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14. (ジョシュア視点)
しおりを挟む「“貴女のように大して可愛くも綺麗でもないそんな平凡な顔でも……傷物になればさすがのジョシュアお従兄様も貴女なんて要らないって言うわよね?”と来たか……」
馬車の中ではずーっとスリスリとフニフニをしてしまっていたので、屋敷に戻った後、やっとユイフェからローゼが何をしようとしたのかを聞き出した。
何があったのかを一通り話してくれたユイフェは気を張り過ぎて疲れていたのかそのまま可愛い顔でスヤスヤ眠っている。
「ユイフェ……」
スリ……
(天使だ。毎晩思っているがやはり天使の寝顔……)
眠っている可愛いユイフェを起こしてはいけないと思いつつも、彼女の頬にそっと触れる。
ユイフェの事は全て愛おしいと思っているが、最近はこの頬も愛おしすぎて前にするとどうしても触れずにはいられない。
「……愛してるよ」
この言葉を早くユイフェに伝えたいのに伝えられない。
何故なら、ユイフェが「愛を要らない」と言ったから。
──
『私と1年だけ結婚して? 愛は要らないから!』
『───は?』
あの忌まわしい記憶しかない王女の誕生日パーティーの日。
ずっと好きだった人がそんな事を口にして僕の前に現れた。
ユイフェの姿を見るのはあの最期の泣き叫んでいた記憶以来。
『私と結婚して欲しいの。契約結婚? になるけれど』
突然の話に驚いた僕はその場に固まる事しか出来なかった。
(ユイフェは何を言い出したんだ?)
……僕が見間違えるはずは無いけれど目の前の彼女はユイフェで間違いないよな?
最期の記憶より1年前となるユイフェの姿はまだどこか幼い。
と言っても最期の記憶に残るユイフェの姿は……自分の意識が朦朧としていたからか薄らとしたものなのだが。
とりあえず、本物のユイフェだと確認が取れた所で彼女に訊ねる。
『では、ユイフェ、君は自分が何を言っているのか分かっているのか?』
『もちろんよ、ジョシュア。あなたにプロポーズ……いえ、契約の結婚をお願いしているわ』
『……』
(何故、契約結婚?)
僕は頭を抱える事しか出来なかった。
でも、ユイフェの顔は本当に真剣でからかっているわけではない。何より彼女はそんな人をからかうような事をする人では無い。
“きっと何か理由があるに違いない”そう思った。
(それに……)
どんな理由であれユイフェと結婚出来る。
ユイフェが僕のお嫁さんになるだと!? ……そんなの想像するだけで頬が緩みそうになる。
それは昔、微かに望んだ時もあったけれど、叶わなくなった未来……それが今度は手に出来る?
そう思ったら断る理由なんて浮かばなかった。
(今日のパーティーは過去と同じ過ちを起こさないとは決めていたが……ユイフェと接触する予定はまだ無かったのに)
だが、今、僕の目の前にいるのはユイフェだ。
ユイフェが何故か僕に結婚を迫っている! (契約だけど!)
『……分かった。その話、受ける事にする』
ユイフェが僕の妻になるという事が待ち切れなかった僕は、パーティーも何もかもすっ飛ばして如何にこの結婚を早めるかに全力を注ぐ事にした。
(最短で婚姻する! 他の令嬢や特に……ローゼが邪魔しないとも限らないしな)
───僕には一度死んだ記憶がある。
妻だった従妹のローゼと街の裏通りで揉めた。
あれはいつものようにローゼが癇癪を起こした結果だ。
買い物に付き合ってくれと言われて付き添った。そんなあの日もローゼは逆上して僕を突然責め出した。
「せっかくあなたと結婚出来たのに、どうしてなの!?」
「落ち着け、ローゼ。何をそんなに興奮しているんだ」
「“ユイフェ”ってどこの誰!? 浮気をしていたの!? だから私に触れないの!?」
「なっ!?」
(ずっと好きだった人の名前が出た事に動揺したのがいけなかった)
ローゼはもちろん、僕とユイフェが学院時代に密かな逢瀬を繰り返していた事を知っている者は殆どいないはずなのに。
ましてや、僕がそのユイフェに恋心を抱いていた事だって誰にも話していないのに。
「……! 動揺したわね? やっぱりその女のせいであなたは私に……」
「ふざけるな! ローゼ、君は自分のした事を忘れたのか!?」
「……何の事かしら?」
「いい加減にしろ!」
ローゼは、自分が僕にした事をあくまでもすっとぼけるつもりらしい。
こっちはあの日から悪夢しか見れていないと言うのに。
「ふ、ふふ、ふふふ! もういいわ! せっかく苦労してあなたを手に入れられたと思ったのに」
「……?」
ローゼは急に狂ったように笑い出した。
「全てが私のモノにならないお従兄様なんて……あなたなんて要らない」
「!?」
ローゼのその言葉の後はあまり覚えていない。
ただ、焼けるような痛みで自分がローゼに刺された……その事だけは分かった。
どこに凶器を隠し持っていたのか、とか、何故、“ユイフェ”の事がローゼの口から出て来たのだろう、とかそんな事ばかり考えていた気がする。
「夜這いをかけようと夜、あなたの部屋に忍び込んでみれば、寝言で毎日のように“ユイフェ”とばかり呟いていたわ! どうして私を愛してくれないの? 何の為にあなたを陥れて結婚まで漕ぎ着けたのか分からないじゃないの!」
薄れゆく意識の中で、ローゼからそんな言葉を聞いた気がする。
(寝言? ……あぁ、僕は無意識にそんな事を……口走って……)
だって、ずっと好きだったんだ……ユイフェの事が。
その気持ちを伝える前に、あの日、ローゼに嵌められた僕は永遠にその言葉を口にする機会を失ってしまったけれど……
倒れた僕を置いて足早にその場から逃げていくローゼの足音と入れ替わるように誰かが近付いて来る足音がした。
(……誰、だ?)
「……え? ジョシュア……?」
(!?)
これは僕の作りだした幻だろうか?
ユイフェの声がする……
「嘘! 嘘でしょう!? 何で!? だ、誰か……誰かいないの!?」
そう言ってその人が駆け寄ってくる気配がする。
僕が間違えるはずが無い。これはどう聞いてもユイフェの声───
「ジョシュア! しっかりして!」
「ユイ……フェ?」
最後の力を振り絞って声を出したけれどそれ以上は言葉に出来そうにない。
久しぶりに会えたのに、それがこんな泣きじゃくる姿の君だなんてな。
僕のこんな姿を見せられて笑顔なんか無理だと分かっていても、どうせなら最期に見るのはユイフェの笑顔が良かった……
「どうしたの? 何があったの!?」
「……フェ……」
(ユイフェ、笑って? 僕は君の笑顔が───……)
そこで僕の意識は失くなった。
もちろん、その後の事は知らない。
ただ、次に目を覚ましたら一年前に時が戻っていた。それだけだ。
それも、僕がローゼと結婚せざるを得なくなったあの王女の誕生日パーティー当日の朝だった。
目が覚めて時が戻っている事に気付き、そして今日があのパーティーの日だと知った僕は思った。
(まさか、これはやり直すチャンスを貰えたのか……?)
好きでもないローゼと結婚する未来を回避して、本当に好きな人であるユイフェに想いを伝える事を許されるチャンスが……?
(それなら、まずはローゼとの結婚を回避する所からだ!)
そうして僕の二度目の人生が始まったんだ。
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