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1. 断罪される嘘吐きな私

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 今日はこの国の王太子でもあるランドルフ王子の二十歳の誕生日パーティー。

 だけど、その誕生日パーティー会場、実は開始前から異様な空気に包まれていた。
 それは、主役の王子とその婚約者の関係が最近上手くいっていないという噂のせいだったのだが───……

 注目の王子の婚約者はその噂を知ってか知らずか多くの令息、令嬢に囲まれながら談笑していた。
 そんな彼女の振る舞いを見て、単なる噂に過ぎなかったか……と多くの者は思った。
 しかし、パーティーが開始して王子本人の挨拶が終わり、婚約者令嬢とのファーストダンスという段階になった時、“それ”は起きた。

「ブリジット・ラディオン侯爵令嬢!  今日この場で婚約者であるそなたとは踊る事は出来ない!」
「…………は、い?」

 当然、自分と踊るものと思っていたランドルフの婚約者、侯爵令嬢のブリジットは前に進み出ていた足をその場でピタリと止める。 
 そして、震える声で王子に訊ねた。

「お、お待ちください、ランディ様……こんな時に何を仰って……」
「……私をその名愛称で、呼ぶな!  この大嘘つき女め!」
「お、大嘘つき?  わ、私が?」

 突然の嘘つき呼ばわりにブリジットは驚き、足はガクガクと震えだした。

(───まさか、まさか……アレがバレてしまったの?  なぜ今になって?)

「ははは、顔が青ざめたな!  やはり心当たりがあるのだろう?」
「……っ!」
「二年前、君は“私の命の恩人”として私の婚約者に選ばれた!」 
「そ、そうですわ!  私はあなたを助け……」

 ───今から二年半程前に、偶然、怪我をして熱を出して倒れていたお忍び中の王子をブリジットが助けて二人が恋に落ちた……という話は馴れ初めとして有名だった。

「……私は、を婚約者に指名したんだ!  だが、それはお前では無かった!  そうだな!?」
「───なっ!」

 ブリジットの表情が固まる。
 そんなブリジットの様子を見てランドルフは勝ち誇ったような笑みを浮かべ更に声を張り上げる。
   
「……これでようやく腑に落ちたよ!  実は貴様と婚約者として過ごして来たこの二年間、私にはずっと違和感があったんだ!」
「……えっ」

 その言葉にブリジットは大きなショックを受ける。

 違和感があった?
 なら、これまで私に優しくしてくれていたのは?
 君と婚約出来て良かった、と愛を囁いてくれていたのは?
 あの微笑みは?
 あれは全て幻だったというの?

(確かに、最近は様子がおかしいと思った事はあった。でも、それは多忙なせいだとばかり思っていたわ……)

「なぜ、お前がこれまで必死になって隠して来た事実を私が知る事になったのか教えてやろう!  ───こちらへ来い、フリージア!」
「……は、はい!  ランディ様」
「──なっ!」

 ランドルフのその呼び声に応えて一人の令嬢が前に進み出ると堂々と殿下の隣に並ぶ。
 その様子を見たブリジットに初めて怒りの表情が浮かんだ。

「……フリージア!  な、なぜ貴女がここにいるの!」
「ごめんなさい、お姉様。だって私、もう嘘はつけないわ。私、知ってしまったの。ランディ様が本当は婚約者には私を指名していた、と。だから私……」
「───っっ!」

 その場に現れたのはブリジットの異母妹、フリージア。
 ブリジットとは半分だけ血の繋がった姉妹。
 身体が弱い事を理由にこれまで表舞台には一切出させていなかったのに……何故、ここに……
 と、ブリジットは困惑する。

「お姉様、もうやめましょう?  これ以上ランディ様に嘘を吐くのは良くないわ。ちゃんと罪を認めて?」
「……」

 これまで必死に隠していたのに。
 二人はいったいいつ出会ったの?
 どこで気付いたの?

