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第10話 戸惑う気持ち
しおりを挟む「え? 今日の午後は好きに過ごしていい、ですか?」
「そうなんだ。何かしたいこととか、頼みごとがあれば何でも言って欲しい」
翌日のことだった。
午前中は、ジュラール殿下が王宮を案内してくれることになっていた。
殿下と王宮内を歩く……たったそれだけで、のぼせそうなくらいわたくしの胸はドキドキしていた。
そんな殿下は案内の途中で、午後の予定についても話してくれた。
お妃候補として訪問したのだから、てっきりここからは、試験や審査のようなものが行われるとばかり思っていたわたくしに告げられたのは……
“好きに過ごしていい”
驚きすぎて、その言葉を告げたジュラール殿下の顔を思わず、じっと見つめてしまった。
「……っっ」
「ほ、本当ですか?」
「コホッ……あ、ああ」
再度確認するわたくしにジュラール殿下は軽く咳払いをしながら頷いた。
「うん。でも、まだこの国に到着したばかりだし、いきなりそう言われても困ります、ということなら、とりあえず僕とお茶を飲んで過ごすとか──……」
「わ、わたくし! 外に行きたいです!」
「……え?」
「す、好きに過ごしていいのなら、王宮の外に行きたいです!」
「え? え?」
(まさか、こんな早くに観光するチャンスが訪れるなんて!!)
わたくしは、興奮してしまいジュラール殿下にグンッと迫る勢いでそうお願いしていた。
「キラ、……眩し……ち、近っ……」
「え? ハッ……! も、申し訳ございません! つ、つい……!」
「い、いや!」
殿下のその声でかなり大胆に近付いてしまっていたことに気付き、慌てて離れた。
(は、恥ずかしい……わたくしったら! 何やってるの!)
自分自身を叱咤し、熱くなった頬を必死に冷まそうと手でパタパタと顔をあおっていたら、殿下が少し怪訝そうに訊ねてくる。
「あーそれは、街に行って何か買いたい物があるということ? 事前に用意させて揃えておいたいた物では足りなかったかな?」
「足りない、ですか? いいえ? 充分すぎるくらいでしたわ!」
わたくしは首を横に振って答える。
むしろ、滞在する間に必要なものはしっかり揃えられていて、凄いわ! と、感心したくらいなのに。
「でも、シンシア姫はあまり荷物を多く持って来ていないと聞いた。こっちで色々と買い揃えるつもりでいたのでは?」
「え? そうなのですか? わたくしからすれば、かなりの大荷物のつもりでしたけれど……」
「あれで!? コホッ……失礼」
ジュラール殿下が気まずそうに、わたくしの顔から目を逸らす。
その視線はわたくしのドレスに向いている気がした。
一国の王女のくせにシンプルな装いだなと思われているのかもしれない。
(だって、我が国はあまり豊かではないから……)
お姉様はよくお父様に新しいドレスをおねだりしているけれど、わたくしは公の場に出る時にしっかりした王女として恥ずかしくない場に沿ったドレスが何着かあれば充分だと思っている。
(それに、わたくしはゴチャゴチャしたデザインは好きではないの……)
その代わりに質が良くて長く使える物の方が断然好き。
そうなると自然とデザインはシンプルな物になってしまう。
「とりあえず、買い物をしたいなら外に出なくても、毎日城にはお抱えの……」
「───そ、そうではなくて!」
「ん?」
「わたくし、お買い物がしたいわけではないのです!」
「え?」
ジュラール殿下が目を丸くしてわたくしを見る。
「では、外に……行きたいと言うのは?」
「この国の街とか自然とか……そういったものを、ただ見て回りたい……という意味です」
「えっ!?」
殿下が驚いた顔をして声を上げたので、これはかなり図々し過ぎるお願いだったのだと気付いた。
(当たり前よね……外に出るとなると護衛の手配とか諸々の手続きが必要になるもの)
好きにしていいとは言ってくれたけれど、訪れたばかりなのに外に出たいなんて言い出すことは、いくらなんでもさすがに想定していなかったはず。
わたくしは、慌てて頭を下げた。
「あ、あの……我儘を言ってしまい、申し訳ございません。難しいのは分かっていますので午後は大人しく部屋で一人……」
もう、これは大人しく部屋でゆっくり過ごすのが一番だと思い、そう言いかけた。
けれど、なぜか慌てた様子の殿下が待ったをかけてくる。
「───あーー、いや、待ってくれ!」
「……?」
「シンシア姫の気持ちは分かった! 何とか手配してみよう!」
「で、ですが……」
「いや、好きに過ごしていいと言ったのは僕なんだから、約束は守らなくては!」
「ジュラール殿下……」
わたくしの我儘をどうにかしてくれようとするその姿に胸がキュンとした。
その気持ちが嬉しくて思わず笑みが溢れる。
「ありがとうございます……ジュラール殿下」
「……あ、ああ、いや……」
「?」
殿下はなぜかそのまま口ごもると、どこか、慌てたようにわたくしから顔を逸らしてしまった。
◆◆◆
「───たった一晩だけであの可愛い顔に慣れるのは無理だった……」
「ジュラール……突然、僕の執務室に来て何を言っているの?」
シンシア姫が到着して翌日。
午前中は彼女に城の中を案内した。そして、午後は“好きに過ごしていい”と告げた。
これは、シンシア姫に限らず、これまで訪れたお妃候補となった女性たちにも同じように言って来た……のだが。
「昨日の今日で、外に出たいなんて言うとは思わなかった」
「買い物じゃなくて?」
「……街や自然を見て回りたいそうだ」
「へぇ」
これには、エミールも驚いている。
なぜなら、“好きに過ごしていい”
到着したばかりでいきなりそんなことを言われても、なかなかそこでいきなり自己主張を出来る人は多くない。
なので、これまでの人たちは、だいたいこちらの提案する僕とお茶をして過ごす──が、定番だった。
そこで彼女たちは必死に自分を売り込む───ここまでがだいたいの流れ。
けれど、確かに、ごく稀に自己主張が強い人もいて……
以前、
───その馬車いっぱいに詰め込んだたくさんの荷物には何が入っているんだ! それでまだ足りないのか!?
そう突っ込みたくなるくらいの荷物を抱えてやって来た女性が、
「好きにしていい? それなら外で買い物をしたいわ」
などと口にした時は唖然としたものだが……
そして、シンシア姫の荷物は遠くから来たわりに、すごく少なかったという報告を受けていたからてっきり彼女もその類なのかと……
(勝手に決めつけてしまったな……あれは申し訳なかった)
まさか、街や自然巡りをしたいと言い出すなんて……珍しすぎる。
買い物か? と聞いた時、すごい勢いで否定していた。
そして、その後の寂しそうな顔を見たら……
「つい、どうにか外に出られるように手配をしよう、と言ってしまった……」
「え? ジュラールが? 珍しいね」
「……」
見た目には騙されない! そう決めているのに。
シンシア姫を見ていると、もっと笑って欲しいな、なんて思ってしまう。
それも、わざと作られた笑顔ではなく自然と溢れるような笑顔が見たい……と。
(あぁ、だからかな。最後の笑顔、嬉しそうでめちゃくちゃ可愛かった……)
あの笑顔を思い出すだけで頬が熱を持つ。
───どうしてこんなに心が乱されるのだろうか?
「なぁ、エミール……彼女の顔が眩しすぎて直視出来ないのだが」
「分かる。僕もフィオナの筋肉を語る時のキラキラした笑顔とか眩しくて真っ直ぐ見られないもん」
「……お、おう」
どうしても僕には、筋肉とキラキラ笑顔が結びつかないのだが……これは深く考えたら負けだと思った。
「ほら、特別な人の笑顔ってずっと頭から離れないよね」
「え?」
「なんて、僕もフィオナに会うまでは分からなかったけど、さ」
エミールが頬を染めながら、恋する乙女顔でそんなことを言う。
「なぁ、エミール。ビビビッて本当に身体に電流が走った感じになるのか?」
「え? うん、触れる度にピリッて感じたりもするね」
「……」
僕はそっと自分の手のひらを見つめる。
「あれ? その反応……もしかしてシンシア姫と?」
「───ち、違う! まだ、どこにも触れていない! だ、だから──……」
分からない。
分からないけれど、もし、彼女に触れた時に電流がもし僕の身体の中に走ったら……
(嬉しい……気がする)
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