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夜を迎えた。
私は寝室……初めて入った“夫婦の寝室”の中を落ち着かない様子でウロウロと歩き回っていた。
夕食の後、ジョシュアに「今夜は夫婦の寝室に来てくれ」と言われてしまった。
朝にジョシュアと今日から同じ部屋で寝る……と約束したからそう言われるのは当然なのだけど。でも、落ち着かないものは落ち着かない。
「うぅぅ、やっぱり早まったかも……」
(って、契約結婚の夫婦なんだから何もしないに決まっているのに!)
そう!
私の使命はジョシュアを安眠させる事!
それだけよ!!
と必死に自分に言い聞かせた。
やがて、ノックの音と共にジョシュアが寝室にやって来る。
「ユイフェ?」
「っっっ!!」
ドッキーンと、今までに無いくらい心臓が大きく跳ねた。
ジョシュアは私の姿を見つけると、とても嬉しそうに笑う。
「ユイフェがいる……」
(キュン)
その笑顔はずるい。今度は胸がキュンとする。
私はもうパンクしそうだった。
「なぁ、ユイフェ。そんなに部屋の中を歩き回ってどうしたんだ?」
「……!」
(落ち着かないからに決まってる!)
「……」
「……ユイフェ、こっちに」
「っ!」
ジョシュアの言うこっちとは、ベッドに腰かけている彼の隣……となる。
(契約結婚の夫婦なんだから──以下略)
「お、お邪魔します!」
私はそう言って彼の隣に腰を下ろす。
すると、すかさずジョシュアの手が伸びて来て……
スリスリ……
頬を撫でられる。
「ジョシュア……」
「ユイフェ。こうして僕に触れられるのは……嫌?」
(嫌じゃない……恥ずかしいだけ)
私は首を横に振る。
「なら良かった」
ジョシュアはどこか安心したような顔で笑った。
「ところでユイフェ」
「な、何?」
「……どうして、そんなにガチガチにガウンを着込んでいるんだ?」
「そ! れは……」
触れられたくない所に触れられてしまった私はそっと目を逸らすけれど、ジョシュアは逃がしてくれない。
フニッ!
(なんでフニるの!?)
何故か頬をフニフニされる。
「言わないと、こんな風にたくさんフニッてしちゃうぞ?」
「なっ!」
フニフニ……
(なんて言ったら良いのか分からないわ)
何故か今日、湯浴みを終えたら、ニコニコと嬉しそうな顔をしたメイド達に、スッケスケの夜着を着せられた……なんて言えないわ!!
(愛はいらない、と宣言してるのにこんな姿を見せたら、まるで求めているみたいじゃない)
だから、今夜はこのガウンを死守すると決めている。
フニフニ……
「……ユイフェって頑固だよね」
「えっ!?」
「そんなに驚く?」
「だって……」
(あまり褒め言葉に聞こえないんだもの……)
ちょっといじけた私の心を読んだのか、ジョシュアは笑い、今度はスリスリしながら言った。
「ユイフェは本当に可愛いなぁ。だから僕はそんなユイフェが……」
「え?」
「え!?」
スリスリ……していた手が止まった。
ジョシュアさん、今、何を言いかけた??
「……えっと、」
「……」
「ジョ……」
「ユイフェ! 寝よう!」
「え!?」
その言葉と共にちょっと強引にベットに引き倒されたと思ったら、横になったまま抱き寄せられた。
(ひぇぇ!?)
「ジョシュア……! 寝室は同じにすると言ってもベッドは……」
「これ以上は触れない。でも、今夜だけは」
────ユイフェを抱きしめて眠りたい。
「~~~っ!」
耳元でそんな事を言われた私は硬直したまま動けなくなった。
─────……
「……ん」
夜中なのに目が覚めた。
いつもと違う寝心地に身体が落ち着かなかったせいかもしれない。
だって何故かジョシュアの腕はガッチリ私を捕らえたまま離さない。
(温かい……)
スースーと寝息が聞こえるので、ジョシュアは眠っているみたい。
ぐっすり眠れないと言っていたから心配したけれど。
最初に眠ったのは私の方。
ジョシュアの温もりに包まれながらドキドキしていて、眠れないわ! と思っていたはずなのに、この温かさに自然とウトウトし始めて……
(いつもは、なかなか寝付けないのに、あんなに自然に眠りに入るなんて……!)
