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  (つ、妻をスリったりフニったりですって!?)

  “妻”というフレーズの前に“愛する”とかついてた気がする、とも思ったけれど、やはりこのスリスリとフニフニという言葉ほど衝撃的なものは無い。

「ジョ、ジョシュアは……したいの?」
「したい!!」

  ジョシュアは私の質問にやや被せ気味でそう答えた。

「……」
「……」
「……ユイフェ」

  そう言ってジョシュアの手は私の頬をスリスリしてくる。
  そしてフニられる。

  (ま、まだ、許可していないのに!!)

「ちょっと待って、ジョシュア。えっと……この頬をフニっとする行為は愛を伝えるものなのでしょう?」
「そうだよ?」
「……」

  何故、ジョシュアはそんな不思議そうな目を私に向けるの。

「な、なら私達には必要の無い行為だと思わない?  私達は契──」
「ユイフェ」
「んむっ」

  ニッコリ微笑みを浮かべたジョシュアが人差し指で私の口を塞ぐ。

「ユイフェ。ちょっと声が大きいかな?」
「む……」

  (確かに。会場の隅に移動したとは言え、誰に聞かれているか分からない)

「……」

  私が申し訳ない気持ちになって落ち込むと、ジョシュアは少し慌てて私の口から指を離す。

「あ、すまない。ちょっと言い方がきつかったかもしれない」
「……そんな事はないわ。私が軽率だったもの」
「ユイフェ……いや、僕もごめん。下手に誰かに聞かれてしまって騒がれると困るから……つい」
「そうよね……」

  私達の結婚が周りに契約だと知られれば、契約結婚のメリットとして私が必死にアピールしたジョシュアへの“令嬢避け”が意味をなさなくなってしまう。

  (そっか!  その為にも過剰なくらい妻、私をが必要なのね?)

  だから、ジョシュアは人前で“新妻を溺愛する夫”のフリをして、このどこかの国の頬をフニっとして愛を伝える行為とやらをしたいんだわ!

  (だって、頬をスリスリしたりフニっとするだけだもの!  簡単!)

  無理やり思ってもいない愛の言葉を囁くよりお手軽だものね。と、私は納得した。

「分かったわ、ジョシュア」
「え?」
「追加しましょう!  このどこかの国の風習とやらを!」

  私のその言葉にどこか落ち込んでいた様子のジョシュアの目が驚きで大きく見開かれた。

「ユイフェ……自分で言うのもアレだけど……本気で言っている?」
「ええ、本気よ!」

  私は決意した目をジョシュアに向けて、目を瞑りながら言った。

「思う存分、どうぞ!」
「なっ、待て、ユイフェ! なんで目を瞑るんだ!?」

  何故か戸惑った様子のジョシュアの声。
  嫌だわ。いったい何に戸惑っているというの? 
  私はそっと目を開けてジョシュアに訊ねる。

「でも……こういう時は目を瞑るものではないの?」
「ち、違うんじゃないかな?  だって瞑らなくても出来るだろう?  それにちょっとユイフェに目を瞑られると…………したくなるから困る」
「……困る?  ジョシュア。モニョモニョ言ってて聞き取れないわ。何に困るの?」
「……っ」

  ジョシュアが困ったような顔をする。

「ジョシュア?」
「……」

  スリスリ……フニッ

「ジョシュア!  もう誤魔化さないで──」
「誤魔化してなどいないよ?」

  ──スリスリ

「可愛いユイフェの頬を堪能している」
「~~~っ!」

  再びジョシュアの“演技”が再開された。

  ───まだ、するのぉぉぉ!?
  ───嘘だと言ってぇぇぇ
  ───私の頬もフニっとしてぇぇぇーー頑張って磨くからぁぁぁ

  確かにこの行為の衝撃は大きいらしく、先程よりも令嬢達の悲鳴が大きくなっている。

  (頬を磨くって何かしら?)

  磨かないといけないものなら、ジョシュアは私の頬こんなものを触っても気持ち良くないのでは?
  そう思ってチラッとジョシュアの顔を見る。

「!!」

  スリスリ……フニッ

  けれど、私の予想に反して私の頬を好き放題するジョシュアの顔はうっとりしていた。

  (な、な、なんて演技力かお!!)

  まるで本当に愛を伝えてくれているように錯覚してしまいドキドキが止まらなくなった。

「……」

  そんなうっとりした様子のジョシュアを見ていたら、ふと魔が差した。

  (私も、スリってしてフニってしたらどんな反応するかしら?)

  そっと、私はジョシュアの頬に手を伸ばす。
  
「うん?  ユイフェ?」
「……ジョシュア」

  スリスリ……フニ!

  そして、私もジョシュアの頬をスリっとしてフニっとしてみた。
  すると、私の頬をスリスリしていたジョシュアの手が止まる。

「!!」
「ジョシュア?  どうかした?」
「……今、ユイフェから」
「あ、ダメだった?」

  私からするのはダメだったのかも……と謝ろうとしたその時、

  ────いやぁぁぁ、噂のフニフニ返ししたぁぁぁ
  ────新婚だと分かっていても認めなくないーーー

  またまたこの様子をばっちり目撃していた令嬢達が泣き叫ぶ。

  (噂のフニフニ返し?)

「ダメなものか!!」
「そ、そうなの?」
「ただ……まぁ、うん」

  と、何故か言葉を濁すジョシュア。

  (……これは何か意味がある?)

「ユイフェ。フニッとされた後に同じ事を相手に返すのは、“自分も同じ気持ちです”そういう意味に取られるそうなんだ」
「……え!」

  (つまり今、私は大勢が見ている前で)

   ───ジョシュアの事を好きだって言ったようなもの!?

  ボボンっと私の顔が真っ赤になる。

「あ……う、こ、これは違っ……」
「知ってるよ」
 
  ポンポン……

「分かってるよ、ユイフェ」
「ジョシュア……」

  優しい手付きと甘い声で今度は頭をポンポンされた。
  
  こうして、謎の風習を受け入れてしまった私。
  そして、意図せず夫婦円満アピールをしていた私達───……

  ──────……


「……っ!  どうして、あんなのに!」


  だけど、私は知らない。
  ───むせび泣く令嬢達や、驚きの顔をする参加者達の中でギラギラした目を私達に向けている人がいた事に───……

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