上 下
37 / 49

第37話 姉王女 VS 妹王女

しおりを挟む


 馬車の窓から王都の街並みを眺める。

(……懐かしいわ)

 そこまで長く国を離れていたわけではないのに、既に懐かしいと感じてしまう。
 とても変な気分だった。
 ……ここを出る時は、ただ初恋の人ジュラールに会いたい、それだけだったのに。

「ここがシンシアの過ごしてきた国か……」
「……はい」

 ジュラールも同じように窓から外を覗き込んでいる。
 まさか、こうしてその初恋の人と手を繋いで戻ってくるなんて思いもしなかった。

「特に何も無い国ですよ?」
「そうなの?」
「プロウライト国のように広くもありません……あ、海もないですね」
「だから、あんなに嬉しそうにはしゃいでいたんだ?」
「……」
「……」

 わたくしたちは、顔を見合せてふふふ、と笑う。

「……コホッ、ジュラール、大好きです!」
「シンシア?」
「わたくしを選んでくださり……ありがとうございました」

 わたくしはそう言って、自分から顔を近付けてジュラールの頬にチュッとキスをする。
 その瞬間、ビリッとした刺激が身体に走った。

「シ、シン……シア……!」
「え?  ひゃっ!?」

 お返しとばかりにその後はジュラールの方からたくさんのキス攻撃が降ってきた。



─────


「……おかえり、エリシア、シンシア」

(あら?)

 出迎えてくれたお父様は、わたくしの出発前よりげっそりやつれている気がした。
 また、それはお兄様も同じで……連日寝不足ですと言わんばかりの顔をしていた。目の下のクマがすごい。
 ジュラールにはかなり劣るけど、それなりの男前が台無しだわ。

(そして、うん……お母様は特に変わらないわね)

 その中でもお母様だけは飄々とした様子で何も変わっていなかったけれど。

「あー……シンシア。そちらの方が」
「ええ、お父様。わたくしがお見合いをしておりましたプロウライト国の第一王子、ジュラール殿下です」

 お父様の目線がわたくしの横のジュラール向けられたので紹介する。

「ジュラール・プロウライトです」
「あ、ああ」

 お父様には、事前にわたくしから手紙でジュラールと一緒に国に戻ります、と知らせておいた。
 縁談相手を連れて国に帰ってくるということで、お察しとなったわけだけど、お父様はどうやら未だに信じられないのか目が泳ぎまくっている。

「あー……え、縁談の話はあとでゆっくりするとして……エ、エリシア?  シンシアとはちゃんと話せたか……い?」
「……」

 次にお父様はお姉様に声をかけた。
 けれど、お姉様は下を向いていて答えない。

「エリシア!」

 お父様か語気を強めたけれど、お姉様は俯いたまま。なので表情は分からない。
 お姉様のあまりの頑な態度にお父様も大きなため息を吐いた。

「……シンシアからの手紙に、エリシアとダラスが向こうの国で婚約破棄をすると宣言したと書いてあったぞ。どういうことなのか説明しなさい」
「……っ!?」

 お父様のその言葉にお姉様が勢いよく顔を上げた。
 その表情は“なんでそのことを!?”と言いたげだ。
 そして、すぐにお父様には見えない角度から怖い顔でわたくしのことを睨んできた。
 どうやら「余計なことを言いやがって」と、言いたいらしい。

 お姉様のそんな顔を見てわたくしは思った。

(ジュラールに言われた通り……先に手紙に書いて送っておいてよかったわ)

 出発前、お父様に帰国する旨の手紙を書いている時、ジュラールがわたくしに言った。
 お姉様とダラスが婚約は破棄すると皆の前で宣言したと書いておいた方がいい、と。
 その時はどうして?  と不思議に思ったけれど、今なら分かるわ。

(お姉様……なかったことにして明らかに逃げようとしているもの)

 そんなことはさせない!
 わたくしは、一歩前に進み出てお父様の顔をしっかり見ながら口を開く。

「シンシア……?」
「間違いありません、お父様。お姉様とダラスはあちらの国の皆様の前で婚約を破棄するような発言をしていました!」
「……ちょ、ちょっと、シンシア!?   ……もう、嫌ね。あなた何を勝手なことを言っているの?」
「……」

 お姉様が慌てて止めに入ってくる。顔を引き攣らせながらもギリギリ笑顔を保っている。
 口調はまだ“優しい姉”のフリ。
 だけど、妹思いの姉の顔はもう通用させるもんですか!