 ブリジットの頭の中は完全に混乱していた。

「……フリージアを一目見て分かったよ。あの日、私を助けてくれたのは“彼女”だったとな!  貴様では無かったんだ!  ブリジット!」
「あ……」
「それを貴様は……我が物顔でやって来てのうのうと私の婚約者に収まった!」
「待って下さい!  “あの場”にはちゃんと私も……」
「うるさい!  貴様の言い分が何であれ、私が望んだのはお前ではなかった事は事実だろう!」

 ───望んだのは私じゃなかった。
 その事は、婚約の打診の時から分かってはいた。
 殿下が指命しているのは私ではなく、フリージアだと……
 それでも……私はあなたの元に……ずっと好きだったあなたの婚約者になりたかった。

(───あぁ、これは卑怯な手を使った罰なのね?)

 フリージアには殿下からの婚約の打診の細かい内容を知らせずに私が婚約者に指名されたのよ、と話し、お父様には“殿下が言っているのは私の事なのよ”と嘘をつき……
 まんまと殿下の婚約者の座についた。それは事実。

(あと少しで結婚式だったのに……)

「私はお前との婚約は白紙に戻し、フリージアと改めて婚約を結ぶ!」
「あ……」
「大嘘つきで罪人となるお前には、それ相応の罰がくだされるだろう。牢屋で自分のした事を悔いるがいい!」

 ランドルフはフリージアを愛しそうに抱きしめながらそう言った。
 見つめ合う二人は美男美女で並んでいる姿もお似合いで、仲睦まじそうな様子が嫌でも伝わって来る。

「フリージア……」
「お姉様、こんな事になって残念です……」
「フリ……」
「さようなら、お姉様」
「……!」

 ブリジットは会場中からの冷たい視線を浴びながらその場に崩れた。


 ❋❋❋❋


 ───私はどうなるのかしら?

 パーティー会場から冷たく暗い牢屋へと私は移された。
 豪華なドレスも全て脱がされ着せられたのは薄くてペラペラな生地の囚人用の服。

(こんな服、これまで一度だって着た事ないわ……)

 出される食事も固いパン一つと冷たいスープ。
 スープの具材なんてほとんど無いに等しい。
 生粋のお嬢様として育ってきた自分には信じられない事ばかりだった。

 私がフリージア宛だと分かっていた婚約の打診に、自分宛だと嘘をついて飛びついた事は紛れもない事実。
 だけど、どうしてもランドルフ殿下……ランディ様の婚約者になりたかったの。

「バカだったわ……」

 今更、悔いた所でもう全てが遅かった。


 ──


「……国外追放?」

 数日後に私にくだされた罰はこの国からの追放。

「そうだ。侯爵家からは除名され平民となって苦労するがいい」

 私に向かって冷たくそう言い放つランディ様。
 心の底から私の事を憎んでいる事が伝わって来る。

(分かっていても胸が痛い)

「……」
「不満か?  私としては、是非とも貴様には死を持って償って貰いたいと思っていたが、フリージアがどうしても殺さないで!  とお願いしてきたからな。愛しのフリージアに免じて仕方なく生かしてやる事にした」
「……そう、ですか……」
「ははは、フリージアに感謝するといい」

 ……ランディ様ってこんな人だったの?
 こんな簡単に人の死を願うような人だった?

(何だかもう、よく分からなくなってきたわ……)

 もう、私には国外追放の罰を受け入れる以外の道は残されていなかった。



 ───そして、私が国外へと追放される出発の日。

「……お姉様」
「フリージア……」

 誰にも見送られずに旅立つはずの私の元に、何故かフリージアが現れた。
 もともと美少女だとは思っていたフリージアはますます美しさが磨かれていて綺麗になっていた。一方の私はもうドレスなんて着ることの無い身分で、みすぼらしい姿。
 凄い差だった。

「良かったわ……間に合って」
「フリージア?」
「私、どうしても最後にお姉様に言っておきたい事があったの」
「……私に?」
「そうよ!」

 フワッと華のような笑顔を見せるフリージア。
 そんなフリージアは私に近付くと、耳元でこっそりと言った。

「…………」

(────え?)

 私がびっくりして身体を震わせると、フリージアはすぐに私から離れてとびっきりの笑顔で言った。

「───どうか元気でね、お姉様!  きっとでしょうけれど!」
「……フリー……ジア」

 その言葉が何だか意味深で、だけど深くは考えたくなくて。
 結局、フリージアの顔がまっすぐ見れないまま、私は馬車に乗り込んだ。

(これからは平民として生きていく───……)


 だけど、この時の私は知らない。
 フリージアの言った、“もう二度と会うことは無い”という言葉が現実になってしまう事を────……

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