上 下
14 / 28

14. (ジョシュア視点)

しおりを挟む


「“貴女のように大して可愛くも綺麗でもないそんな平凡な顔でも……傷物になればさすがのジョシュアお従兄様も貴女なんて要らないって言うわよね?”と来たか……」

  馬車の中ではずーっとスリスリとフニフニをしてしまっていたので、屋敷に戻った後、やっとユイフェからローゼが何をしようとしたのかを聞き出した。
  何があったのかを一通り話してくれたユイフェは気を張り過ぎて疲れていたのかそのまま可愛い顔でスヤスヤ眠っている。

「ユイフェ……」

  スリ……

  (天使だ。毎晩思っているがやはり天使の寝顔……)

  眠っている可愛いユイフェを起こしてはいけないと思いつつも、彼女の頬にそっと触れる。
  ユイフェの事は全て愛おしいと思っているが、最近はこの頬も愛おしすぎて前にするとどうしても触れずにはいられない。

「……愛してるよ」

  この言葉を早くユイフェに伝えたいのに伝えられない。
  何故なら、ユイフェが「愛を要らない」と言ったから。
  

──


『私と1年だけ結婚して?  愛は要らないから!』
『───は?』
 
  あのしかない王女の誕生日パーティーの日。
  ずっと好きだった人ユイフェがそんな事を口にして僕の前に現れた。
  ユイフェの姿を見るのはあの記憶以来。

『私と結婚して欲しいの。契約結婚?  になるけれど』

  突然の話に驚いた僕はその場に固まる事しか出来なかった。

   (ユイフェは何を言い出したんだ?)

  ……僕が見間違えるはずは無いけれど目の前の彼女はユイフェで間違いないよな?

  最期の記憶より1年前となるユイフェの姿はまだどこか幼い。
  と言っても最期の記憶に残るユイフェの姿は……自分の意識が朦朧としていたからか薄らとしたものなのだが。

  とりあえず、本物のユイフェだと確認が取れた所で彼女に訊ねる。

『では、ユイフェ、君は自分が何を言っているのか分かっているのか?』
『もちろんよ、ジョシュア。あなたにプロポーズ……いえ、契約の結婚をお願いしているわ』
『……』

  (何故、契約結婚?)

  僕は頭を抱える事しか出来なかった。
  でも、ユイフェの顔は本当に真剣でからかっているわけではない。何より彼女はそんな人をからかうような事をする人では無い。
  “きっと何か理由があるに違いない”そう思った。

  (それに……)

  どんな理由であれユイフェと結婚出来る。
  ユイフェが僕のお嫁さんになるだと!?  ……そんなの想像するだけで頬が緩みそうになる。
  それは昔、微かに望んだ時もあったけれど、叶わなくなった未来……それが今度は手に出来る?

  そう思ったら断る理由なんて浮かばなかった。

  (今日のパーティーは過去と同じ過ちを起こさないとは決めていたが……ユイフェと接触する予定はまだ無かったのに)

  だが、今、僕の目の前にいるのはユイフェだ。  
  ユイフェが何故か僕に結婚を迫っている!  (契約だけど!)
 
『……分かった。その話、受ける事にする』



  ユイフェが僕の妻になるという事が待ち切れなかった僕は、パーティーも何もかもすっ飛ばして如何にこの結婚を早めるかに全力を注ぐ事にした。

  (最短で婚姻する!  他の令嬢や特に……ローゼが邪魔しないとも限らないしな)



  ───僕には一度死んだ記憶がある。


  従妹のローゼと街の裏通りで揉めた。
  あれはいつものようにローゼが癇癪を起こした結果だ。
  買い物に付き合ってくれと言われて付き添った。そんなあの日もローゼは逆上して僕を突然責め出した。

「せっかくあなたと結婚出来たのに、どうしてなの!?」
「落ち着け、ローゼ。何をそんなに興奮しているんだ」
「“ユイフェ”ってどこの誰!?  浮気をしていたの!?  だから私に触れないの!?」
「なっ!?」

  (ずっと好きだった人ユイフェの名前が出た事に動揺したのがいけなかった)

  ローゼはもちろん、僕とユイフェが学院時代に密かな逢瀬を繰り返していた事を知っている者は殆どいないはずなのに。
  ましてや、僕がそのユイフェに恋心を抱いていた事だって誰にも話していないのに。

「……!  動揺したわね?  やっぱりその女のせいであなたは私に……」
「ふざけるな!  ローゼ、君は自分のした事を忘れたのか!?」
「……何の事かしら?」
「いい加減にしろ!」

  ローゼは、自分が僕にした事をあくまでもすっとぼけるつもりらしい。
  こっちはあの日から悪夢しか見れていないと言うのに。

「ふ、ふふ、ふふふ!  もういいわ!  せっかく苦労してあなたを手に入れられたと思ったのに」
「……?」

  ローゼは急に狂ったように笑い出した。

「全てが私のモノにならないお従兄様なんて……あなたなんて要らない」
「!?」

  ローゼのその言葉の後はあまり覚えていない。

  ただ、焼けるような痛みで自分がローゼに刺された……その事だけは分かった。
  どこに凶器を隠し持っていたのか、とか、何故、“ユイフェ”の事がローゼの口から出て来たのだろう、とかそんな事ばかり考えていた気がする。

「夜這いをかけようと夜、あなたの部屋に忍び込んでみれば、寝言で毎日のように“ユイフェ”とばかり呟いていたわ!  どうして私を愛してくれないの?  何の為にあなたを陥れて結婚まで漕ぎ着けたのか分からないじゃないの!」

  薄れゆく意識の中で、ローゼからそんな言葉を聞いた気がする。

  (寝言?  ……あぁ、僕は無意識にそんな事を……口走って……)

  だって、ずっと好きだったんだ……ユイフェの事が。
  その気持ちを伝える前に、あの日、ローゼに嵌められた僕は永遠にその言葉を口にする機会を失ってしまったけれど……

  倒れた僕を置いて足早にその場から逃げていくローゼの足音と入れ替わるように誰かが近付いて来る足音がした。

  (……誰、だ?)

「……え?  ジョシュア……?」

  (!?)

  これは僕の作りだした幻だろうか?
  ユイフェの声がする……

「嘘!  嘘でしょう!?  何で!?  だ、誰か……誰かいないの!?」

  そう言ってその人が駆け寄ってくる気配がする。
  僕が間違えるはずが無い。これはどう聞いてもユイフェの声───

「ジョシュア!  しっかりして!」
「ユイ……フェ?」

  最後の力を振り絞って声を出したけれどそれ以上は言葉に出来そうにない。
  久しぶりに会えたのに、それがこんな泣きじゃくる姿の君だなんてな。
  僕のこんな姿を見せられて笑顔なんか無理だと分かっていても、どうせなら最期に見るのはユイフェの笑顔が良かった……

「どうしたの?  何があったの!?」
「……フェ……」

  (ユイフェ、笑って?  僕は君の笑顔が───……)

  そこで僕の意識は失くなった。

  もちろん、その後の事は知らない。
  ただ、次に目を覚ましたら一年前に時が戻っていた。それだけだ。
  それも、僕がローゼと結婚せざるを得なくなったあの王女の誕生日パーティー当日の朝だった。

  目が覚めて時が戻っている事に気付き、そして今日があのパーティーの日だと知った僕は思った。

  (まさか、これはやり直すチャンスを貰えたのか……?)

  好きでもないローゼと結婚する未来を回避して、本当に好きな人であるユイフェに想いを伝える事を許されるチャンスが……?

  (それなら、まずはローゼとの結婚を回避する所からだ!)

  そうして僕の二度目の人生が始まったんだ。
  
しおりを挟む
感想 138

あなたにおすすめの小説

【完結】殿下は私を溺愛してくれますが、あなたの“真実の愛”の相手は私ではありません

Rohdea
恋愛
──私は“彼女”の身代わり。 彼が今も愛しているのは亡くなった元婚約者の王女様だけだから──…… 公爵令嬢のユディットは、王太子バーナードの婚約者。 しかし、それは殿下の婚約者だった隣国の王女が亡くなってしまい、 国内の令嬢の中から一番身分が高い……それだけの理由で新たに選ばれただけ。 バーナード殿下はユディットの事をいつも優しく、大切にしてくれる。 だけど、その度にユディットの心は苦しくなっていく。 こんな自分が彼の婚約者でいていいのか。 自分のような理由で互いの気持ちを無視して決められた婚約者は、 バーナードが再び心惹かれる“真実の愛”の相手を見つける邪魔になっているだけなのでは? そんな心揺れる日々の中、 二人の前に、亡くなった王女とそっくりの女性が現れる。 実は、王女は襲撃の日、こっそり逃がされていて実は生きている…… なんて噂もあって────

【完結】初恋の彼が忘れられないまま王太子妃の最有力候補になっていた私は、今日もその彼に憎まれ嫌われています

Rohdea
恋愛
───私はかつてとっても大切で一生分とも思える恋をした。 その恋は、あの日……私のせいでボロボロに砕け壊れてしまったけれど。 だけど、あなたが私を憎みどんなに嫌っていても、それでも私はあなたの事が忘れられなかった── 公爵令嬢のエリーシャは、 この国の王太子、アラン殿下の婚約者となる未来の王太子妃の最有力候補と呼ばれていた。 エリーシャが婚約者候補の1人に選ばれてから、3年。 ようやく、ようやく殿下の婚約者……つまり未来の王太子妃が決定する時がやって来た。 (やっと、この日が……!) 待ちに待った発表の時! あの日から長かった。でも、これで私は……やっと解放される。 憎まれ嫌われてしまったけれど、 これからは“彼”への想いを胸に秘めてひっそりと生きて行こう。 …………そう思っていたのに。 とある“冤罪”を着せられたせいで、 ひっそりどころか再び“彼”との関わりが増えていく事に──

【完結】今更、好きだと言われても困ります……不仲な幼馴染が夫になりまして!

Rohdea
恋愛
──私の事を嫌いだと最初に言ったのはあなたなのに! 婚約者の王子からある日突然、婚約破棄をされてしまった、 侯爵令嬢のオリヴィア。 次の嫁ぎ先なんて絶対に見つからないと思っていたのに、何故かすぐに婚約の話が舞い込んで来て、 あれよあれよとそのまま結婚する事に…… しかし、なんとその結婚相手は、ある日を境に突然冷たくされ、そのまま疎遠になっていた不仲な幼馴染の侯爵令息ヒューズだった。 「俺はお前を愛してなどいない!」 「そんな事は昔から知っているわ!」 しかし、初夜でそう宣言したはずのヒューズの様子は何故かどんどんおかしくなっていく…… そして、婚約者だった王子の様子も……?

【完結】そんなに好きならもっと早く言って下さい! 今更、遅いです! と口にした後、婚約者から逃げてみまして

Rohdea
恋愛
──婚約者の王太子殿下に暴言?を吐いた後、彼から逃げ出す事にしたのですが。 公爵令嬢のリスティは、幼い頃からこの国の王子、ルフェルウス殿下の婚約者となるに違いない。 周囲にそう期待されて育って来た。 だけど、当のリスティは王族に関するとある不満からそんなのは嫌だ! と常々思っていた。 そんなある日、 殿下の婚約者候補となる令嬢達を集めたお茶会で初めてルフェルウス殿下と出会うリスティ。 決して良い出会いでは無かったのに、リスティはそのまま婚約者に選ばれてしまう── 婚約後、殿下から向けられる態度や行動の意味が分からず困惑する日々を送っていたリスティは、どうにか殿下と婚約破棄は出来ないかと模索するも、気づけば婚約して1年が経っていた。 しかし、ちょうどその頃に入学した学園で、ピンク色の髪の毛が特徴の男爵令嬢が現れた事で、 リスティの気持ちも運命も大きく変わる事に…… ※先日、完結した、 『そんなに嫌いなら婚約破棄して下さい! と口にした後、婚約者が記憶喪失になりまして』 に出て来た王太子殿下と、その婚約者のお話です。

【完結】名ばかり婚約者だった王子様、実は私の事を愛していたらしい ~全て奪われ何もかも失って死に戻ってみたら~

Rohdea
恋愛
───私は名前も居場所も全てを奪われ失い、そして、死んだはず……なのに!? 公爵令嬢のドロレスは、両親から愛され幸せな生活を送っていた。 そんなドロレスのたった一つの不満は婚約者の王子様。 王家と家の約束で生まれた時から婚約が決定していたその王子、アレクサンドルは、 人前にも現れない、ドロレスと会わない、何もしてくれない名ばかり婚約者となっていた。 そんなある日、両親が事故で帰らぬ人となり、 父の弟、叔父一家が公爵家にやって来た事でドロレスの生活は一変し、最期は殺されてしまう。 ───しかし、死んだはずのドロレスが目を覚ますと、何故か殺される前の過去に戻っていた。 (残された時間は少ないけれど、今度は殺されたりなんかしない!) 過去に戻ったドロレスは、 両親が親しみを込めて呼んでくれていた愛称“ローラ”を名乗り、 未来を変えて今度は殺されたりしないよう生きていく事を決意する。 そして、そんなドロレス改め“ローラ”を助けてくれたのは、名ばかり婚約者だった王子アレクサンドル……!?

そう言うと思ってた

mios
恋愛
公爵令息のアランは馬鹿ではない。ちゃんとわかっていた。自分が夢中になっているアナスタシアが自分をそれほど好きでないことも、自分の婚約者であるカリナが自分を愛していることも。 ※いつものように視点がバラバラします。

君はずっと、その目を閉ざしていればいい

瀬月 ゆな
恋愛
 石畳の間に咲く小さな花を見た彼女が、その愛らしい顔を悲しそうに歪めて「儚くて綺麗ね」とそっと呟く。  一体何が儚くて綺麗なのか。  彼女が感じた想いを少しでも知りたくて、僕は目の前でその花を笑顔で踏みにじった。 「――ああ。本当に、儚いね」 兄の婚約者に横恋慕する第二王子の歪んだ恋の話。主人公の恋が成就することはありません。 また、作中に気分の悪くなるような描写が少しあります。ご注意下さい。 小説家になろう様でも公開しています。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

処理中です...