「ふふ、シンシアったら……しょうがない子ね?  ほら、よーく思い出してみて?  私はそんなことは一言も言っていないはずよ?  ね?」
「……」

(ええ、そうねお姉様。確かにお姉様は口にしていない──でも)

「でもお姉様だって……あの場で聞いていたでしょう?」 
「……聞いていた?」
「ええ。わたくしや皆の前ではっきりと“彼が”言っていました…………ねぇ、ダラス?」

 わたくしはそこで、ダラスの名を呼ぶ。
 後ろで静かに控えていたダラスの身体がビクっと跳ねた。
 ダラスは帰国するまでの間もずっと顔色が悪かったけれど、今が一番酷いかもしれない。

「え、い……っや!  そ、そ……れは……」

 ダラスはモゴモゴ言っていてはっきり答えられず下を向いてしまった。
 あらあら……大変!  そんな弱腰のダラスを見て伯爵が後ろで「軟弱小僧めーーーー」と、今すぐに殴りかかりたそうな顔をしているわ。
 これは、後でダラスは再びボッコボコにされるかもしれないわね?  と思った。

 わたくしは内心でため息を吐く。
 ダラスがこの場でお姉様との婚約を破棄する発言を認めてくれることを期待したけれど、あの調子では残念ながら話が進みそうにないので、私が代わりに口を開く。

お姉様と別れることに決まったと……はっきりわたくしに向かってそう口にしていたでしょう?  お姉様?」

(その後にわたくしに復縁を迫って殴られてもいたけれども───)

「……あの時のダラスの言い方は、すでにお姉様と二人で話し合って決めた……そんな言い方でした」
「───ちょっ……シンシア! あなたっ……」
「……エリシア?  シンシアの言っていることは本当なのか?」

 眉をひそめたお父様がお姉様に訊ねる。

「……くっ!」

 お姉様はわたくしを黙らせることが出来なかったので悔しそうな顔をした。

「エリシア、どうなんだ?  本当にダラスとは婚約破棄するつもりなのか?」
「……」
「ダラスはシンシアと婚約していたところを、ずっと自分の方がダラスが好きだったのに!  と、言って泣きついてきたのはエリシアだっただろう?」
「……」
「それに、エリシアも分かっていると思うが、我が国にはもう年頃の男性の縁談相手が残っていない。どうするつもりなんだ?」
「!」

 お姉様の顔がしまった……という表情になる。
 もしかしたら、すっかり忘れていたのかもしれない。
 国内の身分のある年頃の男性はわたくしを当て馬にして皆、婚約済みだということを。

「そうなると、シンシアの時もそうだったが、あとは国外との話になるが……」

 お父様はうーんと困った顔をした。

「我が国みたいな弱小国には、なかなか……今回のジュラール殿の申し出が不思議なくらいだったからなぁ」

 つまり、国外でも望めない。お父様は暗にそう言っている。

「あら、あなた。一人いるじゃない」

 そこに珍しくお母様が口を挟んできた。

「え?  誰かいるの?  お母様」
「あなた。ほら、あの方よ、あの方」
「あ───あぁ、確かに……一つだけ話があるな、王子妃待遇の縁談が……」
「え?  王子妃!?  お、お父様?  そのお相手は?」

 お姉様の顔が期待に膨らむ。
 なんて分かりやすいのかしら……

「エリシア。相手は…………隣国の王子だ」
「え?  り、んご、く……?」

 先程までの輝いた顔が嘘のように、お姉様の顔から笑みが消える。
 そんなお姉様に向けてお父様は淡々と言った。

「そうだ。前にエリシアと縁談の話が持ち上がった隣国の元王太子の彼だ。様々な問題で廃嫡こそされたが王子は王子。彼は今でも独り身のようだからな」

 お姉様の顔は盛大に引き攣った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王城の廊下で浮気を発見した結果、侍女の私に溺愛が待ってました

