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24. (ジョシュア視点)
しおりを挟む──やっぱりこの人だったか。
姿を現した彼を見て僕はそう思った。
「何で分かったって、貴方と会話をするのは初めてですが、僕が結婚してからよく僕とユイフェの居る所に度々、現れていますよね?」
「えぇ!? それも、バレバレだったんですかぁ……?」
「……」
記者の男はがっくり肩を落とす。
この記者は、それまで婚約者もおらず、浮いた噂の無かった僕が突然ユイフェと結婚した事を疑問に思ったらしく、結婚した後くらいから妙に付きまとうようになった。
多分だが“公爵令息の電撃結婚の真実とは!?”みたいな記事を書きたかったのだと思う。
(だけど、最初は僕の可愛いユイフェに気がある男なのかと思って警戒したんだったけかな……)
もし、ユイフェを狙う男なら早急に排除しないと、と思い、公爵家の力を使って何者か調べさせた所、記者だと判明したのでとりあえず半殺しにするのは止めて様子を見る事にした。
(今日の事を思うと泳がせておいて良かったな)
今日、最初にこの記者の存在に気付いたのは、ローゼが最初の接触をして来たすぐ後だった。
妙な視線を感じて辺りを見回すと、この記者の男がバルコニーの影からそっとこちらの様子を窺っていた。一応貴族でもあるこの記者は、今日僕らが参加すると知って追いかけて来た可能性が高い。
──その時に思った。
どうにかしたいのに、中々尻尾を掴ませようとしないローゼ。彼女を追い詰めるのに一番効果的なのは、人前で暴れさせるか第三者にあの卑怯な性格を見せること。
僕の知っている過去の行いを思えば、ローゼは人目が無いと思えば何かしらの冤罪をきせるような真似をしてくるのでは? と。
(……それならば、あの記者は利用出来るかもしれない)
ユイフェを危険に晒す可能性が無いとは言えないが、記者が隠れているバルコニーにローゼをおびき出せれば、彼はきっと全ての目撃者になってくれる。
そして、その記事を書かせて、ローゼの悪行が記事となって皆の知れ渡る所になれば、さすがの侯爵も娘を庇ってはいられまい。
王女にも再度言い聞かせる良い機会かもしれない。
(よし! 今日でカタをつける!)
僕は頭の中で様々なシュミレーションを行った。
そして、ローゼは本当にバルコニーへとやって来て見事に思惑通り動いてくれた。
(さすがに、前に刺された瞬間のあの言葉を聞いた時は動揺したが……まぁ、おかげでだいぶ目が覚めた……)
──
「嘘……でしょう? 見てた、え? 見られてた?」
ローゼが青白い顔をしてガタガタ震え出す。
「こんなはず……こんなはずじゃ無かったのに……」
ローゼの敗因は、僕が巻き戻った過去を記憶していた事だろうな。
まぁ、そもそも何で巻き戻っているのか? という話ではあるが。
かつて冤罪で嵌められた記憶があるからこそ、の話だ。
「ジョシュア……」
可愛い可愛いユイフェは唖然とした顔で僕を見る。
うーん、ユイフェはそんな顔をしていても可愛いな。
だけど、いつまでもこの可愛い顔に見蕩れていては駄目だ。ユイフェにはちゃんと説明しないと!
「ユイフェ、この記者の男は、いつも僕らを追いかけていた記者なんだ」
「……私達……を追いかけていた?」
ユイフェの顔が驚きでいっぱいになる。
僕の言葉を受けて記者の男もおずおずと頭を下げた。
「奥様、申し訳ございません……えっと、ハワード公爵令息様も申し訳ございませんでした……私は記者のエイドリアン・デュテュアと申します……いつもあなた達、次期ハワード公爵夫妻を追いかけていました」
「……」
(当然調べたから知っている。デュテュア男爵家の人間で記者という仕事に就いた変わり者という噂の男だ)
「え? 本当に私とジョシュア……様を?」
ユイフェがそっと聞き返す。
追いかけられていたなんて気持ちのいい話では無いからな。
ユイフェには後でたくさんフォローしておかないと……
「はい。どうしても突然結婚を発表したハワード公爵令息の事が知りたくて。彼の記事は需要がありますので」
「そ、そう……需要……まぁ、そうですわね、それは分かりますわ」
(え? 分かるの?)
