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19. 人はそれを恋と呼ぶ
しおりを挟む「……フィーリーさん。それは惚気ととって良いのかしら?」
「はい!?」
本日、私はラモニーグ公爵家にお邪魔してリシェリエ様との打ち合わせ。
ちなみに、ルシアンとは別行動。
「の、惚気ですか!? ち、違います! わ、私はただ、ルシアンが最近優しくて変なんです……と言いたかっただけで!」
リシェリエ様の指摘に、私は思いっきりブンブンと首を横に振って答える。
(惚気ですって!?)
「……どうして、そんな反応になるのかしらね」
リシェリエ様が非常に困惑した顔で見つめてくる。私は最近感じた事を素直に口にしただけなのに!
「……前から聞きたかったのだけれど宜しいかしら?」
「え? はい」
「フィーリーさんとルシアン様はお付き合いしているのではなくて?」
「………………は!? お付き合い?」
リシェリエ様はいったい何を言い出したの?
お付き合いって、アレよね? えっと、恋人!
思わず耳を疑ってしまう。
「私とルシアンがですか!? リシェリエ様ったら何を……そんな事あるわけないじゃないですか。あははー……」
「でも、よく2人でいるし、仲が良いでしょう?」
私は慌てて笑いながら否定するけれど、リシェリエ様の表情は全然納得していない。
「それは、私に友人がいないからですよ! ルシアンの性格的に独りぼっちの私を放っておけなかっただけで、単なる入学式に絡まれてからの腐れ縁です!」
「…………」
「それでなくても、あちらは侯爵家の令息ですよ? だって私は平民……です、し」
……そうよ。 自分で口にして気付いた。
たまに忘れそうになるけれど、私とルシアンの身分差は大きい。
本来なら、軽々しく口を聞く事だって出来ないくらいの壁がある。
(ルシアンがそんな事を思わせない素振りだったからすっかり忘れていた)
それに、最近のルシアンの私を見る目が───……
(ドキドキするの)
ルシアンはルシアンなのに、昔と違って見える時があって困惑している。
(こんな規格外な私を守りたいって言ってくれた……)
「……」
「そんなに、顔を赤くして恋する乙女みたいな顔をして何を言っているんですの?」
「え!? こ、恋?」
「恋ですわ。さすがのフィーリーさんも恋は分かりますわよね?」
グイッとリシェリエ様が詰め寄って来る。
ちょっと目が据わっている気がする。リシェリエ様は目が覚めてから別人みたいだ。
「ち、知識としてなら……でも、私は誰かに恋をした事が……無いので」
「恋をした事が無いから、分からない?」
私はコクリと頷く。
「……ふぅ、ルシアン様が気の毒に思えて来ましたわー……」
「? 何か仰いましたか? リシェリエ様」
リシェリエ様は余りにも小さな声で呟かれたので聞き取れなかった。
「フィーリーさん! よくお考えになってご覧なさいな」
「?」
「あのピンク色の髪をした迷惑な女にルシアン様が魅了されてしまったらどう思います?」
(エリィ様に? ルシアンが?)
──ルシアンが、エリィ様に愛を囁いている場面が頭に浮かんだ。
私に時折見せてくれる、真っ赤な顔をした子犬の表情で……
「……い、嫌ですっ!! ……あっ!」
深く考える事も無いまま私の口からそんな言葉が飛び出す。
私は自分で自分の言葉に驚いた。
「リシェ……リシェリエ様、私……」
「あのね、フィーリーさん。不思議よね? 頭の中だけだとごちゃごちゃと色々考えてしまうけれど、人の心って正直なのよ」
「……心」
戸惑う私にリシェリエ様はふふっと、微笑む。
「あんな女に取られるくらいなら私が! そう思わなかった?」
「…………お、思いました」
浅ましくも思ってしまった。
ルシアンが、あの子犬の顔をするのは私の前だけであって欲しいと。
(ずっと、側で私だけが、ルシアンのそんな顔を見ていたいって)
───あぁ、そっか。
この気持ち。この気持ちが───
これまで、ごちゃごちゃ考えていた事がストンっと胸の中に落ちて来た。
「……ふふ、答えは出たかしら?」
「…………ありがとうございます、リシェリエ様」
私はリシェリエ様にお礼を言う。
「ルシアンにとって私は、あくまでもライバルのような存在で、仕方が無いから面倒を見てやろうくらいの気持ちの存在かもしれませんが、私は──……」
「ちょーーーっと待ってぇぇー!?」
「?」
「何でそこは斜め上の解釈に走っているんですのーー!?」
「え?」
───……
リシェリエ様に、
フィーリーさんは鈍いです。激にぶって奴ですわ!
