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第4話 また会いたい
しおりを挟む(───あ!)
お姉様の声でハッとする。
そうだった。あの国の王子殿下は双子。
次期国王間違い無しと言われるほどの真面目で優秀な完璧王子の兄のジュラール殿下と、公務もサボり気味の自由奔放と言われる弟のエミール殿下……
わたくしとお姉様は、幼い頃にジュラール殿下とだけはお会いしたことがある。
(淡い初恋を思い出してドキドキしてしまったけれど……)
こたびの縁談の話のお相手は初恋の相手ではなく、もう一人の可能性だってあるんだったわ──
そのことに気付かされ、別の意味でドキドキしながら、わたくしはお父様の話の続きを待った。
「ああ、そうだな。だが、弟のエミール殿下は少し前に婚約したそうだ。だから、今回の話は兄のジュラール殿下との話だ」
「えっ!? 弟殿下の方が婚約……!?」
「そうだ。お相手は国内の侯爵令嬢と聞いている」
(弟殿下は既に婚約されていた……! つまり、今回はジュラール殿下とのお話!?)
初恋の王子様との話と分かり、わたくしの胸がさらにトクンッと高鳴る。
もっと詳しい話を聞きたい! そう思うも、なぜかお姉様の方がお父様に質問攻めをしていた。
「つまり……お父様、その縁談をもし、シンシアがお受けすると……」
「まだ、正式に発表されたわけではないが、兄である第一王子のジュラール殿下が王位継承するのは間違いないと言われているから、王太子妃、ゆくゆくは王妃になる可能性の高い縁談だ」
「王妃……」
お姉様が驚きの表情で黙り込んだ。
(あ……)
その説明に少し浮かれていたわたくしの心も冷静になる。
縁談の話……しかも、お相手が初恋の人と聞いて喜んでしまったけれど、これはプレッシャーが大きい話。
……わたくしは、国内の貴族の家に降嫁するとばかり思っていたから、はっきり言って他国の王子のお妃……さらには王妃になるのに相応しい教養なんて持ち合わせていないわ。
「ところで、エリシア。なぜシンシアではなく、お前がそんなにこの話を気にしているのだ?」
「え?」
「この縁談話は確かに、我が国の王女宛に来たものだが、もうお前とは無関係の話だろうに」
「……」
お父様の質問にお姉様はにっこり笑って答えた。
「やだ、お父様ったら……シンシアは私にとって可愛い妹なのよ? 姉の私が可愛い妹の縁談について心配するのは普通のことでしょう?」
「それはそうなのだが……」
「それに、プロウライト国とのお話だなんて! お相手が、自由奔放な第二王子様だったとしても大変だけれど、第一王子様でもやはり別の意味で大変だと思われるし……ね、シンシア?」
お姉様は笑顔のまま、わたくしに視線を向けるとそう声をかけた。
「まぁ、いい。それにこの話は我が国以外にも声をかけている様子だからな。所謂、お妃“候補”としての打診のようなものだ」
「お妃候補……」
思わず声に出して反芻する。
一国の王子のお相手ともなれば、複数人の候補をあげてじっくり吟味するのも当然のこと。
つまり、わたくしがこの話を受けても流れる可能性は充分にある。
「どうする? シンシア」
「……」
「最終的にどうなるかは別として話を受けるなら、プロウライト国に行くことになるのだが……」
「え?」
「実際に王子とも会わなくてはならんのだから当然だろう?」
その言い方……どうやら、お父様は強制するつもりはない様子。
今回の話も喜んではいたけれど、複雑そうな気持ちがチラチラと垣間見える。
そもそも、お父様はわたくしをあまり国外に……とは考えていなかったように思う。
だから、ずっとわたくしのお相手は国内で探していた。
でも、もう目ぼしい男性は国内に残っていない。
(これでダメだったとしても、今更よね)
それに……
(……成長したジュラール殿下に会ってみたい……)
彼は子どもの頃も素敵な方だった。
成長した今となってはさらに魅力的にもっともっと素敵になっているに違いない。
「───大丈夫です、お父様。その話、進めてください!」
「シンシア! 本当にいいのか?」
「ええ」
わたくしは微笑みながら頷いた。
「分かった。では、そのように返事をしよう。いつ連絡が来るか分からないので、シンシアは出立の準備を早めにしておくように」
「承知しましたわ、お父様」
いずれは王太子妃、そして王妃になるかもしれない縁談……
そんなことよりも、初恋の彼にもう一度会いたい。そんな、よこしまな気持ちをこっそり抱いてわたくしはその話を受けることにした。
一方、お姉様はそれ以上の発言はなかったけれど、ずっと何か物言いだけにじっとわたくしの顔を見ていた。
─────
夕食を終えて、寝支度まで終えたわたくしだったけれど、胸が高鳴り過ぎた興奮のせいか、心が落ち着かず一人で室内をウロウロしていた。
もちろん、考えるのはこたびのプロウライト国との縁談話のこと───
コンコン……
ちょうど、そこへ部屋の扉がノックされる。
わたくしは思わず時計を見た。深夜……ではないけれど、もう活動するような時間でもない。
こんな時間に誰? と、不思議に思った。
(メイド? いえ、今夜はもういいわと下がらせたわ)
「シンシア? まだ、起きている? ちょっといいかしら」
「──お姉様?」
こんな時間に扉をノックした訪問者はお姉様だった。
「───こんな時間にごめんなさいね?」
「いえ、起きてはいましたから。でも、メイドは下がらせたのでお茶は出ませんよ?」
「……構わないわ。少し話をしたかっただけだもの」
「こんな時間に、ですか?」
わたくしが眉根を寄せて訝しげに訊ねると、ソファに腰を下ろしたお姉様は切なそうに微笑んだ。
「ええ。だって夕食の席でのお話……シンシアのことが心配になってしまって」
「わたくしを心配?」
「そうよ? だって国内でもなかなかお話がまとまらなかったシンシアですもの。それが他国のお妃……だなんて心配するに決まっているじゃない!」
「……」
(何だか嬉しくない……)
お姉様は、言葉も表情も全てわたくしを心配……してくれているはずなのに、その気持ちを素直に受け取れないのは……なぜ?
けれど、とりあえず心配だと言うのなら大丈夫だという姿勢を見せるしかない……と思い、わたくしも笑顔で答える。
「ありがとうございます、お姉様。でも、大丈夫です」
「え? でも……」
「本当に大丈夫です!」
(だって、ジュラール殿下に会いたい! 一目でもいい。また会えるなら嬉しい! その気持ちの方が強いから!)
わたくしは胸を張ってそう答える。
けれど、お姉様は引き下がってはくれなかった。
お姉様はガシッとわたくしの両肩を掴んだ。
「だって、シンシアは“候補”なのでしょう? もし、選ばれなかったら? シンシアは私と違ってあまり教養を学んでこなかったでしょう?」
「はい。でも、その時はその時です!」
(そもそも、候補者がたくさんいるのだとすれば、自分が選ばれるなんて思っていないわ)
「……っ! 皆にますます、笑われちゃうかも……」
「そんなの今更ですし、気にしません!」
「……シンシア」
お姉様の瞳の奥が揺れる。
「───あのね? 私、もし、あなたが望むなら代わりにと思───」
「あ、お姉様、お話がそれだけならもういいですか? わたくし、プロウライト国に行くための準備を始めますから、明日は早く起きないといけないので!」
「え……そ、そう……?」
「はい」
これ以上、お姉様と話しているとさらにモヤモヤした気持ちが溜まりそうだったので、少し強引だけど話は打ち切らせてもらう。
お姉様は戸惑いながらも、わたくしの両肩から手を離してくれた。
「……分かったわ。こんな時間にごめんなさいね?」
「いえ……おやすみなさい、お姉様」
「おやすみ───シンシア」
そう言って寂しそうに微笑んだお姉様は部屋から出て行った。
けれど、部屋を出ていく時にどんな表情をしていたのかは、わたくしには分からなかった。
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