ユイフェは何故かすんなり納得したように頷いたけれど、可愛い顔が少しだけ引き攣ったのは、やはり“契約結婚”の事がバレたらどうしよう? という思いからに違いない。
(“契約”だと思っているのはユイフェだけなんだけどなー……)
「ユイフェ……」
僕はそっとユイフェの頬に手を伸ばす。僕の大好きなユイフェの頬。
今日も柔らかい。
スリスリ……
「も、もう! 今はスリスリしている場合ではないでしょう!?」
「ははは、ごめんごめん」
顔を赤くして、ぷりぷり怒り出すユイフェも最高に可愛い。だから、止められないんだ。
(もうさっさとこんな面倒な事は終わらせて早く二人っきりになってもっとユイフェを愛でたいな)
「あぁぁ、私の目の前で! これが噂のやつですか! いつも遠目で見ていたけれど目の前で見れるなんて感動です……いやぁ、本当に“夫婦”なんですねぇ」
記者の男……エイドリアンは目の前で行われたスリスリ攻撃に感動しつつも、しみじみとそう言った。
「……その話は後にして、エイドリアン殿? あなたはそこのローゼが僕らに何を言って何をしたのか見ていましたか?」
うっかり話が逸れそうになったが、今はローゼを追い詰めている最中だった。
僕の質問にエイドリアンは姿勢を正して表情を引き締めると言った。
「……はい。私は全て見ていました」
「全て?」
「はい、そちらの侯爵令嬢が次期ハワード公爵夫妻に対して、失礼な言葉を吐き、そして卑怯な手を使って暴行罪、殺人未遂の容疑をきせようとした事をです。あ、器物破損の罪もありますか。とにかく、これは一記者としてだけでなく、人として到底見過ごせる話ではありません」
エイドリアンのはっきりとしたその口調に、集まっていた人達は騒然となる。
デビッド殿は「器物破損!?」と驚きの声をあげ、他の者たちも「……冤罪なのか!?」「侯爵令嬢が罪を擦り付けようとした!」と皆、それぞれ騒ぎ出す。
そして、その皆の目は当然だがローゼに向けられる。もちろんその視線はとても冷たい。
「……ひっ!」
冷たい視線を向けられたローゼは真っ青な顔のまま小さな声で悲鳴をあげた。
「嘘っ! こんなの嘘よ! ジョシュアお従兄様こそ、わ、私を嵌めようとしているんでしょう? ひ、酷いわ!!」
「何を言っている? ……バルコニーに来たのはローゼの意思だろう?」
「そんな! 私はっ! ──っっ!」
ローゼは反論しようとするも、反論する度に自分に強く向けられる冷たい視線に怯んだ。
「エイドリアン殿、このローゼのした卑劣な行いは記事にしてもらえるだろうか?」
「ええ、ハワード公爵令息様がよろしければ、ですが」
「僕は構わない。他にも提供したい話があるのでそれはまた後で」
僕がにっこり微笑んでそう口にすると、怯えて震えていたローゼがこっちを見て「ま、まさか……」と呟いた。
「そのまさか、だ。先日のお茶会の件も皆に知ってもらわないと駄目だろう?」
「……う、そ……」
ローゼは呆然とした表情を見せた後、そのまま叫び出した。
「何で? どうしてこうなるの!? 私のモノになるはずだったのになってくれなかったお従兄様も、そのお従兄様を奪ったそこの女も……もう邪魔だから消えて欲しかっただけなのに! 何でよ!?」
「……」
ローゼの場合は“消えて欲しかった”が何かの比喩ではないから恐ろしい。
(これも巻戻らなかったら分からなかった事なのだろうな……)
ローゼの言動を甘く見て命を失ってもおかしくは無かっただろう。
「……消えて欲しかった………」
「ユイフェ?」
泣き叫ぶローゼを見ながらユイフェがそう呟いた。
「自分の思い通りにならなかったから、消えて欲しかった? ローゼ様、あなたは本当にそんな思いだけでこんな事をしたの?」
「そうよ! 私の思い通りにならないなら要らないも──」
ローゼがそう叫ぶのと、ユイフェがローゼの元に近付くのはほぼ同時だった。
(え? ユイフェ!?)
そして───……
「甘えないで!!」
パッシーーーーーン!
そう叫んだユイフェによるローゼへの平手打ちが華麗に決まった。
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