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第十九話 波乱しかないパーティー
しおりを挟む「ふふふ、皆さま。驚かせてしまい申し訳ございません」
パトリシア様はゆったりとした微笑みを浮かべながら近付いて来る。
「ですが、わたくし……どうしても黙っていられなかったのです。だって長年の友人であるヴィンセント様が、そこのめぎ……コホッ……令嬢に騙されているのですもの。放っておけませんわ!!」
パトリシア様がそんな事を言うものだから、会場内は更なる混乱に陥る。
──騙されている?
──まさか、花嫁が何か不正をして選ばれた?
──いや、そんなに甘くないだろう?
「……」
ヴィンセント様は無言だった。
けれど、私の腰に回していた手にグッと力が入った。
そしてもちろん、その顔は怒っている。今すぐパトリシア様に怒鳴りつけたい気持ちをどうにか抑えて冷静になろうとしているようにも見えた。
「……ただでさえ、厄介な奴を見つけた所にやって来やがって……」
そして、小声でそう呟いた。
(ヴィンセント様?)
厄介な奴って?
そう聞きたかったけれど、聞くのは今では無いと思い黙る。
そして、その“厄介な奴”がさっきの険しい視線を向けた相手なのだと思った。
ヴィンセント様がそんな事を言う人とは……誰?
「ヴィンセント様! 目を覚まして下さいませ! あなたは騙されていますわ」
「…………パトリシア。頼むからいい加減にしてくれないか?」
ヴィンセント様は本当は怒鳴りつけたい気持ちでいっぱいのはずなのに、どうにか感情を抑えながらパトリシア様を諌める。
「ヴィンセント様こそ! あなたが花嫁だと仰るその方は大嘘つきの盗人なのだそうですわよ!」
パトリシア様のその言葉にヴィンセント様の眉がピクリと動いた。
同時に会場内もますます騒然とし、あちらこちらでヒソヒソ話が飛び交っている。
──大嘘つき?
──盗人って……
「うふふ。それでわたくし、本日アイリーン様が大嘘つきで極悪非道な方だと言うことを証言してくださる方を連れて参りましたの! さぁ!」
パトリシア様はそう言って傍らにいた女性に声をかけた。
連れ立ってやって来ていたその女性は、パトリシア様が喋っている間も終始俯いていて一言も発していなかった。だから顔もよく見えていなかったのだけど──
その女性が顔を上げた所でようやく誰か分かった。
(ステラ!)
変装をしているけれど、間違いない。あの女性はステラだ。
(どうしてここに、彼女が……!)
「ヴィンセント様……あの女性は……彼女です……ステラさんです」
「え?」
「カツラやお化粧で雰囲気を変えて、見た目を貴族令嬢らしくさせていますが、あの瞳の色は間違いありません」
「……!?」
ヴィンセント様が言葉を失い驚いている。私も同じ気持ちだった。
……どうして、彼女がここに?
この場でパトリシア様が何かを言ってくる事は予想出来た事だったし、正直なところ彼女が何かを騒いでも“花嫁に選ばれなかった令嬢の嫉妬”くらいにしかならないはずだった。
(なのに、ステラまで連れて来るなんて!)
「あら? ふふふ、アイリーン様。お顔の色が悪いですわよ? ご自分の罪が暴露されるから怯えているんですの?」
「パトリシア……お前は!」
「うふふ、ヴィンセント様。わたくしの家、リュドミラー家の力を使えばこれくらい容易い事ですわ」
パトリシア様はにっこり笑って言う。
取り調べを受けたままだったはずのステラを連れ出しパーティーに連れて来る……とんでもない力技を使って来た。
そして、パトリシア様は私達の前に立つと周囲には聞こえないくらいの声で囁くように言った。ここからの話は周りに聞かれたくないらしい。
「ヴィンセント様の周りをチョロチョロしていた女狐は二人。わたくしが女狐1号の事を調べないとでも思っていましたの? 甘いですわよ」
パトリシア様は、ふふん、とした得意気な顔をすると更に続ける。
「そして、どうもあの女狐1号は“花嫁が選ばれる方法”をご存知みたいですわね?」
「「!」」
私とヴィンセント様は思わず顔を見合わせる。
「ですから、わたくし考えましたのよ。女狐1号を利用してパーティーで女狐2号の評判を落としてもらおうかしら、と。そうすれば皆様も“花嫁”に対して相応しくないのでは? と、疑問に思われるでしょう?」
その為に女狐1号……ステラと接触したのよ、と笑って言うパトリシア様。
要するに、パトリシア様はこれからステラが語ろうとしている話の内容が嘘であろうと真実であろうと、どうでも良い。ただただ、周囲に“私が花嫁でいいのか?”という疑惑を植え付けたいだけのようだった。
「女狐2号の存在が揺らげば、ヴィンセント様の花嫁選びはまた開始されますわよね? そして、わたくしは1号にその方法を吐かせて今度こそ花嫁になるのですわ」
「え?」
私が驚きの声を上げるとパトリシア様はますます得意気な顔をした。
「女狐1号はわたくしが何度その方法を聞いても、女狐のくせに生意気にも『それは秘密です~』としか言わなかったけれど、絶対に吐かせてみせますわ!」
「……」
──それは、無理なのに!
だって、花嫁は人が選んでいるわけではないのだから。
パトリシア様はステラから指輪の事を聞いていない。だから、こんなめちゃくちゃな計画を立ててやって来た。
(本当に悪役令嬢って無謀な事ばかりする……)
だけど、まさかヒロインと悪役令嬢が手を組むなんて思いもしなかった。
これからステラが皆の前で語る事は容易に想像出来る。
それは証拠も何も無い彼女の一方的な主張──
それでもパトリシア様の言うように、今日ここに集まっている人達の中に疑惑や疑念を持たせるには充分。
(私の立場は変わらなくても、私を見る目は変わる)
あの日、突然、婚約破棄された時のように。
「さぁ、めぎ…………ステラさん! あなたが知っているアイリーン様の悪事を皆様の前でお話なさって!」
再び、声を張り上げたパトリシア様に応えるようにステラは頷き、そして皆の方へ身体を向け、口を開きかけたその時だった。
「ははは、俺が少し目を離していた間に随分とお前の周りは騒がしくなったもんだなぁ、アイリーン」
「!?」
会場の片隅からそんな笑い声が聞こえて来た。
そんな声の主は、愉快そうに笑いながら一歩一歩こちらに向かって来る。
(この声は……)
「え、何、誰? なんで邪魔するの?」
と、ステラは困惑し、
「ちょっと、誰ですの!?」
と、パトリシア様は叫ぶ。
私は固まったまま動けない。
「……」
「……アイリーン。見るな、聞くな」
ヴィンセント様が抱き締めるようにして私を囲う。
(ヴィンセント様も声の主が誰か分かっているのね……)
そして、ヴィンセント様はさっき見せた険しい顔でこちらに近付いて来る“その声の主”の事を睨んだ。
そこでようやく分かった。さっき言っていた厄介な奴。
ヴィンセント様はさっき会場内でこの人を見つけていたんだ。
だから、あんな顔を……
(戻って来ていたのね……ダニエル様)
ステラの邪魔をし、割り込んで来たその人は、
ダニエル・カーミューン。
私の元婚約者。
間違いなく新たなる騒ぎの火種となる人が現れた。
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