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しおりを挟む(眠れない……)
いつもはあの日の悪夢を見るのが怖くて眠るのが怖いのに。
今日は違う。
(ジョシュアの言葉が私の頭の中で何度も何度も繰り返されてしまって眠れない)
「……」
ジョシュアに視線を向けてみるけれど、彼は私の気も知らずにスヤスヤと眠っている。
「……目が冴えてしまって眠れないし、このまま冷やしたタオルを交換でもしようかしら」
どうやらジョシュアに熱があるのは間違いなさそうなので、彼が寝入った後から私は申し訳程度だけど額に濡れタオルを乗せていた。
一晩、様子を見て明日の朝起きても熱があったらお医者様を呼ぶと決めている。
「……大丈夫なのかしら?」
(苦しんでいないのならいいのだけど)
そう思いながら、額のタオルを交換した。
とりあえず寝苦しそうでは無いので安心はしている。
「ねぇ、ジョシュア……さっきのあなた……」
「……」
「もう! えいっ!」
フニッ!
こっちは、ヤキモキさせられているのに、スヤスヤと眠っているジョシュアが、何だか憎たらしくなって私は起こさないようにそっと彼の頬をフニフニした。
「……フェ」
「ん……」
「ユイフェ、朝だよ」
「んー……あさ?」
翌朝、私はジョシュアにそっと起こされた。
「そう、朝」
「……」
私は起き上がり、目を擦る。
(何だっけ? 起きたらしようと思っていた事が……)
「んー? ユイフェ、珍しく今日は寝惚けているのかな? 可愛い。このままだと口付けしちゃうぞ?」
「くち……はっ!」
そこで、ようやく目が覚めた。
「ジョシュア! 熱、熱は大丈夫なの? 下がった!?」
「う、うん? 昨夜も言ったけど、もともと熱なんてあったのかな? とにかく僕は元気だよ」
「……」
いまいちジョシュアの言葉が信じ切れない私は、えいっとジョシュアに顔を近付ける。
「……ユイフェ!?」
私は自分の額をジョシュアの額にくっつける。
ジョシュアは大慌てで、「ユイ……顔、アップ! 可愛……」とか何とか言っているけれど、今はとにかくジョシュアの熱が下がったのかの方が大事!
「確かに熱……下がってる? みたい」
「う、うん、だから大丈夫だって言っ…………あっ」
「?」
けれど、ジョシュアは私が顔を離すと苦笑しながらも何かを言いかけて固まった。
「ジョシュア?」
「……」
「どうしたの? やっぱり具合が悪い?」
「……いや、その、ユイフェの……」
私の?
そこでようやく私は、昨夜、自分からガウンを脱いだ事に気付く。
「あ!」
私は慌てて前を隠そうとするけれど、ジョシュアに止められる。
「……ユイフェ」
「な、な、な、何かしら!?」
「うん……」
動揺する私にジョシュアがそっと手を伸ばして私をギュッと抱きしめた。
「ひゃ!? な、何するの?」
「ユイフェの温もりを感じている」
「……!」
「やっぱり毎晩、この温もりが無いと……駄目だな、うん」
「!」
(ジョシュア~!!)
私が恥ずかしくて顔を真っ赤にすると、ジョシュアは笑いながら「ユイフェは本当に何してても可愛いなあ」って微笑んで頭をナデナデされた。
そんなこんなで、甘い日常を過ごしていた私達だったけれど、その裏でローゼ様は着々と私とジョシュアを引き離す機会を窺っていた。
****
「最近はパーティーが多いわね」
「シーズンだからね、しょうがないよ」
さすが、公爵家! 毎日のように届く沢山のパーティーの招待状の山を見ながら私がそうボヤくとジョシュアは苦笑しながら言った。
「でも、あれだね。あちこちスリフニしながら仲良くしている所をたくさん見せつけて来たからかな? 夫婦での招待が多くなったね」
「そうね」
“一人にはならない”
あの王女殿下のお茶会もどき以降、私達は単独で招待されるパーティーやお茶会は全てお断りして夫婦揃って参加出来るものだけを選ぶようにしている。
ついでにジョシュアが「愛する妻がいない催しには参加しない!」と何時だったかのパーティーで堂々と口にした為、そのパーティーでは久しぶりに令嬢達が泣き崩れている姿まで見た。
(おかげで、色んな目で見られるようになったわ)
嫉妬、羨望……
でも、私がどんな目で見られようともジョシュアに危険が無いのならそれで構わない。
「今日はヴォクシー伯爵家のパーティーか」
馬車の中で本日参加するパーティーの主催者の確認をしていたジョシュアが呟く。
「嫡男のデビッド様は学院で同級生でクラスメートだったわ」
「そうなの?」
「えぇ、懐かしいわね」
特別親しくも何とも無かったけれど、かつてのクラスメートだと思うと懐かしさもあり顔がほころぶ。
「……」
「ジョシュア?」
フニッ……フニ、フニ
「ひゃ、ひゃひふふの!?」
突然のフニフニ攻撃。何故なのかさっぱり分からない。
「面白くない」
「ひゃぇ?」
フニフニ……
「ユイフェが、僕以外の男を思い出してそんな顔をするのは面白くない」
「ヒョヒュヒァ……」
(ま、まさか、嫉妬!?)
フニフニ!
「ひゃっへ? へゃんへゃん、ひひゃひふひゃはっひゃわわ?」
「全然、親しくなかった……そう言われてもやっぱり、うん、面白くない」
「ヒョヒュヒァ……」
フニフニフニ……
いつまでフニってるのよ!
という思いと、よく私の喋っている事を理解出来たわね、という複雑な思いを抱きながら私達はそのパーティーに向かった。
────
私達が揃って会場に入るなり、視線が集中する。
───ハワード公爵家の若夫婦だ!
───あれだろ? 噂の……
男性からは好奇な視線。
───嫌ぁぁ! また? また、アレを見せつけるの?
───私のほっぺ負けてないと思うのにー
───もう、帰りたい……
令嬢達は戦々恐々としているのが伝わって来る。
(随分、有名になったものだわ)
そんな事を考えていたら、
「当家のパーティーへようこそ」
噂の嫡男、デビッド様が挨拶に現れた。
「あぁ、ヴォクシー伯爵令息、デビッド殿。本日はお邪魔するよ」
「ええ、ごゆっくりお過ごしください」
私達がそんな挨拶を交わしていると、デビッド様はチラッと視線を私に向ける。
「あぁ、そう言えばご存知でしたか? 私と奥方は学院でクラスメートだったんですよ。久しぶり、ユイフェ嬢……あ、もう、夫人と呼ばないといけないかな?」
「……ええ。妻から聞いています。ただのクラスメートの一人だったと」
グイッと私の腰に手を回して引き寄せると、私が何かを口にするより前にジョシュアが応えた。
「へぇ、これはこれは……噂に違わず仲の良い夫婦ですね?」
「まだまだ、新婚ですので」
「それはそれは羨ましい。私はまだ独りなのでね」
ハハハ、とデビッド様が笑ったその時だった。
「……ジョシュアお従兄様!」
出来れば今後も聞きたくなかった聞き覚えのある声が、会場の入口から聞こえて来た。
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