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しおりを挟む「ローゼ・マインダル……侯爵令嬢」
私はそっとその名を口にする。
「えっと、奥様はローゼ様の事をご存知なのですか?」
「……お会いした事は無いわ」
私はフッと笑って答える。
だって、こんなの笑うしかない。本当は頭にこう付くのだけど。
──今は、と。
「でも知ってはいるわ。旦那様……の従妹よね?」
「はい」
だから、メイドは私宛てに手紙が届いたのが不思議だった……
彼女、ローゼ様が手紙を書くならジョシュア宛てだと思うから当然ね。
(内容は読まなくてもだいたい想像はつく)
「ありがとう。宛先が旦那様ではなく、私宛てになってるのは間違いないみたいだし、読んでみるわ」
「は、はい」
そして、私は一人になってから手紙を開封した。
「……思った通りの内容ね」
ローゼ・マインダル侯爵令嬢からの手紙には、私が思った通りの事が書かれていた。
大体要約するとこんな感じ。
──ジョシュア従兄様は私と結婚する約束をしていたのに、泥棒!
──あなたみたいな平凡な人はお従兄様とは似合わない!
──伯爵令嬢のくせに調子に乗らないで。
「泥棒って。会った事も無い人間に対して送り付ける手紙の内容として非礼だとは思わなかったのかしら、ね」
そうため息を吐くも、私は彼女がそういう人だって事を知っている。
「ローゼ様……ごめんなさいね。あなたの計画を台無しにしてしまって。でも私、今度は……あなたの思い通りにはさせないと決めているの」
ジョシュアの従妹、ローゼ・マインダル侯爵令嬢。
彼女こそがジョシュアの人生を大きく狂わせるきっかけになった人。
そして……
「はぁ……それより、ジョシュアにはなんて言おうかしら、ね」
だって彼は何も知らない。
きっと、今のジョシュアは彼女の事を可愛い従妹だと思っているはず。
「でも、ローゼ様から手紙が来た事を黙っておくわけにはいかないし、この最後の内容が……」
───近いうちに、あなたとジョシュアお従兄様に会いに伺います。
と、書かれてしまったらジョシュアに黙っておく事は出来ない。
────
「ユイフェ!」
スリスリ……フニッ!
フニフニ……
お昼に顔を合わせたジョシュアは流れるような自然な動作で私に向かって手を伸ばし、頬に触れる。板につきすぎていて驚きしかない。
この風習の話をパーティーで聞いてから、言われるがままに『毎日“愛する妻の頬をスリったりフニったりする事”』を契約の中に追加してしまったけれど、スリったりフニったりの、スリフニされる日々が始まって一つ気付いた。
(毎日の中の回数の限度を決めていなかったわ!)
1日1回まで! とかにしておけば、朝の挨拶時のスリフニで終わったはずなのに……完全に油断していたわ。
今のジョシュアは顔を合わせる度に私の頬に一度は触れていく。
フニフニ……
「……不思議だよね。ユイフェのほっぺたを触っているとさ、仕事の疲れが取れるんだ」
「ジョシュア……あ、あなた……そんな変な事言って……」
「変って……本当だってば!」
スリスリ……
今度は優しく撫でられる。
あと、また、こうしている時のジョシュアの顔がうっとりしているような気がする。
「はぁぁ、これが風習になったのも分かるなぁ……最初に広めた人物とは仲良くなれそうだよ」
「ジョシュア……」
「だってさ、その人も絶対、相手の事が可愛くて可愛くて仕方が無かったんだと思うんだ。だから触れてみたくて触れたらはまったんだと思う」
「その人……も?」
何だか聞き捨てならない。
「あれ? もう何度も言ってるよね? ユイフェは可愛いだろう?」
フニッ!
今度はフニフニに変わった。
いやいや、その人も……って……その言い方は絶対におかしい!
「ははは! なんか凄い目で見てくるね、ユイフェ。僕には何でこれが、恋人や婚約者、そして夫婦間での風習なのかよく分かるよ」
「どういう事?」
ジョシュアはニコッと笑うと「さぁ、お昼ご飯にしよう」と言って私の頭を軽く撫でてから食事の席に着いた。
(誤魔化されたうえ、逃げられたわ!)
「……え? ローゼからユイフェへ手紙?」
「そうなの。何故かあなたではなく私の方に手紙を書いたみたいで。従兄のジョシュアが突然結婚したから驚いているみたい」
「……」
何故かジョシュアはそのまま黙り込む。そして、その顔は何故か眉間に皺を寄せていて厳しい顔つきだった。
(あれ? ジョシュアの反応が予想と違う)
私が過去の出来事を壊したから今の彼とローゼ様はただの従兄妹同士。
そんな険しい表情を浮かべる相手ではないはずなのに。
「ユイフェ。君は今、当たり障りのない言い方をしているけれど、ローゼからの手紙には君は僕には相応しくない……そんなような事が書いてあったんじゃない?」
「な!」
思わず、なぜ分かったの? と言いそうになってしまった。
でも、私の表情で悟ったらしいジョシュアは、はぁ……とため息を吐いた。
「…………ローゼは昔から嫉妬深い」
「あ、そう、だったの? だから、ジョシュアではなく直接私に手紙を……」
「……」
「……」
どうしてかしら? 互いに言葉が続かない。
(ジョシュアの様子がやっぱり変な気がする)
「他には? 何か言っていた?」
「えっと、近いうちに私達に会いに来たいって……」
「分かった。断りの手紙を出しておこう」
「そう、断りの…………って、ジョシュア!?」
あまりにも自然な流れだったからうっかり聞き流すところだった。
断る?
「ユイフェ? 何でそんなに驚くの?」
「だって、ジョシュアが断るって」
「断るよ。僕とユイフェのし……新婚生活を邪魔されたくないし」
「っ!」
その言葉にドキッと私の胸が跳ねる。
そういう言い方は本当に心臓に悪い。私から言い出したはずの契約結婚だというのを忘れそうになる。
「ローゼ様とは仲良くないの……?」
「うん?」
「だって、断るって言っているし、それに何だかジョシュアはあんまり会いたくなさそう」
「……」
私の言葉にジョシュアはフッと笑う。
そして、私の頭を優しくナデナデしながら言った。
「仲は良かったよ、昔はね」
「……」
私としても出来れば彼女には会いたくないので、ホッとしながらもジョシュアのその言い方は、何だかとても私の胸に引っかかった。
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