上 下
10 / 49

第10話 戸惑う気持ち

しおりを挟む


「え?  今日の午後は好きに過ごしていい、ですか?」
「そうなんだ。何かしたいこととか、頼みごとがあれば何でも言って欲しい」

 翌日のことだった。
 午前中は、ジュラール殿下が王宮を案内してくれることになっていた。
 殿下と王宮内を歩く……たったそれだけで、のぼせそうなくらいわたくしの胸はドキドキしていた。
 そんな殿下は案内の途中で、午後の予定についても話してくれた。
 お妃候補として訪問したのだから、てっきりここからは、試験や審査のようなものが行われるとばかり思っていたわたくしに告げられたのは……
 “好きに過ごしていい”

 驚きすぎて、その言葉を告げたジュラール殿下の顔を思わず、じっと見つめてしまった。

「……っっ」
「ほ、本当ですか?」
「コホッ……あ、ああ」

 再度確認するわたくしにジュラール殿下は軽く咳払いをしながら頷いた。

「うん。でも、まだこの国に到着したばかりだし、いきなりそう言われても困ります、ということなら、とりあえず僕とお茶を飲んで過ごすとか──……」
「わ、わたくし!  外に行きたいです!」
「……え?」
「す、好きに過ごしていいのなら、王宮の外に行きたいです!」
「え? え?」

(まさか、こんな早くに観光するチャンスが訪れるなんて!!)

 わたくしは、興奮してしまいジュラール殿下にグンッと迫る勢いでそうお願いしていた。

「キラ、……眩し……ち、近っ……」
「え?  ハッ……!  も、申し訳ございません!  つ、つい……!」
「い、いや!」

 殿下のその声でかなり大胆に近付いてしまっていたことに気付き、慌てて離れた。

(は、恥ずかしい……わたくしったら!  何やってるの!)

 自分自身を叱咤し、熱くなった頬を必死に冷まそうと手でパタパタと顔をあおっていたら、殿下が少し怪訝そうに訊ねてくる。

「あーそれは、街に行って何か買いたい物があるということ?  事前に用意させて揃えておいたいた物では足りなかったかな?」
「足りない、ですか?  いいえ?  充分すぎるくらいでしたわ!」

 わたくしは首を横に振って答える。
 むしろ、滞在する間に必要なものはしっかり揃えられていて、凄いわ!  と、感心したくらいなのに。

「でも、シンシア姫はあまり荷物を多く持って来ていないと聞いた。こっちで色々と買い揃えるつもりでいたのでは?」
「え?  そうなのですか?  わたくしからすれば、かなりの大荷物のつもりでしたけれど……」
「あれで!?  コホッ……失礼」

 ジュラール殿下が気まずそうに、わたくしの顔から目を逸らす。
 その視線はわたくしのドレスに向いている気がした。
 一国の王女のくせにシンプルな装いだなと思われているのかもしれない。

(だって、我が国はあまり豊かではないから……)

 お姉様はよくお父様に新しいドレスをおねだりしているけれど、わたくしは公の場に出る時にしっかりした王女として恥ずかしくない場に沿ったドレスが何着かあれば充分だと思っている。

(それに、わたくしはゴチャゴチャしたデザインは好きではないの……)

 その代わりに質が良くて長く使える物の方が断然好き。
 そうなると自然とデザインはシンプルな物になってしまう。

「とりあえず、買い物をしたいなら外に出なくても、毎日城にはお抱えの……」
「───そ、そうではなくて!」
「ん?」
「わたくし、お買い物がしたいわけではないのです!」
「え?」

 ジュラール殿下が目を丸くしてわたくしを見る。

「では、外に……行きたいと言うのは?」
「この国の街とか自然とか……そういったものを、ただ見て回りたい……という意味です」
「えっ!?」

 殿下が驚いた顔をして声を上げたので、これはかなり図々し過ぎるお願いだったのだと気付いた。

(当たり前よね……外に出るとなると護衛の手配とか諸々の手続きが必要になるもの)

 好きにしていいとは言ってくれたけれど、訪れたばかりなのに外に出たいなんて言い出すことは、いくらなんでもさすがに想定していなかったはず。
 わたくしは、慌てて頭を下げた。

「あ、あの……我儘を言ってしまい、申し訳ございません。難しいのは分かっていますので午後は大人しく部屋で一人……」

 もう、これは大人しく部屋でゆっくり過ごすのが一番だと思い、そう言いかけた。
 けれど、なぜか慌てた様子の殿下が待ったをかけてくる。

「───あーー、いや、待ってくれ!」
「……?」
「シンシア姫の気持ちは分かった!  何とか手配してみよう!」
「で、ですが……」
「いや、好きに過ごしていいと言ったのは僕なんだから、約束は守らなくては!」
「ジュラール殿下……」

 わたくしの我儘をどうにかしてくれようとするその姿に胸がキュンとした。
 その気持ちが嬉しくて思わず笑みが溢れる。

「ありがとうございます……ジュラール殿下」
「……あ、ああ、いや……」
「?」

 殿下はなぜかそのまま口ごもると、どこか、慌てたようにわたくしから顔を逸らしてしまった。


◆◆◆


「───たった一晩だけであの可愛い顔に慣れるのは無理だった……」
「ジュラール……突然、僕の執務室に来て何を言っているの?」

 シンシア姫が到着して翌日。
 午前中は彼女に城の中を案内した。そして、午後は“好きに過ごしていい”と告げた。
 これは、シンシア姫に限らず、これまで訪れたお妃候補となった女性たちにも同じように言って来た……のだが。

