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第二十四話 指輪が選ぶ花嫁とは
しおりを挟む侯爵夫妻の登場に会場内が、しんっと静まりかえる。
ここまで、この騒ぎを黙って見守って来た夫妻が何を言うのか。
皆の関心はそこだった。
「……全く、波乱のお披露目パーティーとなったもんだ」
アディルティス侯爵がその言葉と共にため息を吐く。
「父上……申し訳ございません」
「お騒がせしております……」
ヴィンセント様と私は頭を下げる。
主に騒いだのはあの三人ではあるけれど、それに対抗したのは私達だ。
「やれやれ……我が侯爵家の花嫁のお披露目パーティーは、いつだって一筋縄ではいかないものだな」
「そうですわね。私達の時も……でも、あれは誰のせいだと思っていて?」
「……」
侯爵様と夫人は何やら二人で懐かしそうにそんな会話をする。
(いつだって一筋縄ではいかない?)
その言い方はまるで毎回波乱に満ちているように聞こえる。
「とりあえず……そこのカーミューン侯爵家の令息と、リュドミラー侯爵令嬢の二人の件はヴィンセントが言ったように、それぞれの家へ抗議を伝えるとして……」
「「ひっ!」」
侯爵様にジロリと睨まれたダニエル様とパトリシア様が小さく悲鳴をあげた。
二人のこれからはどうなるのかしら……
「問題は平民の君だな?」
「っっっ!」
侯爵様にジロリと睨まれたステラは声にならない悲鳴をあげる。
さすがのステラも侯爵様の登場では強気ではいられないらしく、その顔は完全に脅えていた。
「君は先程から聞いていると……いや、取り調べを受けているとの報告があったからその前からだな。相当息子の花嫁に選ばれる自信があったようだな」
「……」
「何故か秘匿とされているはずの我が家の花嫁選びの方法を君は知っていたと言う。それ故の自信なのか……」
「……っ」
「だが、それでは駄目だ。君は絶対に選ばれる事は無いだろう」
侯爵様はキッパリとそう言い切った。
その言葉にステラはショックを受けた顔をしたけれど恐れ多くも反論した。
「な、何故ですか! 何故……そう言い切れる……のですか……」
「……」
「私が平民だからですか!?」
そんなのずるいです、とステラは訴える。
(多分だけど、そういう事ではない……と思う)
実際、小説の中でステラは平民だけど選ばれているのだから。
それ以外に理由があると思う。
「それは違う。アディルティス侯爵家の花嫁に身分は関係無い」
「だったら……!」
「だからこそ、とある素質が重要なのだと私は考える」
侯爵様は身分の事ははっきり否定した。
「……素質?」
私がヴィンセント様を見上げるとヴィンセント様も不思議そうな顔をしていた。
「父上が言っているのはどういう事なんだろう?」
「ですよね」
その素質とやらが私にはあった……という事なのかしら?
私とヴィンセント様の会話が聞こえていたらしい侯爵様はステラからこちらに視線を向けると言った。
「本当の所は謎に包まれていてもちろん分からないがね。でも、アイリーン嬢。君がさっき口にした言葉は、かつて私の妻が口にした言葉と同じなんだよ」
「……?」
ヴィンセント様と顔を見合わせて互いに首を傾げる。
そんな私を見て侯爵様は「だから君が選ばれたのだろうな」と笑った。
「アイリーン嬢」
「はい」
「君はさっき言ってくれたね? 自分の幸せだけでなく、息子を……ヴィンセントを幸せにしたい、のだと」
「言いました」
侯爵様は頷くと笑みを深める。
「そう。私の妻も同じ事を言ったんだ…………まだ、花嫁に選ばれる前だったが」
「!」
私が驚いた顔を向けると侯爵様はヴィンセント様によく似た笑顔で微笑みながら言った。
「かつて私の花嫁がなかなか決まらなかった事は聞いているだろう?」
「……はい」
その話はとうしてかしら? と思ったからよく覚えている。
「あの頃、私には今のヴィンセントのように想いを寄せていた令嬢がいてね……ただし、ヴィンセントとは違ってその相手は妻では無かったんだ」
「え!」
「父上?」
突然、語られる昔話に驚く。
「彼女が選ばれてくれたらいいのに……何度そう思った事か……そんな私の気持ちを感じ取ったのかもしれない。私の花嫁はなかなか選ばれなかった」
「でもね、私はずっと旦那様の事が好きだったの」
そう話に入ってくるのは侯爵夫人。
最終的に指輪に選ばれた人──
「旦那様に、好きな方がいる事は知っていたわ。更に自分が旦那様と結ばれるには花嫁に選ばれないといけないという事ももちろん分かっていた。それでも、私は諦められなかったの」
「想いを寄せていた女性への気持ちも諦められず、さらに花嫁が選ばれずに毎日焦る私に……いつだったか、妻が言ったんだ。“本当は私があなたを幸せにしたい。私なら絶対にあなたを幸せにしてみせるのに”と」
侯爵夫妻は互いにふふっと見つめ合いながら懐かしい、と話す。
その後の事は聞かなくても分かる。
それから夫人は指輪に選ばれたんだわ。
「そ、その侯爵様が想いを寄せていたという女性は……」
聞いてもいいのかな? と思いながら私がおそるおそる訊ねると、夫人が笑いながら言った。
「旦那様は見る目が無い人なのよ。だってその女性、常に多くの男性と浮名を流しているような令嬢だったんだもの」
「……ぐっ」
夫人の見る目が無い人、という言葉に侯爵様が苦い顔をした。
「コホッ……つまり、だ。推測でしかないが、我が家の花嫁に選ばれる女性の最大の条件は、きっと“当主となる者に幸せを与えられる人”だと思っている。実際、私は妻と結婚して幸せだ。彼女で良かったと思っている」
「あ……」
「ヴィンセントが強く想いを寄せ、同じ想いを返そうとしているアイリーン嬢なら花嫁に選ばれるのも納得だと私達は思っているのだよ」
もちろん、誰にも分からないけれどきっと他にも条件はあるのだと思う。
でも、私ならヴィンセント様を幸せに出来る。指輪にそう思われて選ばれたのだと言うのなら……嬉しい!
「──そういう理由だから、君がどう足掻こうとも何を言おうとも、ヴィンセントの花嫁には決して選ばれない。君のその独りよがりの身勝手な想いでは、な」
「!」
侯爵様はステラの方を見ながらそう口にした。
そう言われたステラは呆然としていて顔は見る見るうちに青くなっていった。
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