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第二十三話 ヒロインとの対決①
しおりを挟む(ステラは記憶持ちな分、本当に厄介だわ)
正直なところ、ステラに関しては公の場では話がしにくい。
花嫁選びの指輪の事だって軽々しく口には出来ないし。
「……ステラさん。あなたにも言いたい事はあるのだけど……」
「アイリーン様! 本当に本当にあなたは何なのですか? どうして私の邪魔をするんですか!」
私の言葉を遮るようにステラは叫ぶ。その目は私を睨んでいる。
「邪魔とは?」
「決まっています! 私が手に入れるはずだった“未来”ですよ!」
「……」
どこまでいってもステラの中では、小説の話が絶対なのだと分かる。
“ヒロイン”に転生したからなのかしら? 名も無きモブである私には分からない気持ちだと思った。
「皆さん、聞いて下さい! ここにいるアイリーン様は大嘘つきの盗人です!」
ステラは周囲に聞こえる程の大声で叫んだ。
「アディルティス侯爵家の花嫁は……花嫁になるのは私だったはずなのにアイリーン様がヴィンセント様を誑かしてその座を無理やり手に入れたのです!!」
──どういう事だ?
──花嫁選びに不正があったと?
──いや、ならばあの女性は何故自分がなどと……
──まさか、本当に?
ステラの言葉に会場内が騒ぎだす。
あと、あの女性は誰だ? なんて声もチラホラ聞こえるけれど、パトリシア様が連れて来た人だからどこかの令嬢だろう、と思われているようだった。
「アイリーン様は私が手にするはずの物を横から奪いとった最低な人なのです! 私が何度お願いしてもそれを返してはくれませんでした!」
どうやら指輪の事を言っているらしい。
「そんなヴィンセント様はアイリーン様に誑かされてアイリーン様の事が好きだと錯覚しているのです! ヴィンセント様と運命的に出会い花嫁に選ばれて恋に落ちるはずの相手は私なのに! 酷い話です!!」
ステラはそれだけ叫ぶと私の元に近付いて来る。
「アイリーン様。もういいでしょう? 正しい道に戻す時が来たのです」
「正しい道?」
ステラはにっこり笑う。
「私がヴィンセント様の花嫁に選ばれる道ですよ。偽物の花嫁は要りません」
「ステラさん、あなた……」
「そうですよね、ヴィンセント様! 早く目を覚まして下さい! あなたの運命の相手は私、私なのです! 本能では分かっていますよね?」
ステラは今度はヴィンセント様に向かって必死に訴える。
私を後ろから抱き締めたままのヴィンセント様は、はぁ……とため息を一つ吐いた。
「……黙って聞いていれば、パトリシアの妄想の方がまだマシだったと思えるくらいの酷さだな」
「な!?」
ヴィンセント様の氷のような冷たい声にステラは一瞬怯む。
「妄想……しかも、まだマシ、とは何ですのー!」とその声を拾ったパトリシア様が叫んでいるけれど、ヴィンセント様はその声を無視して続ける。
「君はあの日、はっきり“拒否”された事を忘れているのか?」
「あ、あれはモブ……じゃない、アイリーン様が偽物だとバレたくなくて私を突き飛ばしたのです!」
「違う!」
ヴィンセント様が怒鳴る。
「だって、あんなのおかしいです。私が拒否されるなんて有り得ません! だからあれは偽物で……アイリーン様です。全てアイリーン様が私を憎くてやった事です」
「勝手に決めるな! アイリーンが君を憎む理由がどこにある!? 君が都合よくそう解釈したいだけだろう!」
ステラの言い分はもはや支離滅裂だった。
それでも彼女は諦めない。
「違います! 私は私の幸せの為に……」
──あ!
“私の幸せの為”
ステラのその言葉を聞いて私は耐え切れずにもう一度前に出る。
そして訊ねた。
「ステラさん、あなたってヴィンセント様の事を本当に好きなのですか?」
「……え?」
「ヴィンセント様の事を好きだから、花嫁になりたい──本当に本当にそう思っていますか?」
ステラはずっと一貫して“ヴィンセント様の花嫁になる”事を望んでいるけれど、そこにヴィンセント様の事が好きというのがまるで見えて来ない事に気付いた。
パトリシア様はヴィンセント様にずっと片思いしていた。
それ故に彼女は、妄想と暴走していたけれどステラは違う。
───ステラは“自分の幸せ”の事しか考えていない!!
「そんなの当然でしょう!?」
「本当に? だってあなた、ヴィンセント様の何を知っているの?」
「何を……?」
記憶持ちのステラは、小説の展開を無視して自ら乗り込んで来た。
最初からどことなく怪しかったせいなのか、ヴィンセント様はステラを相手にせず、名前すら覚えようとしない。
(だから二人は全然、交流も無いのに)
「ヴィンセント様は、少し推しが強く強引な人かと思えば、捨てられた子犬のように落ち込んだりする可愛らしい所がある人なの」
「ア、アイリーン!?」
ヴィンセント様が、横でギョッとしているのが分かる。
それでも私の口は止まらなかった。
「かと思えば、泣き出して逃げ出した見ず知らずの女を追いかけて、上着を貸してくれるような優しい人で、私が好きな物も知っていて具合悪い時も察してくれて、いつだって優しく抱き締めて甘く蕩けそうな笑顔で微笑んでくれて……」
「え? いや、アイリーン! ちょっと待って何か話がズレ……」
あら? 今度はヴィンセント様がオロオロして顔を真っ赤にしているわ。
普段はカッコよく決めてるのにこういう所も可愛い。
そんな私の前で色々な顔を見せてくれるあなたが好きだと思う。
「私は、気付いたらそんなヴィンセント様の事が大好きになっていたのよ。私が幸せになれるからじゃなくて、私がヴィンセント様を幸せにしたいの! 二人で幸せになりたいのよ!」
そこまで叫んだら、ヴィンセント様が「アイリーン……!」と、私の名前を呼んで今度は正面から私を抱き締めた。
「!? ヴィンセント、様?」
顔を真っ赤にしたヴィンセント様の瞳がちょっとウルウルしている。
「アイリーン……大勢の前でのその告白は熱烈……過ぎるよ」
「熱烈? 告白?」
「うん。別名、惚気……とも言う、かな?」
「!!」
そう言われてみれば、ただの惚気を口走っただけのような気がして今度は私も赤くなった。
「ははは、アイリーン。可愛い」
「今更ですけど……は、恥ずかしいです」
ヴィンセント様がコツンと私の額と自分の額を合わせる。
顔が近い!
「……嬉しかったよ」
「え?」
「僕を幸せにしたいって言ってくれて」
そう言ったヴィンセント様は、顔と身体を離すと私の左手をそっと手に取り指輪にキスをした。
「アイリーン……本当に“運命の相手”が君であった事がたまらなく嬉しくて幸せだ」
そして、私の大好きな甘く蕩けそうな笑顔で微笑む。
「ヴィンセント様……」
私も嬉しくて微笑み返した。
だけど。
「運命の相手は私だって言ってるでしょーー!? 好き? 愛してる? 偽物とラブシーン繰り広げてんじゃないわよーー!」
顔を真っ赤にしてプルプル身体を震わせるステラは、惚気全開を見せられても全く懲りているようには見えなかった。
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