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  ──離縁?

「は?」

  思わずそんな言葉が口から飛び出た。

  (怖っ!)

  この流れでそんな要求をするあたり、やっぱり彼女はどこか壊れているのかもしれない。

「そんなに驚かなくても。簡単な事でしょう?  貴女が今ここで、ジョシュアお従兄様と離縁すると口にすれば良いのです。ここには王族のライラがいるから証人にもなってくれるわ」
「いえ、何を言って……」
「私、手荒な真似はしたくないのです」

  (どの口がそれを言うのーー!!)

「どうせ、貴女もハワード公爵夫人になりたかっただけでしょう?  お従兄様はとてもカッコイイですから。誰だって狙うわ」
「それは違います。私は公爵夫人の座に興味なんてありませんから!」
「はぁ……口先では皆、そういう事を言うんですよねぇ」

  私は否定するもローゼ様は呆れたようにため息を吐くだけだった。

「どうして分かって下さらないの?  貴女みたいな人がお従兄様に愛されるはずがないのに。図々しいとは思わないのですか?」

  (そんな事は知っているわ!)

  私はジョシュアには生きて幸せになってもらいたいだけなのに。
  ジョシュアが私との契約を終えて離縁した後、本当に好きな人と結ばれて欲しいと心から願ってはいるけれど……その相手がローゼ様となるのだけは絶対に許せない!

「分かってもらえないなら仕方が無いわ」
「?」

  そう言ってローゼ様はテーブルの上にあった紅茶用のカップを手に取った。
  しかし、すぐに手を放しカップを床に落としてしまう。

  (……?)

「きゃっ、大変!  手が滑ってしまったわ!  ……あ、大丈夫よ」

  と、棒読みで口にした後、慌てて飛んで来た使用人を制止してしゃがみ込むと割れたカップの破片を手に取った。

  (ま、まさか!)

「ねぇ、ユイフェ様」
「……」
「貴女のように大して可愛くも綺麗でもないそんな平凡な顔でも……傷物になればさすがのジョシュアお従兄様も貴女なんて要らないって言うわよね?」

  (ちょっと……目が本気!  本気なんだけど!?)

  ローゼ様のその瞳は少しだけ、あの日を思い出させて怖い───……

「ローゼ様、変な事を考えるのは止めてください!  そんな事をしても私は……」

  私がそう叫んだ時だった。
  部屋の扉がコンコンとノックされる。

「あ、あら?  や、やだ。誰かしらね?  今日は夫人とローゼ以外に訪問の予定は無いのだけど?」

  王女殿下もローゼ様のこの変貌には動揺していたのか、少し声が上擦っている。
  擁護する事も止める事もしないで静かだなと思っていたけれど、もしかしたら固まっていたのかもしれない。

「……チッ」

  ローゼ様の小さく舌打ちする声が聞こえたと思ったら、手にしていた破片をテーブルの上に置いていた。
  どうやら使用人は後で幾らでも口止め出来るけど、訪問者に見られたらまずいと思ったらしい。

  (良かった……)

  とりあえず謎の訪問者のおかげで最悪の事態は免れた気がした。

「どちら様ですか?  ってあれ?」
  
  殿下の命令を受けた使用人が扉を開けて応対する。
  どうやら、訪ねて来たのは城の別の使用人らしく、何かを話をしている。
  そして「え!?」と、驚いた声が聞こえた。

  (何かしら??)

「……王女殿下。すみません、王女殿下に会いたいと訪問された方がいらっしゃるそうです」
「私に?  誰なの?  約束もしていないのに。追い返していいわよ」

  その使用人はこちらに振り返ると殿下に向かって言った。

「そ、それが……殿下の婚約者エンディン様と…………ハワード公爵令息のジョシュア様なのですが。追い返して良いのでしょうか?」
「「「え!?」」」

    私達三人の驚いた声が重なった。






「突然申し訳ございません、妻から本日は王女殿下とお茶会だという話を聞いてはいたのですが、どうしてもエンディン殿が王女殿下に会いたいと言うもので」

  部屋に招き入れられたジョシュアは笑顔を浮かべながらそう言った。
  その横にいるのはライラック王女殿下の婚約者、エンディン・バレット公爵。

「ま、まぁ、そうでしたの。エンディン様」
「前触れもせずの突然の訪問ですみません、ライラック殿下」

   (こ、これはどういう事……?)

