2 / 26
2. 私の婚約者は密かに憧れていた人で
しおりを挟むそもそも、私とアシュヴィン様の婚約は色々と釣り合いがとれていない。
私と彼の婚約は、事業の資金調達に頭を悩ませていたあちらの家へ、お金だけはあった我が家が多額の援助をする代わりに上の娘を娶ってくれというお父様からの申し出で決まったとか。
……ようするにお金。お金で決まった婚約。
結婚相手は親が決めて家の為に嫁ぐ──それが普通なので、お父様に「お前の婚約が決まったぞ」と言われた時は「とうとう決まったのね」くらいにしか思わなかった。
たとえ、私に密かに憧れている人がいたとしても、その人と結ばれる事なんて有り得ない。なので婚約が決まったらそれを黙って受け入れるしかない。
常にそう思っていた。
だから、私は結婚に期待なんてしない。
後は、旦那様になる人が良い人ならいいのだけど……それくらいの気持ちだった。
──だけど、ついに決まったと告げられた婚約相手に会った時、私は驚きと共に息を呑んだ。
「アシュヴィン・グスタフです」
「ア、アドュリアス男爵の娘、ルファナ・アドュリアスと申します」
何とか平静を装って挨拶を交わしたけれど、この時の私の背中は汗がダラダラと流れていた。
とてもではないけど内心は平静とは言えなかった。
(ちょっと待って!! 本当に彼が私の婚約者なの!?)
たった今挨拶を交わした彼、アシュヴィン・グスタフ様は有名だ。
私と同い年の彼はこの学園でも有名人。
身分や見た目はもちろんの事、なにより彼は王太子殿下の親しい友人の1人だから。
雲の上過ぎる王太子殿下は遠い方だけど、侯爵令息のアシュヴィン様は手が届きそうという理由で憧れている令嬢も多い。
……そんな私も実はアシュヴィン様に密かに憧れていた1人。
きっと彼は私の事なんて覚えてもいないだろうけれど、あの日から密かに見つめていた……
もちろん、実際に手が届くなんて思ってもいなかったけれど。
(こ、こ、こんな事があるの!?)
だけどまさか、アシュヴィン様の家……グスタフ侯爵家がお金だけはあるけど爵位の低い我が家を頼ってくるなんて!!
グスタフ侯爵家は古くからの由緒ある家で王家からの信頼も厚い。
そんな侯爵家の嫡男であるアシュヴィン様との婚約!?
驚かないはずが無い。
だけど、アシュヴィン様もお金の為とはいえ、こんな冴えない男爵令嬢の私が相手でさぞガッカリしたはず。
私はこれと言って特徴の無い黒髪で瞳の色は赤色。地味な色合いでとにかく平凡! の一言に尽きる。
嬉しい気持ちよりもこれは申し訳なさすぎるなぁ、と思った。
「アドュリアス嬢の趣味は何ですか?」
「趣味……ですか?」
顔合わせの挨拶の後は、二人でゆっくり話すと良いという定番とも言える大人達の余計なお節介により送り出され、グスタフ侯爵家の庭園内を二人で歩く事になった。
そんな侯爵家の庭園は綺麗だったけれど、ところどころに花が植えられていない所があるので全盛期はきっと素晴らしい庭だっただろうなと思うと今、その様子が見られない事が少し残念だった。
「……読書、ですかね。定番でつまらないのですが」
「いや。男爵家は珍しい蔵書も多いと聞く」
「えぇ、お父様が本を集めるのが好きなので我が家に本はたくさんあります。私は幼い頃から書庫に入り浸るような子供でした」
ごめんなさいね、アシュヴィン様。
刺繍とか可愛らしい趣味では無くて。
妹のリオーナはそういうのが得意なのだけど、残念ながら私は刺繍苦手なのよ。
内心でそう謝罪する。
「よく読まれる本の種類は?」
「そうですね……歴史は外せませんし、経済とお金に関する本も興味深いです。あとは、研究を纏めた論文なんかも面白いですね! 図鑑なんかは一日中眺めていられ……」
そこまで語った所で、自分がかなり熱弁している事に気付いた。
何故なら、アシュヴィン様はポカンと目を丸くしていたから。
そして可笑しそうに笑いだした。
「はは! そんなに図鑑に対して目を輝かせながら力説する令嬢は初めて見た!」
「……!」
これはあれかしら? もっと可愛らしい令嬢らしく恋愛小説です!
とか言うべきだったの?