ルシアン様、不憫すぎて泣いてしまいますわよ!?
(ルシアンが泣く?)
と、よく分からない理由で散々、お説教をされた後、私からもリシェリエ様に確認しておきたい事があったので訊ねる事にした。
「あの、リシェリエ様……」
「何ですの?」
「……リシェリエ様は、今回のエリィ様による魅了の力を解いた後はどうされるおつもりなのでしょうか?」
「どう、とは?」
「その……アレンディス殿下の事です」
──そう。
リシェリエ様の婚約者であるアレンディス殿下はただ今、絶賛魅了の影響を受けている1人だ。
元々、以前から不仲説のあった2人だけど、殿下がエリィ様に魅了されてしまってからはますます2人の距離は酷いものとなっている。
「殿下は……それなりのお咎めをくらうでしょうね」
リシェリエ様は落ち着気払った様子で口を開くけれど、その目が何処か寂しそうにも感じる。
(そうよね、だってリシェリエ様は私にだって牽制してくるくらいアレンディス殿下の事を……)
しかし、王族として王子として、1人の女性の魅了という力に翻弄されてしまっている今の状態は、アレンディス殿下の今後に暗い影しか落とさない。
何より、パーティーで浄化をするという事は、大勢の前でアレンディス殿下の痴態を晒す事にもなる。
「……私は婚約解消するつもりは無いのだけどね」
「え!?」
リシェリエ様のその言葉に私は本気で驚いてしまった。
そんな私の様子を見てリシェリエ様はクスリと笑った。
「あら? そんなに意外だったかしら?」
「はい……」
「お父様や王家が色々と口を出してくるとは思うけれど、私の気持ちは変わらないわ」
「リシェリエ様の気持ち?」
私がよく分からない顔をしていたのを感じたリシェリエ様は、更に笑みを深くして言った。
「私は王子妃になりたかったわけではないの。アレンディス様の妃になりたいの。だから、あの方が今後、どんな立場になったとしても側にいたいのよ」
「リシェリエ様……」
───そうか。
リシェリエ様は、王子とかそんな肩書きは関係なくて、アレンディス殿下ご自身の事をお好きなんだ。
(今ならその気持ちが分かるわ……私だってルシアンが未来の大魔術師だから、なんて事は関係ないもの)
「まぁ、殿下がどう思うかは分からないけれど……ね」
そう呟くリシェリエ様の表情はどこか寂し気だった。
アレンディス殿下とリシェリエ様。二人の間にあるものを私は知らない。
二人の婚約期間は幼い時からなので長いと聞いている。きっと、二人だけにしか分からない何かあるのだと思う。
魅了から解放された殿下がその時何を思うかも分からない。
それでも、リシェリエ様の想いが目が覚めた殿下に届けばいいな、と私は心から思った。
*****
そして、とうとうパーティー当日がやって来た。
「フィーリー? 大丈夫か?」
「……」
「ははは、お前でも緊張する事があるんだな」
「し、失礼ね! ひ、人を何だと思っているのよ!!」
「フィーリー」
「~~!」
ルシアンが気を紛らわせようと話しかけてくれるけどやはり落ち着かない。
(人の気も知らないでぇぇーー)
とうとうこの日がやって来たという緊張と、気付いてしまったルシアンへの気持ちのせいで私の頭の中は爆発しそうになっている。
「それと、フィーリー」
「何?」
「……似合ってる……よ」
「!!」
ルシアンが頬を赤く染め、照れ臭そうに私に言った。
「わ、私は今までみたいに制服でいいって言ったのに、ル、ルシアンが……」
私は今日、生まれて初めてドレスというものを着た。
なんと、この日の為にとルシアンから贈られたものだ。かなり強引に押し付けられた……気がする。
「フィーリーのドレス姿、見てみたいとずっと思ってた。いつもフィーリーは制服だったから」
「ルシアン……」
「見れて良かったよ。贈って良かった……」
「!」
ルシアンのその笑顔に胸がきゅんってした。
私は照れ臭くなってしまい、ルシアンの顔がまともに見れない。
「あ、ありがとう……わ、私……このドレスに見合う分の働きはしてみせるわ!」
「……」
そう伝えたら、何故かルシアンがじとっとした目で私を見てため息を吐く。
「はぁ、フィーリーだもんな…………だけど全部、終わったなら……」
「ルシアン?」
ルシアンが小さな声で何かを呟いた。
「いや、何でもない。行くぞ、ほら」
「う、うん」
ルシアンが手を差し出したので、私はそっとその手を取る。
(ドキドキする。でも、心強い……)
そんな事を思いながら私達は会場に向かって歩き出した。
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