上 下
1 / 49

第1話 当て馬姫

しおりを挟む


 サスティン王国。
 この国には二人の王女がいる。
 特に妹の第二王女シンシアは可愛くて可憐な王女として国民から人気もあり有名な王女だった────……




 ───その日は、久しぶりに晴れてとてもいい天気だったので、わたくしは気分転換に王宮内を散歩していた。

(ここ数日、雨ばっかりで気分が落ちていたのよね)

 そんなルンルンとした気分で歩いていたら、何やら前方から大声で話している人の声が聞こえて来た。

(何かしら?  王宮内で揉めごと?  ……ではないといいのだけれど……)

 そんなことを思い、そっと様子を窺うと男女が何やら大声で話をしている。
 しかも、女性の方にいたってはなにやら泣いている様子。

(こ、これは、俗に言う“痴話喧嘩”というやつかしら!?)

 まるで物語のようだわ、なんてついドキドキしてしまい邪魔にならないように物陰に隠れてそっと覗き込む。
 いったいどこの男女が、こんな所で昼間から痴情のもつれのような展開を───
 そう思ったわたくし、この国の王女シンシアはその二人の男女の顔を見てあら?  と思った。

(男性は、つい先日、顔を合わせたばかりのわたくしの婚約者候補……ヤコブ・フェルト侯爵令息ではなくて?)


「───ヤコブ!」
「え?  エイミー……?」
「ごめんなさい……でも、でも、私……」
「エイミー?  ほ、ほら泣かないで?」

 ヤコブは、目の前で泣き出している令嬢をどうにか宥めようとしていた。
 そんなエイミーと呼ばれた令嬢はポロポロと涙を流しながら、ヤコブに向かって訴える。

「あ、あなたがシンシア王女殿下とお見合いしたって聞いたの……わ、私……居ても立ってもいられなくて……それで、無我夢中でここに来てしまったわ」
「え?  ああ、うん。その話を聞いたんだね……」

(あら?)

 わたくしは、二人の会話の中に自分の名前が出て来たことに驚く。
 確かに彼、ヤコブ・フェルト侯爵令息とは先日、お見合いという名の顔合わせをしたばかり。
 反応も悪くなかったことから、そのままわたくしとの縁談を正式に進めようという話にもなっている。

「わ、私は王女殿下のように可愛くて可憐ではないけれど、ヤコブ……あなたが好き!  ずっと好きだったの!」
「エイミー……!?」

 そう言ってエイミーはヤコブに抱きついた。

(え、ええーーーー!?)

 ヤコブも驚いていたけれど、それ以上にわたくしも驚いた。

「きゅ、急にどうしたんだい?  エイミー。君は僕のことなんて全く眼中にないの、と言って振ったじゃないか。それなのに……」
「……ええ、ごめんなさい。あの時はそう思っていたわ……だけど、私もようやく……ようやく本当はあなたのことを好きだったんだと気付いたの」
「ど、どうして?」
「シンシア王女殿下とあなたの話を聞いて……それで……し、嫉妬を」

 エイミーが照れながらそう口にすると、ヤコブはさらに驚いていた。

「エイミーが嫉妬!?」
「だって、王女殿下はあんなにも可愛らしくて可憐な方で……ヤコブも絶対に好きになっちゃうと思ったら……」
「エイミー……」
「ヤコブ!」

 そうして二人は、ギュッとお互いを強く抱きしめ合う。え?  何これ……

「エイミー!  たしかに王女殿下は魅力的な方だった!  でも、僕もまだ君のことが好きなんだ!  婚約して欲しい!」
「する!  あなたと婚約するわ!  ヤコブ……!」

(え、ええーーーー?  わたくしとの縁談の話はーー!?)

 まさかの縁談相手の王女わたくしが、目撃していることも知らない二人は熱い抱擁を交わして互いへの想いを確かめ合っていた。

(ちょっ……え?)


 ───そうして、すぐにわたくしの元には、ヤコブから縁談を辞退する旨の手紙が届いた。




「ふむ……これは縁がなかったという事だ。仕方がない。では次の候補を……」

 国王であるお父様は侯爵家からの辞退の手紙を読むなりあっさりとそう言って次なるわたくしの縁談のお相手探しを開始した。

「よし、次は───」

 そうして、次にわたくしの婚約者候補となったとある令息。

 ───シンシア王女殿下のお相手に自分が選ばれるなんて大変、光栄なお話です。嬉しいです、ありがとうございます!

 お見合いの席では、わたくしを見ながら頬を赤く染めて、そう前向きな発言をしてくれていたのに……

「王女殿下、申し訳ございません!!」
「!?」

 その令息は本日突然、至急御目通りを願いたいという連絡をして来たので、何事かと思い会ってみれば……
 なんと顔を合わせるなり額を床に擦り付ける程の勢いで謝り倒してきた。

「あの?  ……ど、どうなさったのです?」
「実は……シンシア王女殿下との縁談の話……白紙に戻していただきたいのです」
「え?」

 空耳かしら?  それとも聞き間違い?  
 縁談を白紙に……?
 お見合いの席ではあんなにも前向きな発言をしてくれていたのに?

 わたくしは、全くもって意味が分からなかった。

「……理由は?」
「実は……私にはずっと好きな相手がおりました……以前に婚約を申し込むも断られてしまった相手なので諦めていたのですが……」
「……」

 何だか最近、どこかで聞いた話のようね、と思いながらもわたくしは話の先を促す。

「そんな時にシンシア王女殿下との縁談の話が舞い込み、光栄な話だと前向きに検討しようとしていたところ……そ、その、彼女が…………」
「……」
「王女殿下との話を聞いて自分の本当の気持ちに気付いたのだと言ってくれて……それで……」

(まーたーなーのー?)

 先のヤコブの話の時と、あまりにも変わらなすぎてわたくしはクラっと軽い目眩がした。

 だけど、こちらの令息とはまだ正式に婚約したわけでもない。
 更には他の女性のことを想い、それも互いに思い合っている男女を引き裂いてまで目の前のこの人と結婚したいかと言えば……

 ──否、だ。

 こうして、残念なことに二人目の縁談の話も流れてしまった。
 お父様にそう報告すると、頭を抱えて「そうだったのか。そのような相手が……仕方がない。これも縁がなかったのだな」と言われてあっさり終了。
 そうして、また次の候補者を探すことに。

 だけど、この時はお父様もわたくしも……その他の誰もが予想していなかった。

 その後もわたくし、“シンシア王女”のお相手候補として名前があがる男性は、その度に突然、意中の女性と上手くいったり、わたくしではない別の女性と運命的な出会いを果たして恋に落ちたり……と全く話が進まなくなることを。



 そうして、お相手探しが始まって半年。
 わたくしの縁談は全て流れ続けた。
 また、こんなことばかり続けばさすがに世間的でも噂になるというもの。

 いつしかわたくしについたあだ名は“当て馬姫”

 さすがに王女に面と向かって、そう呼びかける不届き者はいないけれど、影で皆にそう呼ばれていることはすぐに耳に入った。

(ぴったりすぎて笑えない……)




「───王女殿下。先日お見合いをしたクオーレ伯爵家から“至急”の手紙が届いております」
「……!」

 至急……というその言葉にわたくしの頬がピクリと引き攣る。

「……そう。そこに置いておいて頂戴」
「承知しました」

(もう、これは何通目かしら?)

 わたくしは、テーブルに置いていかれた手紙に視線を向ける。
 そして、大きなため息を吐いた。
 もう、中身なんて読まなくても分かるわ。これも、婚約を辞退したいというお断りの手紙。
 よって今日もわたくしの縁談は進まない。


 ───サスティン王国、見た目の容姿はとても可憐で可愛いと評判の第二王女シンシア。
 けれども、悲しいことに“当て馬姫”と呼ばれているこの王女は今日も元気に当て馬街道を突っ走っていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

大好きな騎士団長様が見ているのは、婚約者の私ではなく姉のようです。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
18歳の誕生日を迎える数日前に、嫁いでいた異母姉妹の姉クラリッサが自国に出戻った。それを出迎えるのは、オレーリアの婚約者である騎士団長のアシュトンだった。その姿を目撃してしまい、王城に自分の居場所がないと再確認する。  魔法塔に認められた魔法使いのオレーリアは末姫として常に悪役のレッテルを貼られてした。魔法術式による功績を重ねても、全ては自分の手柄にしたと言われ誰も守ってくれなかった。  つねに姉クラリッサに意地悪をするように王妃と宰相に仕組まれ、婚約者の心離れを再確認して国を出る覚悟を決めて、婚約者のアシュトンに別れを告げようとするが──? ※R15は保険です。 ※騎士団長ヒーロー企画に参加しています。

大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。 皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。 他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。 救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。 セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。 だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。 「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」 今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。

別れてくれない夫は、私を愛していない

abang
恋愛
「私と別れて下さい」 「嫌だ、君と別れる気はない」 誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで…… 彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。 「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」 「セレンが熱が出たと……」 そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは? ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。 その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。 「あなた、お願いだから別れて頂戴」 「絶対に、別れない」

婚約破棄されたショックですっ転び記憶喪失になったので、第二の人生を歩みたいと思います

ととせ
恋愛
「本日この時をもってアリシア・レンホルムとの婚約を解消する」 公爵令嬢アリシアは反論する気力もなくその場を立ち去ろうとするが…見事にすっ転び、記憶喪失になってしまう。 本当に思い出せないのよね。貴方たち、誰ですか? 元婚約者の王子? 私、婚約してたんですか? 義理の妹に取られた? 別にいいです。知ったこっちゃないので。 不遇な立場も過去も忘れてしまったので、心機一転新しい人生を歩みます! この作品は小説家になろうでも掲載しています

処理中です...