もちろん、それらも読む事もあるけれど。だけど私はお堅い本が好きなの。
「す、すみません……語りすぎました」
「くくっ……いや、そんな事ないよ? まぁ、ちょっと変わってるかな、とは思ったけどね……ははっ」
「…………」
私の事を変わっているとは思ったらしい。あと笑い過ぎ!
アシュヴィン様は終始そんな私の話を興味深く聞いてくれてはいたけれど、あまり自分の事は話さなかった。
……きっと、私相手にそこまで心を開く気は無いのかもしれない。
そう思った。
だって、お金の事が無ければ絶対に結ばれることの無い婚約だったのだから。
彼にとって私との婚約は仕方の無い事で不本意だったのだと思う。
(アシュヴィン様なら、私なんかじゃなくてもっと綺麗で可愛い令嬢を選べたはずなのに)
本当に申し訳ないわ。
せめて、彼にとって良い婚約者にならないと!
そう決めて私はアレコレ話をして仲を深めようとその後もたくさん話をした。
その時のアシュヴィン様は、笑ってくれていたのに──
─────……
「……そうよ。顔合わせの時は言葉数は多いとは言えなかったけれど、笑顔もみせてくれたわ」
なのに。
次に会った時のアシュヴィン様は、何故かとても私に対して素っ気無くなっていた。
──そう。
私が再びグスタフ侯爵家を訪ねたら……
「こんにちは、アシュヴィン様!」
「……あぁ」
「今日もいい天気で良かったですね!」
「……あぁ」
どうしたのかしら?
さっきから「あぁ……」しか言ってくれない。
「アシュヴィン様どうかされましたか?」
「っ! ……い、いや別に!」
「!」
私が顔を覗き込むようにすると、何故か勢いよく顔を逸らされた。
心做しか身体も震えている。
(これは……拒否されている? この態度は顔も見たくないという事?)
この時、私は大きなショックを受けた。
(もしかして、たった一度の顔合わせで嫌われてしまった?)
やっぱり女性らしい可愛い趣味を持たない私はお呼びでなかったのかもしれない。
お母様にも散々言われて来た。
私の趣味は可愛くない。本ばかり読んでどうするの? と。
だから、私の嫁ぎ先を心配した両親はアシュヴィン様にリオーナではなく私を充てがったのだと思う。
我が家の後継ぎは兄がいるので私達が婿をとる必要も無い。
いえ! それにまだ嫌われているとは限らない! 暗く考えてはダメよ!
そう思って私はその日もアレコレとにかく話しかけた。
だけど……
アシュヴィン様は、かろうじて話は聞いてくれていたけれど、顔合わせの時とは違って「……あぁ」「そうか」などの反応しか得られないし、目もほとんど合わない。
だからとても寂しくなった。
「憧れの人が婚約者に……なんてちょっとだけ浮かれてしまったバチが当たったのかしらね……」
その後もアシュヴィン様の私に対する態度は素っ気無いまま、気付けば3ヶ月が経っていた。
「他の人には普通の態度なのに」
暴力的な事をされたり言われてりするわけでもない。
無視をされるわけでもない。
ただただ、素っ気無いのだ。
リオーナに彼が呪われていると聞いて思わず、そのせいなの? と、反応してしまうくらいには、私にだけおかしな態度をアシュヴィン様はとっていた。
(結局、ただ嫌われているだけなのだとは思うけど……)
そして、リオーナの言う事も気になる。
(本当にアシュヴィン様とリオーナはこの先、恋に落ちるの?)
そのきっかけは何だろう?
すでに二人は顔見知りだ。なのに今更、恋に落ちるとは?
リオーナは「お姉様の婚約者の方って素敵ね」と前々から口にしてはいたけど、私の知っている限り、二人が懇意にしている様子は見たことが無い。
つまり、本当に恋に落ちるとしたらこれから……なのだと思う。
そして、彼の呪いとは何だろう?
それは私が解く事は出来ないものなのかな? やっぱりリオーナだけが特別なの?
