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  ジョシュアは冷たい言葉を言ってローゼ様の事を睨んでいるけれど私は思う。

  (ジョシュア……私が言うのも変だけど、人の頬をスリスリしながら言う事ではないと思うの。き、緊張感が……)

  スリスリスリ……

  でも、ジョシュアの私の頬をスリスリする手は止まる気配は無かった。
  そんなジョシュアの様子に一瞬怯んだローゼ様も気持ちを立て直す。

「い、いつまでやっているのよ……!  お、お従兄様!  私、聞きたかったの。お従兄様は私をお嫁さんにしてくれるのではなかったの?  何で、そこのおん……ユイフェ様と結婚してしまったの?」
「お嫁さん?  何の話だ?」

  ジョシュアが不快そうな顔つきになった。
  ローゼ様は気にせず続ける。

「小さい頃、私がお嫁さんにしてと言ったらー……」
「あぁ、あれか。僕は“大きくなったら考える”と言ったのであって、ローゼ、君をお嫁さんにするとは言っていない」
「え?  そんな……嘘でしょう?」

  ローゼ様はショックを受けたのかその場でフラフラとよろめく。

「…………そうか、だからあの日、ローゼは……」

  そんなローゼ様の様子を見たジョシュアが何かを考え込み、凄く小さな声で何かを呟いた。

「ジョシュア、どうかしたの?  今なんて?」
「いや、何でもないよ。さぁ、ユイフェ帰ろう。こんな所にはあともう1秒だって君がいる必要は無い」
「え?」

  そう言ってジョシュアが私を抱き抱える。

「ジョ、ジョシュア!?」
「さぁ、ユイフェ。帰るよ、僕達の家に」
「!」

  その言葉に胸がトクンと高鳴った。

  (僕達の家──……ふ、夫婦みたい……偽物なんかではなく、本物の──……)

  そう思ったら、私はギュッとジョシュアの首に自分の腕を回していた。

「ユイフェ……」
「……」

  (見ないで。私の顔は絶対に今、真っ赤だから)

  ジョシュアがちょっと驚いた顔で私を見るけれど、私は恥ずかしくてジョシュアの顔が見れない。
  そんな私達をローゼ様は呆然とした顔で見つめて「何で、何で?  どうして?」と同じ言葉ばかりを繰り返していた。

「はは、ユイフェは可愛いな。本当に本当に可愛い」

  チュッ!

「ん……」

  ジョシュアの口付けが額に降って来る。
  言葉も口付けも、全てが甘くてドキドキした。

「ユイフェ、ここで何があったかは後でゆっくり聞くよ」
「ジョシュア……」

  誰も何も言っていないのに“何か”があったと分かるの?

  ジョシュアのその言葉が聞こえたのか、ローゼ様の顔がますます青ざめる。
  そして、ジョシュアを引き止めるように手を伸ばして叫ぶ。

「え!  やだ、違うの、お従兄様!!」
「ローゼ。君がそんなに狼狽えるという事は、何かしましたと自分で白状しているようなものだよ」
「あ……」

  ローゼ様の伸ばした手が虚しく空中を彷徨う。

「僕は、可愛い可愛い妻のユイフェを傷付ける人は絶対に許さない。そう。それが例え身内であっても。そして……王族であってもね」

  そう言ってジョシュアは王女殿下の方へと視線を向ける。
  殿下はずっと私達の様子を見ていたらしく、ビクッと身体を震わせた。
  婚約者のエンディン様は隣にいるだけで何も言わない。
  ジョシュアはそんな王女殿下に向かっても冷たい声で言う。

「王女殿下。二度とこんな事はしないでもらいたいですね」
「……」
「あなたとローゼが懇意にしていた事を。そうでないと、今頃、僕の可愛い可愛い妻のユイフェがどうなっていた事か……」
「……」

  殿下は下を向いたまま答えない。

「まぁ、いいです……続きはエンディン殿にたくさん叱られるといい。あなたにはそれが堪えるでしょうからね」
「っっ!」

  殿下はますます身体を震わせる。
  それは公爵様に叱られる事に怯えているように見えた。

「自業自得ですよ、殿下。あなたがご自分で招いた種だ」
「……っ」
「エンディン殿も付き合ってくれてありがとうございました」
「いや。殿下の事はとりあえずお任せを」
「そうですね、よろしくお願いします」

  真っ青なローゼ様、下を向いたまま言葉すら発しない殿下をひと睨みして、ジョシュアは最後に言う。

「ちなみに、可愛い可愛い妻を休ませたいので今はこれで帰りますが、今日の事はハワード公爵家の次期当主として、正式に抗議するつもりなので。では!」

  ジョシュアはそう言い残して私を抱えたまま部屋を出た。





「ユイフェ、大丈夫?」
「……え?」

  王宮の廊下を移動している最中に、一旦足を止めたジョシュアが心配そうに私の顔を覗き込む。

「いや……僕にこんな風に抱えられてユイフェが暴れないなんて……よっぽどの事があったのかな、と」
「あ、暴れるですって!?」

  私の言葉にジョシュアは可笑しそうに笑う。

「そうだよ、ユイフェが僕の腕の中で大人しくていて更にこんなにギュッと僕にしがみついてくるなんて………………せだ」
「?  だ、だって!  んっ」

  チュッ

「うーん、スリスリやフニフニしたいのに手が塞がってるのが残念だ」
「~~~!!」
「だから、代わりに唇でフニフニさせてね?  ユイフェ」
「!?!?」

  (唇でフニフニですって!?  そんな合わせ技まで存在するの!?)
  
  フニフニの世界の奥が深すぎて驚く。それと……
  ───ジョシュアがおかしい!!

  チュッ……チュッ

  (私は何故、王宮の廊下でこんなにチュッチュッされているの!?)

  ここは王宮の廊下。人はたくさん歩いていて、実はさっきからジロジロと見られている。

「ジョシュ……ア、人が見て」
「うん、たくさん見せつけておこう」
「ダメ。そ、そんなにたくさん周囲に見せつけてしまったら……」

  (離縁する時に困ってしまうでしょう?)

「いいんだよ。多くの人に“ハワード公爵家の後継ぎは妻に夢中なんだ”と見せつけておかないと」
「で、でも……契」
「ユイフェ」

  チュッ……チュッ、チュッ

  反論は口付けされてしまいうまく言えない。

「ユイフェ、馬車に戻ったら話はもちろん聞くけれど、スリスリとフニフニもさせてね?」
「な、何で!?」

  やっぱりジョシュアがよく分からない!



  ────そして、宣言通り、ジョシュアは馬車に乗っても私を膝の上に乗せたままで、今度はスリスリ、フニフニを堪能し始めた。

  スリスリ……フニッ!

「あぁ、ユイフェのほっぺは癖になるなぁ……」
「何を言っているの!」

  スリスリ……フニッ!

「ユイフェは特別なんだよ」
「?」

  何だかよく分からないけれど、屋敷に着くまでの間、これまでに無いくらいデロンデロンに甘やかされてしまった。


  (契約…………結婚、なのよね?  私達……)

  ジョシュアからの愛は……要らない。そう思っているのに。
  なのに、どうしてジョシュアはこんなに私に甘いの?

  
  私の心は大きく揺れていた。
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