10 / 25
10. ピンク色の彼女の突撃
しおりを挟むルシアンからの忠告を受けたその日。
女子寮に帰宅し、部屋に戻ろうとしていた私の前に彼女……エリィ様は現れた。
「こんにちは。こうしてちゃんと話すのは初めてかしら? フィーリー・アドシークさん」
「え、えぇ……そうですね。エリィ・マドリガル様」
私の目の前に現れた彼女は微笑んでいる。だけど、その目の奥は全く笑っていない。
(ルシアン……あなたが側にいる事が出来ない女子寮で捕まってしまったわ……)
「フィーリーさん。私ね、あなたとはずっとお話してみたいと思っていたの」
「そ、うですか」
「あなたは魔力量の多い平民で属性が不明だと聞いたわ。さぞ、大変な思いをされているのでしょう? 私も平民だったから分かるのよ」
そう言って私に向かって悲し気に微笑むエイシャさんは、何も知らなければ優しさと慈悲を兼ね備えた素敵な女性に見え……
(無理! 全然、見えない! むしろ怖い!)
「いえ、そこまで言われる程ではありませんから。ですのでお構いなく……」
「そんな悲しい事を言わないで? 私、あなたの力になりたいの! 私なら平民という特殊な立場のあなたの気持ちも分かるもの」
そう言ってエリィ様は私の両手をそっと握り、さらに甘く微笑む。
その瞬間、何かがバチッと弾かれた気配がした。
(!? 今のって……)
「……本当に大丈夫ですから」
「!?」
私が再び断ると、エリィ様は驚き悲しそうな表情をする。その表情を見ていると申し訳ない……そんな気持ちにさせられた。
(……こうして多くの人を誑し込んでいったのかしら?)
「そう……残念だわ。何か力になれる事があればと思ったのに」
「本当に困っている事はありませんので、気持ちだけ貰っておきます。ありがとうございます」
私がそれだけ言って離れようとすると「待って?」と呼び止められた。
「1つ聞きたいの。フィーリーさんは、ルシアン様とはどういう関係なの?」
「ルシアンとの関係?」
「そうよ、よく一緒に居るでしょう? 恋人なのかしら?」
「恋人? ただの腐れ縁ですけど……?」
ルシアンの事をなんと表現したらよいのかは正直、よく分からない。
(“友人”と呼んでもいいのかしら?)
友達がいない私にはよく分からない……
それに、なんだか友人と言うのがしっくりこないのも事実。そうして導き出された関係が“腐れ縁”だった。
「腐れ縁……?」
「魔術学院に入学した時からの付き合いなので」
私がそう答えるとエイシャさんは、嬉しそうに笑った。
「あぁ、ふふふ、あはは! そうなのね? なら、私が彼を貰っても問題ないという事よね?」
「貰う?」
「そうよ! だって、ルシアン様は将来は大魔術師様となる方ですもの」
それが何だと言うの? 何故、そこで貰うだのという話になるのか全く分からない。
私が首を傾げていると、エリィ様はコロコロと笑いながら更に続けた。
「希少な光属性の私と彼は結ばれるべきだと思うの」
「そうですかね?」
私が怪訝そうにそう返すと、エリィ様は少しムッとしたのか声を荒らげた。
「当たり前でしょう!? なのであなたみたいな人が彼の周りをチョロチョロするのは迷惑なのよ」
「……」
言外に落ちこぼれは近付くなと言われた気がする。
どちらかと言うとチョロチョロしてるのはルシアンの方だと思うけど。
「だから……ね? いずれ彼は私のモノになるの。邪魔はしないでくださいね?」
「……」
エリィ様はそう言ってまた甘く甘く微笑んだ。
*****
「捕まっただと!?」
「えぇ、ルシアンの入る事の出来ない女子寮でね」
「女子寮……!」
ルシアンがショックを受けたような表情になった。
(私もエリィ様も寮生だという事がすっかり抜けていたんだろうなぁ……って、私もだけど!)
