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第42話 筋肉最強
しおりを挟む(こ、この音……は)
あれはお姉様たちがプロウライト国に到着して挨拶を済ませた後のお怒りだったフィオナ様が床を殴っていた音だった。
「……」
だけど、これは桁違い……違いすぎる!
その音の凄さに、この場はしんっと静まり返った。
そして、当然のように皆の視線は、音のした方に向かう。
───その視線の先には……
「……むっ? 少々、力加減を間違えたようだな」
床を殴りながら、いつもの調子でそう口にする、伯爵───アクィナス伯爵の姿があった。
(……力加減を間違えた)
はて? どちらの方向に間違えた……? 強すぎたの? 弱すぎたの? どっち!?
そして間違えなかったらどうなるのが正解?
わたくしは呑気にそう考えていただけだけど、周囲はそんな突然、床を殴りつけたムッキムキ伯爵の姿を見てガタガタと怯え出す。
「ははは、すまない! 腹の立つ虫がいたものでな!」
「……ひっ」
伯爵のその言葉にお姉様が小さな悲鳴をあげる。
そのお姉様の顔は尋常ではないほど真っ青だった。
「そしてどうやら───あまりにも往生際の悪い虫のようだ」
伯爵が笑う。
その笑顔は当然いつものように厳つさ増し増し笑顔なので、迫力満点。
笑顔なのに怖いとか、やっぱり最強!
「……すごいな」
「ジュラール?」
わたくしの横でジュラールが苦笑していた。
「一撃で場の雰囲気を変えちゃったよ。すごい存在感。さすが筋肉」
「お姉様、真っ青でガタガタ震えています」
「よっぽど怖いんだろうなぁ……」
伯爵のそんな顔や雰囲気にはすっかり慣れているジュラールとわたくしが呑気にそんな会話をしていたら、伯爵が頷きながら呟く。
「妹の縁談をことごとく裏で握り潰し、更には悪意のある噂までせっせと流す…………ふむ、要するに嫉妬か。なんて見苦しい」
伯爵は険しい表情を浮かべるとその一言でばっさり切り捨てた。
「ところで……ついでにそこの、性悪こむす……姉王女に聞きたい」
「ひ、ひぃっ!?」
(今、性悪小娘って言いかけなかったかしら?)
そんな怖いもの知らずの伯爵の視線がお姉様に向けられる。
お姉様は完全に怯えきっていて、まともな返事すら出来ていない。
「私はシンシア王女殿下が、国では“当て馬姫”などと呼ばれているらしい……と憤慨した様子の孫に話を聞いた時からずっと思っていたのだが……」
ゴクリ。
伯爵の独特の雰囲気に呑まれてか、誰一人として言葉を発さず、皆、静かに次の言葉を待つ。
「────シンシア王女殿下は“当て馬姫”ではなく、“縁結び姫”ではないか?」
(え?)
わたくしは伯爵のその言葉にびっくりして固まった。
当て馬……ではなく、縁結……び?
「互いを想い合うのに素直になれないカップルを次々と成立させていたのだろう? これはまさに縁結びではないか!」
その言葉を受けてわたくしはチラリとジュラールの顔を見る。
ジュラールの方もわたくしの顔を見たので目が合った。
───とりあえず、このまま伯爵の話を聞こう。
わたくしたちは目でそう会話すると無言で頷き合った。
「……ふむ。そういえば、姉王女の縁談は現在、困難に陥っていると話していたな」
「ひっ!?」
「───これは、あれだな! きっと、シンシア王女殿下のことを“当て馬姫”などと呼んだ者は良縁には恵まれないということだろうな!」
伯爵のその発言に皆が大きくザワついた。
どうやら現在、結婚適齢期真っ最中と思われる人たちの顔がどんどん青ざめていく。
どうしよう……本当に? でも……謝罪すれば……などと好き勝手なことを言っている。
(王族のわたくしが降嫁可能な身分を持った適齢期の男性は、皆、お相手が出来てしまったけれど、その他の方々はまだまだこれから……だものね)
焦る気持ちも分からなくはない。
けれど、そんな中で伯爵が豪快に笑いながら皆にとどめを刺した。
「まぁ、だからと言って今更、シンシア王女殿下に謝ったところで失った良縁は戻らないだろうがな! これも自業自得というやつだろう!」
しーん……
伯爵の容赦のないその一言に、多くの人がますます顔色を悪くしていく。
わたくしはその様子を冷めた目でみていた。
(この様子……随分と多くの人がわたくしのことを“当て馬姫”と呼んでいたのね……)
同時に改めて噂の広がりの大きさも実感した。
「ああ……現在すでに自分はカップルになったから、などと安心しているのも、危険だろうな。せっかく縁を結んでくれた姫をバカにしたらバチが当たるのも当然───」
その言葉は既にお相手がいるカップルたちを刺激したようで、それまで自分たちは既に良縁に恵まれたから関係ないという顔をしていた人たちもまさか……と慌てだした。
「……すごいね」
「はい」
「言っていることはかなり無茶苦茶で強引なのに、伯爵のあの独特の風貌と雰囲気と筋肉のせいかな? 普通なら疑ってかかりそうな話なのに皆、すっかり信じ込んでいるよ」
「……やっぱり筋肉最強ってことなのでしょうか?」
(やっぱり見た目って大事なのかも!)
「ジュラール。上に立つものとして……コホッ……なれるかは分かりませんが、やはり、わたくしもムッキムキになった方が……」
「え? シンシア? 何を言い出した!? いや、シンシアは、そ、そのままで充分……だ!」
「ですが……」
「シンシア……!」
必死に止めようとするジュラールの姿が可愛くて思わず笑ってしまった。
(それでもトレーニングは続けたいわ)
だって身体はムッキムキになれなくても、心はムッキムキになれるかもしれない。
わたくしはもっと強くなりたいの!
「……さて、ジュラール。皆が伯爵の話に惑わされている間にわたくしはお姉様と話をしようと思います」
「シンシア……?」
そう言ってわたくしは真っ青で涙目でガタガタ震えているお姉様の元へと向かう。
「……お姉様」
「シンシア……!」
震えていたはずのお姉様はキッとわたくしを睨む。
だけど、そんな目で凄まれても全然怖くない。
(わたくしには味方がいるもの)
「お姉様、皆の前で自分のしたこと、ちゃんと認めてください」
「……は、はぁ? 何を言っているのよ!」
「自分を良く見せるために、散々、わたくしを利用し続けたこと……わたくしの縁談を潰したり、悪意のある噂を流したこと……」
「だから! それは───」
「わたくしたちを危険に晒したこと、わざわざ、ダラスまで連れてプロウライト国までやって来て、ジュラールの妃になろうと画策したこと……」
「───うるさい! 生意気なのよ、シンシアのくせに!」
カッとなったお姉様が怒鳴りながら手を振りあげた。
お姉様のその声はかなり大きかったので、なにごとかと視線がこちらに向けられる。
とてもとても一国の王女とは思えない顔をしたお姉様の手が、今にもわたくしに向かって振り下ろされようとした。
(なるほど、これが……! つまり───今ね?)
わたくしは振り下ろされるお姉様の手を見ながら、頭の中で伯爵の教えを思い出していた。
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