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第20話 王子、失敗する
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「シ……シンシア! えっと、…………き、筋肉……筋肉はどうだ? 今日の筋肉はいい感じか?」
「今日の筋肉?」
お姉様とダラスがこちらに向かっているという話を聞いた翌日。
定例となっているわたくしとのお茶の時間に顔を合わせたジュラールが顔を赤くしながらそう訊ねてきた。
今日の筋肉の様子……などという聞きなれない言葉に戸惑うと、ジュラールはしまった……! という顔をした。
そして、照れ隠しなのかグビッとお茶を一気に飲み干した。
(気のせい? ……今日のジュラール、飲むペースが早いような……)
「す、すまない! エミールとフィオナ妃がよくそういう会話をしているから……」
「え?」
「そういうものなのかと……」
つまり、あのお二人は筋力トレーニングをしながら互いの筋肉の調子を語るのが通常……ということなのね?
「お似合いの二人ですね」
「うん……」
「それに伯爵……フィオナ様のお祖父さまも、こう……生きる伝説! って感じですし」
「生きる伝説って……」
ジュラールが苦笑する。
「だって、フィオナ様から聞きました! 愛娘を傷付けた方をボコボコにしたあとは米俵にしたのだと!」
「こ、米俵!? いやいやいや!」
さすがのジュラールも焦っている。
焦る気持ちも分かるわ。人間がそんなことになったら生きているとは思えない。
でも、フィオナ様の口ぶりはその方……生きていそうだったのよね。
「さすがにそれは尾ひれがつきまくっている話だけど、アクィナス伯爵が伝説なのは間違いないと思うよ」
「ですよね!」
「他にも、愛する妻のために隣国に殴り込みに行って、最終的に王子は廃嫡させて王も退位させたとか……」
「まあ! 公爵家を潰しただけではなかったのですね?」
やはりすごい方なのだと思った。
愛する妻のためにムッキムキになったと言っていたから、奥様がムッキムキが好きなのかしら? すごい! 愛だわ!!
「そんな方の血を引いているフィオナ様がかっこいいはずです……!」
わたくしが感激しながらそう口にすると、ジュラールも頷いた。
「……エミールにはずっと昔から苦痛を強いて来てしまったんだ。だから、フィオナ妃……愛する人と出会えて幸せになってくれたことが僕はすごく嬉しい」
「え……? 苦痛……ですか?」
わたくしが聞き返すと、ジュラールが寂しそうな表情で笑う。
その顔に胸がキュッとなった。
「───シンシアはここに来る前、僕たちの噂は聞いていた?」
「え、あ……はい」
真面目で優秀、なにごとにも完璧なジュラール殿下と、自由奔放でいい加減な性格のエミール殿下……
「あ、あの! 失礼かもしれませんが……わたくしには噂が間違っているように思えます」
「!」
わたくしには、エミール殿下がいい加減とかそんな方にはやっぱり見えない!
そう思って口にしたのだけど、ジュラールは大きく頷いた。
「──そうなんだ。噂の方が本当は違う。エミールはそんな奴じゃない」
「やっぱり……!」
「でも、それはエミールに限っての話じゃない。僕も……なんだ」
「え? ジュラール、も?」
「……」
そこで言葉を切ったジュラールは、またしてもおかわりしたばかりのお茶をグビッと飲み干す。
「噂となっている僕たちの性格は、それぞれわざと作って故意に流させたものなんだ」
「わざと?」
「──だ、だから、僕は決して真面目で優秀で完璧な“ジュラール”なんかじゃない……んだ。本当は……本当の僕は…………っ!」
「ジュラール!」
なんと、ジュラールはそこで再びお茶を……以下略
どうやら、緊張を誤魔化そうとしてこんなことになっているみたいだった。
(───子どもの頃に会った彼と少し違うわ、という違和感の正体はコレだったのね……?)
「シ、シンシア……君も、その僕のことは、噂の、噂どおりの男……」
「え?」
もしかして、ジュラールは噂どおりの男でなくてごめんと言おうとしているのかしら?
「いいえ! ……ま、真面目で優秀で完璧……でなくても構わないとわたくしは思います!」
「……!?」
「だってジュラールは……そ、そのままで充分、す、素敵なんです……」
そう口にするだけで、恥ずかしい。わたくしの顔は今、絶対に赤い。
「すっ!?」
「か、かっこいいです……」
「かっ!?」
「わ、わたくしは、そう思っています」
驚いたジュラールの顔がどんどん赤くなっていく。
そしてまた、もはや何杯目になるかも分からないお茶を……(略)
(お腹、タプタプにならないのかしら?)
「───そ、そ、それでだ、シンシア!」
「は、はい!」
お茶を飲み終えたジュラールが顔が赤いながらも、真剣な目でわたくしを見つめた。
その瞳にドキンッと胸が跳ねる。
「き、聞いて欲しいんだ、が!」
「は、い」
「き……き、き……」
「ジュラール?」
すごく言いにくそうなので、そんなに重要な話なのかとわたくしの方がハラハラする。
(やっぱりお姉様のこと? それとも……)
「───き、今日はとてもいい天気だと、お、思わないか?」
「……え? て、天気?」
「……天気」
「……」
そう言われて思わず空を見上げる。
確かに晴れていて温かくて風も気持ちいい……とっても過ごしやすいいい天気。
──なのだけど。
それが聞いて欲しい話?
「そ、そうですね───……えっ!?」
わたくしがそう答えながら、視線をジュラールに戻したら……
「…………」
「ジュ、ジュラール!?」
なせが、ジュラールはテーブルに突っ伏して頭を抱えていた。しかも唸っている。
わたくしはびっくりして思わず椅子を蹴って立ち上がり、ジュラールのそばに駆け寄った。
「だ、大丈夫ですか!?」
「…………だいじょうぶ、だ」
「いいえ! 全然、大丈夫そうに聞こえません!」
「……しんしあ……」
───もしかしたら、今日はずっと具合が悪かったのかもしれないわ。
ガブガブお茶を飲んでいたし、今は顔だってこんなにも赤い……
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「胸!?」
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「───殿下!」
「!?」
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赤かった顔はようやく落ち着いて……いえ、今度は少し青い?
「え? い、医者!? なんで……」
動揺しているジュラールと目が合った。
わたくしは安心して欲しくて大丈夫ですよ、という意味を込めてそっと微笑んだ。
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