翌日、女子寮の中でエリィ様に捕まった話をルシアンにした。あれだけ心配してくれていたのだから黙っておく方が申し訳ない。
「……くっ! 何か変な事はされなかったか? 身体に異変は?」
「特に無いわね。攻撃されたわけでも無いし。話をした……されただけ」
そうか、とホッとするルシアンの顔を見ていると、彼が本気で心配してくれていたのだなと感じられて……何だか少しむず痒い。
「……何を言われたんだ?」
「うん。それなんだけど、私に邪魔をするなって」
「邪魔?」
「エリィ様は、ルシアン……あなたを狙っているみたいだったわ」
「!」
(……この言葉を口にするのに気が重いのは何故かしら)
私のその言葉に、ルシアンは少し驚いた表情を見せたもののすぐにいつもの顔に戻った。
「……やっぱり、アレは誘惑だったのか」
と、小さく呟いた。
「ルシアン、誘惑されていたの?」
確かにいずれルシアンは自分のモノになるって自信満々に言っていたけれど……
「多分、誘惑だったんだと思う」
「多分って……」
そう言ってルシアンは、エリィ様に呼び止められて話をした日の事を話してくれた。
状況からいって私が盗み聞きした時の事だと思われた。
「誘惑……にのらなかったの?」
「誰がのるか! そんなつもりも全く無いからな!? あー……だけど、よく分からないが、一瞬だけ意識が持っていかれそうになった時があった気がする。すぐ気付いたけど。あれは嫌な感じだったな」
「…………」
もしかして、その時エリィ様は何か力を使った?
だけど、上手くいかなかった……?
「何を考えてるんだろうな、あの女」
アレンディス殿下を始めとして、その他の男女問わずを誑し、果ては大魔術師になるからって理由だけでルシアンをも誑し込もうとした目的は何なんだろう。
そして、人の気持ちを何だと思ってるのだろう。
(……人の気持ち? 人の気持ちを操る……?)
そんな力として思いつくのはやっぱり一つだけ。
「ねぇ、ルシアン? もしかして、彼女のスキルって“魅了”かしら?」
「え?」
「それなら、皆の突然の態度や気持ちの変化の理由が分かるというか」
「……だが、魅了の使い手はここ数年生まれてないと聞いていたが?」
魅了の特殊能力持ちは危険なので監視対象のはずだ。
子供の時の魔力測定や属性判定時にまだ力が発現していなかったとすれば、平民出身の彼女はその後も鑑定される機会が無く逃れたのかも。
だけど、1つ気になる。
彼女のスキルが魅了だと仮定した場合、なぜルシアンは魅了されていないのか、だ。
彼女のあの口振りやルシアンの話の様子から言って力を発動させていたと思う。
だけど、ルシアンは変わっていない。
「ルシアンは魅了魔法に耐性でもあるの?」
「は?」
「彼女のあの様子。おそらくルシアンにも力を使ったはずよ? なのに、あなたは無事だわ」
「……いくら何でも俺にそこまでの力なんて無いぞ?」
「そうなの? それなら何で無事なの」
私とルシアンはそのまま考え込む。
「……それを言うならフィーリーこそ無事じゃないか」
「え?」
「あの女は、男女問わず周りの人間を自分の取り巻きにしてる。なら、昨日お前にも、その力を使ったんじゃないのか? その方がお前を操りやすくなるだろ?」
「……!」
昨日のあの会話中に感じた違和感。やっぱりあれは……
もしそうなら、その力が私に効かなかった理由は無効化の力が働いたから?
と、そこまで考えてやはり疑問に思う。
だから何故ルシアンには効いていないの?
(耐性は無いと言っていたし……おかしくない?)