「昨日の今日で、外に出たいなんて言うとは思わなかった」
「買い物じゃなくて?」
「……街や自然を見て回りたいそうだ」
「へぇ」

 これには、エミールも驚いている。
 なぜなら、“好きに過ごしていい”
 到着したばかりでいきなりそんなことを言われても、なかなかそこでいきなり自己主張を出来る人は多くない。
 なので、これまでの人たちは、だいたいこちらの提案する僕とお茶をして過ごす──が、定番だった。
 そこで彼女たちは必死に自分を売り込む───ここまでがだいたいの流れ。
 けれど、確かに、ごく稀に自己主張が強い人もいて……

 以前、
 ───その馬車いっぱいに詰め込んだたくさんの荷物には何が入っているんだ!  それでまだ足りないのか!?
 そう突っ込みたくなるくらいの荷物を抱えてやって来た女性が、
「好きにしていい?  それなら外で買い物をしたいわ」
 などと口にした時は唖然としたものだが……

 そして、シンシア姫の荷物は遠くから来たわりに、すごく少なかったという報告を受けていたからてっきり彼女もその類なのかと……

(勝手に決めつけてしまったな……あれは申し訳なかった)

 まさか、街や自然巡りをしたいと言い出すなんて……珍しすぎる。
 買い物か?  と聞いた時、すごい勢いで否定していた。
 そして、その後の寂しそうな顔を見たら……

「つい、どうにか外に出られるように手配をしよう、と言ってしまった……」
「え?  ジュラールが?  珍しいね」
「……」

 見た目には騙されない!  そう決めているのに。
 シンシア姫を見ていると、もっと笑って欲しいな、なんて思ってしまう。
 それも、わざと作られた笑顔ではなく自然と溢れるような笑顔が見たい……と。

(あぁ、だからかな。最後の笑顔、嬉しそうでめちゃくちゃ可愛かった……)

 あの笑顔を思い出すだけで頬が熱を持つ。
 ───どうしてこんなに心が乱されるのだろうか?

「なぁ、エミール……彼女の顔が眩しすぎて直視出来ないのだが」
「分かる。僕もフィオナの筋肉を語る時のキラキラした笑顔とか眩しくて真っ直ぐ見られないもん」
「……お、おう」 

 どうしても僕には、筋肉とキラキラ笑顔が結びつかないのだが……これは深く考えたら負けだと思った。

「ほら、特別な人の笑顔ってずっと頭から離れないよね」
「え?」
「なんて、僕もフィオナに会うまでは分からなかったけど、さ」

 エミールが頬を染めながら、恋する乙女顔でそんなことを言う。

「なぁ、エミール。ビビビッて本当に身体に電流が走った感じになるのか?」
「え?  うん、触れる度にピリッて感じたりもするね」
「……」

 僕はそっと自分の手のひらを見つめる。

「あれ?  その反応……もしかしてシンシア姫と?」
「───ち、違う!  まだ、どこにも触れていない! だ、だから──……」

 分からない。
 分からないけれど、もし、彼女に触れた時に電流がもし僕の身体の中に走ったら……

(嬉しい……気がする)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

大好きな騎士団長様が見ているのは、婚約者の私ではなく姉のようです。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
18歳の誕生日を迎える数日前に、嫁いでいた異母姉妹の姉クラリッサが自国に出戻った。それを出迎えるのは、オレーリアの婚約者である騎士団長のアシュトンだった。その姿を目撃してしまい、王城に自分の居場所がないと再確認する。  魔法塔に認められた魔法使いのオレーリアは末姫として常に悪役のレッテルを貼られてした。魔法術式による功績を重ねても、全ては自分の手柄にしたと言われ誰も守ってくれなかった。  つねに姉クラリッサに意地悪をするように王妃と宰相に仕組まれ、婚約者の心離れを再確認して国を出る覚悟を決めて、婚約者のアシュトンに別れを告げようとするが──? ※R15は保険です。 ※騎士団長ヒーロー企画に参加しています。

婚約破棄されたショックですっ転び記憶喪失になったので、第二の人生を歩みたいと思います

ととせ
恋愛
「本日この時をもってアリシア・レンホルムとの婚約を解消する」 公爵令嬢アリシアは反論する気力もなくその場を立ち去ろうとするが…見事にすっ転び、記憶喪失になってしまう。 本当に思い出せないのよね。貴方たち、誰ですか? 元婚約者の王子? 私、婚約してたんですか? 義理の妹に取られた? 別にいいです。知ったこっちゃないので。 不遇な立場も過去も忘れてしまったので、心機一転新しい人生を歩みます! この作品は小説家になろうでも掲載しています

別れてくれない夫は、私を愛していない

abang
恋愛
「私と別れて下さい」 「嫌だ、君と別れる気はない」 誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで…… 彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。 「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」 「セレンが熱が出たと……」 そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは? ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。 その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。 「あなた、お願いだから別れて頂戴」 「絶対に、別れない」

大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。 皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。 他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。 救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。 セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。 だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。 「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」 今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。

処理中です...