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しおりを挟む……ローゼ様が何度もハワード公爵家を訪ねていたですって?
そんなの知らない。
そう思った所で、ハッとする。
(ジョシュアが止めていたんだわ!)
訪問は断りの連絡を入れると言っていた。それでも彼女の性格的に諦めないと予想して、屋敷の者達に話をして先手をうっていた……そうに違いない。
(ジョシュア……)
私は小さく気合を入れるとにっこり笑顔を浮かべながら口を開く。
「それはそれは、よっぽどタイミングが悪かったようですわね? 申し訳なかったですわ。それで? 私達に夫婦に何の用事がおありでしたの?」
「もちろん、ジョシュアお従兄様の妻となった貴女にお会いする為よ」
「そうですか」
私に会って何をする気だったのかと言いたい所だけれど──
私はチラッと王女殿下に視線を向ける。
私と目が合った王女殿下は気まずそうに口を開いた。
「ごめんなさいね、ローゼがどうしてもどうしても夫人に会いたいと言うものだから。でも、何度ハワード公爵家にお伺い立ててもダメだったなんて泣きつくんだもの」
「……あの、お二人は」
「長い付き合いの友人よ?」
王女殿下はなんて事の無い様子でそう答えた。
この感じだと、ローゼ様が私に送って来た、ジョシュアに相応しくない云々の手紙の事は知らないのかもしれない。
従兄が会ってくれない。奥様も紹介してくれない!
そう泣きついて来た友人の為に王女という権力を使っただけ……そんな表情をしていた。
(そもそも二人が友人だったなんて……知らなかった)
やり直し前は全く二人と接点が無かったから気付かなかったわ。
知っていたらもっと警戒したのに……それが悔しい。
でも、知らずにノコノコやって来てしまったのは私なのだからここは立ち向かうしかない。
(ふぅ……よし!)
「ローゼ様、あなたが私に会いたかったのは手紙でも書かれていた事をお話する為ですか?」
「もちろんですわ」
(即答……)
そのままの勢いで、ローゼ様は少し興奮したように言う。
「だって、ジョシュアお従兄様は私と結婚するはずでしたの」
「……そう言った約束でも?」
確かに手紙にはそう書いてあった。ついでに“泥棒”とも……
私が聞き返すと、ローゼ様はどこか得意気な表情を浮かべる。
「子供の頃に今すぐお嫁さんにして? と言ったら“ローゼがもっと大きくなったら考えるね”と言ってくださいましたのよ」
(ありがち! ……子供の頃の初恋をずっと引きずっているのだわ)
しかも、考えるって……お嫁さんにするよ、とは断言していないじゃない……
これは最も厄介なタイプにしか思えない。
(あれ? そう言えば……)
──何で貴女なの?
あの時に聞いたこの言葉は……どういう意味だったんだろう?
今のローゼ様が言うのなら分かるのだけど。
「貴女みたいな冴えない伯爵令嬢なんかより、私の方が容姿も身分も何もかもお従兄様と釣り合っていますわ! いったいどんな手を使ってお従兄様に取り入ったのです?」
「……」
(契約ですけど? なんて言ったら絶対に怒り狂うわね)
そもそも、誰のせいで……と言ってやりたい。
全ての元凶はローゼ様なのに!
私はあの日のこの人が向けて来た狂気の瞳が忘れられない。
だから今世で彼女に会うのはとても怖かったけれど、あの時の狂気の瞳を思い出すと、今のこの様子はまだまだ可愛いものだと思えてしまう。
それくらいあの時のこの人は狂っていた……
(ジョシュアとローゼ様が何かを揉めていたとして、どうして私は巻き込まれた?)
目撃者だったから?
でも、あの時の私は倒れているジョシュアの事しか見ていなかった。
私は背後から声をかけられ襲われている。つまり、彼女はジョシュアに駆け寄った私を見てわざわざ戻って来たという事……
───ユイフェ? ふふ、見つけたわ。貴女が“ユイフェ”なのね?
───私ね、ずっとずっとずーっと“ユイフェ”が目障りだったの。
面識の無かったはずの私の名前を知っていたのは??
「……」
分からないけれど、あまりこの方を逆上させるような事はしない方がいいのかしら?
でも……
「しかも! この間のダンスパーティーであなた達を見かけたましたわ」
「あぁ、あの多くの令嬢達が再起不能になったというパーティーの事ね? ふっ」
ライラック王女殿下が可笑しそうに吹き出した。
あれだけ多くの令嬢達が崩れれば王族の知る所にもなる。
「会場に入って来た時からイチャイチャイチャイチャ……」
「新婚なので」
「額に口付けされていましたわよね?」
「……夫婦間の挨拶です(多分)」
「夫婦……!」
その言葉にカッとなったのか、きつく睨まれた。
「その後もダンスして……」
「あの日はダンスパーティーでしたからね」
「っ! その後の事を言っているんですの!」
「その後……」
さすがにそこは私の顔が赤くなる。
あの腰が砕けた後の、謎の風習……だいぶ慣れ親しんだスリったりフニったりの事を思い出す。
「……何故、顔を赤くするんですのよ! 貴女、分かっていまして? あれは愛を伝える風習ですわ」
「知っていますよ。だって、私達(一応)夫婦ですから」
ジョシュアはハマってしまったのか、スリったりフニったりはもう毎日の日課と課しているわよ?
「夫婦だなんて! 私は認めていません」
「ローゼ様に認められる必要はありませんので」
「っ!」
それでも、ローゼ様は諦めない。再び私を睨む。
「私は貴女の……ユイフェ様の存在を全く知りませんでしたわ! つまり、貴女とお従兄様はろくな婚約期間もないまま結婚……」
「それは、まぁ……その通りですけれど」
何故か婚姻はジョシュアが恐ろしい早さで結んでくれたので。
「どうして? どうしてお従兄様はこんなに見た目も冴えない伯爵令嬢なんかと! 貴女が卑怯な手を使ったに違いない! あぁ、やっぱりあの誕生日パーティーの時、私が無理やりにでも……」
「……!」
その言葉に私はハッとする。どう考えてもその言葉は聞き捨てならない。
(やっぱりローゼ様は、あの王女殿下の誕生日パーティーで事を起こすつもりだったんだわ)
あの日、ローゼ様は卑怯な手を使ってジョシュアを手に入れた。
同じ事をするつもりだったのだと思うと、許せない。
そして、とりあえずあの場ではジョシュアをちゃんと助けられたのだと思うとその事に安堵した。
「ねぇ? ユイフェ様。今からでも遅くないと思うのです」
「? 何の話ですか?」
急に話が飛んだので私は意味が分からず首を傾げる。
そんな私を見ながらローゼ様はふふ、と笑って言った。
「もちろん、貴女とお従兄様の離縁ですわ」
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