い)
「……」
「不満か? 私としては、是非とも貴様には死を持って償って貰いたいと思っていたが、フリージアがどうしても殺さないで! とお願いしてきたからな。愛しのフリージアに免じて仕方なく生かしてやる事にした」
「……そう、ですか……」
「ははは、フリージアに感謝するといい」
……ランディ様ってこんな人だったの?
こんな簡単に人の死を願うような人だった?
(何だかもう、よく分からなくなってきたわ……)
もう、私には国外追放の罰を受け入れる以外の道は残されていなかった。
───そして、私が国外へと追放される出発の日。
「……お姉様」
「フリージア……」
誰にも見送られずに旅立つはずの私の元に、何故かフリージアが現れた。
もともと美少女だとは思っていたフリージアはますます美しさが磨かれていて綺麗になっていた。一方の私はもうドレスなんて着ることの無い身分で、みすぼらしい姿。
凄い差だった。
「良かったわ……間に合って」
「フリージア?」
「私、どうしても最後にお姉様に言っておきたい事があったの」
「……私に?」
「そうよ!」
フワッと華のような笑顔を見せるフリージア。
そんなフリージアは私に近付くと、耳元でこっそりと言った。
「…………」
(────え?)
私がびっくりして身体を震わせると、フリージアはすぐに私から離れてとびっきりの笑顔で言った。
「───どうか元気でね、お姉様! きっともう二度と会うことは無いでしょうけれど!」
「……フリー……ジア」
その言葉が何だか意味深で、だけど深くは考えたくなくて。
結局、フリージアの顔がまっすぐ見れないまま、私は馬車に乗り込んだ。
(これからは平民として生きていく───……)
だけど、この時の私は知らない。
フリージアの言った、“もう二度と会うことは無い”という言葉が現実になってしまう事を────……
27
お気に入りに追加
4,666
あなたにおすすめの小説
侯爵令嬢リリアンは(自称)悪役令嬢である事に気付いていないw
さこの
恋愛
「喜べリリアン! 第一王子の婚約者候補におまえが挙がったぞ!」
ある日お兄様とサロンでお茶をしていたらお父様が突撃して来た。
「良かったな! お前はフレデリック殿下のことを慕っていただろう?」
いえ! 慕っていません!
このままでは父親と意見の相違があるまま婚約者にされてしまう。
どうしようと考えて出した答えが【悪役令嬢に私はなる!】だった。
しかしリリアンは【悪役令嬢】と言う存在の解釈の仕方が……
*設定は緩いです
完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!
仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。
ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。
理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。
ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。
マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。
自室にて、過去の母の言葉を思い出す。
マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を…
しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。
そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。
ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。
マリアは父親に願い出る。
家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが………
この話はフィクションです。
名前等は実際のものとなんら関係はありません。
行き遅れ令嬢の婚約者は王子様!?案の定、妹が寄越せと言ってきました。はあ?(゚Д゚)
リオール
恋愛
父の代わりに公爵家の影となって支え続けてるアデラは、恋愛をしてる暇もなかった。その結果、18歳になっても未だ結婚の「け」の字もなく。婚約者さえも居ない日々を送っていた。
そんなある日。参加した夜会にて彼と出会ったのだ。
運命の出会い。初恋。
そんな彼が、実は王子様だと分かって──!?
え、私と婚約!?行き遅れ同士仲良くしようって……えええ、本気ですか!?
──と驚いたけど、なんやかんやで溺愛されてます。
そうして幸せな日々を送ってたら、やって来ましたよ妹が。父親に甘やかされ、好き放題我が儘し放題で生きてきた妹は私に言うのだった。
婚約者を譲れ?可愛い自分の方がお似合いだ?
・・・はああああ!?(゚Д゚)
===========
全37話、執筆済み。
五万字越えてしまったのですが、1話1話は短いので短編としておきます。
最初はギャグ多め。だんだんシリアスです。
18歳で行き遅れ?と思われるかも知れませんが、そういう世界観なので。深く考えないでください(^_^;)
感想欄はオープンにしてますが、多忙につきお返事できません。ご容赦ください<(_ _)>
【完結】殿下! それは恋ではありません、悪役令嬢の呪いです。
Rohdea
恋愛
───婚約破棄されて追放される運命の悪役令嬢に転生ですって!?
そんなのどんな手を使っても回避させて貰うわよ!
侯爵令嬢のディアナは、10歳になったばかりのある日、
自分が前世で大好きだった小説の世界の悪役令嬢に転生した事を思い出す。
(殿下が私に冷たいのはそういう事だったのね)
だけど、このままではヒロインに大好きな婚約者である王子を奪われて、婚約破棄される運命……
いいえ! そんな未来は御免よ! 絶対に回避!
(こうなったら殿下には私を好きになって貰うわ!)
しかし、なかなか思う通りにいかないディアナが思いついて取った行動は、
自分磨きをする事でも何でもなく、
自分に冷たい婚約者の王子が自分に夢中になるように“呪う”事だった……!
そして時は経ち、小説の物語のスタートはもう直前に。
呪われた王子と呪った張本人である悪役令嬢の二人の関係はちょっと困った事になっていた……?
お姉様に婚約者を奪われましたが、私は彼と結婚したくなかったので、とても助かりました【完結】
小平ニコ
恋愛
「イザベル。私はお前の姉が気に入った。だから、お前との婚約は破棄する。文句はないな?」
私の婚約者であるメレデール公爵は、興味のなくなった玩具を見るような目でこちらを見て、そう言いました。彼の言う通り、私には、文句はありませんでした。……だって、メレデール公爵との婚約は、脅されて結ばされたものであり、私は彼に対して、恐怖すら抱いていたのです。
少したってから、公爵の心変わりの原因が、私の姉――ヴァネッサお姉様の行動によるものだとわかりました。お姉様は私を、『実の姉に婚約者を寝取られた、無様で間抜けな妹』と嘲ります。
そして、お姉様はついに、念願の公爵夫人となりました。
盛大な結婚式を終えて迎える、夫婦として初めての夜。
お姉様は知ることになるのです。『美しき公爵』と呼ばれたメレデール公爵の、おぞましい正体を……
婚約破棄された公爵令嬢は本当はその王国にとってなくてはならない存在でしたけど、もう遅いです
神崎 ルナ
恋愛
ロザンナ・ブリオッシュ公爵令嬢は美形揃いの公爵家の中でも比較的地味な部類に入る。茶色の髪にこげ茶の瞳はおとなしめな外見に拍車をかけて見えた。そのせいか、婚約者のこのトレント王国の王太子クルクスル殿下には最初から塩対応されていた。
そんな折り、王太子に近付く女性がいるという。
アリサ・タンザイト子爵令嬢は、貴族令嬢とは思えないほどその親しみやすさで王太子の心を捕らえてしまったようなのだ。
仲がよさげな二人の様子を見たロザンナは少しばかり不安を感じたが。
(まさか、ね)
だが、その不安は的中し、ロザンナは王太子に婚約破棄を告げられてしまう。
――実は、婚約破棄され追放された地味な令嬢はとても重要な役目をになっていたのに。
(※誤字報告ありがとうございます)
【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。
yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~)
パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。
この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。
しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。
もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。
「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。
「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」
そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。
竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。
後半、シリアス風味のハピエン。
3章からルート分岐します。
小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。
https://waifulabs.com/
第一夫人が何もしないので、第二夫人候補の私は逃げ出したい
マルローネ
恋愛
伯爵令嬢のリドリー・アップルは、ソドム・ゴーリキー公爵と婚約することになった。彼との結婚が成立すれば、第二夫人という立場になる。
しかし、第一夫人であるミリアーヌは子作りもしなければ、夫人としての仕事はメイド達に押し付けていた。あまりにも何もせず、我が儘だけは通し、リドリーにも被害が及んでしまう。
ソドムもミリアーヌを叱責することはしなかった為に、リドリーは婚約破棄をしてほしいと申し出る。だが、そんなことは許されるはずもなく……リドリーの婚約破棄に向けた活動は続いていく。
そんな時、リドリーの前には救世主とも呼べる相手が現れることになり……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる