3 / 49
第3話 新しい縁談の話
しおりを挟む◆◇◆
それから、数日後。
朝食の席で、お父様が沈んだ顔でわたくしに向かって言った。
「シンシア……今日は非常に残念なお知らせがある」
「……残念なお知らせ、ですか」
「ああ」
「……」
お父様のその言葉にわたくしは背筋を伸ばす。
そして、同時に思った。
さてさて、本日はいったいどこの令息と令嬢が運命的に結ばれたのかしら、と。
(確か先日わたくしとの縁談のお話が上がっていたのも伯爵家の嫡男だったわね……)
本来、王女であるわたくしの降嫁先となるのは、公爵家や侯爵家など高位貴族であるのが通例。
しかし、わたくしとちょうどいいお年頃の男性は皆、お相手が決まってしまっている。
まさか、婚約者がいる相手を王家の権限を振りかざして奪い取るわけにもいかない。
よって、少し前から仕方なくお相手候補を伯爵家にまで範囲を広げていた。けれど、それも空振りが続いている。
(やっぱり呪いよ。これはもう、わたくし……結婚は諦めるべきなんじゃないかしら?)
サスティン王国の王家の子どもは、王子一人と王女二人の三人兄妹。
この国の王位を継ぐのは王太子でもあるお兄様。これはもう揺らぐことはない。
お兄様の治世の邪魔はしないから王宮の隅っこでひっそりと暮らしていくことを許してくれないかしら?
「……(お兄様!)」
「……?」
わたくしはそんなお願いを込めた視線をお兄様に送ってみたけれど、不思議そうに首を傾げられただけで全く私の気持ちが伝わることはなかった。
(そうなるわよね……)
ただ、そんな暗いことを考えてしまうくらいわたくしはもう、結婚に対して投げやりな気持ちになってしまっていた。
そんな中、お父様が苦しそうな顔で“残念なお知らせ”の内容を告げる。
「シンシア。よく聞け───もう、国内にはお前が嫁げるような、身分もそこそこの目ぼしい男性は残っていない!」
「!」
(……やっぱり)
何を言われるかの想像はついていたけれど、こうもはっきり言われると胸が痛い。
わたくしはガックリと肩を落とした。
「昨日、辞退の返事が届いた伯爵家がリストの中では一番最後だったのだ」
「……」
身分もそこそこの目ぼしい男性───
厳密には、うんと年の離れた方とか、何か訳ありで長年独身を貫いている貴族男性などはいるにはいるのでしょうけれど、おそらくそういった方々を除外すると、適齢期の男性はもういない……ということ。
お父様はため息と共に言った。
「どこかに良い人材が埋もれていないだろうか……」
お父様はうーんと頭を悩ませていた。
そんな話をお母様は困ったわね、と、どこか他人事のような顔をして聞いている。
そしてお姉様は終始無言だった。
(お姉様……?)
お姉様が今、何を思い、考えているのか表情からではよく分からなかった。
───
そして朝食の後、自分の部屋に戻ろうとしたら、先に食べ終えて部屋に戻っていたはずのお姉様が足早に廊下を横切っていった。
(あら? お姉様、着替えている?)
何処かに出かけるのかしら? そう思ってその姿を視線で追ってみたら……
(あ!)
「───やぁ、エリシア!」
「ダラス! 待っていたわ!」
向こうからダラスがやって来た。
お姉様は嬉しそうに笑顔でダラスを出迎える。
(そういうこと……)
だから、着替えていたのね……と思った。
よく見れば髪型も違う。
そのまま二人は手を繋いで中庭を散歩するつもりらしい。
これ以上二人の姿を追い続けても虚しいだけなので、わたくしも自分の部屋に戻ろうと身体の向きを変えた時だった。
「───シンシアの縁談がね、なかなか決まらないみたいなの」
「そうなのか?」
わたくしの名前が聞こえて来たので思わず振り返る。
「顔合わせは何度か行っているみたいなんだけど……その先となると断られてしまうみたい」
「断られている? 意外だな。シンシアはあれだけ可愛くて人気も高いじゃないか……俺、シンシアならすぐに次のお相手が見つかると思っていたよ」
「私もよ……」
お姉様が顔を曇らせたからか、ダラスがそっとお姉様を抱き寄せる。
「そんな顔をするなんて、エリシアは本当に優しいな」
「え?」
「シンシアは君が隣国の王子との縁談の話が流れた時、心配顔の一つすらしていなかったぞ」
「そうなの……?」
お姉様が悲しそうな顔になった。
わたくしはお姉様のその反応に驚く。
(……なっ! だってあれは……お姉様のあの縁談は……!)
「やっぱりどんなに顔が可愛くても、人を思いやれない性格はよくないな。だから、シンシアはなかなか縁談が決まらないんじゃないのか? きっと、顔だけ女だと見抜かれて、婚約が出来ないんだよ」
「もう、ダラス! 駄目。そんな言い方しないであげて? シンシアは一生懸命なんだから!」
「エリシア……全く、君って人は。本当に優しい。エリシアのそういう優しさをシンシアも見習うべきだったと俺は思うよ」
(───酷いっ!)
さすがにこれは黙って聞いていられず、言い返そうと近くに寄ろうとしたけれど、そのまま二人はさっさと庭園の奥に行ってしまい、追いつけなかった。
わたくしは小さな声で呟く。
「……お姉様、縁談の話が流れた時、喜んでた……じゃない……」
あんな女性問題が沢山ある人の元に嫁ぐことにならなくて良かったわ……て。
だけど、わたくしのその小さな声は誰にも届くことはなかった。
◆◇◆
そんな惨めな思いをした数日後。
今度は夕食の席でお父様が言った。先日とは違い今日は元気。しかも何やら興奮している。
「シンシア! 喜べ! お前に縁談の話が来た!」
「え?」
お父様のその言葉に驚きの声をあげたのはわたくしだけではなかった。
「シンシアに縁談が? 父上、本当ですか?」
びっくり顔のお兄様。
「あら? 国内の目ぼしい男性はもういなくなったのではなかったの? それとも人材が埋もれていたのかしら?」
珍しく興味を示すお母様。
「……!」
お姉様も驚いた顔をしていた。
そんな驚き顔の皆を見渡したお父様は大きく頷く。
「厳密に言うとシンシア宛ではなく、我が国の王女宛となっている……つまり、エリシアも含まれるが、エリシアは婚約しているから除外となる」
(ああ、そういう……って、我が国? その言い方はもしかして──)
「お父様、もしかしてその話は国外からの話ですか?」
「ああ、実はそうなんだ」
「こんな小国の王女にまで声をかけるなんて……」
わたくしは自分のことは棚に上げて、失礼ながら、よっぽど訳ありでお相手が決まらなかったのね……
と勝手に同情してしまった。
「何処の国からのお話なの? お父様」
珍しくお姉様が口を開いた。
お姉様がお父様にそう訊ねると、お父様は大きく頷きながら教えてくれた。
「プロウライト国の王子殿下だ」
「え?」
「───えっ」
わたくしとお姉様は同時に声を上げた。
───ドクンッ
その国の名前に思わずわたくしの胸が高鳴った。
プロウライト国って……!
わたくしの脳内で、子供の頃の記憶が甦る。
あの国の王子様と言えば───
あのとても格好よくて素敵で……幼かったわたくしの初恋────……
……もしかして、初恋の人が次の縁談相手!?
そんな内心でドキドキするわたくしの横でお姉様が言った。
「───待って? お父様。プロウライトの王子って確か双子だったはずだわ。お話があったのはどちらの王子殿下なの?」
113
お気に入りに追加
4,150
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います
榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。
なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね?
【ご報告】
書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m
発売日等は現在調整中です。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています
水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。
森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。
公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。
◇画像はGirly Drop様からお借りしました
◆エール送ってくれた方ありがとうございます!
白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます
時岡継美
ファンタジー
初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。
侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。
しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?
他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。
誤字脱字報告ありがとうございます!
この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~
柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。
家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。
そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。
というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。
けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。
そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。
ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。
それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。
そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。
一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。
これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。
他サイトでも掲載中。
結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください
シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。
国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。
溺愛する女性がいるとの噂も!
それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。
それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから!
そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー
最後まで書きあがっていますので、随時更新します。
表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

【完結】私との結婚は不本意だと結婚式の日に言ってきた夫ですが…人が変わりましたか?
まりぃべる
ファンタジー
「お前とは家の為に仕方なく結婚するが、俺にとったら不本意だ。俺には好きな人がいる。」と結婚式で言われた。そして公の場以外では好きにしていいと言われたはずなのだけれど、いつの間にか、大切にされるお話。
☆現実でも似たような名前、言葉、単語、意味合いなどがありますが、作者の世界観ですので全く関係ありません。
☆緩い世界観です。そのように見ていただけると幸いです。
☆まだなかなか上手く表現が出来ず、成長出来なくて稚拙な文章ではあるとは思いますが、広い心で読んでいただけると幸いです。
☆ざまぁ(?)は無いです。作者の世界観です。暇つぶしにでも読んでもらえると嬉しいです。
☆全23話です。出来上がってますので、随時更新していきます。
☆感想ありがとうございます。ゆっくりですが、返信させていただきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる