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しおりを挟む「ユイフェ。これまで理由は聞かずにいたけれど君が僕に“契約結婚”の話を持ちかけたのは何故?」
「っ!」
その言葉に身体が震えた。
私を抱きしめているジョシュアにもその震えは伝わったと思う。
「……今、僕が思っている事が確かなら、その話を持ちかけて来た日が“あの日”。王女殿下の誕生日パーティーの日だった事にも意味があるよね」
「……」
「ユイフェはあの時、僕が万が一にも裏庭に行ってしまって、うたた寝をしないようにと思って話しかけて来たんじゃないか?」
(……あぁ、やっぱり、やっぱりだわ)
またしても思う。
私、どうしてここまでずっと気付かなかったの? どうして“自分だけ”と思ってしまったの? と。
「ジョシュアの運命を……変えたかったの」
私はギュッとジョシュアに抱きつく。
今、まっすぐ彼の顔を見れる気がしない。
「あの日、ジョシュアがうたた寝さえしなければ。ジョシュアがローゼ様じゃない人と先に結婚していれば。そうすればジョシュアの運命は……あなたの死の運命は変わる、そう思ったの」
「……ユイフェ」
「それに、何より一番近くであなたを守りたかったの。未来を知っている私が側にいれば絶対にあなたを守れると思ったから」
「……」
「せめて、あなたが死んでしまうまでの1年間だけでも……と。だからジョシュア、あなたからの愛は要らな──」
「ユイフェ!」
ジョシュアが私の名前を叫びながら私の両肩を掴んだ。
(あ……)
私達の目が合う。ジョシュアの私を見つめる瞳は真剣そのもので逸らせない。
「……っ」
「ユイフェ、お願いだ」
「お、願い?」
ジョシュアは少し切なそうな表情を浮かべると言った。
「“愛は要らない”なんて言わないでくれ! 僕は……ユイフェの事を愛してる」
(────え?)
その言葉に驚いて目を丸くした瞬間、私の唇にフニッとした柔らかいモノが触れた。
「……!?」
(これって、唇への……え!?)
「さっきも言った。僕はユイフェの事が大好きだ。それは学院に通っていたあの頃から……ローゼの罠にかかった後も、だ。そして、もちろん、やり直している今も」
「ジョ、シュア……?」
「ずっとずっと僕の心の中にいるのはいつだってユイフェだけなんだ」
「!」
ジョシュアが唇を離すとそんなとんでもない事を言う。
驚いたままの私は何も言葉を発せない。
「ユイフェ。君はもう僕の妻だ」
「え……ええ、そうね」
「僕は初めから“契約結婚”なんてしたつもりは無いんだよ? 一度死んで人生やり直しの機会を与えられたらずっとずっと好きだった子と結婚出来た、ただの幸せな男だ」
「!!」
チュッ
もう一度、唇を奪われる。
「ユイフェ、お願いだ。ゆっくりでも構わない。僕を愛してくれないか?」
「……え?」
「ユイフェは優しいから、大事な友人だった僕があんな死に方をしたせいで……死に目に居合わせてしまったから未来を変えようとしてくれたんだろう? 今世の君が得られるはずの幸せを捨ててまで。だけど僕は……」
(大事な友人……?)
ジョシュアは何処か勘違いをしている。
何で私がジョシュアの未来を変えようとしていた事がそういう意味に?
──私が“あなたからの愛は望まない……要らない”そう言ったから?
「ジョシュア! 違う、違うわ」
「……?」
私は不思議そうな顔をしたジョシュアに向かって自分の顔を近付ける。
そして、チュッと自分から彼の唇に自分の唇を重ねた。
「……」
「……」
「……ユイ、フェ?」
そっと、唇を離すとそこにはポカンと真っ赤になったジョシュアの顔。
その顔がとても可愛かったので私は思わず笑みが溢れた。
「違うのよ、ジョシュア。私は……ううん、私もあなたの事が大好きだから、未来を変えたいと思ったの」
「……え?」
「私が契約結婚を申し出た時、ジョシュアは言ったわ。“ユイフェも公爵夫人になりたかったのか”って」
「……でも、ユイフェは違うと言った。僕と結婚する事で他に欲しいものがあると」
その言葉に私はにっこり笑う。
「そうよ。私が欲しかったのは、ジョシュア。あなたが生きている未来。私の大好きな人が幸せに生きて行く未来だったのよ」
ジョシュアの目が大きく見開かれる。
「大好きな……って僕? 僕が幸せに生きて行く未来……?」
「ええ。好きな人の幸せを願う事って不思議でも何でもないでしょう?」
私はそっと手を伸ばしてジョシュアの頬に触れる。
そして、彼の頬を……
スリスリ……フニッ
「ユイ、フェ?」
「……スリスリやフニフニは……あ、愛を伝えるもので、こ、こうするのは愛を返す……という意味なんでしょう?」
フニフニ……
「大好きよ。ジョシュア」
「っ! ユイフェ!」
スリスリ……フニッ!
すかさずジョシュアからの手が私の頬に伸びて来て彼も同じ事を私にする。
フニフニフニフニ……
「……」
「……」
無言で互いの頬をフニフニする私達。傍から見たらなんて光景だろうと思う。
でも、これはお互いの愛の証。
「ユイフェ」
「はい」
「僕はずっとずっと君の事が大好きだ。今も昔もこれからも」
「ジョシュア……」
そう口にするジョシュアの顔は真剣そのもの。
「だから……」
「だから?」
私が首を傾げながら聞き返すとジョシュアは真っ赤な顔を更に真っ赤にして言う。
「僕の本当の花嫁になってくれ」
「え?」
「……こ、今夜、僕の本当の花嫁に……」
「!!」
それは明らかな夜のお誘い。契約結婚のままではする必要の無かった──……
ボンッと私の顔が赤くなる。
「ははは、真っ赤だ。本当に本当に僕のユイフェは可愛いな」
「ジョシュアだって、真っ赤じゃないの!」
「仕方ないだろ? 僕はこんなに可愛いユイフェの事が好きで好きで好き過ぎるんだから」
「っ!」
(何これ! は、破壊力すごい!)
駄目……身体に力が入らない……
力が抜けそうになる私をジョシュアはすかさず抱きしめる。
「ユイフェ、愛してる。君はもう僕の可愛いお嫁さんだ。この契約に終わりは無いよ。大好きなユイフェとこの先を一緒に生きていく事が君の望んでくれた“僕の幸せ”だから」
(私と一緒に生きる事が、ジョシュアの幸せ……)
そう口にするジョシュアの顔がどんどん迫って来る。
私はドキドキしながらそっと瞳を閉じた。
───程なくして私の唇に再びフニッとした柔らかい感触が降ってくる。
甘い甘い感触に酔いしれながら私は思う。
(夢みたい……知らなかった。“幸せ”ってこういう事を言うのね?)
「ジョシュア……好き」
「うん、僕も……」
チュッ、チュッ……
私は屋敷に着くまでの間、何度も何度も繰り返されるジョシュアからの甘い甘い口付けに翻弄され続けた。
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