メカ喜楽直人
恋愛
上級侍女のシンシア・ハート伯爵令嬢は、婿入り予定の婚約者が就職浪人を続けている為に婚姻を先延ばしにしていた。 「彼にもプライドというものがあるから」物わかりのいい顔をして三年。すっかり職場では次代のお局様扱いを受けるようになってしまった。 この春、ついに婚約者が王城内で仕事を得ることができたので、これで結婚が本格的に進むと思ったが、本人が話し合いの席に来ない。 仕方がなしに婚約者のいる区画へと足を運んだシンシアは、途中の廊下の隅で婚約者が愛らしい令嬢とくちづけを交わしている所に出くわしてしまったのだった。 そんな窮地から救ってくれたのは、王弟で王国最強と謳われる白竜騎士団の騎士団長だった。 「私の名を、貴女への求婚者名簿の一番上へ記す栄誉を与えて欲しい」

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

転生おばさんは有能な侍女

吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀? 転生おばさんは忙しい そして、新しい恋の予感…… てへ 豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!

王太子から婚約破棄され、嫌がらせのようにオジサンと結婚させられました 結婚したオジサンがカッコいいので満足です!

榎夜
恋愛
王太子からの婚約破棄。 理由は私が男爵令嬢を虐めたからですって。 そんなことはしていませんし、大体その令嬢は色んな男性と恋仲になっていると噂ですわよ? まぁ、辺境に送られて無理やり結婚させられることになりましたが、とってもカッコいい人だったので感謝しますわね

所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。 高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。 しかし父は知らないのだ。 ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。 そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。 それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。 けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。 その相手はなんと辺境伯様で——。 なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。 彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。 それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。 天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。 壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。

【完結】野垂れ死ねと言われ家を追い出されましたが幸せです

kana
恋愛
伯爵令嬢のフローラは10歳の時に母を亡くした。 悲しむ間もなく父親が連れてきたのは後妻と義姉のエリザベスだった。 その日から虐げられ続けていたフローラは12歳で父親から野垂れ死ねと言われ邸から追い出されてしまう。 さらに死亡届まで出されて⋯⋯ 邸を追い出されたフローラには会ったこともない母方の叔父だけだった。 快く受け入れてくれた叔父。 その叔父が連れてきた人が⋯⋯ ※毎度のことながら設定はゆるゆるのご都合主義です。 ※誤字脱字が多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※他サイトにも投稿しています。

【完結】本物の聖女は私!? 妹に取って代わられた冷遇王女、通称・氷の貴公子様に拾われて幸せになります

Rohdea
恋愛
───出来損ないでお荷物なだけの王女め! “聖女”に選ばれなかった私はそう罵られて捨てられた。 グォンドラ王国は神に護られた国。 そんな“神の声”を聞ける人間は聖女と呼ばれ、聖女は代々王家の王女が儀式を経て神に選ばれて来た。 そして今代、王家には可愛げの無い姉王女と誰からも愛される妹王女の二人が誕生していた…… グォンドラ王国の第一王女、リディエンヌは18歳の誕生日を向かえた後、 儀式に挑むが神の声を聞く事が出来なかった事で冷遇されるようになる。 そして2年後、妹の第二王女、マリアーナが“神の声”を聞いた事で聖女となる。 聖女となったマリアーナは、まず、リディエンヌの婚約者を奪い、リディエンヌの居場所をどんどん奪っていく…… そして、とうとうリディエンヌは“出来損ないでお荷物な王女”と蔑まれたあげく、不要な王女として捨てられてしまう。 そんな捨てられた先の国で、リディエンヌを拾ってくれたのは、 通称・氷の貴公子様と呼ばれるくらい、人には冷たい男、ダグラス。 二人の出会いはあまり良いものではなかったけれど─── 一方、リディエンヌを捨てたグォンドラ王国は、何故か謎の天変地異が起き、国が崩壊寸前となっていた…… 追記: あと少しで完結予定ですが、 長くなったので、短編⇒長編に変更しました。(2022.11.6)

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

処理中です...