私の心の中はリオーナに振り回されて複雑な事になっていた。
39
お気に入りに追加
4,386
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
王子が親友を好きになり婚約破棄「僕は本当の恋に出会えた。君とは結婚できない」王子に付きまとわれて迷惑してる?衝撃の真実がわかった。
window
恋愛
セシリア公爵令嬢とヘンリー王子の婚約披露パーティーが開かれて以来、彼の様子が変わった。ある日ヘンリーから大事な話があると呼び出された。
「僕は本当の恋に出会ってしまった。もう君とは結婚できない」
もうすっかり驚いてしまったセシリアは、どうしていいか分からなかった。とりあえず詳しく話を聞いてみようと思い尋ねる。
先日の婚約披露パーティーの時にいた令嬢に、一目惚れしてしまったと答えたのです。その令嬢はセシリアの無二の親友で伯爵令嬢のシャロンだったというのも困惑を隠せない様子だった。
結局はヘンリーの強い意志で一方的に婚約破棄したいと宣言した。誠実な人柄の親友が裏切るような真似はするはずがないと思いシャロンの家に会いに行った。
するとヘンリーがシャロンにしつこく言い寄っている現場を目撃する。事の真実がわかるとセシリアは言葉を失う。
ヘンリーは勝手な思い込みでシャロンを好きになって、つきまとい行為を繰り返していたのだ。
言いたいことは、それだけかしら?
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【彼のもう一つの顔を知るのは、婚約者であるこの私だけ……】
ある日突然、幼馴染でもあり婚約者の彼が訪ねて来た。そして「すまない、婚約解消してもらえないか?」と告げてきた。理由を聞いて納得したものの、どうにも気持ちが収まらない。そこで、私はある行動に出ることにした。私だけが知っている、彼の本性を暴くため――
* 短編です。あっさり終わります
* 他サイトでも投稿中
婚約破棄を、あなたのために
月山 歩
恋愛
私はあなたが好きだけど、あなたは彼女が好きなのね。だから、婚約破棄してあげる。そうして、別れたはずが、彼は騎士となり、領主になると、褒章は私を妻にと望んだ。どうして私?彼女のことはもういいの?それともこれは、あなたの人生を台無しにした私への復讐なの?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
あなたが幸せになるために
月山 歩
恋愛
幼馴染の二人は、お互いに好きだが、王子と平民のため身分差により結婚できない。王子の結婚が迫ると、オーレリアは大好きな王子が、自分のために不貞を働く姿も見たくないから、最後に二人で食事を共にすると姿を消した。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
私のことは気にせずどうぞ勝手にやっていてください
みゅー
恋愛
異世界へ転生したと気づいた主人公。だが、自分は登場人物でもなく、王太子殿下が見初めたのは自分の侍女だった。
自分には好きな人がいるので気にしていなかったが、その相手が実は王太子殿下だと気づく。
主人公は開きなおって、勝手にやって下さいと思いなおすが………
切ない話を書きたくて書きました。
ハッピーエンドです。
釣り合わないと言われても、婚約者と別れる予定はありません
しろねこ。
恋愛
幼馴染と婚約を結んでいるラズリーは、学園に入学してから他の令嬢達によく絡まれていた。
曰く、婚約者と釣り合っていない、身分不相応だと。
ラズリーの婚約者であるファルク=トワレ伯爵令息は、第二王子の側近で、将来護衛騎士予定の有望株だ。背も高く、見目も良いと言う事で注目を浴びている。
対してラズリー=コランダム子爵令嬢は薬草学を専攻していて、外に出る事も少なく地味な見た目で華々しさもない。
そんな二人を周囲は好奇の目で見ており、時にはラズリーから婚約者を奪おうとするものも出てくる。
おっとり令嬢ラズリーはそんな周囲の圧力に屈することはない。
「釣り合わない? そうですか。でも彼は私が良いって言ってますし」
時に優しく、時に豪胆なラズリー、平穏な日々はいつ来るやら。
ハッピーエンド、両思い、ご都合主義なストーリーです。
ゆっくり更新予定です(*´ω`*)
小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
【完結】双子の伯爵令嬢とその許婚たちの物語
ひかり芽衣
恋愛
伯爵令嬢のリリカとキャサリンは二卵性双生児。生まれつき病弱でどんどん母似の美女へ成長するキャサリンを母は溺愛し、そんな母に父は何も言えない……。そんな家庭で育った父似のリリカは、とにかく自分に自信がない。幼い頃からの許婚である伯爵家長男ウィリアムが心の支えだ。しかしある日、ウィリアムに許婚の話をなかったことにして欲しいと言われ……
リリカとキャサリン、ウィリアム、キャサリンの許婚である公爵家次男のスターリン……彼らの物語を一緒に見守って下さると嬉しいです。
⭐︎2023.4.24完結⭐︎
※2024.2.8~追加・修正作業のため、2話以降を一旦非公開にしていました。
→2024.3.4再投稿。大幅に追加&修正をしたので、もしよければ読んでみて下さい(^^)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる