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第十五話 花嫁となる覚悟
しおりを挟むその日の私はソワソワしていた。
大人しく座っていられなくて何度も立ち上がっては窓に向かって外を覗いたりしている。
「アイリーン、気持ちは分かるが少し落ち着きなさい」
「で、でも……ヴィンセント様がもうすぐ到着……」
「お前がウロウロしたところで、到着する時間は変わらない」
「それはそうですけど……」
今日は約束していたヴィンセント様が我が家にやって来る日。
お父様がヴィンセント様と話したがっていた事もそうだし、先日、正式に私が婚約を受け入れたので、改めて挨拶をする事になっている。
「まさか、お前のそんな恋する乙女のような顔を見る日が来るなんてなぁ……」
お父様がそんな事をしみじみとした顔で言う。
こ、恋する乙女って……もう、お父様ったら!
(頬が熱いわ……)
そんな会話をしていたら、呼び鈴が鳴ったのでヴィンセント様が到着されたのだと分かる。
「ようこそ、カドュエンヌ伯爵家へ……ヴィンセント様」
「お招きありがとう、アイリーン。会いたかったよ」
ヴィンセント様はそう優しく微笑む。
そんなヴィンセント様にドキドキしながら私も答える。
「わ、私もです……会いたかった、です」
実はあの日……ステラが騒ぎ、花嫁になる決意をしたあの日以降、ヴィンセント様とは会えていなかった。
私の言葉にヴィンセント様の目が大きく見開く。
驚いたみたい。
「……アイリーンにそんな事を言って貰える日が来るなんて」
「お、大袈裟ですよ?」
「そんな事ないよ」
「そ、そうですか?」
互いにそんな事を言い合っていたら、お父様が無言で私達を見ていた。
「──? お父様、どうかしましたか?」
「いや、“アディルティス侯爵家の花嫁”の事を考えていた……こんな短期間で……恐ろしい」
「恐ろしい?」
よく分からない返事だった。
そして、応接間に移動し互いに挨拶を終えた後、お父様は真っ直ぐ私を見て問う。
「アイリーン。本当にアディルティス侯爵家の……ヴィンセント殿の花嫁になる。その決意は変わらないんだな?」
「はい」
私はしっかりお父様の目を見て答える。
「ヴィンセント様がくれた言葉を、約束を信じたいと思います」
そう答えながら自分の左手の指輪にそっと触れる。
全てはこの指輪を拾った事から始まった。
「アイリーン……ありがとう」
隣に立っていたヴィンセント様が嬉しそうに微笑んだ。
(あなたが笑ってくれると私も嬉しくなる)
きっかけがこの不思議な指輪であれ何であれ、小説のストーリーでのヒロインでは無い私の事をヴィンセント様は大切に想ってくれている。
「分かった。それではヴィンセント殿」
「はい」
「ちょっと変わった娘ですが、素直で真っ直ぐな子です」
「……はい」
ちょっと変わってるって何!
酷いわ、お父様。それと、ヴィンセント様。答える前に少し笑ったわね!?
「反面、辛い事があってもギリギリまで涙を見せようとしません。一人で耐えようとするような子なんです」
「知っています」
「素直じゃない所もありますし……未来の侯爵家夫人なんてものが務まるのかは心配でしかありませんが、どうか可愛い娘をよろしくお願いします」
お父様はそう言ってヴィンセント様に頭を下げた。
「伯爵……あなたの愛する娘、アイリーンの事は必ず僕が幸せにすると約束します。もう二度と彼女が一人でひっそりと泣いたりする事が無いように」
(……ん?)
その言い方が妙に引っかかった。
私の中でそんな疑問が心に残りつつも、お父様は少し目を潤ませてヴィンセント様に頭を下げていた。
「ヴィンセント殿、娘をアイリーンをよろしくお願いします」
───
「とりあえずお父様がおかしな事を言い出さなくて良かったわ」
私が望むなら反対はしないと言われてはいたけれど、やっぱり私に侯爵夫人は務まらん! とか言われるのでは?? そう思ってドキドキしてしまった。良かったわ。
「それにしても、二人だけで何の話をしているのかしらね?」
その後、お父様はどうしてもどうしても男同志で話しておきたい事があるからと言って、今、二人は私抜きで話をしている。
そもそも、お父様はもともと二人だけで話がしたくてヴィンセント様に会いたいと言っていたみたいだし。
「余計な話をしていないと良いのだけど……まぁ、よくある、あれかしらね?? 結婚までは手を出すなーとか?」
なぜならお父様の中では抱っこすら微妙らしいのだから。
(あ……でも、キス……)
この間、額やら頬やらにキスされた事を思い出し思わず赤くなる。
嫌ではない、もちろん嫌ではないけれど……ドキドキが止まらなくなるのであれは困る。
(困るのにして欲しいなんて……何て我儘なのかしらね)
なんて考えていると、
「アイリーン、お待たせー……って!」
ヴィンセント様とのアレコレを思い出して顔が赤くなった所に、これまたタイミングよくヴィンセント様がお父様との話を追えて部屋から出て来た。
そして、赤くなった私の顔を見たヴィンセント様が慌てた様子で駆け寄ってくる。
「な、何で、そんな急に顔を赤くして可愛い顔しているの!? いや、アイリーンはいつだって可愛いけど!!」
「可愛っ……」
また、この人は!
いえ、それよりもヴィンセント様は何をそんなに焦っているの?
そして、顔が赤いのはあなたのせいです……
「くっ! たった今、釘を刺されたばかりなのに……なんて拷問なんだ!!」
「……ごうもん」
やっぱり、手を出すな系の話だったみたい。
「アイリーン」
そんな事を考えていたら、フワッと優しく抱き締められた。
だ、抱き締めるのは許されているの!? と、焦ってしまう。
そんな私の疑問が伝わったのか、ヴィンセント様は苦笑しながら「一応、抱き締める許可は出ている」と言った。
「ふふ」
何だか可笑しくて私が小さく笑うと、今度はさっきよりも強い力でヴィンセント様は抱き締めてきた。
「ヴィンセント様?」
「アイリーン……僕は君を守りたい…………今度こそ」
「?」
何故か分からないけれど、そう呟いたヴィンセント様の身体は震えていた。
*****
「パーティーですか?」
「そう。今度、我が家主催のパーティーが開かれる」
それから数日後。
私がアディルティス侯爵家を訪ねてヴィンセント様と過ごしていると、彼はちょっと緊張した面持ちでそう切り出した。
「それって……」
「うん。その顔は分かってるみたいだけど、アイリーン……君のお披露目パーティーだ」
「!!」
やっぱり!
花嫁になる事を受け入れたからには遅かれ早かれやって来る日だと分かっていたけれど……
(そうだ……小説のステラはこのパーティーで…………)
ステラの事を思い出したのでついでに確認する事にした。
「そう言えば……」
「うん?」
「彼女は……ステラさんは今はどうしているのです?」
「……」
私のその質問にヴィンセント様は、凄く苦そうな顔をした。
「取り調べは続いていて……パトリシアみたいな事を言い続けてると聞いた。指輪については、黙秘しているらしい」
「え?」
「“ヴィンセント様の花嫁になるのは私なんです”だって。パトリシアも大概だけど、あの女はちょっと得体が知れなくて怖い。指輪の件もそうだけど」
記憶持ちのヒロインとは、こうなってしまうのか……なんて思った。
指輪の事を知っていた理由は語れないものね。
「アイリーンには本当に申し訳ないけれど、そんなだからお披露目をすると、君は多くの人に注目される事になる」
「……そうですね」
ヴィンセント様ったら心配性だわ。そんな不安そうな顔をして! 全く!
「ヴィンセント様」
「?」
私はヴィンセント様の両頬に手を添えると上を向かせた。
そして、安心して貰いたくてにっこり笑顔を見せた。
「そうなる事も分かった上で私はあなたの花嫁になると決めました!」
「アイリーン?」
「だから、そんな心配な顔はして欲しくありません」
「……」
「指輪が導いたあなたの花嫁を信じて下さい、ね?」
「アイリーン……」
ヴィンセント様の花嫁が決定し、行われるこのお披露目パーティー。
小説の中でもこのパーティーは波乱に満ちていた。
小説のストーリーは破綻したので全く同じ事が起こるとも思えないけれど、やっぱり油断は出来ない。
(大丈夫! ヴィンセント様となら乗り越えられる)
私はそう信じている。
だから安心して貰いたくてもう一度微笑んだ。
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