ルシアンからもっと話を聞きたかったけれど、自分のこの力の説明をするのも厄介なのでこれ以上はと断念する。
こうして2人で色々頭を悩ませたけれど、結局答えは出なかった。
31
お気に入りに追加
2,962
あなたにおすすめの小説
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした
アルト
ファンタジー
今から七年前。
婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。
そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。
そして現在。
『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。
彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。
神託の聖女様~偽義妹を置き去りにすることにしました
青の雀
恋愛
半年前に両親を亡くした公爵令嬢のバレンシアは、相続権を王位から認められ、晴れて公爵位を叙勲されることになった。
それから半年後、突如現れた義妹と称する女に王太子殿下との婚約まで奪われることになったため、怒りに任せて家出をするはずが、公爵家の使用人もろとも家を出ることに……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
滅びた国の姫は元婚約者の幸せを願う
咲宮
恋愛
世界で唯一魔法が使える国エルフィールドは他国の侵略により滅ぼされた。魔法使いをこの世から消そうと残党狩りを行った結果、国のほとんどが命を落としてしまう。
そんな中生き残ってしまった王女ロゼルヴィア。
数年の葛藤を経てシュイナ・アトリスタとして第二の人生を送ることを決意する。
平穏な日々に慣れていく中、自分以外にも生き残りがいることを知る。だが、どうやらもう一人の生き残りである女性は、元婚約者の新たな恋路を邪魔しているようで───。
これは、お世話になった上に恩がある元婚約者の幸せを叶えるために、シュイナが魔法を駆使して尽力する話。
本編完結。番外編更新中。
※溺愛までがかなり長いです。
※誤字脱字のご指摘や感想をよろしければお願いします。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】悪役令嬢の妹ですが幸せは来るのでしょうか?
まるねこ
恋愛
第二王子と結婚予定だった姉がどうやら婚約破棄された。姉の代わりに侯爵家を継ぐため勉強してきたトレニア。姉は良い縁談が望めないとトレニアの婚約者を強請った。婚約者も姉を想っていた…の?
なろう小説、カクヨムにも投稿中。
Copyright©︎2021-まるねこ
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
あなたを愛するつもりはない、と言われたので自由にしたら旦那様が嬉しそうです
あなはにす
恋愛
「あなたを愛するつもりはない」
伯爵令嬢のセリアは、結婚適齢期。家族から、縁談を次から次へと用意されるが、家族のメガネに合わず家族が破談にするような日々を送っている。そんな中で、ずっと続けているピアノ教室で、かつて慕ってくれていたノウェに出会う。ノウェはセリアの変化を感じ取ると、何か考えたようなそぶりをして去っていき、次の日には親から公爵位のノウェから縁談が入ったと言われる。縁談はとんとん拍子で決まるがノウェには「あなたを愛するつもりはない」と言われる。自分が認められる手段であった結婚がうまくいかない中でセリアは自由に過ごすようになっていく。ノウェはそれを喜んでいるようで……?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
元妻は最強聖女 ~愛する夫に会いたい一心で生まれ変わったら、まさかの塩対応でした~
白乃いちじく
恋愛
愛する夫との間に子供が出来た! そんな幸せの絶頂期に私は死んだ。あっけなく。
その私を哀れんで……いや、違う、よくも一人勝手に死にやがったなと、恨み骨髄の戦女神様の助けを借り、死ぬ思いで(死んでたけど)生まれ変わったのに、最愛の夫から、もう愛してないって言われてしまった。
必死こいて生まれ変わった私、馬鹿?
聖女候補なんかに選ばれて、いそいそと元夫がいる場所まで来たけれど、もういいや……。そう思ったけど、ここにいると、お腹いっぱいご飯が食べられるから、できるだけ長居しよう。そう思って居座っていたら、今度は救世主様に祭り上げられました。知らないよ、もう。
***第14回恋愛小説大賞にエントリーしております。応援していただけると嬉しいです***
グランディア様、読まないでくださいっ!〜仮死状態となった令嬢、婚約者の王子にすぐ隣で声に出して日記を読まれる〜
月
恋愛
第三王子、グランディアの婚約者であるティナ。
婚約式が終わってから、殿下との溝は深まるばかり。
そんな時、突然聖女が宮殿に住み始める。
不安になったティナは王妃様に相談するも、「私に任せなさい」とだけ言われなぜかお茶をすすめられる。
お茶を飲んだその日の夜、意識が戻ると仮死状態!?
死んだと思われたティナの日記を、横で読み始めたグランディア。
しかもわざわざ声に出して。
恥ずかしさのあまり、本当に死にそうなティナ。
けれど、グランディアの気持ちが少しずつ分かり……?
※この小説は他サイトでも公開しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる