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第23話 調子に乗る愚かな姉王女
しおりを挟むエリシア王女とその婚約者の出迎えは、僕だけでなくエミール、エミールの妃のフィオナも同席した。
それぞれの挨拶が終わると、エリシア王女はキョロッと視線を動かした。
そして“目当ての人物”がいないことが分かると、不安そうに訊ねてきた。
「あ、あの……ジュラール殿下? 妹……私の妹、シンシアはどうしているのでしょう?」
「確かに姿が……ここにはいないようですが?」
エリシア王女がそう口にすると、隣の男も頷きながら訊ねてくる。
僕はそんな二人に王子スマイルを浮かべて答えた。
「……シンシア王女は用事があるため、同席していません。後で会う時間を作ります」
「えっ……! 用事?」
エリシア王女が驚く。
まさか妹が出迎えないとは想像していなかったに違いない。
「え、えっと、シンシアは元気なのでしょうか?」
「元気ですよ。出迎えが出来ず申し訳ございませんと謝っていました」
そう聞いてエリシア王女はホッとした顔を見せる。
「そうですか……元気なら良かったですわ。シンシアの顔がどこにもなかったものですから……どうしたのかと……」
「いえ……なにせ、こたびの訪問の話が突然のことでしたのでね」
「……っ!」
僕が嫌味を交えてそう口にすると、エリシア王女は一瞬、ぐっと黙り込んだ。
しかし、すぐに笑みを浮かべると、心にもないことを言う。
「失礼しましたわ。ですが、どうしてもシンシアのことが心配で……」
「……心配」
欠片も思っていないくせに、よくそんなことが言える。
「───エリシア王女殿下は心優しい方なのですね?」
「いえ、そんな……これくらい普通のことですわ……」
「そうですか。とても“妹思い”だと思いますよ?」
「……!」
僕のその言葉にエリシア王女は嬉しそうに微笑んだ。
“妹思い”
そう言われたのが嬉しかったのだろう……が。
表向きは、僕のお妃候補として滞在中の妹を心配する優しい姉───
だけど、その微笑みの裏に隠した顔を僕は見逃さない。
(シンシアがこの場にいない……即ち、僕との縁談話は上手くいっていない……そう思っていそうな顔だな)
告白とプロポーズに失敗した僕だが、そういうことではない。
この挨拶の場では、シンシアの姿がない中でこの姉王女たちがどういう態度に出るかを見ることを目的としている。
なので、敢えてシンシアとの対面は先に伸ばすことになった。
もちろん、これはシンシアの了解も得ている。
そして、当のシンシアは今───別室でアクィナス伯爵から特別講義を受けている。
(それも、伯爵は人をボコボコにする方法についての講義をするとか言っていたが……)
フィオナ妃曰く、人をボコボコにするには二種類の方法があるそうで、シンシアはそのレクチャーを受けるのだとか。
可愛いシンシアに何を吹き込むんだ!
そう言いたくもなったが、シンシア自身の望みと聞いてあたたかく見守ることにした。
(やはり、姉とこの男にはシンシアも思うことがあるのだろう……)
まさか、“可愛い”妹が別室で自分たちをボコボコにするレクチャーを受けているとは知らないエリシア王女は、妹思いの姉の顔をして色々と語り始めた。
シンシア不在の今がチャンスとでも思ったのだろう。愚かだ。
「シンシアは殿下や皆様にご迷惑をおかけしていませんか?」
「僕たちに迷惑?」
僕が聞き返すとエリシア王女は悲しそうに目を伏せた。
「え、ええ。シンシアは、昔から末っ子ということもありまして、我儘……いえ、自由気ままに振る舞うことが多くて……それで両親も私も好きにさせてばかりいたら少し変わった子に…………ってあ、すみません」
エリシア王女はついつい言い過ぎちゃった!