眠ろうとすると色々思い出してしまうから。
でも、今日は違った。
ドキドキして気持ちは昂っていたけれどすんなり眠れたのは……
(ジョシュアの温もりがあったから?)
「……っっ」
(しかも、耳元で優しく“おやすみ”と言われた気がする)
「こんなはずじゃなかったのに……」
契約結婚ってもっとさっぱりした関係だと思っていた。
こんなの……本当の夫婦と変わらない気がする。
他の夫婦もしているのかは分からないけれど、どこかの国の愛を伝える風習のスリスリやフニフニとか、抱きしめられたり額にキスされたり……
(どうして……)
なんて、ぐるぐる考えていた時だった。
ギュッと、抱きしめられた? ……と思ったら、
「ユイフェ……」
ドキッ!
ジョシュアに名前を呼ばれた。
まさか、起きてしまった?? そう思って慌てたけれど、どうやら寝言のようで……
「ユイフェ……ユイフェ!」
何故かジョシュアの私の呼ぶ声はどこか苦しそうで……なんなら呼吸も荒い。
(ジョシュア……? まさか! これは私の夢を見ているの?)
「い……な…………ユイ……」
「ジョシュア?」
「……っ」
何でこんなに、苦しそうなのかは分からない。
気付いたら私はジョシュアに思いっきり抱き着いて必死に叫んでいた。
「ジョシュア! 私はここにいるわ。ここに……あなたのそばにいるから!!」
「ユイ……フェ」
「そうよ! 私、ユイフェよ!!」
「……温かい……ユイ……フェ……」
「あ!」
ジョシュアの荒かった呼吸が少し落ち着いた気がする。
やがて、スースーと穏やかな寝息に変わったのでホッとした。
(まさか、ジョシュアは毎晩こんな風にうなされているの……?)
私はジョシュアをもう一度強く抱き締めながらそう考え心配になる。
人の事は言えないけれど、このままでは確実に身体に良くない!
これは至急改善しないと!
「だけど、何で私の名を……」
それだけが分からなかった。
────
「ユイフェ、起きて?」
「んん……」
「可愛い可愛いユイフェ。起きないと朝からフニフニの刑だぞ?」
フニッ
そんな言葉と共にほっぺたがフニられる感触……リアルな夢ね……
……夢!?
(夢じゃなーーーい!)
私がパチッと目を覚ますと、目の前には笑顔で私の頬をフニるジョシュア。
「……」
「おはよう、ユイフェ」
「……?」
「寝起きのユイフェも、可愛いね、目が覚めて真っ先にその可愛い顔が見られて僕は幸せだ」
「……!」
ボンッと私の顔が赤くなった。
「ユイフェ? どうしたの?」
「な、な、な、何でもない!」
(ジョシュアのドアップにドキドキしたなんて言えないわ)
あと、そのセリフは何!
「ユイ…………!」
私が悶えていたら、ジョシュアがおかしな所で固まった。
何かしら? と思ったらジョシュアの目線がある一点を見つめて止まっている。
(……?)
「ユイ……フェさん」
「はい?」
ジョシュアの声が震えている。一体何が?? あと凄くおかしい。
「そ、その格好は……朝から刺激が強い…………です」
「刺激?」
そう言われて私はジョシュアの視線を辿る。そして、気付いた。
(ガウン! はだけている!!)
「ひゃあ!! み、見ないで!?」
私は急いで前を隠すけれど、どうやら遅かった。
「な、何でそんなスケ……無理だ! 見ないなんて無理だ! 男として!」
「!? そんなキリッとした表情で何を言ってるのよぉぉ!!」
(ジョシュアのバカぁぁ!)
「あ……わっ!?」
「ちょっと、え、ジョシュア、それ鼻血!?」
────初めて過ごした新婚夫婦の寝室は別の意味で大騒ぎとなった。
*****
それから、約1ヶ月。
心配した事も起きず、ジョシュアと眠る生活にも、スリフニされる生活にも慣れて当たり前になりつつあった頃。
「……王女殿下のお茶会?」
「ハワード公爵家の次期公爵夫人をお誘いしたい、って話なんだけど」
「えぇ!?」
ジョシュアから差し出された招待状に私は大きく戸惑った。
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