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「どうして王女殿下が私に……?」
「分からない。でも、ハワード公爵家我が家の事だから王家としても放っては置けないんだろうとは思う」

  (あ、そうよね。ハワード公爵家は筆頭公爵家だった)

  そんな公爵家の次期当主の(一応)嫁になったのだからお呼ばれするのも仕方ない事ではあるのだと納得はした。
  でも……

「どうしましょう。粗相してしまう未来しか見えないわ」
「……」

  何故かジョシュアが黙り込む。

「ねぇ、ジョシュア。そこは“そんな事は無い。ユイフェなら大丈夫”とか言ってくれる所では無いの?」
「……」

  それでもジョシュアは無言だった。否定も肯定もしない。
  変な所では甘い言葉を吐きまくるのに、こういう所は甘くないなんて酷すぎる!

  (ジョシュアのバカ!)

  心の中だけで睨んでおいた。

  (それにしても……王女殿下とは、前回の人生を通しても全然面識無いのよね)

  王族なんて平凡伯爵令嬢がおいそれとお会い出来る方では無い。
  王女殿下の誕生日パーティーの時もさっさと帰ってしまったので、申し訳ない事にまともに顔すらも見ていない。

「はっ!  まさかジョシュアがさっさと誕生日パーティーからいなくなった事を怒って私を呼び出し……」
「待って、ユイフェ。すごい飛躍したけど、それは無いよ。僕の方から謝罪はしてある」
「そ、そう……」

  ではやっぱり分からない。何故、私を?
  本当にただ、次期ハワード公爵夫人を見たかっただけ?  それとも別の思惑が……?
  (私は公爵夫人にはならないのに……)


  そんな気持ちを抱えながら首を傾げつつ招待を受ける事になった。



*****


  そして、あっという間にお茶会の日。

「ジョシュア、行ってきます」
「うん、気をつけて」

  ジョシュアが仕事を中断してわざわざ見送りに出て来てくれた。
  そんな彼はちょっと心配そうな様子で私を見つめる。

「殿下も徹底している。手紙にわざわざ“女性同士で語らえるのを楽しみにしています”って書くなんてさ。つまり男の僕には絶対に来るなって事だろう?」
「そうね……」

  (私としてはそのフレーズが怖くて仕方ないのだけど)

  つまり、本日集まるのは令嬢のみ!
  これは、アレかしら?
  お茶会に行ったらジョシュアを狙っていた令嬢達がわんさかいて、私、袋叩きにされるのでは……?  なんて密かに思っていたりする。

「ユイフェ」
「?」

  フニッ!

「な、なにふうほ?」
「我が家はちょっとやそっとの事でやられる程、弱い家では無いからね」
「ひょ、ひょひゅあ?」

  フニフニ……

「だから無理して次期公爵夫人らしく振舞おうとしなくても大丈夫」
「……」

  (つまり、背伸びなんかせずに私らしくでいい……そう言ってくれている?)

「ユイフェが可愛い失敗をやらかしても大丈夫という事だ」

  (何かやらかす事を前提に話をされているのも気になる所だけど……でも心強い……かな)

「……分かったわ、ありがとう。行ってきます!」
「あぁ、ユイフェ、忘れ物だよ」
「?」

  ジョシュアはそう言ってグイッと私の腰を抱き寄せるとそのまま私の額に、
  チュッ!
  と、口付けを落とした。

「~~!!  ジョシュア!!  あなたって人は、もう!!」
「ははは。行ってらっしゃい、ユイフェ」

  (本当に、油断も隙もない!)

  そんなドタバタ状態の中、私はジョシュアに見守られながら王宮に出発した。



  王宮そこで、何が待っているのか。
  そして、私を見送っているジョシュアが、意味深な表情をしていた事に気付かないまま。



────



「ライラック王女殿下、初めまして。ユイフェ・ハワードと申します」
「初めまして、次期ハワード公爵夫人。会えて嬉しいわ」

  王女殿下は私より三つ下だと聞いている。
  眩いくらいの輝く金髪と王家特有の空色の瞳。醸し出す雰囲気や風格といい年下には全く思えない。

「突然の呼び出しで驚いたでしょう?」
「いえ。殿下のお茶会に呼ばれる事は大変光栄な事ですから」
「まぁ、ふふ、お上手ね。さぁ、どうぞ座って」

  そう言われて私は席へと案内される。
  席に着いてから私は内心であれ……?  と思った。

  (他の令嬢がいないわ)

  まだ来ていない?
  まさか、王女殿下と二人きりのお茶会なの?   それはそれで緊張する。
  とりあえず、袋叩き……はさすがに考えすぎだったかしら?
  なんて思った時、

「遅くなってすみませんですわ」

  ノックと共にそんな声をあげながら令嬢が部屋に入って来た。

  (……っ!  この声……!)

  私は扉の入口に背を向けていたからその人の顔は見えない。
  でも、この現れた人が誰なのかはすぐに分かった。

  (だって、私がこの声を聞き間違えるはずがない)


  ───ユイフェ?  ふふ、見つけたわ。貴女が“ユイフェ”なのね?
 
  ───私ね、ずっとずっとずーっと“ユイフェ”が目障りだったの。だからー……

  彼女は、かつての……前の人生の私にそう言って微笑みながら近づいて来て───


「ローゼ、遅いわよ?  あなたが今日のこの場をしたのよ?」
「えぇ、そうね。ごめんなさい、ライラ。ユイフェ様に会えると思ったら、つい……ふふふ」

  (────え?)

  今、なんて言った?
  王女殿下にお願いした……そう言った?

  今、この場に現れたのは、ジョシュアの従妹、ローゼ・マインダル侯爵令嬢。
  私が最も会いたくないと思っている人で、先月、私宛てに嫌味たっぷりの手紙を送って来た令嬢ヒト

  (出来れば、顔も合わせたくないし話もしたくないのだけど)

  だからと言ってこのまま無視するわけにはいかない。
  私は椅子から立ち上がるとローゼ様に向き合い挨拶をする。

「初めまして。ユイフェ・ハワードです」
「……ふふ、初めまして~、ユイフェ様。会えて光栄ですわ。私は──」
「存じておりますわ。ローゼ・マインダル侯爵令嬢」
「あぁ、まぁ、ふふふ。私の事を知ってくれていたんですね?  ふふ、嬉しいです!」
「……」

  私の返事に笑顔を見せるローゼ様。

「あ、お手紙読んでくれましたか?  私、あれから貴女に会いにハワード公爵家を訪ねたのです」
「え?」

  それは初めて聞いた。

毎回、ジョシュアお従兄様も、妻であるユイフェ様あなたも今は不在だからと追い払われてしまったんですけどね~ふふ」
「!」
「だから私、すごくすご~く貴女に会いたかったんですよ、ユイフェ様」
「……」

  ローゼ様はにっこり笑ってそう言ったけれど、その目の奥は全く笑っていなかった。

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