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  ジョシュアと、甘くて幸せな時間を過ごした夜……


  ───夢を見た。……昔の私の。


  そう、あれはジョシュアがローゼ様と結婚して少し経った頃。
  私に縁談の話が持ち上がった。

  (結婚……かぁ)

  ズキッと私の胸が痛む。
  密かに想っていた彼、ジョシュアは可愛いらしい従妹と結婚してしまった。

「私、何を期待していたのかしら?  バカみたい」

  学院の卒業を控えた頃、ジョシュアに抱きとめられて助けられた事があった。
  あの時、私を見るジョシュアには熱があったように勝手に感じてしまい、つい気持ちが溢れそうになった。
  
  (恥ずかしくて逃げてしまったけど)

  だから、ずっとずっと後悔していた。
  あの時、もっと私に勇気があったなら。
  意気地無しなんかじゃ無かったなら。
  「好きです」と口にしていたら───

  そうしたら、ジョシュアと今も一緒にいられる違う未来が待っていたかもって。

「本当に私はバカ……」



  縁談の話は断るつもりだったけれど、お父様にどうしても一度だけ顔を合わせてくれと言われて会う事になった。
  家柄も年齢もそれなりに釣り合った人だった。でも、私の心は全く動かない。

  ただ、その人が私に話した内容が衝撃的だったので今も忘れられない。
  彼からするとほんの雑談のつもりだったのだろう。

『最近、ハワード公爵令息が結婚した事をご存知ですか?』
『え、ええ……』
『彼は有名ですからね。だけど実は俺、知ってるんです。公爵令息は奥方に嵌められたんですよ』
『───え?』

  その時の私の反応は、今、思い出しても不自然だった。
  けれど、その人は余程その事を誰かに話してみたかったのだと思う。
  様子のおかしい私の事を気にすることも無くその人は続けた。

『彼が従妹と結婚する事になった暴行事件。実はあれ冤罪なんですよーーー』

  正直、自分でもよくその場で卒倒しなかったなと後で思った。

  (冤罪!?  冤罪だと知っていたならどうして名乗り出てジョシュアを助けてくれなかったの!?)

  そう叫びたかった。でもその人はこうも言っていた。
 
『王女殿下が、騒ぎ立ててしまいましたからね。俺も事を荒立てたく無かったんですよ』

  ……と。
  それに今更だ、とその人は言った。
  けれど、ジョシュアはローゼ様に嵌められていた……その事は私の心にずっと残り続ける事になった。



─────……


「……んんっ、眩しっ」

  朝の光で目を覚ました。
  何だか懐かしい夢を……

「ひゃっ!」
「んーー……」

  目を開けると、ジョシュアの顔のドアップだったので思わず小さな悲鳴をあげてしまう。

  (そ、そうだった……昨夜、私達……)

  本当の花嫁になってくれ、そう言われて……ジョシュアは全身フニフニだね、なんて言って笑って……!

  (きゃーーーー)

  ジョシュアはまだ眠っている。
  いつもは私より早く目覚めるのに……
  それだけ、彼も昨夜は体力を消耗したのかもしれない。

「ジョシュア……好きよ、大好き」

  この人の本当のお嫁さんになれたと思うだけで、たまらなく幸せ。

  私はそっとジョシュアの頬に触れる。
  起こしてはいけないと思いつつも止められない。

  フニフニ……

  (好きな人の頬ってずっとこうしていたくなるから不思議よね)

「……ん、ユイ……フェ」
「あ!」

  起こしてしまった?  と、心配するもどうやらこれは寝言らしい。
  夢の中でまで私が登場していると思うとなんだか嬉しくなる。
  そんな気持ちでジョシュアの寝顔を見つめていると、彼が薄ら目を開けた。

「……」
「ジョシュア、おはよう」
「……」

  何故か無言。

「ジョシュア?」
「ユイフェ……僕の可愛い可愛いユイフェ」

  (これは寝ぼけている??)

  いつも、私より早く起きているジョシュアだから新鮮でしょうがない。
  そんな思いでジョシュアを見つめていたら……

「ユイフェ……」

  チュッと、突然唇を奪われる。

「!?」
「ユイフェ……」
「え?  あっ、ジョ……」

  チュッ、チュッ……
  ジョシュアはそのまま口付けを繰り返しながら私の上に覆い被さり……

  寝惚けたジョシュアに朝から襲われた。



────


「……ごめん。完全に寝惚けていました」
「……」
「愛しい愛しいユイフェだと思ったら……その……」

  シュンと項垂れるジョシュアが可愛い。

「ジョシュアって寝惚けてても襲えるの?」
「ユイフェだからだ!  ユイフェだから。それと昨夜の名残が………うぅ……」
「!」

  (改めて昨夜の事を言われると照れるわ……)

「ユイフェ、僕の花嫁」

  ジョシュアがギュッと私を抱きしめる。その温もりが嬉しくて幸せで私も抱きしめ返す。
  そして顔を見合わせると、どちらからともなくそっと私達の唇が重なった。



────

  ちょっと遅めの朝食を終えた後、ジョシュアが話がある、と言うのでリビングに向かった。
  ソファの隣同士で腰掛けるとすかさずジョシュアの手が私の頬に伸びる。

  スリスリ……フニッ

「話……なんだが。ユイフェ……その、聞いても良いだろうか?」
「なにかしら?」

  フニフニ……

「……巻き戻り前の話だ」
「え?」
「ユイフェに記憶があると分かってから考えていた」
「?」

  スリスリスリ……

「すまない、ユイフェ。辛いことを聞く。巻き戻る前……君は僕と同じ様に命を落としたんじゃないだろうか?」
「……!」

  ジョシュアのスリスリしていた手が止まる。
  私の表情で全て察したらしい。

「…………ローゼか?」
「……」

  私は静かに頷く。
  それを見たジョシュアが苦痛な表情になる。

「僕を刺した後、ユイフェにまで……」
「ジョシュアしか目に入っていなくて油断していたの。良く考えればジョシュアは刺されてすぐの状態だったのだから、近くに犯人がいるかもしれないって警戒するべきだったのに」
「……あの状態でそんな冷静でいるのは無理だろう?」
「そうね……でも、そう思わずにはいられないの」

  私達は互いに見つめ合う。

「ローゼはやっぱり許せないな」
「ジョシュア……」

  ジョシュアはそう言って優しく私を抱きしめた。




  それから数日後。
  ローゼ様の処分決定の連絡があったその日。
  エイドリアンさんが書いたローゼ様の記事も発売された───
 
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