  何故かジョシュアは王女殿下の婚約者でもあるエンディン・バレット公爵を連れてこの場に現れた。
  王女殿下は突然現れた自分の婚約者に戸惑いながら応対していた。

  (何故?  ジョシュアが??  しかも公爵様を連れてこの場に??)

   未だにこの状況についていけず唖然とする私の横で、はしゃいだ声が聞こえた。

「ジョシュアお従兄様!」

  (えぇ!?  ローゼ様、すごい変わり様!)

  そんなはしゃいだ声をあげたローゼ様は先程の凶行未遂も忘れたのか可愛らしい笑顔を浮かべて、ジョシュアの元へ駆け寄ろうと走り出した。

「お従兄様、お久しぶりです。会いたかったですわ!」

  と、ローゼ様がジョシュアに抱きつこうとしたその時、

「ユイフェ!」

  ジョシュアは自分に抱きつこうとしたローゼ様を無視して躱すと、すごい勢いでこっちに駆け寄って来て私をギューッと抱きしめた。

  (えぇぇ!?  く、苦っ……)

「…………え?  お従兄様……?  何で?」

  ジョシュアに抱き込まれてしまったのでローゼ様の姿は見えないけれど、抱きつこうとして空振りとなったローゼ様の困惑の声が聞こえて来た。

「ジョシュア……様?  どうなさったの?」

  私はジョシュアに声をかける。
  すると、ジョシュアは笑顔のまま私に向かって言う。

「可愛い可愛い妻のユイフェの事が心配で迎えに来た」
「え?」
「元々迎えに行こうとは思っていたんだけどね。全然待っていられなかったよ」  
「!」

  (確かに私が家を出てからそんなに時間は経っていない……)

  私が驚いた顔をジョシュアに向けると、今度は優しく微笑みを浮かべながら言う。

「うん。その驚いたユイフェの顔……可愛いな。驚かせた甲斐があったよ」
「なっ!!」

  ……チュッ

  そう言ってジョシュアは私の頬に口付けを落とす。そして、満面の笑みを浮かべる。

「最近の頬はスリったりフニったりばかりだったけど、たまには口付けもいいよね」
「……!」

  私が照れて顔を赤くしていると、叫ぶようなローゼ様の声が割り込んで来た。

「お、お従兄様!  私を無視するなんて酷いです!  それに何をしているんですか!」
「……」

  ゾクッ!

  ローゼ様が割り込んで来た瞬間、ジョシュアの周りの空気の温度が低くなった気がした。

「久しぶりだね、ローゼ。君も来ていたんだ?  だが、今、僕は愛する妻との語らいに忙しい。邪魔をしないでくれるかな?」
「あ、愛する?  お、お従兄様ったら何を言っているの?」

  ローゼ様の顔がピクピクと引き攣っている。
  抱きつこうとした所を躱され、存在も無視されていた上で更にこの発言。
  ショックを受けるのも当然とは言える。

「お従兄様っ!」
「ローゼ。何でそんな顔をしているんだ?  僕はそんなに変な事を言ったかい?  僕はいつだって可愛い妻のユイフェを愛しているだけだよ。こんな風に」

  スリスリ……フニッ!

「お従兄様……!  やめて!  何でそんな人の頬を……」
「そんな人?  それはまさか、僕の可愛い妻のユイフェの事じゃないよね?」
「え?」

  スリスリスリ……

  ジョシュアは冷たい目をローゼ様に向ける。
  ローゼ様はそんなジョシュアの様子にビクッと怯えた様子を見せた。


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