そんな顔をした。
わざとらしくて寒気がする。
「少し変わった子? たとえばどんな所がでしょうか?」
「……! そ、そうですね……シンシアは───」
僕が興味を示したことが嬉しかったのか、エリシア王女は表情がパッと華やぐと先程より饒舌に僕の知らないシンシアの姿をこれでもかと語り始めた。
その姿を見て、この姉王女はシンシアの縁談を潰しに来たのだと僕は確信した。
(……だんだん腹が立ってきたな……)
エリシア王女は直接的にシンシアのことを蔑む言葉を述べることはせず、遠回しな表現でシンシアを貶めていく。
──シンシアって、確かに見た目は可愛いのですけど~
(見た目が可愛くて何が悪い? 素直な性格がそのまま出ているだけだろう?)
──どうせ、自分が国を継ぐわけじゃないから勉強なんて必要ないわと言って遊んでばかり……
(ここ最近、積極的に勉強に励んでいるが? めちゃくちゃ頑張っているぞ?)
──ですが、私は着飾ることよりも大事なのは中身で……
(どう見てもそのドレスはシンシアより派手だがな)
──私は王女にだって教養は必要だと思うので遊ぶよりも~
必ず最後にはこうやって自分の印象がよくなりそうな話へと繋げようとする。
(なるほど、こうして王女姉妹の本質をよく知らない人が聞けば、シンシアは悪になり、エリシア王女が善になるのか……)
しかし、これ以上は聞くに耐えない。
多少はシンシアを貶める発言はすると予想していたが、思っていた以上に酷い。
チラッとフィオナ妃の顔を見ると、顔は笑顔だったが、ピクピクと青筋が浮かんでいるのが見える。
そして拳がウズウズしているのが僕にまで伝わって来た。
エミールが腰を抱いて繋ぎ止めていなかったら今頃、エリシア王女は顔面崩壊しているのでは?
なんて考えた。
「それで───実はシンシアは特に異性関係が派手で、私はいつも心配を……あ、いけない! 縁談中なのにうっかり……すみません」
エリシア王女は、慌てて口を押さえる。
わざとらしい仕草でついうっかり喋ってしまった風を装っていた。
「……へぇ、異性関係が?」
僕が喰いついたので、これはいけると思ったのか、エリシア王女は笑みを深めた。
その顔を見て僕は内心で大きなため息を吐く。
面白いくらいエリシア王女の思考が分かる……
そうだな。
この後に続く言葉は“姉として必死にシンシアを庇う”ってところか?
「───シンシアは、私と違って自由気ままに育ったから、仕方がないんです……! 大目に見てあげて下さい……!」
ほらな。
反吐が出る。
僕はこういう姑息な裏表のある女性が一番嫌いなんだ。
(そしてこの男……本当に何をしに来たんだ?)
僕はエリシア王女の隣で、特に言葉を発することはなくただニヤニヤしながら話を聞いているだけの男にも無性に腹が立った。
◇◇◇
お姉様とダラスが到着した───
その頃のわたくしは、アクィナス伯爵と別室にて特別講義を受けていた。
お姉様たちとは堂々とした姿で会いたい!
わたくしがそう言ったら、どのタイミングで対面を果たすのが効果的なのかを皆で考えた。
そうして、わたくしは挨拶の場ではなく、別のタイミングでお姉様たちと顔を合わせることに決まった。
そうして、手が空いてしまったわたくしには、アクィナス伯爵が特別講義をしてくれることに。
「王女殿下! これは以前、フィオナにもレクチャーした話なのだが」
「フィオナ様にも!」
「そうだ。フィオナは目を輝かせて聞いていた」
「!」
その言葉でわたくしも身を引き締める。
そんなわたくしを見て伯爵は言った。
「その話というのは“ボコボコ”についてだ!」
「ボコ……?」
「そうだ。人をボコボコにするには、二種類の方法があるという話だ」
アクィナス伯爵は二本の指を立てる。
「二種類……?」
「それは、物理的にボコボコにするのと、精神面でボコボコにすることだ」
「物理的と精神面……」
「物理は言うまでもなく力業だな。軟弱で浮気小僧などによく用いるぞ」
「浮気小僧……」
そう言われてわたくしの脳裏にはすぐにダラスの顔が浮かんだ。
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